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27.浄化の魔法(4)

誤字脱字の指摘ありがとうございます。

 空を旋回するドラゴンは、変わらずその場にとどまっていた。

 はじめはドラゴンに怯えていた兵士達も、彼らに攻撃する気がないのだと分かると、地上を蠢く黒いスライムの駆除に集中した。


 黒いスライムは動作が遅いため駆除するのは楽だったが、ノグレー樹海からよたよたと歩いてくる獣が何頭もできて黒いスライムに加勢すると、兵士たちの動きは慌ただしくなっていった。


 獣は近くで見ると肉が崩れ酷い腐臭がしていた。それらが黒いスライムに寄生された死体――アンデッド――であることが分かると、兵士は絶句した。


「聖アウルム王国に、こんな魔物がでるなんて!」


 アンデッドなど、争いの多い西の大陸で見たという噂を聞いたことがあるくらいだ。


 次から次へと樹海から出てくるので、きっと夜のうちに黒いスライムが死体に寄生して数を増やしていたのだろう。

 元々が腐敗した死体と、不浄の霧から生まれた黒いスライムで出来ているせいか、アンデッドのくせに朝日を浴びても平気で動いているのが厄介だった。


「どんどん数が増えてくるな。応援を呼ばないと不味いかな?」


「鼻がもげそうだ! あー剣に腐った肉片が……」


「太陽が出ているのに動いている。これアンデッドなのか?」


 仲間同士で軽口を叩きながら兵士たちは魔物の駆除をしていく。なんだか緊張感の無い会話が聞こえてきて、リリィはイライラした。


(もっとしゃきっとしなさいよ! それでも兵士なの? 西の砦のおっちゃんたちは無駄口を叩かずガンガン戦うのに!)


 それでも、今は彼らしかいないのだ。目の前の守護壁プロテクト・ウォールを見上げれば、もう見えているところは全て神聖図形で昇華し終わっている。さらにその頂上がどうなっているか見えないので、終わったかどうかが分からずヤキモキした。


 その空に、今度は何か黒い群れを成した塊が通り過ぎ、ノグレー樹海へと飛んでいった。


(ドラゴンよりも小さいし数が多い。渡り鳥?)


 先ほどから少し眩暈がするせいで、その姿を正確にとらえられない。が、一度通り過ぎた群れは、振り返るとノグレー樹海の上に留まっているようだった。


「ダニエル様、まだかな。銀、大丈夫かな」


 気持はまだまだ頑張りたかったが、ちょっとまずい予感がして、リリィは差し込んでいた手を抜いて地面にしゃがんで両手をついた。流れ出ていた黒い液体で汚れたブーツが目に入る。服も汚れてしまったが、どうでもよかった。


 今、魔物に襲われたら、リリィは反撃すらできずあっさりと殺されただろう。

 けれど周辺で戦い続けるチャラい兵士のおかげで彼女の近くに魔物はいない。

 おかげで、少しのあいだ回復に集中できた。


(早く再開したいけど、ちょっと無理だわ。倒れそう。一体なにが起きているの?)


 そもそも国名に「聖」とついているくらい土地自体に浄化作用があるうえ、太陽が出ている昼間にアンデッドはやはり不自然だ。


「――元が呪われた武器や防具にかかっていた呪いのせい?」


 呪いは闇魔法をつかうといわれていたが、闇魔法は書物も伝承も残っておらず分かっていないことが多い。

 聖アウルム王国に大量の呪われた品があったのは、大陸全土から足を運ぶ旅人が金になればと持ち込んだせいで、国内で量産されたものではない。つまりこの国の文化に闇魔法は存在しないのだ。


 ――人を呪うためだけにかけられた魔法

   それを引きはがして二百年間ため込んだ不浄の霧

   それを圧し潰した液体から生まれた黒いスライム


 呪いには「身に着けたものを呪う」という魔法士の意思が込められている。そして不浄の霧になったとき、浄化されないように避ける行動もとっていたから、はじめから呪いは薄弱な意思を持っていたのだろう。


 もう少しで、不自然な魔物たちが、どうして生まれたのかわかりそうな気がした。


 そのとき、魔物退治をしている兵士達からどよめきが上がり、リリィは振り向き背筋が凍る。


 樹海の上にいた小さな生き物の集団が二つに割れて、片方が高度を上げ、次いで王都のてっぺんに戻ってくる。

 塊となったソレは、守護壁プロテクト・ウォールに体当たりを繰り返していた。


 樹海の上に残っていた魔物が、地上の兵士と弱ったリリィ目掛けて動き出す。それと同時に、散らばっていたアンデッドと黒いスライムが一斉に同じ方向に進みだしたことで、兵士が後退し始めた。




(ああ、そうなのね)


