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8.夏至祭の準備中(1)

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 濃い花の香りと微かに聞こえる笛の音に導かれて靄の中を通り過ぎると、膝丈ほどの草が生い茂り周囲が木々に囲まれた場所に出た。

 背の高い木々が遠くまで立ち並び、日が入らないせいでうっすらと暗い。


 銀が降り立った数歩先の草が踏み倒されていて、そこに赤子が転がっている。

 銀は赤子をすぐに抱き上げた。


「良かった! 無事だった」

「あぶぅ」


 赤子は元気そうに手足をばたつかせながら、周囲をきょろきょろ見回す。


「転換に驚いて泣かないって、お前肝がすわってんな」


 一度転換したなら、これからは頻繁に狼に変わる。背中で転換されると捕まえづらいので、持っていた紐で前に抱きかかえた赤子を体に括りつけた。



「銀、ここどこ?」


 一緒に出てきたリリィが左右を見回しながらしがみついてくる。

 日中でも日陰の多い樹海の森は、日が傾くにつれ木漏れ日が消え失せ、直ぐに闇は広がっていく。


「ちょっと見てくるから、待ってろ」


 そう言って、銀はガサガサと草を踏み分けながら周囲を確認しにいってしまった。


「ま、待ってよ」


 置いていかれたと勘違いしたリリィが慌てて追いかけようとして、肩を掴まれる。

 同じく通り抜けてきたアーサーが横に立っていた。


「リリィ、銀に任せて少し待った方がいい。この時間帯だと人の視界は悪くなる」


「あ、アーサー殿下も移動したんですか?」


「ああ、何とか間に合った。ノアは――出遅れたみたいだな」


 振り返れば通ってきた靄は跡形もなく消えていた。少しして銀が戻ってくる。


「この先に俺の村があるから、とりあえず行こう」


 日が沈み切る前に、どうにか安全な場所に移動することができたのだった。




 銀の村に着く頃には、ちょうど夕日が沈み空に星がポツポツと瞬きはじめた頃だった。

 村は人が溢れ返っており、何やら忙しそうに荷物を運んだり赤子を世話したりと慌ただしい。

 三人が通っても村人は見向きもしなかった。


 出迎えてくれた村長は、何のもてなしも出来ないことを詫びると寝床と簡単な食事の提供を申し出てくれた。

 彼は銀に指示を出すと、すぐに忙しなく動く人々の元へと戻っていった。


「ごめんな。夏至祭の準備が上手くいっていないみたいで、みんな余裕がないんだ。とりあえず寝床に案内するよ」


 銀に連れられてアーサーとリリィは、一番大きな屋敷の地下に続く階段を降りていった。

 一番下まで降りると土を削って作った洞窟のような場所に着く。天井には発光する石が埋め込まれていて、周囲は非常に明るく、手入れも行き届いているように見えた。


 地下へと案内されたとき、少しだけ警戒したアーサーは杞憂だったと構えを解いたが、銀がここだといって指さしたのが堅牢な牢屋にしか見えず思わず足を止めた。


「今、他の村の連中が全員越してきているから空いている家が無いんだ。寝泊りできる上等な場所で残っているのはここだけだってさ」

「……」


 アーサーは絶句し、しばしのあいだ呆然と木組みの格子を見つめる。王太子である自分は牢屋に人を送り込んだことはあっても、入ったことなど一度も無い。


「前に来た時より綺麗になった?」


「ああ、他から来たヤツが寝泊りできるように綺麗に整えたんだってさ。寝るだけなら十分だろう」


 以前リリィが入ったときは板が何枚か敷いてあるだけだったが、今は一段高い座敷が奥に造られていて入口は土間になっていた。


「前に――――入った?」


「はい、この前(さら)われたときに、ちょっとだけ入っていました」


 けろりと応えるリリィに、アーサーは息を呑む。その経緯はものすごく気になるし問いただしたいのに、言葉が出てこなかった。

 困惑しきったアーサーを置き去りにして、銀とリリィは全く躊躇せず自分たちが寝泊りする牢屋を選び、さっさと入っていく。


「銀、あとでそっちに遊びに行っていい?」


「おう! 枕投げでもやるか?」


 寝床を作り、遊びだす二人の適応能力の高さをひしひしと感じながら、アーサーも諦めて牢屋を選んだのだった。


 いろいろと葛藤もあったが、鍵も渡されていたので牢屋の出入りは自由であり、むしろ外からの侵入者を気にしなくて済む分、落ち着いて体を休めることができた。

