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10.公爵令嬢オリビアの初恋

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 聖アウルム王国ゴルド公爵の令嬢オリビアは、聖女候補生の仕事のため王妃の自室を訪れていた。

 彼女に治癒魔法を施しながら、体の調子を確認する。


「ご気分など、悪く感じるようなことがあればすぐに仰ってください」


「ありがとう。オリビア。わたくしは平気です。魔症病ましょうびょうといってもまだ初期ですし、少し疲れやすいくらいで執務もこなすことが可能ですから」


 王妃の顔色は少し冴えないが、オリビアが治療を始めてからも彼女は気丈に振る舞い、治療の後はお茶を楽しめるくらいに健やかだ。


「治療薬が手に入れば、オリビアの手を煩わせることもなくなるのに。申し訳ないわね」


「とんでもございません。光魔法を授かった者の務めでございます」


「わたくしのように、薬が手に入らない国民には他の聖女候補の方が対応してくれているのよね。本当にありがたいことだわ」


「私達が聖女候補生として呼ばれた理由ですので、当然ですわ」


 王妃がポピィを褒めるのを内心面白くないと思いながら、それらは全て聖女候補生達の手柄なのだと、自分の評価でもあるのだと思いなおす。


「それに、聖女募集はアーサー殿下の婚約破棄を払拭するほどの効果がありましたから。このまま聖女が選ばれて殿下が婚約されれば国中の不安は薄れます。良いことづくめですわ」


「そうね。アーサーには婚約破棄だけでも大変だろうに、次から次へと問題ばかり降りかかってしまって。でも、あの子はしっかりしているから。きっと大丈夫だわ」


「ええ。オーロ皇国の第二皇女さまに負けない教養を身につけた令嬢が、殿下の隣に並べば全て上手くいきますわ」


「そうね。楽しみだわ」


 このお茶の時間は決して長くない。けれど毎日、少しずつ、こうしてオリビアは王妃の体を労り聖女候補生の貢献を伝えている。

 そして最後には、聖女候補生の中で一番貴族の立ち振る舞いができている令嬢が選ばれるようにと、祈りをこめて王妃とビジョンを共有する。


「それでは王妃様。また明日参ります」

「ではまた明日もよろしくお願いね」


 淑女の微笑みに完璧なカーテシー。どこから見ても非の打ち所のないマナーで、オリビアは王妃の部屋を後にする。



 □□□


 ゴルド公爵家は聖アウルム王国建国時より存在し、以降長きにわたり陰に日向に王家を支えてきた貴族の一つである。

 由緒正しき家柄の令嬢。それがオリビアの一番大きな肩書だ。


 オリビアはその身に光魔法を宿し、この世に生を受けた。それはゴルド公爵家にとって誉高きことであり、彼女は幼少期より英才教育を受けることとなる。当人もそういった周囲の期待に応えることにやりがいを見出す気質であったため、瞬く間に才女として開花していった。


 オリビアには三つ歳上の兄があり、名をディラン・ゴルドといった。

 彼もまたゴルド公爵家の名にふさわしく才能高く生まれたことで、八歳のときに当時第一王子であったアーサーの側仕えに就いた。


 オリビアがアーサーと初めて会ったのは五歳のときで、ディランがアーサーに仕えるようになって直ぐの頃だった。

 父であるゴルド公爵はディランの仕事ぶりの確認を理由に、オリビアを連れて頻繁に城を訪れた。


 アーサーもオリビアも同い年であり王族と貴族で価値観も近かったため、すぐに仲良くなった。

 この頃、兄のディランと一緒に三人でよく遊んだ記憶がある。


 鬼ごっこをすれば、ディランが鬼役で幼い二人を上手く楽しませてくれ、かくれんぼをすれば、アーサーと協力してディランを蒔いた。年上の兄が焦るさまを、隠れて二人で見るのがとても楽しかったのだ。

 ディランも年下の二人に上手く合わせてくれるので、三人は仲の良い幼馴染として育った。


 そんな関係が崩れたのはアーサーとオリビアが十歳のときだった。

 オーロ皇国の第二皇女とアーサーの婚約が決まったのだ。


 仲良しの幼馴染のめでたい話である。

 ディランがアーサーに祝福を送る傍らでオリビアも笑顔で頷いたが、心の中で何かモヤモヤしたものが生まれていた。オリビアも祝いの言葉を述べたかったが、口は乾き、喉はまるで風邪をひいたかのように掠れて、喋ることはできなかった。


