終.エピローグ
城の敷地の北端にある倉庫は、相変わらず日当たりが悪くジメジメとしていた。
リリィは解呪の終わった倉庫からロングソードや短剣などの武器を何本か外に持ち出して、神聖図形を描いていく。
終わると隣の空き倉庫に置いてある木箱に入れて、次を取りに戻っていった。
懐かしい仕事だが、前と違うのは倉庫に光魔法士達が入れ替わりやってくる点だ。
先日、近辺にまだまだ潜んでいる魔物を討伐するために、竜人族と獣人族の双方を交え、今後の討伐について検討会が行われた。
プラータ山脈、聖アウルム王国、ノグレー樹海の魔物討伐は満場一致で合意となった。
けれど、順調だったのはここまで、具体的な討伐の話は互いに揉めた。
当初は、原因を作った人間が責任をもって対応するべきだと、こちらから獣人族と竜人族に申し出たが、両者とも自分の領地は自分で片づける。手伝いは歓迎するが任せきりは嫌だと断られた。
けれど、いざ討伐しようとすると双方の国には有効な武器が無かった。
竜人族は一旦山から聖アウルム王国に向けて魔物を追い出し、周辺の土地を巻き込んでドラゴンの炎で消滅させる手段しか持たず、獣人族は狼に変容して戦うため、体を呪いで蝕まれてしまう。それ以外だと鈍器や農機具で追い払う程度の作戦しか持ち合わせが無かった。
さすがにそれでは都合が悪いので、聖アウルム王国から無償で武器を提供し、それを使って各種族が討伐することになる。提供する武器を慰謝料とすることで、全てが丸く収まったのだった。
で、討伐に使う武器なのだが、リリィが聖女候補生の仕事として解呪した武器が大量に倉庫に詰め込んであるので、それを有効活用することにした。
これに神聖図形を描いて浄化魔法を施せば、触れた魔物があっさり昇華されるので万々歳だ。
本体の元手はタダ。しかも今は守護壁の維持から解放された光魔法士達が浄化魔法の施しをしてくれるので、リリィは毎日ロングソードや短剣に神聖図形を描き続けている。
「それにしても、オリビア様もポピィ様も、全然城で見かけなくなったわね」
これだけ量があるなら、聖女候補生の仕事として彼女たちにも手伝ってもらおうとアーサーに相談したのだが、なぜか断られた。
「リリィが主担当で進めてくれ、だなんて。変なの!」
代わりに手の空いている光魔法士を提供されたからいいけれど。不思議である。
昼休憩は、変わらずアーサーと二人だけで食事をしている。
ほとんど行動を共にする銀も、この時間だけはどこかに行ってしまう。
何故だと問いただしたら――
「俺は馬に蹴られて死ぬのはごめんだ」
と、よくわからないことを言われてはぐらかされた。
昼食が終わると、リリィはダニエルの執務室へ向かう。そういえばエリオットは一度自国へ帰っていったのだが――
「やあ、リリィ。こんにちは」
結構な頻度でダニエルの執務室にいるので、週に一度は顔を合わせている。
「エリオット。また来たの? 親御さんにはちゃんと話を通してきたの?」
「ええ。近々聖アウルム王国との交流の一環で、留学できる予定です」
留学も何も、ずっと入り浸っているなら留学する必要ないだろうとリリィは思った。
そして銀やエリオットは、ダニエルの執務室を非常に気に入っていて、少しずつ彼らの私物が増えている。
「実は今、真向いの部屋を新しく使えるように工事しているんだ。出来上がったら、また引っ越しするからこの部屋が広くなるよ」
ダニエルも二人のことが気に入っているらしく、執務室が前とは別の意味で散乱していた。部屋の隅に小さなボールが転がっているが見ないフリをしておく。
ダニエルの仕事は、守護壁に代わる王都の防衛案を作っていて、リリィはその手伝いをしている。
が、銀とエリオットがいると脱線するので、実は全然進んでいない。
ちなみに今日は、自分たちはどうやって生まれたのかについて盛り上がっていた。
