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9.聖女の仕事(4)

ブックマークと評価ありがとうございます。

とても励まされております!

誤字脱字の指摘もありがとうございました。

 昼休憩の鐘が鳴り、いつものようにノアと昼食をとるべくリリィは食堂へ向かう。朝、一緒に出勤するときもそうだったが、ノアは非常に機嫌がよかった。


「リリィが前向きに王都での仕事を引き受けてくれて、僕は安心したよ」


 ダニエルと上手くやっていることをノアはしきりに褒めてくれた。それはもう怪しいぐらいに褒めちぎるので、リリィは不安に駆られてしまう。


「なぜ、そんなに褒めるのですか?」


「なぜって、大きな声では言えないけどさ、ダニエル様ってすごく人を選り好みするんだよ。今まで何人も首になっていて、長く続いたのはリリィだけだ。僕は鼻が高いよ」


「そんなに癖のある人には見えないのに」


 リリィにとってダニエルは頼れる話しやすい大人の男性だった。

 正直、西の砦にいた偏屈じいさんの方がよっぽど気を使っていたと思うのだ。


「リリィは人の懐に入るのが上手だね。アーサー殿下にも好印象だもの」


「そうなのですね」


 アーサーとは、ほとんど接点が無いのでさっぱりわからなかった。


「ノア従兄様にいさま。今日の昼までの進捗を記入した紙と、こちらの品をアーサー殿下に渡してもらえますか」


「了解したよ。それにしてもリリィの飴は人気だね」


「王都ならもっと他に美味しいものがあるのに不思議ですよね」


 リリィ特製の『祝福の飴ちゃん』は、アーサーからは定期的に欲しいと請われ、ノアからも渡して大丈夫だと許可が出たので提供が続いていた。ちなみに配送は全てノアが担当となっている。ついでに仕事の報告も全てお願いしてあり、リリィとしては非常に楽ができてありがたかった。


