24.浄化の魔法(1)
朝日が昇るとともに聖アウルム王国の城に一人の来訪者があった。
人の世界では非常識な時間帯であり前触れも約束も無かったが、城内はリリィの捜索が行われていたため幸いにも謁見は可能であった。
「プラータ山脈に住む竜人族の第一王子と名乗る者が、ティナム伯爵のご子息に面会したいといらしています」
兵士の報告に顔をゆがめたノアは、非常事態な上に非常識だとぼやいたが、その肩書は無視できなかった。
「ノア、どういった関係だ?」
「僕にそんな知り合いはいません。きっと人違いですよ」
リリィが行方不明になって憔悴しきったノアに、さらなる問題が押し寄せる。
他種族との交流は禁止なのに、面識のない竜人族が城を訪ねノアを名指しで指名するなんて、なんの嫌がらせだろうと頭を抱えた。
これは全てリリィのせいなのだが、徹夜で駆け回ったノアはそこまで頭が回らなかった。
「俺も同席しよう。向こうが王族ならノアだけ向かわせるのも得策ではない」
「あ、なら私も同席しよう。こんな機会滅多にないからね」
アーサーとダニエルに付き添われ、ノアは客人の元へと向かった。
案内された部屋に入り実際の客人と対面しても、やはりノアには面識のない人物だった。
少年と言って差し支えない容姿に、深い緑色の髪と輝くルビーのような瞳。白く美しい肌は真珠のようにほのかに輝いて、見るからに人外のそれだった。
「初めまして。エリオット・ジルバと申します。ティナム伯爵の子息殿はどちらになりますか?」
エリオットのぶしつけな挨拶に、ノアが面食らう。
「エリオット殿。聖アウルム王国のアーサー・アウルムです」
「僕はティナム伯爵のご子息が誰かと聞いています。それに僕の用事があるのは彼ではなく、リリィという女の子なのですよ」
だからあなたが誰であろうが、どうでもいいのです。と笑顔で言われた。
(なるほど。リリィが言っていた常識が違うというのは、こういうことか)
アーサーはリリィに教えてもらった他種族との付き合い方を思い出し、納得する。
それに、エリオットは単身一人で乗り込んできた。それは何が起きても彼自身が一人で全て対応できるだけの能力を持っているということになる。
下手な言い合いは避けるべきだと判断した。
「実はリリィの行方が分からなくなり昨晩からずっと捜索しています。ですが、未だ見つかっていません。我々は非常に困っているところです」
アーサーはエリオットに協力的に話しかけるよう努めた。
「そうなのですか。困りましたね」
「あの! 僕がノア・ティナムです。エリオット様はリリィの居場所をご存じありませんか?」
話の流れでエリオットもリリィを探しているのだと知ったノアは、思わず前に出て縋る思いで確認する。
「いいえ。知っていたら、わざわざここには来ませんでした」
「そうですか」
「逆に心当たりをお聞きしたいくらいですね。早く彼女を連れて戻りたいのですよ」
手掛かりが見つからずに肩を落としたノアだが、エリオットの発言は聞き捨てならなかった。
「つかぬことをお聞きしますが、エリオット様はリリィにどんなご用事があるのですか?」
「彼女がここに居ると、処分できないので連れていきたいのです。さすがに恩人を焼き殺すわけにはいきませんから」
まるで明日の天気を話すかのような軽やかな口調で、エリオットは物騒なことを言った。
「質問ばかりで申し訳ないのだが、処分とは何を処分するのですか?」
機嫌を損ねないように注意しながら、アーサーはエリオットに確認する。
「この国のことですよ。昨夜から、この国は目に余る愚行をしでかしていますからね」
その言葉で、控えていたダニエルとノアが動揺し殺気立つのをアーサーが手で制止する。
ゆっくりと跪くとエリオットより目線は下になった。
そして丁寧に彼の機嫌を損ねないようにお願いをした。
「エリオット殿。詳しい話をお聞かせ願えませんか。我々も預かり知らない話なのです」
不思議そうに首をかしげながら、エリオットはしばしのあいだアーサーの顔を見つめ返した。
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早朝、いつもは自室で朝の日課をしている時間にポピィは城の入り口を歩いていた。現在学園は春休みのため、ポピィは毎日聖女候補生の仕事に精を出している。
(まぁ、本当は毎日やらなくてもいいのだけどね)
ただ聖女候補生の仕事を休むとアーサーに会える日が減るので、ポピィは自主的に毎日の活動をしているのだ。
にもかかわらず、アーサーに全く会えていないので今日は出仕時間を早朝に変更し、突撃する作戦に出たのだった。
「でも不思議だわ。いつも出仕する時間に比べて城内の人が多いみたい」
誰もポピィのことを気にも留めず横を走り去っていくので都合が良かった。
特にノアに見つかると、せっかく作った書類を取られてしまうので要注意だ。
(ふふふ。教会で聞いた悩みや課題を種類分けして重要そうなもの順に並べ替えるだけで、すっごく時間が掛かったんだから)
あれからポピィはアーサーの悩みを探り、そして多分これだろうというものを見つけていた。
彼はその立場上、あらゆる問題の対応を迫られる場面が多い。だから隣で一緒に聞いて、一緒に解決してくれる人を欲しているはずなのだ。
(アーサー様の側近は、着任して日の浅いノア君だけ。なら役に立つ聖女候補生にも入り込める隙間があるはずよ)
この書類でポピィが役に立つことが分かれば、きっとポピィと話す時間を予定に入れてくれるはずだ。
同じ聖女候補生のリリィは昼休憩時に昼食を一緒にしているのだから、なんなら彼女と交代することだってできるだろう。
それに、ここのところオリビアが目立った成果を立てているのも気になっていた。
―― リリィちゃんはまだ子供だから聖女なんて務まらないだろうし、オリビア様は人気取りがしたいだけ。誰もアーサー様の事なんて考えていないんだから!
そう、三人の中でアーサーのことを一番考えて行動しているのは自分だけ。だから自分が一番彼の隣に相応しいだろう。その証拠を早くアーサーに見せるのだ。
ポピィは念のため周囲を気にしながら、軽快に歩いて行った。