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26.浄化の魔法(3)

 

「まったく意味が分からないわ」


 リリィは、守護壁(プロテクト・ウォール)生命の花フラワー・オブ・ライフを描き、浄化魔法(クリア)を流し込みながら、先ほどまで起きた出来事を思い返して、ぷりぷりと怒っていた。




 大事件を何とかしようとしたリリィは、まず最初に、助けを呼ぶことにした。


 とりあえず、王都の中に入れてもらおうと正門まで移動して、衝撃の光景を目の当たりにする。

 門番をしているはずの兵士が全員倒れていたのだ。早朝のせいか周囲には他に兵も人もいないので、誰も気づかなかったようだ。


 問題だと思ったが、銀に城へ行ってダニエルに連絡をとってもらおうと思っていたので、そちらを優先する。

 兵士が目覚める前に、城に続く大通りの前に銀を連れて行き、城を指さして伝言をつたえると、彼はこの命令をたいそう嫌がった。


「ダニエルサマって誰だよ? 俺、顔分かんねーし!」


 それでも切羽詰まったリリィは、キャンキャン騒ぐ銀を黙らせ、非常事態なのだと言い聞かせて送り出した。


(まったく。主従関係を結んどいて良かったわ!)


 銀を見送ると、次は倒れている兵士の症状を確認し、念のため治癒魔法を掛けた。すぐに目覚めたので、王都の外で起きていることを説明して魔物の退治をお願いする。

 

 ところが、説明受けた兵士たちは自分の目で確かめたあと動揺して、魔物そっちのけでリリィに全ての弁解を求めてきた。


(どうなっているかなんて、こっちが聞きたいわよ!)


 王都を守るのが仕事のはずなのに、どうして目の前の問題を直ぐに対応してくれないのか不思議だ。

「どうしてこんなことになったのか」が今分かったからと言って、目の前の魔物が消えるわけではないというのに。

 王都に侵入するのを防ぐのが最優先事項だと、すぐに判断してほしいものである。


(ああもう。腹が立つわね!)


 さんざんリリィを質問攻めにして、何も知らないと納得すると、兵士はやっと魔物討伐に出向いてくれた。


 彼らに解放されたリリィは、次に地面すれすれまで守護壁プロテクト・ウォールのある場所まで移動する。

 黒い液体が流れ出ている個所に、覚悟を決めて、手を突っ込んだ。


「うぅ。気持ち悪い」


 ネバっとした感触に心は折れたが、差し込んだ指先から神聖図形を描く魔法を放った。

 図形は徐々に描かれているが、なにせキャンバスは巨大な王都を覆う大きさだ。


「結構時間がかかるわよね。その間にどんどんスライムが生まれるのよね……」


 それは非常に厄介だったので、一緒に浄化魔法クリアを施したなら、これ以上外に漏らさずに駆除できることを思いつく。


 『リリィの魔力でも一人で王都中に神聖図形を書いて浄化を施すのは無理だからね。まずは、文様を描ききったら休む。その後他の光魔法士と一緒に浄化を施す。無理すると魔力枯渇で瀕死になるからね』


 ダニエルと一緒に立てた計画は、リリィの負担を考慮したもので、絶対に一人で無理に進めるのは良くないことだと教えられた。


 魔力枯渇で瀕死になるのは過去に何度か体験しているので、それがどういうものかは知っていた。


「別に死ぬわけじゃないし」


 打ち合わせのときは、不浄の霧を浄化をする予定で緊急性も高くなかった。


 でも、今は違う。


「非常事態なのよ。よし!」


 掛け声とともに一気に浄化魔法(クリア)を注ぎ込こむ。


(銀がお城につけば、ダニエル様に連絡が届いて光魔法士を呼んできてくれるから、それまで耐えれば大丈夫よね)


「銀! 早く帰ってきてね」


 ここからは、リリィが目の前の問題に集中すれば全て解決する。


 描かれる美しい神聖図形に黒い色が消され昇華される様は美しく、どんどん変わっていく外観を見ていると、気持ちの良い達成感に包まれた。


 正直、とても怒っていたので、勢いでかなりの魔力を放出していることに、全く気付いていなかった。


 □□□


 その頃、アーサーとノアはまだ城から出発できずにいた。


 ダニエルは光魔法士達に指示を出すべく既に別行動をとっている。

 アーサーとノアの目の前には、ポピィとそして立ち去ったはずのオリビアが詰め寄り、口々に持論を展開し行く手を阻んでいた。

 この非常事態に、何とも頭の痛いことになってしまっていた。


「アーサー様! 少しだけでいいんです。ちょっとだけお話しする時間をください」


「後にしてくれ。緊急事態だ」


「そうやって、いつもあたしのことを避けて結局時間をとってもらえないんです。今日という今日は逃がしませんよ!」


 連日ノアとの攻防戦で遠ざけられていたポピィは、久方ぶりに出会うことのできたアーサーを逃さないよう機敏に動く。


「アーサー様。リリィさんが見つかったのですか?」


「オリビア。君はディランと一緒に帰ったはずだろう」


「兄は仕事に向かいました。この混乱ですもの。今頃は指揮をとるため街に向かっていますわ。それよりリリィさんが見つかったなら、これから浄化の陣を展開するのですよね! わたくしにも詳しく教えてくださいませ」