「一度くらい直接報告しに行ってみる? ほかの聖女候補生は毎日のように報告にきているよ」


「なら余計にいきません。だって忙しいから書類で報告してほしいって最初に言っていました」


 他の二人がなぜ直接報告しているのかは分からないが、リリィは書類の報告で十分なので行く気はない。

 むしろ、ダニエルの次の仕事が始まる前に解呪を終わらせようと、自主的繁忙期に突入しているので、余計な仕事は増やしたくなかった。


「そういえば、もうすぐ約束の花祭だね」


 そう言って、小さなリボンのついた小箱が机の上に置かれる。


「これは何ですか?」


「花祭といえば恒例の髪飾りです。ちゃんとお祭りの日にはつけて来てね」


「! そんなつもりじゃ。花祭は約束を破った穴埋めで連れて行って欲しいってお願いしただけです。髪飾りはいただけません」


 リリィは花祭での髪飾りの意味を思い出し、瞬時に辞退しようとした。これはちょっと重たい意味があるのだ。


 花祭は聖アウルム王国で行われる五大祭りのひとつ。春の満月に合わせて催される祝祭だ。

 以降、夏至祭、豊穣祭、鎮魂祭、雪祭と季節の移り変わりとともに開催される。


 それぞれ目的が異なる五大祭だが、それとは別に初代聖王が聖女を口説き落とすために次々と贈り物をし、祭りの約束を取り付けて想いを伝えた逸話が残っているのだ。



 ―― 髪飾りを贈り花祭へ誘って、美しく髪を結った彼女と会いましょう

   首飾りを贈り夏至祭へ誘えば、彼女は微笑んでくれるでしょう

   腕輪を贈り豊穣祭へ誘えば、彼女と心が通じ合うでしょう

   アンクレットを贈り鎮魂祭へ誘えば、彼女を繋ぎ止めるでしょう

   指輪を贈り雪祭へ誘えば、彼女は永遠を誓うでしょう



 聖王の恋が成就するうたは、なかなか思いを口にできない間柄の男女にとって良い口実となるため定着していた。


 平民の間では、詩に沿って贈り物をして祭りに誘い、恋人になるのがもてはやされている。

 貴族は、揃えの宝石で仕立てた装飾品一式を、婚約祝いで送り二人で参加する舞踏会に身に着けてもらったり、結納品として送り結婚式に身に着けたりもする。


 階級問わず、年頃の男女の恋仲を成就させるのに、今も昔も最大限有効活用されていた。


 リリィはノアが何でも言うことを聞いてくれるといったとき、花祭に連れて行って貰えるようにお願いをしていた。

 それは引率者として連れて行って欲しかっただけで、こういったことは想定していなかった。


「いいじゃないか。深い意味なんてないし、楽しみたいだけだよ」


 ノアは、王都の花祭を年頃のリリィが夢中で楽しめるような演出をしたいと思って花飾りを用意した。それに従兄としては着飾ったリリィを連れて歩きたいではないか。


「男側が次の贈り物を送らないか女側が贈り物を身に着けないことで、角を立てずに断れるのだし、深く考える必要はないよ」


 渡されたプレゼントを開ければ、紅水晶や柘榴石に水晶のビーズで小さな花がたくさん編まれた髪飾りが出てきた。いかにも女の子が好きそうな花祭にぴったりのデザインだ。


「ノア従弟様にいさまは、いつもこんなことをしているのですか?」


 その手慣れた感触に、リリィはノアには特定の相手がいるのではと不安が湧いた。勘違いしてノアの意中の人が傷ついたら非常に申し訳ないと心配になる。


「まさか。相手もいないし出会いもないし。リリィにだけだよ。仕事を頑張ってくれたご褒美だから、ね」


 急に眩しい笑顔で甘いセリフを言わないでほしい。冗談だとわかっていても恥ずかしくて顔が火照ってしまう。


「花祭、楽しみにしているから」


 俯いたまま、リリィはコクリと頷いた。




 □□□


 昼食を終えると、ノアはある場所へと向かって歩いていく。辿り着いた先には聖女候補生のポピィが壁と柱の間で息をひそめていた。


「ポピィさん。そんなところでアーサー殿下を待ち伏せしないでください」


「ひゃあ! なんだノア君じゃない。驚かさないでよ」


 仮にも男爵令嬢が不審者のような行動をしている方が驚きだろうと思いつつ、ノアはポピィに手を差し出した。


「アーサー殿下への報告は書面提出が基本です。今日は忙しいそうですから私が預かります。出してください」


 きっぱりきつめの口調で言えば、ポピィは渋々の体で書類をノアに渡した。


「もう。せっかく書類を渡すついでに、アーサー様にお話を聞いてもらおうと思ったのに!」


 ポピィの文句は聞き流し書類を受け取る。


「お話というのは、この書類に書いてあることですよね? 必要ありません。控えてください」


「もう! わかってないのね。書類は治療内容しか書いてないのよ。でも教会に来てくれる人たちはいろんな話をしてくれるから、それを報告したいのよ。前に書類に書いたら必要ないって言われたけど、知っていた方が良いと思うの」


「殿下が必要ないといったのなら不要です」


「そうやって聞かないで判断するのよくないと思うわ」


 ポピィは必要だと主張しているが、それらはどこの家の猫がいなくなったとか、子供特有の病気が流行りだしたといった細かい話なのだ。一国の王太子が対応するものではないうえ、その手の話は尽きることが無いので他の仕事が滞り、別の被害を生み出している。


「なら、別でまとめていただければ、僕が目を通します」


「本当! でも、アーサー殿下にちゃんと報告したいのよね」


 だって、大事なことだもの。とポピィはそれらが大切だということを譲らない。

 そりゃ当人たちにとっては深刻な問題だろうが、わざわざアーサーを経由して対処する問題ではない。

 もし仮にそういった類の問題が内在しているなら、ノアが目を通したあと、必要だと判断したものだけ報告するのが効率的である。


「何度も言いますが殿下は忙しいんです。殿下を過労死に追いやるつもりですか?」


「そんなつもりないわ。もう分かったわよ。明日からは別でまとめてノア君に渡すわ」


 そういうと、ポピィはぷりぷり怒りながら立ち去ってしまった。


(ああ。僕の仕事が増えるのか。仕方ないけど……)


 ノアはがっくりと肩を落としながらも、次の目的地へと移動した。そこには先ほどのポピィと同じようにオリビアがたたずんでいる。オリビアもまた、アーサーに口頭で報告したくて毎日彼を待ち構えていったのだった。


「オリビア様、――」


 こうしてノアは、アーサーの負担を軽くすべくポピィとオリビアの相手を買って出ているのであった。

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