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聖女になりたい訳ではありませんが【書籍化・コミカライズ】  作者: 咲倉 未来
第2部:聖女候補生編(後編)

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3.王太子の周辺事情(1)

 舞踏会シーズンが幕を降ろし、気忙しさからも解放されたアーサーは一息つきたいところであった。


 けれど彼の周辺は、そんなささやかな望みさえ許してはくれない。


「王妃様から、本日、昼食を一緒に召し上がりたいとの申し入れがありました。難しければ休憩がてらお茶でも良いとのことです」


 ノアからの伝達を聞き、またなにやら面倒ごとが起きるのだろうと肩をすくめる。


「わかった。昼食でと伝えておいてくれ」


 アーサーが執務をこなすようになってから、国王や王妃とは食事を一緒に摂っていない。公務の都合上、時間を合わせるのが難しくなったからなのだが、顔を合わせなくても不都合もないのでそのままなのだ。


 そうなると、こういった申し入れの場合は何か話したいことがあるのが前提で、そのついでに食事するということだった。




 昼、王妃のサロンでアーサーは彼女と昼食を共にしていた。


「それでね、お父様がね、背中から腰にかけて痛みがとれないと困っているのよ。私も先日魔症病(ましょうびょう)に罹ったでしょう。もう二人とも歳なのよね」


「……父上は三十七歳ですし、母上は三十五歳だったはずですが。十分若いですよ」


「気持ちは十代の頃から変わらないのにね。困るわ」


 母親の取り留めもない話を聞き流して、アーサーは目の前のメインディッシュにナイフを入れる。


(ああ、味がしないな。懐かしい……)


 一方的に自分の興味のあることしか喋らない母親と寡黙な父親との食事が、アーサーは子供の頃から苦手であった。

 とりあえず出されたものを全て平らげれば栄養面で問題ないので、黙々と咀嚼し次の一切れを口に運ぶ。


「私は薬で完治できたけれど、お父様がね、医者の見立てでも原因不明なんですって。王族って大変よね」


「そうですね。代々何かしら原因不明の体調不良を訴える者が多いですからね」


 アウルム王家の血筋は、稀な病気の記録が多く残っていた。

 致命的な病魔ではなく不調の範囲の症状だが、それらが原因で神経衰弱になり退位する王もいたため、軽んじるのは危険であった。


「針治療に按摩師に。いくつも試しているけど劇的に変わらないみたいなの。そうそう、私もマッサージを覚えたのだけどね、一番効果があるって褒められたのよ」


「そうですか。よかったですね」


 母親と父親は未だに仲が良いらしかった。だったら二人仲良く過ごしてくれればいいのに、何故アーサーに声をかけたのだろうかと少々煩わしくも思った。


「母上、俺とではなく父上と二人で過ごされてはいかがです?」


「いつも一緒に過ごしているわよ。でも、たまには息子とも会話したいじゃない」


「……」


 一方的にしゃべり続けるのが、果たして会話というのか甚だ疑問であった。

 席に着き前菜が運ばれたときから、王妃はずっとしゃべり続けている。要領の得ない内容に結論のない話題は、アーサーに言いようのないストレスを与え続けた。だいぶ耐えたから、もうそろそろ頃合いだろうと席を立つ。


「そろそろ失礼します。忙しいので」


「あら大変! まだ話したいことがあるから、早めにデザートを出すわね」


 王妃が給仕に声をかけ、テーブルの上の皿が下げられると、食後のお茶にデザートが運ばれてくる。


「それでね、アーサー」


「……」


「きいているの? 私、この前の舞踏会で聖女候補生のゴルド公爵とカルコス男爵の令嬢たちとお話したの。彼女たち、私とお茶会をしたいのですって」


 アーサーは目を閉じ、事の次第を理解した。辟易しながら続きの言葉に耳を傾ける。


「それでね、一緒にアーサーもどうかしら? 二人からもぜひ誘って欲しいとお願いされたのよ」


「お断りします。茶会や交流会は母上の役割ですよね」


 聖アウルム王国の王妃は、貴族との食事会や、茶会といった人脈の下地となる交流を全て引き受けている。

 彼女の社交性はとても高く人を懐柔することが上手い。政治方面への影響力は皆無だが、その分、国王が高姿勢な態度をとるため、二人揃うとバランスが取れて丁度良いのだ。


「そうだけど。でもお願いされたのよ」


 王妃から見たアーサーは、いつだって従順で素直な息子であった。

 王太子として立ち振る舞う場面では饒舌にしゃべるので、親子として接する場面で異様に口数が少ないことを都合よく解釈しているのだ。反抗せず、優秀で、出来た息子であると、そう信じて疑っていなかった。