 自分の要求を通したいポピィと、何とか当事者として関わりたいオリビアは、珍しく息のぴったり合った連携をみせていた。


「お二人とも控えてください。殿下、僕が相手をしますから行ってください」


 ノアが手を広げて二人を押しとどめる。


「ちょっとノア君! 変なところ触らないでよ」

「淑女に対して失礼ですわよ!」


「殿下、早く! 後から絶対に追いつきますから」

「っ! すまない」


 目の前で続く茶番に、人型に戻った銀とエリオットは顔を見合わせる。


「アーサー殿。別に無理してついてこなくても宜しいのですよ」

「そうだぜ。ダニエルサマにお願いは済んだし。あの姉ちゃん達、アーサードノに用事があるんだろ?」


「いや。リリィの方が大事だ。おいていかないでくれ」


「ちょっと、アーサー様! 待ってください!」

「ノア様! どいてくださいまし!」


 銀とエリオットは、目の前の人間関係がさっぱりわからない。

 が、女性二人が一番必死に見えたので、なんとなくアーサーを置いていくのが良いように感じていた。


「リリィはアーサードノを連れてきてほしいなんて言ってなかったけどな」


「アーサー殿は、リリィとはどういった関係なのですか?」


 子供の純粋な興味からでた質問だった。


 けれど、ポピィやオリビアにとっては、ひじょーーーーに気になる内容だ。


 その場の喧騒が嘘のように静かになる。

 ノアですら気になって、ダメだと思いつつ耳に意識が集中してしまう。



「彼女は、俺の婚約者―――――――――候補だ」


 場の空気が凍り付き、銀とエリオットは顔を見合わせる。


「なんだ。番か」

「番なら仕方ないですね」


 二人は、アーサーを連れて移動することに決めた。そうして三人はリリィの元へとかけていく。


 残されたノアは萎れてしまったオリビアとポピィが、また暴れださないうちにと近くの部屋に押し込めた。


(殿下はどうして婚約者で言葉を区切ったのだろうか。というか、リリィは初めから婚約者狙いの聖女候補生じゃないって知っているはずだけど)


 あの場で婚約者と言ったおかげで、令嬢二人は大人しくなり、少年二人はアーサーの道案内を引き受けてくれた。

 ならアーサーの作戦だったのだろうか。

 姿の見えなくなった彼らに追いつくため、馬に乗り大通りを駆け抜けながら、ノアはそのことを考えていた。


 □□□


 光魔法士を緊急招集し、ダニエルは王都の中央にある教会へと全員を引き連れて移動した。ここから光魔法を神聖図形に流すのである。


 ほぼ王都の中心に位置する教会の広場から見渡せる空は、下から描き続けられた神聖図形により、半分ほどが黒色を消し去り、青空をキャンバスに図形が煇く。

 それは、見る者の目を奪う別世界の情景を作り出していた。


 街では建物や扉から顔を覗かせた人々が、空を指さし時折近くの人と会話しながら、変化し続ける空の様子を眺めている。


「もっと混乱しているかと思ったけど、大丈夫そうだ」


 空が黒く変化したと同時に街は一時パニックになったのだが、今は空の情景に気を取られているおかげで、ほとんどの市民が落ち着いていた。

 きっとそんなことまで考えずに、リリィは対応してくれているのだろうが、彼女のおかげで全てがギリギリで救われていく。


 どんどん描かれ光り煇く神聖図形。

 自分の思い描いた作戦が目の前で展開されていることにダニエルは感極まる。


「おっといけない。まだ完全じゃないから、このまま任せっぱなしはリリィが危ない」


 助けてと、足りないのだと伝えてよこした可愛い助手(リリィ)の願いを何としても叶えなければと、引き連れた魔法士を広場に配置する。


 その場所で、先に街の混乱を制圧しに出ていたディランと遭遇した。


「ダニエル様、ここは無事に鎮圧しています。何用でこちらに?」


「悪いけど急ぎなんだ。これ以上君たち兄妹の虚栄心で邪魔をするのはやめてくれ」


「お言葉ですが、オリビアとて最善は尽くしたのです。わざとではありません」


「はっ。結果の伴わない努力を庇うとは、次世代のゴルド家は随分と甘ったるくなられたものだ。それともただの身内贔屓かな?」


 鋭い目線に薄笑いを浮かべディランを一瞥すると、ダニエルは控えていたオリバーに指示をだして浄化魔法の開始を伝えた。


「あとは彼らに任せれば問題ない。さて、私が長年研究していたものを超えられると判断した次期宰相のお考えを、ぜひ聞かせてもらえるかな」


 その圧に、ディランは内心動揺をしていたが、表面上は無表情で無言を押し通した。


 ダニエルの兄である現国王は保守的で、必要があれば改革を唱えていた王弟のダニエルとは反りが合わない。

 そのせいで兄が即位したとき、ダニエルは一代限りの公爵の爵位を賜り、さらに国政からも遠ざけられた。その後も国王からは煙たがられ、押し込められて不遇な扱いを受け続ける。

 その扱われ方が、いつのまにか彼の能力への評価にすり替わり、大多数の貴族らはダニエルのことを軽んじるようになっていた。


 幸い甥である王太子のアーサーはダニエルになついていたため、彼の居場所はかろうじて確保された。――そう、本来のダニエルは非常に優秀な王位継承権を持つ一人だったのだ。


(侮るべきではなかった。しくじったな)


「お前のところの小娘が、まさか私を超えると本当に思ったなどと笑えない冗談は言わないでおくれよ。時間はあまりないけれど、王都がこの美しい文様に包み込まれるまでの間なら、君と会話する時間はとれるからさ」


 ディランから視線をそらさず一歩前に出たダニエルは、ゆっくりと極上の笑顔を作ったのだった。

明日、完結となります。

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