 天井に埋め込まれた光る石も明かりを消せるらしく、格子を気にしなければ十分な寝床を提供されたと思えたのだった。



 □□□



 翌朝、三人が地上に出ると、村は依然として慌ただしく駆け回る獣人で溢れていた。

 中には銀やリリィより小さな子供たちが荷車を押して荷物を運んでいるのだが、どうも様子がおかしい。

 よろけて危なっかしいと心配して見ていると、案の定、転倒して荷物が地面に散らばった。


「あ! なにやってんだよ」


 銀がその様子を見て、やきもきしだす。


「リリィ、俺、手伝ってきていいか? みてらんねぇ」


「え! いいわよ」


「ありがとう! 二人はあそこの木の下で待っていてくれ。戻る準備の相談もついでにしてくるからさ」


 銀は走り去り、アーサーとリリィは指定された木の下で邪魔にならないように待つことにした。


「銀ったら、私に聞かずに、すぐに行ってあげればいいのに」


「銀はリリィの従者なのだろう? なら、リリィの許可がいると思ったのだろうな」


「……そうですか」


 普段、リリィは銀のことを気心知れた友達のように考えていた。けれど銀はちゃんと一線引いて主従関係を意識しているのだ。


(主従関係って取り消せないのかな……)


 結んだときの状況は仕方なかったとはいえ、今なら銀が村に帰っても問題なさそうに見える。


(家族の側にいる方がいいと思うけど。でもエリオットも城に入りびたりで帰らないし。男の子ってそういうものなのかしら?)


 王都で過ごす銀は、毎日何かを計画して楽しんでいる。銀に振り回されて怒ってばかりいるエリオットも、なんやかんやで遊びに混ざりたがる。そう思えば、このままでも銀は楽しいのかもしれないと思えてきた。


(二人とも会いたいと思えばいつでも家族に会えるものね。――私と違って)


 羨ましいとは思ったが、リリィだって東の砦の両親に合流するため日々努力しているので、そこまで現状に不満は抱いていない。


 脳内討議で忙しいリリィの横で、アーサーは村の様子をじっくりと眺めていた。

 どう見ても効率的に作業できておらず、行ったり来たりしているだけの者も何人か見受けられる。

 その中で、先ほど倒れた荷車の子供に指示を出し、他にも困っている者に話しかけていた。


 二人とも黙って興味のそそるものに夢中になっていたところに、一人の老人が歩いてくる。


「あ、長老さんだ。こんにちは」


「…………。っ! おお、娘さんか。今日は攫われてきたんと違うな?」


「はい。樹海で迷子になってしまって。昨晩からお世話になっています」


 長老と呼ばれた老人とアーサーは、初対面であった。

 各国の代表同士で会議するときに出てくるのは、出迎えてくれた村長と数人の若者だけなのだ。


「こっちの兄さんも、迷子か?」


「ま、迷子。――そう、なるのか」


 生まれてこのかた、アーサーは迷子になったのも初めてであった。


「ふーむ。もしかして靄にうっかり入ったか? 今年の夏至祭の移動魔法は、ちとまずいな。これだと帰るにも帰れんだろうなぁ」


「え、帰れないんですか?」


「今は闇市の準備で樹海に手広く移動魔法を仕掛けているんじゃが、質が悪くてな。思った通りの場所に出ない。おかげで、あと二日で始まるのに準備がまったく終わっていない。行方不明も何人かでている。まあ、そいつらは自力で戻ってくるだろうがのぅ」


 長老の悠長な口調で、とても過酷な村の状況が語られる。

 アーサーは当てにしていた獣人の移動魔法を諦めると、自力で樹海を抜けて帰る方法を尋ねたのだが、長老はゆっくりと首を横に振った。


「止めた方がいい。樹海を歩く耳としっぽのない者を、我らは排除すべき侵入者とみなす。遠目で互いに避けられればいいが、うっかり鉢合わせれば襲われかねんぞ」


 周囲を行き交う獣人は人型でも必ず耳としっぽを出していた。

 リリィは銀が王都で過ごすとき、両方しまえることを不思議に思っていたが、あえて耳としっぽをだしている理由に納得した。


「あと二日で闇市が始まる。その時には移動魔法も整う算段だ。それに紛れて帰るのが良かろう」


「「……」」


 アーサーとリリィは互いに顔を見合わせる。二日も王都を不在にすれば大事になるのは目に見えていた。

 けれど、自分達だけで樹海を抜けるのも危険が過ぎる。


「ところで二人とも、暇じゃろ」


 間違いなくあと二日滞在することが確定した二人に、長老がニタリと笑いかけた。

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