 魔物の行動で、彼らが協力して守護壁プロテクト・ウォールを破壊し、危害を加える者から自分の仲間を助けるために、攻撃を仕掛けたのだと理解できた。


 きっと、目の前で仲間が駆除されるのが許せなかったのだろう。リリィにはその気持ちがわかってしまった。


 自分も西の砦で父と仲間が死にかけたとき、一気に体内の全てが変わった。生まれ変わったかのような変化は、奇跡をもたらし親しい人の命を救った。


 ――私と同じように、不浄の霧にも奇跡が起きたのね


 こちらからすれば、とてつもなく嫌な奇跡が起きてしまった。

 とりあえず今いる場所から邪魔にならないところに移動しようとしたが、手に力が入らず立ち上がれなかった。


(どうしよう。どうしよう。どうしよう)


 どうしようも何も自力で逃げるしかない。慌てて立ち上がると、足がもつれて転んでしまう。





「わん!」


 と、聞こえると同時に体が勢いよく持ち上がり、乾いた地面に落された。

 ドスっと落ちたあとおそるおそる目を開ける。


「銀! リリィを咥えて運んで転がすなどありえない。それなら僕が行った方が上手くできましたよ」


「うるさいな! リリィは俺の主人なんだ。俺が助けるんだ!」


 銀の大きな体が見えて、リリィは一呼吸おいて泣いた。


「銀! こわかった! こわかった!」


 今だけではない。何もかもが怖かった。

 気を張っていたから頑張れただけで、両親と別れてから、ずっと心細い思いしかしていない。


「うぅ……っ、こわかっ」


 怖かったと口に出したことで心の枷が決壊して涙があふれだす。

 アダムとエマに会いたかった。やっぱり一人で王都に残るのはリリィにはしんどかった。いっぱい我慢したせいで、どうにも止めることなどできなかった。


 地面に転がりべそべそと泣きじゃくるリリィは、誰かにふわりと抱き上げられる。

 なんとなくノアだと思って遠慮なくその首にしがみついた。


「遅くなった。――どこか痛むのか?」


 が、思っていた声と違ったので、涙は止まり、首を動かし相手の顔を見た。


 それはそれは美しい王太子の顔が、なぜかそこにあった。


「ひゃい?!」


 思わず身をよじったが、ガッチリと抱きかかえられていて身動きが取れない。あげくちゃんと掴まっていろと怒られた。


「アーサー殿。僕が出てきたら上で待機しているドラゴンの火で魔物を燃やす作戦だったので、中止を言い渡してきます。ただ、空を飛んでいるコウモリは、プラータ山脈を襲った魔物なので焼き払ってしまいたい」


「わかった。王都には俺が防御をかけるから、存分に焼いてくれ」


「話が早くて助かります。それでは失礼しますよ」


 そういうと、エリオットは翼を一度羽ばたかせると一直線に真上に上がっていく。


「よっし。俺も地上の魔物、ぶっつぶしてくるわ!」


 エリオットに触発されて、銀はノグレー樹海側から出てくる魔物に向かって一目散に走り去る。


「さて、ドラゴンが炎を噴く前に守護壁を強化しておこう」


「あの、殿下。邪魔になってしまいますから、降ろしてください」


「リリィは、目を離すとすぐに攫われると聞いているから、このままでいてくれ」


「そんな!」


 リリィは全身がどこもかしこも汚れている。樹海を抜けだした時点でドレスもブーツも泥だらけだったし、さらに黒い液体がべっちゃり付いている。

 片腕で抱かれるのが不安定なせいでアーサーの首にしっかりとしがみつき、彼の白くて高価な服に汚れを移してしまっていた。


「殿下のお召し物が汚れてしまいます。お願いですから降ろしてください」


「断る。集中するから少し黙っていてくれ」


 アーサーはリリィを抱いていないほうの手をかざし、守護壁プロテクト・ウォールに、防御魔法シールドを重ね掛けした。それが終わると同時にドラゴンが王都に向かって炎を噴き上空を飛ぶコウモリは跡形もなく塵となって消える。


「あとは、こちらか」


 先ほど兵士とリリィに向かってきた魔物たちは、エリオットや銀、アーサーの登場に怯んで上から様子を伺っていたらしい。アーサーに見つかったとわかると慌てて逃げようと動き出す。


火球魔法ファイアー・ボール


 投げられた火玉が当たり、飛んでいた魔物の体が燃え上がる。キィィと悲鳴があがると空中で消し炭になって散っていった。

 リリィの周囲には攻撃魔法を使う人が全くいなかったため、初めて見る火球に感嘆の声を漏らしていた。


「さて、大方駆除できた。ここは兵士に任せて一旦戻るとしよう」


 淡々と帰る支度をするアーサーだが、一向にリリィを降ろしてはくれなかった。

 さすがに一人で歩けるので、降ろしてもらえるように何度もお願いしたのだが。


「リリィは、目を離すとすぐに攫われると聞いているから、このままでいてくれ」


 そう言って、アーサーは一歩も譲らず、始終リリィを抱えたまま残る兵士に指示を出した。

 諸々の仕事を済ませると、アーサーはリリィを自分の馬に乗せ、城へと走り出す。

 その後ろを、銀は成犬の姿で、エリオットは宙を飛びながら慌てて追いかけたのだった。

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