9.夏至祭の準備中(2)
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竹を組んだ柵で囲われた場所にアーサーとリリィを連れてくると、長老は赤子の世話を斡旋してきた。
「すまんのう。最後の追い込みで人手が足らなくてな。赤子も大切だが、先々の食い扶持も確保せねばならん。滞在費ってことで手伝ってくれやい」
ちゃんと遊ばせておかないと夜寝ないので、しっかり走らせてほしいとも言われてしまった。
長老が立ち去ったあと、リリィはモフモフの子犬を触りながら喜んでいたのだが、その横ではアーサーが何やら気まずそうに口に手を当てる。
「どうかしましたか?」
「あ、ああ――――。赤子の世話は、やったことがなくて。――どうすればいいか、わからない」
「……ですよね」
楽々とこなせたなら、その方が違和感しかない。
ならばと、リリィは赤子の世話を買って出た。そしてアーサーには子犬を遊ばせる役割をお願いしたのだった。
初めこそまごついていたアーサーだったが、今は魔法も使いながら全ての子犬に玩具を投げたり、持ち上げたりして相手し続けている。
子犬は大喜びで周囲をグルグルと回り、順番待ちをしているのだった。
目の前で子犬がコロリと赤子に変わると、リリィはすかさず走り出して拾い上げる。
囲いの端に建てられた東屋まで戻ると、用意されていた布団の上に寝かせて赤子の様子を見ていた。
「それにしても人数が多いわ。三十……人? 匹? もいるんだもの」
布団に寝ているのは先ほど拾い上げた赤子を合わせると五人いる。ならば残りの二十五匹はアーサーにまとわりついて遊んでいることになる。
だんだん子犬も遠慮がなくなってきたのか、アーサーに前足を掛けたり、頭をグイグイと擦り付けたりしていて、見ているリリィはとても和んだ。
そこへ獣人の女性が様子を見に顔を出す。どうやら世話を任せっぱなしにする気はないらしく、村人たちは交代でマメに足を運んでくれていた。
リリィが彼女たちに挨拶すると、笑いながら『ありがとう』や『よろしくね』と声をかけてくれるので話しやすく頼りやすい。
人間と獣人の間にある種族間の隔たりが、変化し始めている兆しであった。
□□□
一方そのころ、銀はかつてないほどに混乱している村の惨状に嘆きながら、様子を探っていた。
(いつもは赤子の世話を任せる年齢の奴らまで準備に借り出すなんて、おかしいだろ!)
しかも教える兄貴分が付いていないので、失敗して余計に作業が増えているようにもみえる。
「おい、涼やみんなはどこにいるんだ?」
「昨日移動してから、戻ってこないの~」
聞けば、めぼしい中堅リーダーたちは荷物の移動に行ったきり戻ってきていないのだという。残りの作業を片付けるため大人達が奔走しだしたので、それを見た子供たちは、察して自発的に手伝い始めたのだった。
「あっそう、分かった。お前たちの体格で荷車は無理だから、遊び道具の小さなソリを使え!」
「うん。わかった~」
任せるのは不安だが、ほっておくと手伝いと称して大人の真似をする。怪我しかねないので、銀は出来そうな仕事を割り振って向かわせた。
そして、大人たちが集まっている場所を見つけると、誰か連れてこようと突っ込んでいく。けれど、その場を支配する物々しい雰囲気に口を挟むことが出できず立ち尽くした。
「一体どういうことだ! 花祭ではこんな事はおきなかっただろう!」
「し、仕方ないだろう。妖精姫が行方不明なんだ。そちらこそ、匿っていたりしたら承知しないからな!」
「知らん! 貴様らの里の揉め事をこちらに持ち込んでくれるな。約束を違えるなら妖精王に進言するだけだからな」
「わ、わかった。それだけは待ってくれ。かならず何とかする」
一人は村長の声であり、もう一人は聞きなれない声であった。
話が終われば大人たちは解散し人が履けていく。村長と言い争っていた相手を、銀は何とかひと目見ようと、人の流れに逆らって近づいていった。
(あれって、誰だ?)
見たことのない男の妖精だった。ただ身なりがいいので樹海の奥地を治める領主だろうと想像はつく。
妖精と獣人は、樹海に住む種族同士で協力関係にあった。
樹海で人を惑わす魔法と獣人が良く利用する移動魔法は、妖精との契約魔法に獣人の伝承神楽を合わせることで作り出している。
花の香を焚き、お囃子に合わせて巫女が舞を踊りながら、かぐら鈴をシャンシャンと鳴らし、音色と香りに妖精の空間魔法をのせて、広くゆき渡らせるのだ。
音と香りが領域を埋め尽くせば空間が繋がる。獣人は聴覚と嗅覚から魔法を体内に取り込むことで、その道を通れるようになるのだった。
(妖精の移動魔法が失敗しているのか。あ~、だからみんな帰ってこられなくなっちまったのか)
戻る道が開かないのか、そもそも違う場所に出たのかは定かではないが、銀が通ってきた道もまた、予定外の時期に現れたことを思えば、全員がどこかに飛ばされてしまったのかもしれなかった。
(夏至祭までに戻ってこられないってことか。それは――まずいな)
村長や大人たちが準備の手を止めて妖精と揉めているのも納得ができた。荷物が準備できても肝心の道が通れないのでは意味がない。
状況は把握できたが、これではアーサーやリリィを帰らせるために道を使いたいと願い出ることもできなかった。
(リリィだけなら俺が背中に乗せて帰れるかもしれないけど、アーサー殿がなぁ。二人は乗せられないしなぁ)
かといって片方だけ置いて往復するのも、互いに何かあったときに身動きがとれない。
困ったなと悩む銀のところへ、白衣に緋袴の巫女姿の少女が駆けてくる。彼女の頭に付けた前天冠の鈴がシャラリと鳴った。
「銀兄だ! 戻ってきたの?」
「杏、夏至祭はお前が巫女をやるのか! 凄いじゃないか」
巫女は十代前半の少女たちから選ばれる。少女たちの憧れの仕事であった。
畑仕事や荷積みの肉体労働や物販などの立ち仕事が多いなか、巫女に選ばれれば全てが免除される。神楽の練習は過酷だが、少女たちにとっては巫女装束で踊ることは特別なことなのだ。
杏と呼ばれた少女は、けれど銀の言葉に顔を曇らせる。
「……うん」
銀より一つ歳下の杏は、その誉ある役割を任されたのだが、今起き続けている問題に心を痛め続けていた。
「なんだよ、しけた顔して。憧れてたんだろ? よかったな」
「でも、みんなが、帰ってこなくなっちゃって……ぐすん」
「それは巫女のせいではないと話したはずだ」
村長の言葉に、杏は涙を堪えて頷く。
「さぁ、もう一度道を通すぞ。開けば戻れる者も何人かいるだろう」
「……はい」
「銀、お前は主人に従うんだ。無理に手伝う必要はない」
「ちゃんと許可は貰ってある。戻るためには移動魔法を使わないと無理だから、そのための協力をしたいんだ」
「……わかった。戻りの話はなんとかしよう」
人手不足に頭を悩ませ続ける村長は、銀の申し出をありがたく受けたのだった。