「おねがいよ、アーサー」


「お断りします。俺は忙しいんですよ」


 きつい口調に、王妃は思わず開いた口に手を当てる。

 アーサーは目を閉じ眉を少しだけ寄せたあと、もう限界だと席を立つ。


「それでは、失礼します」


「……」


 想像していなかった息子の反応に呆気にとられた王妃は、黙ってその背中を見送ったのだった。



 □□□



 夕方、ノアが大量の書類をアーサーの執務室に持ち込んでくる。


「殿下、今日の締め分の検討案件です」


 アーサーの机には午後に持ち込まれた書類の山が積み上がり占領していた。仕方なくノアは応接用のローテーブルの上に書類を置いていく。守護壁(プロテクト・ウォール)崩壊以降、アーサーの仕事量は目に見えて増えていた。

 学生であり執務は見習いであるはずなのに、優秀な王太子に対して周囲の者達の遠慮や手加減は皆無だった。


「ノア、この山二つは処理済みだ。各部署に届けてくれ。それが終わったら今日はもう上がっていい」


 アーサーはこの執務過多の状況を考慮し、学園は最低限の通学で済むように免除申請による単位の修得をすることにした。

 元々学園は人脈作りが目的の入学だったことと、授業も殆どが王族教育で習学済みなので申請はすぐに通り許可がおりる。最終学年の今年、残りの通学機会は卒業パーティなどの行事に顔を出すくらいだ。


 一方ノアは、まだ週に二日の通学を必要としていた。卒業できなければアーサーの側近としては落第である。

 けれど、仕事に追われるアーサーの側を離れるのも嫌なので、倒れる覚悟で身を投じている。


「……戻ってきて、新しい仕事の仕分けもやります。それくらいならお手伝いできますから」


「判断は任せるが、無理はするなよ」


「ええ。慣れれば早くなりますから、量をこなします!」


 自分の糧になる仕事に対して、ノアはどこまでも前向きであった。



 ノアが部屋を出ると、アーサーは執務机の一番下の引き出しを開ける。

 リリィから渡された飴袋と呼ばれる巾着をあけ、中から飴を一つかみ取り出した。


 前は無地の薄い黄みを帯びた薬包紙(パラピン)だったのが、今は赤や黄色、青といった可愛らしい絵柄のついた包装紙に変わっている。


『赤が回復薬入りのイチゴ味、黄色が痛み止め入りのハチミツ味、青が再生薬入りのブルーベリー味。どれも気休め程度の量しか入っていないので、本当に対処したい場合は薬を飲んでください』


 なんとなく市販品に寄せようとしているのが見て取れる。

 アーサーは赤い包装紙の飴を口に含み、舌の上で転がすと徐々に味が口内に広がっていった。


(……前の薬味の強い味の方が、脳天直撃で刺激が強くて良かったんだがな)


 視界が広がり、頭が回り出し、ついでに味覚が悲鳴を上げて仕事を始めるので非常に重宝したのだ。

 ガリッとかみ砕けば、その苦みやえぐみを和らげようと舌が必死に甘味を求めだす。


「……イチゴ、なのか?」


 色以外、存在感の欠片も見当たらないイチゴ味に思考を奪われたが、そこは期待していないのでいいかと二つ目の飴を口に入れる。次は黄色だが、先ほどの飴の味との違いが分からなかった。



 ガリガリと噛み続けながら、アーサーは別の引き出しを開ける。取り出した手のひらサイズの判子を転がしながら、冷えた視線でそれを見下ろした。


「――父上の具合の悪い箇所は、増えていくばかりだな」


 初めは軽い頭痛に眩暈だったが、腰、首、背中と痛みを訴える箇所が増えている。そうなると必然的に執務に就ける時間も減っていくわけで。


御璽(ぎょじ)を王太子に押し付けるまで、弱っているようには見えなかったがな」


 叔父のダニエルを会議でネチネチといたぶる姿は、非常に元気に見えたので思い出しただけで腹が立つ。

 けれど王妃の話を聞けば、見えないところでは不調でへばっているのだろうと想像することはできた。


 アーサーは、それらを全て知った上で黙って自分に回された仕事を引き受け続けていた。


 国王が仕事もままならないほど弱っている事実は面倒ごとを生むだけだ。

 消化できない仕事は誰かが代わりにやらなければならず、いずれ国王となるアーサーは適任だといえた。


 幸いにして、有能な王太子は忙しく働く程度の労力で全てを収めることができる。


 アーサーが多少窮屈でしんどいと感じても、目の前の仕事をする以外に解決する方法はなく、彼は手にした御璽(ぎょじ)で書類に印を押していくのだった。


 日々の安寧など何もしないで守られるものではないのだから。

 大切だと思うがゆえに、アーサーは自らが対処するやり方を選ぶのだった。

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