2.聖女候補生の現在(2)
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白い百合の髪飾りで艶やかな青い髪をハーフアップにセットし、気合を入れてシーズン最後の舞踏会に臨んだゴルド公爵令嬢オリビアは、周囲で途切れることなく質問を続ける人々に内心舌打ちをする。
「あの守護壁が壊れた事件、オリビア様はどのような働きをなされたのですか?」
彼らは今話題の事件の真相を知りたくて、オリビアから聞き出そうとあの手この手で質問を繰り返す。
オリビアが事件前日に盛大にパフォーマンスし、守護壁の改修をしていたことは既に国民全員が知るところだ。
その翌日、空は暗黒に包まれ、その直後、美しい文様と共に闇は消え去り浄化され、透き通るような青空が再び戻ったのだ。それに続き外壁が防御魔法で包まれ再び周囲の視覚は遮られた。
瞬きするごとに空模様は変わり続け、最後は防御魔法と守護壁の存在自体が消失してしまったのだった。
聖アウルム王国の平民貴族は、混乱し王国に対して答えを求めた。
『外部からの攻撃により、それらは役目をはたして消失した』
王国は多くを語らず簡単に理由を説明したのだった。
人々はこの言葉を元にあれこれ憶測を立て、ついには全てを見越したゴルド公爵令嬢が守護壁を強化したという話ができあがる。
ただ、人々の関心はあの空模様の変化、特に黒一色の空に美しい神聖図形が光を帯びて広がった件に集中した。描かれた幻想的な情景は、一体どういった魔法なのかを知りたがったのだった。
事前に強化したオリビアならば、きっと知っているはずだと。むしろ彼女こそが立役者なのではないかとも言われていた。
そのせいで、行く先々でオリビアは質問攻めにあっているのだ。
(これでは、アーサー様にお会いできませんわ。――やだ、もう見当たらないじゃない!)
ちらりと視線を周囲に配れば、アーサーの姿はすでに無かった。先ほどまで挨拶回りをしていたはずなのに、とんだ失態である。
(この噂好きの貴族達、本当に邪魔してくれたわね!)
今すぐアーサーを探しに走り出したい衝動に駆られた。ただ、ゴルド公爵令嬢という看板を背負うオリビアにそれは許されない。
「やはり、前日の改修のときには予め魔法を施してあったのですか?」
質問を続ける連中に嫌気のさしたオリビアは、さっさと答えて済ませてしまおうと、彼らが望む答えを口にした。
「ええ、もちろんですわ。事前に全て仕込んでおいたものです」
「やはりそうでしたか。なら光魔法でもどういったものになるのです? あんな魔法は見たこともない」
「ええっと、それは神聖図形という大陸でも西の国で使われる方法を取り入れたのですわ」
詳しい話になると、途端に返答に窮する。早く切り上げたくて、なんとか誤魔化しながら会話を続けた。
「そのような稀少な魔法を、一体どこで学んだのです?」
「なぜ東の大国ではなく、西の小国に注目を?」
「どうして敵襲が事前にわかったのですか?」
「皆さま、落ち着いてくださいませ。ええっと……」
笑顔で口を開くが続きの言葉が出てこない。冷やりと嫌な汗が流れたオリビアだった。
「お話し中失礼します。ごきげんよう、オリビア様!」
取り囲む貴族の後ろから、可愛らしい声が聞こえた。普段ならこの声が聞こえれば、どうあしらうか考えるオリビアだが、この時ばかりは彼女に縋った。
「まぁ! ポピィさん、ごきげんよう。彼女、わたくしの学友なのです。少々失礼しますね」
振り返った貴族達は、その言葉で左右に道を空ける。その隙を逃さずオリビアは真っすぐポピィの側まで行くと、その腕を掴んで会場の目立たないところまで引っ張っていったのだった。
会場の壁際に立つ令嬢たちの前を通り過ぎ、さらにダンスフロアからは死角となりそうな場所まで移動する。
周囲に誰もいないことを確認し、オリビアは息をついた。
「ありがとう。助かったわ」
「? どういたしまして。あたしオリビア様にお願いがあってきたんです。今のでオリビア様を助けたことになるなら、相談に乗ってくれますよね?」
オリビアが貴族の相手で困っているとは思っていなかったポピィだが、感謝されたのなら丁度いいとばかりに交換条件を持ちかける。
「……どういった内容かによるわ」
オリビアから見て、ポピィは非常識な行動を繰り返す予測不可能な人物だった。確かに先ほど助けられはしたが、やはり警戒はしてしまう。
「えー。悪い話じゃないですよ。オリビア様にとっても有益なはなしです。お耳を貸してください」
気は進まなかったが、それぐらいならいいだろうとオリビアはポピィに近づいた。しばらくの間彼女の話に耳を傾け、終わると目をつぶって逡巡する。
「悪い話ではないでしょ? あたしもオリビア様も聖女候補生なのに、このままだと干されっ放しだもん」
「干されっ放しになんて、わたくしはするつもりはありませんわ」
強がったものの、今のオリビアは城へ登城する理由がなく、兄であるデュランはアーサーに面会できない日が続いていた。
「だからぁ、ここは一時協定を結ぶのが良いと思うの! 聖女候補生のお仕事がないと、頑張ることすらできないでしょ」
「……」
ポピィの言い分が痛いほど理解できてオリビアは唇をかんだ。
オリビアは折角のチャンスを失敗により棒に振った。けれどその失敗を挽回する機会を与えられないせいで、汚名返上できずにいる現状は彼女にとって非常に屈辱的なのであった。
(せめて、もう一度チャンスさえくれれば。今度こそ掴んでみせるのに――)
それだけの実力を持っている自信はあった。前回は準備期間もほぼ無く、また横やりで奪った仕事に飛びついたのが敗因だったのだ。最初から自分で計画した仕事なら、ちゃんと実績をあげることができる。
そのためには、アーサーにもう一度聖女候補生の仕事を振ってもらえるよう交渉をしなければならないのだ。
「協力してあげても構わないわ。でも、ポピィさんとわたくしで何ができるというの?」
「ありがとう、オリビア様! ふふふ、アーサー様がダメならぁ、近しい人にお願いするのが良いと思うの」
パッと花のような笑顔を浮かべ、ポピィは舞踏会の上座に視線を向ける。
そこには挨拶を済ませ、仲良く雑談を交わしていた国王と王妃の仲睦まじい姿があった。
「! そういうこと。……そうね、わたくしから王妃様にお茶会を提案してみましょう。聖女候補生全員で、と」
「それそれ、そういうの! さっすがオリビア様」
オリビアの唇が美しい弧を描く。
王妃は魔症病を患い、その治療の一環でオリビアの世話になっていた。そのため彼女との仲は良く、そういったお願いはしやすい間柄であった。
「聖女候補生は王太子妃候補でもありますから、きっと察してもらえるはず。ちょっとお願いしてきますわ」
言うが早いか、オリビアはドレスを翻すと王妃のところへ向かっていった。
「あたしも一緒に行きます!」
「ええ? それは……」
「だってオリビア様、辿り着く前に他の貴族に掴まりそうだもん」
「……そうね、お願いするわ」
二人は連れ立って王妃の元へと歩いていったのだった。