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14.約束の花祭(4)

 少年が大事そうに抱えていたのは大きな卵だった。


「この卵が魔症病ましょうびょうにかっていて、薬が飲めないから助ける方法が無くて困っててな。リリィが来る前に長老にも聞きにいったけど、卵じゃどうやっても飲ませられないって言われちまってさ。なんか方法知っていたりするか?」


 いつも通りの軽い調子で銀が説明してくれたが、その内容は深刻なものだ。包んだ布を外した卵は半分以上が灰色に変わりゴツゴツとした突起ができている。


(多分、灰色の部分は石化しているのよね)


 だいぶ進行していて、子の命は今日明日といったところかもしれない。


 むむむ、とリリィは眉間に皺を寄せた。

 リリィとて卵の魔症病ましょうびょうを見たのははじめてだ。銀の村の長老が無理だと言った理由がよくわかる。


「何か方法があればと思って来ました」


 半泣きの声で目の前の少年が項垂れているので、何もせずに無理だと言いづらい。


「ま、まずは、卵の中の様子をみてみますね」


 右側に少年、左側に銀が座りリリィの手元を食い入るように見守る。


(や、やりづらいわね……)


 目を閉じて手元に集中する。いつも傷や病気の場所と症状をみるように、ゆっくりと手で感じ取る。小さな命は鼓動がしっかりと動いていたが、末端の手足が少し硬くなっているようだ。痛そうで可哀そうで、思わず治癒魔法をかけていた。暫く続けると手足を動かす仕草が見えた。


(効いた! 効果があるのね)


 嬉しい発見だが、ここでリリィは一度手を休める。治した部分に対して思った以上に魔力を消耗したのだ。


「リリィ。どうだ? 何とかなりそうなのか!」


 銀がせわしなくリリィをゆする。


「ちょっと、銀やめて。いま手足の硬直は治せたわ。ただ病気が治ったわけじゃないからすぐ再発するのよね」


 魔力を大量に使えば光魔法は殻の中の本体に届いた。なら光魔法は届きづらいだけで効果があるといえる。


「ねぇ、あなた―― ええっと。名前を聞いてもいいかしら?」


 右側に座る少年に声を掛ける。


「はい。僕はエリオットと言います」


「エリオットね。私はリリィ。ねぇこの卵はあとどれくらいで孵るかわかる?」


「あと、一週間から長くて一ヶ月くらいだと思います」


 それを聞くとリリィは考え込み、一つの案が思いついた。

 しばしの間その案を頭の中でシミュレーションしていたが、その様子は傍から見れば困り果てたようにしか見えなかった。


(再発するって言っていたし、きっと治らないんだ――)


 何とかなればと単身ここまでやってきたが、長老にはダメだと言われ、リリィにも今の出ている症状は治せても再発すると言い切られた。先ほど少しだけ希望の光が射したせいで一気に膨らんだ期待がぐしゃりと潰れ、エリオットはひどく落胆した。

 それでも、長老やリリィを責めるのは筋違いだ。せめて親切にしてくれたお礼を言おうとリリィに話しかける。


「ありがとう。親切にしてくれ――」

「うるさいから、ちょっと黙って」


 その刺すような声にエリオットはショックを受けて固まった。


「ちょっと待とうぜ。他に当てもないだろ?」


 銀がエリオットの肩をポンポンと叩くが、同世代にきつくあしらわれたことのないエリオットは、別の意味で立ち直れなかった。


(ええっと。確か倉庫に浄化の陣を描いたのが半月ほど前で、守護壁プロテクト・ウォールの調査分は二週間くらい前よね。倉庫は少し弱ってきていて陣の描き換えをしようか悩んだのよね)


 リリィはさらに悩む。倉庫に使った陣はリリィが得意な六芒星マカバだ。それ以降はダニエルに教わった生命を示す神聖図形をつかったものだ。


(効果は生命を示す図形が圧倒的に強かったのよね。ただ持続性は今の知識だとわからない。ああ、もどかしい!)


 ダニエルの言っていたことが身に染みて理解できた。何をどれと組み合わせて使うのが最も効率的なのか。強弱以外にも持続性も考える場合必要もあるのだ。知識が足りない、経験が足りない。それでも目の前の卵は今すぐ解決策を必要としている。


「エリオットに銀。少し相談があるのだけど」


 リリィは自分ができる最大限の治療法を、エリオットと銀に説明をした。


「卵の殻に魔法陣を描いて治癒魔法を施そうと思うの。そうすれば魔法陣の効果がある間は病の進行を止められる。完治はできないけど、卵は遅くても後一ヶ月で孵るなら、そうして症状を食い止めて乗り切る方法もありだと思うの。そして生まれたら、薬を使って治療をしてもらうのよ。ただね――」


 エリオットの瞳に再び光が宿るが、それを話すリリィの瞳からは光が消えた。


「ただ、一ヶ月もつ保証ができないの。私も勉強や実験をしている最中で二週間は続くところを見届けたところなのよ。二週間たって効果が切れたときに、どうやって治癒魔法を掛けなおすかを決めたいの」


 そう言って、リリィは銀の袖をしっかりと握りしめた。


「銀、何とかならない?」

「え、は?!」


 急に話の矛先を向けられた銀は慌てたが、すぐにリリィの意図を理解した。

 二週間後にリリィとエリオットが会える通路が必要で、それをなんとかしろと銀に頼んでいるのだ。


「お、俺が、そんなこと……」


 言いかけたが断ることはできなかった。エリオットの様子がおかしいのだ。


 先ほどから希望の光が射しては消えてを繰り返したせいで我慢の限界に達したのか、遠慮のない怒気や殺意が体から立ち昇っていた。


(うわぁぁぁ。断ったら殺されるやつだ!)


 銀は即座に決断した。方法はある。闇市の主催はノグレー樹海に住む獣人達であり、各所に設置した空間の穴を開けるのは彼らの仕事なのだ。


「わ、わかった。何とかする。ええっと。これを持っていてくれ。そうすれば俺が迎えに行ける。二週間後の日没にエリオットに会いに行く。必要があればリリィのところへ二人でお邪魔する。それならいいだろ!」


 銀は懐から取り出したものを二人に手渡した。手に収まる大きさの丸く艶のあるルースは、角度によってぼんやりと美しく光る。


「こいつが目印の役割をしてくれる。約束の時間になったら人の居ないところに移動してくれよな」


 これで二週間後のフォローが確実にできるようになった。リリィはエリオットに向き直ると最終確認をする。


「初めての治療で至らないこともあるかもしれませんが、精一杯頑張りますので、治療をしてよろしいでしょうか?」


「……」


 エリオットは答えられなかった。まさか何とかなると思ってもみなかったのだ。

 出来るかどうかではなく、何もせずにはいられない、その気持ちだけで後先考えずにここまで来てしまった。

 今日出会ったばかりの二人が、何とかなる方法を見つけ出したことが夢のようで信じられなかった。


「やっぱり、前例のない治療は不安ですか?」

 不安はあった。絶対に確実に成功する方法でなければ嫌だとも思った。

 自分の兄弟の命が、この決断の全てにかかっていると思うと、おいそれと頼むことなど出来なくなった。


 その顔を見て、これはダメだろうと判断しリリィは抱いていた卵をエリオットに返した。

 返された卵を抱きしめてもエリオットは答えが出ないままだ。けれど、その手の中で卵がしきりと動いて震えるのだ。


「―― いいえ。ぜひお願いします。本人がそれを望んでいますから」


 複雑な感情を抱えながら、エリオットはぺこりと頭を下げた。

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