「おめでとうございます」


 なんとか祝いの言葉を伝えたときから、オリビアはまるで体が自分のものではないような感覚に襲われた。


 心当たりのない体の不調、締め付けられる心や、ふいに息苦しくなる瞬間、あふれる涙の理由を考えた。

 自覚するのに大分時間がかかってしまったが、答えを知れば、心が耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げた。


 ――アーサー殿下のことをお慕いしていたわ


 その気持ちを自覚したと同時に、叶わない願いなのだという現実を突き付けられたことで十歳の少女の心は酷く傷ついた。


 もっと早く自分の気持ちに気付いて父に願い出ていたなら、なにか変わったのだろうか。

 いっそ気づかなければ、こんなに苦しまずにすんだのではないか。

 十歳のオリビアの初恋は、たくさんの後悔とホロ苦い記憶で幕を閉じた。


 そしてオリビアは、涙を拭って顔を上げる。


 ――叶わないならば、負かしてやろう


 まだ見ぬオーロ皇国の第二皇女に対して、彼女は闘志を燃やした。

 アーサーがオリビアを褒めてくれたなら、第二皇女より上だと認めてくれたなら、きっと自分は満たされる。


 そしたら、いつかアーサーより、もっともっと良い男の元に嫁ぐのだ。そのためにオリビアは全てにおいて完璧で美しい、他を圧倒する令嬢になってみせよう。


 失恋を糧に、より高みを目指すことでオリビアは見事に立ち直ってみせたのだ。


 そして現在、十七歳になったオリビアの目の前でアーサーは婚約破棄に見舞われた。

 打ち負かしてやろうと定めていた相手は、遠目から見る程度の間柄のままその身を引いた。不戦勝。何とも言えない、まるで肩透かしをくらった気持ちだ。


「わたくしは、何のために努力をしていたのかしら」


 思わず口にした言葉だったが、心の底から答えが湧き上がってきた。


 ――アーサー様に相応しい令嬢になるために、努力してきたのでしょう?


 そうだ。アーサーの婚約者以上の令嬢になれば、アーサーに相応しい相手だったと証明できるから頑張ったのだ。


 ――血の滲むような努力をしたわ。だから、偶然のチャンスも臆することなく掴みにいけるじゃない


 本当はアーサーの隣に並びたかった。仕方ないことだと諦めただけで納得などしていなかった。

 今度こそ、胸を張って、正々堂々と、アーサーに思いを伝えられるのだ。

 目の前の出来事が全て自分を応援するかのようで、歓喜の涙があふれた。――だが


「でも、わたくし、そんなにオメデタイ人間ではないわ。だけど、――」


 世界が自分中心に回っていると思うほど、オリビアは愚かではない。そう思ったが、可能性を捨てきれず、今度は手遅れになる前にと父に自分の気持ちを話して、アーサーの婚約者になりたいのだと願いでた。


 父は肯定も否定もせずに、ただ話を聞いてくれた。


 それから数週間後、『聖女兼王太子妃の募集』の話が王都中に広まったのだ。


「私が協力できるのはここまでだよ。チャンスは自分の手で掴みなさい」


 父は多くを語らなかったがオリビアには十分だった。七年前、気持ちに気付いた時には手遅れだった。チャンスすら与えられずに諦めたのだ。


 努力する機会を与えられたことこそが、自分が望まれているのだと思うに足りた。そのための準備だってできていた。


「神様、ありがとうございます。私はやっと頑張ることがゆるされたのですね」


 本当に欲しかったものを手に入れよう。これが、オリビアが聖女候補生になった理由なのだ。




 □□□


 聖女候補生の仕事を終え屋敷へ戻ると、兄のディランが出迎えてくれた。


「お久しぶりです。お兄様。東の砦からの無事の帰還。心からお喜び申し上げます」


「ただいま戻った。オリビアも息災で何よりだ」


 アーサーの側仕えをしていたディランは、その優秀さが認められ今は次期宰相としての仕事を担っている。東の砦への大量人事異動の指揮をとるため、一時的に単身赴任していたのだ。


「東の砦での仕事はだいぶ片付いた。これからは月一程度の通いで済むだろう」

「それは、ようございました。この後お時間がありましたら、お茶でもいかがですか?」


「ああ、大丈夫だ。オリビアは何かいいことでもあったのか?」

「わかりますか。実は――」


 久方ぶりに会った兄にオリビアは自分の希望を打ち明けた。

 今度こそアーサーの隣に立ち彼を支える王太子妃になりたいのだと。

 そのために兄であるディランにも協力をお願いした。


「私は殿下とオリビアをずっと見ていたからね。心から応援するよ」


 いっそ驚くほどに物事がトントン拍子に運び、ディランという心強い味方までできた。オリビアは、きっと自分の夢は叶うに違いないと確信した。

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