7.王太子行方不明につき
アーサーの執務室で、ダニエルは淹れたての紅茶を飲みながら、のんびりと時間を潰していた。
待てど暮らせど誰も部屋に戻ってこないのが、不思議で仕方ない。
(エリオット君は帰省中だろ。アーサーとノア君は長期休み前で仕事が忙しいんだろうけど、銀君とリリィはどこに行ったんだ?)
二人そろって不在だと、どこかで何かを仕出かしていそうで不安がよぎる。
けれど探しに行って入れ違いになる可能性もあるので、のんびりと誰かが戻ってくるのを待っていたのであった。
(まぁ、何かが起きたら、それこそ兵士が飛び込んできて知らせてくれるから、いっか)
そんなことを考えていた時だった。
――バァァァン!
物凄い勢いで扉が開き、軽装に大量の荷物を持ったノアが飛び込んできたのである。
「あ! ダニエル様、会えて良かった!」
「うぉ! ノア君、どうしたの?」
普段身なりに気を遣うノアが、髪を乱して肩で息をしているその姿にダニエルは嫌な予感しかしなかった。
「た、大変なんです! 殿下が、殿下が行方不明に!」
「はい?」
ゼェハァと息を切らしたノアは、それ以上しゃべり続けることができず、ヘナヘナと座り込んでしまったのだった。
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落ち着きを取り戻したノアから、ダニエルは事件の真相を聞き出し途方に暮れた。
「どうしましょう。どうすればいいですか? 僕、もう終わりだぁ~」
「いやいや、もう一度整理するからちょっと待って」
取り乱すノアを放置して、ダニエルは事実を辿る。銀の連れていた赤子はダニエルも知っていた。その子が転換して走り出した先で花の香と靄が立ち込めていて、三人の姿が吸い込まれたとすれば――
(空間を移動したのか。獣人が確かそんなことができたはず。銀君が一緒なら戻ってはこれそうだな)
そのうち帰ってくるだろうと合点がいき、ダニエルはノアに向き直る。が、ノアは何やら机に向かって執筆中であった。
「もう終わりだ。失敗してしまった。ああ、短い側近人生だった」
ブツブツと呟きながら羽根ペンを置くと、書き終わった紙を封筒に入れて、ノアはダニエルにそれを差し出した。
封筒には大きな文字で『退職届』と記されている。
「はい?! ちょ、どういうことだい、ノア君」
「だって、もう終わりです。アーサー殿下を見失ったなんて側近として失格です。責任を取って辞めさせていただきます!」
「はぁぁぁぁぁ?」
「短い間でしたが、お世話になりました!」
それだけ言うと、荷物をまとめて出て行こうとするノアをダニエルは羽交い絞めにして引き留めた。
「は、離してください、ダニエル様!」
「ヤダね! 一人だけ逃げ出そうたってそうはいかない!」
「違います! 責任をとって辞めるんですよ」
「辞めてとれる責任なんてね、この世に存在しないんだよ! そういうのは能無しが失敗したときに格好つけるための逃げ口上。許可が下りるのは、そいつが邪魔だから周りが見逃してるだけ! くだらない連中の真似なんかしてないで、アーサーが帰ってくるまでのあいだ、どうしたらいいか考えるよ!」
「でも、僕は側近失格ですからぁぁぁ」
「責任感のある大人は、失敗を挽回するための行動をとるんだ!」
その言葉で、ノアの体から力が抜ける。
「ゼェハァ。とにかく、銀君が一緒ならあっちは自力で戻る方法を見つけるだろう。問題は不在のあいだ、どうやって間をもたせるかだ。アーサーの予定はどうなっている?」
「来週から夏至祭休みで仕事が山積みなので、明日以降の会議は休み明けにずらしてあります。ただ投げ込みの仕事が毎日山のように入ってきていますし、休み前に返さないといけないものも結構な数あります」
「なるほど。なら、人前に出なくてもいいわけだ」
顎に手を添えて、ダニエルは思考を巡らせる。
「ですが、仕事はそうはいきません。ここは正直に話して捜索隊をだしてもらって、僕は責任を追及されてクビに……うぅ」
「ダメだ。絶対にアーサーが行方不明だと漏らしてはいけない」
「ですが、もし万一のことがあったら」
「どうせ数日で帰ってくる。そのあいだ行方不明で騒いだら、間違いなく、確実に、私が八つ当たりされてグチグチと文句を言われるはめになるだろうが!」
つい先日、理不尽な儀式を耐えきったダニエルである。再び相まみえるなら、せめてもう少し期間をあけてからがよかった。
「どうしてダニエル様が? 僕が責められるのでは?」
「ああ、君も多少は責められるだろうね。けど理由をつけて責任を被せる先は、どうせ私だ」
考えただけでも手に取るようにわかる。
今現在アーサーの執務室に身を寄せているのを皮切りに、獣人や竜人の世話をしているダニエルがしっかり見張っていなかったせいだと、チクチクチクチクネチネチネチネチ繰り返して責めるだろう。
(間違いなくそうする。陛下はそういう奴だ。しかもアーサー達が樹海の森にでも行っていたら、兵士の捜索は全くの無意味!)
つまり、アーサーが帰ってくるまでダニエルが不遇な目にあうだけなのであった。
「そのぐらいなら、王太子の仕事を肩代わりする方が、百倍、いや千倍マシだ!」
「え! ダニエル様、執務されるんですか?」
「これでも王弟ですから可能ですよ。一時期は本気で陛下の補佐を目指してましたから。ええ、できますとも。余裕ですよ!」
歪んだ笑顔でダニエルは大きく頷くと、アーサーの机に座り、山積みの書類を読みはじめたのだった。