「獣人は一度に沢山生まれるから、みんなで手分けしてお乳を飲ませて世話するんだ。俺も毎年一人渡されて面倒見てるぜ。お母ちゃんはお産で大変な目に合うから、早く元気になるように屋敷で療養するんだ。赤ん坊の顔をみせに行って撫でてもらうくらいだな。なんたってお産は大仕事だからな!」
「人間は基本一人が多いわ。双子や三つ子はたまーにいるけどね。私はお母さんが育ててくれたけど、家によっては乳母を雇うのよ」
「竜人は卵で生まれます。お産は神聖なものですから限られた女官しか立ち入れません。卵はベビーベッドに寝かされて専任の侍女に世話されます。家族は会うことが許されていますが、孵るまでは城の奥で大事に守られていますね」
全然違うのでお互いにびっくりした。その話をダニエルが目を輝かせて聞いている。
いわく、本に書いてある情報よりはるかに貴重で正しい話がたくさん聞けるので、楽しいのだそうだ。
十五時になると、侍女がおやつの乗ったワゴンを運んできてくれる。
人嫌いで誰も寄せつけなかったダニエルだが、リリィと銀とエリオットのために、おやつが届くように手配をしてくれたのだ。
そして、その時間になると結構な頻度でアーサーが顔を出すようになっていた。
アーサーが顔を出すと、ダニエルと銀とエリオットがおやつの皿をもって隣の書庫に移動してしまう。
何故だと問いただしたら
「「番なら仕方ない」」
と言われてはぐらかされた。ツガイって何だ。
「殿下は執務室を抜け出して大丈夫なのですか? お仕事なら私がそちらのお部屋に伺いますよ」
「ノアを留守番させているから問題ない。それにあの部屋は邪魔が多く入るからゆっくりできない」
ちなみにノアは、再び突撃してきたディランを追い返しているところである。
「そういえば次の祭りは夏至祭だな」
「そうですね。灯篭を沢山飾って花火も上がるので夏至祭は賑やかですよね」
「先に渡しておく」
アーサーはリリィに小さな箱を手渡した。夏至祭の話にプレゼントときたら――
「殿下、この中身って、まさか」
「ああ。夏至祭をリリィと一緒に歩こうと思ってね」
おそるおそる箱を開けると案の定ネックレスが入っていた。
ノアといいアーサーといい祭りに行く約束のたびに安易に装飾品を送るのは止めてほしい。
深い意味が無いと分かっていても、恋の駆け引きに慣れていないリリィの頬はすぐに熱を持ってしまう。
「深い意味はないのですよね。ありがとうございます」
どうせノアと同じようにリリィを揶揄って遊んでいるのだろうと、唇を尖らせた。
「さぁ。どうだろうな」
少しだけ口角を上げて美しい笑顔でそんなことを言うので、リリィの顔は真っ赤になった。
(やっぱり、揶揄って遊んでいるんだ。ひどい!)
――と、このように、リリィの毎日は慌ただしく、楽しく、面白いことばかり起こるので、アダムとエマに送る手紙に書く内容に事欠かない。
リリィが出した分厚い手紙に、東の砦から返信が届く。
東の砦は今のところ変化は無く平和が保たれていると書いてあった。
「よかった! なら、もうすこし王都でレベルアップしてお父さんとお母さんを、あっと言わせてみせるわ」
今日も王都の空は透き通るような青い空が続いている。
同じ空の下にいるはずの両親に向かって、リリィは笑顔でこう言った。
「聖女になりたい訳ではありませんが、もうしばらくは王都で聖女候補生の仕事を続けようと思います」
~第一章・終~
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
現在、コメントで要望も頂けたので続編を作成しています! 少し先になりますが続きを更新していく予定です。
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=【新連載告知】===========================
2020/10/19から新連載を開始して完結しました。
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ヒロインは17歳。失恋から立ち直って新しい恋を見つける、初々しいやつダヨ!




