6.聖女の仕事(1)
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いよいよ明日、リリィは聖女候補生として城に出仕する。どうにも心配で不安が拭えないので、ノアと一緒に渡された資料を確認する。
「ねぇ。リリィ。聖女候補生の仕事の割り振り、これで合っているの? 持ち回りって聞いているけど、これ持ち回りになっていないよね」
ノアの少し怒った声にリリィは首をひねる。自分としてはこの対応に問題を感じていないが、彼にとっては予想外だったらしい。
「ちょっと、いろいろ聞かせてくれないかな」
「えっと――」
資料を捲りながら、リリィは説明会の内容を思い出していく。
非常に長々しい説明会は前半が聖女としての心構えに始まり、初代聖女の功績、それを継承する歴代の聖女の話が続いた。
聖女たちが光魔法を駆使して国を守り続けることの必要性がいかに高いかを説明された。けれど時が流れ血は薄まり、聖女役の女性が現れなくなったことで、聖アウルム王国は守護壁の構築にのりだした。
二百年ほど前に守護壁が完成すると女性限定の『聖女』という役割が廃止され、代わりに守護壁を維持する性別を問わない光魔法士が採用されたそうだ。
なら、どうして『聖女』が今代において復活したのだろうか。
光魔法士の仕事は現在も存在するが、その能力を使える者は今もとても少ない。
その彼らの仕事とは別に光魔法が必要とされる問題が結構溜まってきているらしく、ならば新たに光魔法の使い手を広く募集しようということになったそうだ。
諸々の問題の中には女性限定のものがあるため、『聖女』の募集にしたといわれた。
「ちょっとまった! なにそれ。女性限定の問題があるから『聖女募集』? あいつら~~」
リリィの説明に今度は少しどころではない怒りを募らせたノアは、拳を握りしめた。
「一応訂正しておくとね、最初は男女関係なく募集する方針だった。しかもね、運悪く殿下の婚約破棄が重なって、一部の野心を持った貴族が手を回したらしく、気付いたら女性限定の『聖女兼王太子妃』募集に差し変わっていたよ」
気付いたのは既に国中に告知されたあと。
娘が光魔法を保持している貴族達のあからさまな策略に、他の貴族からは抗議の申し入れがあったが、撤回するには噂が国内外に広く知れ渡りすぎていた。
それを見て調子に乗った首謀者らは声高らかに意見を述べる。
『民がオーロ皇国の件で心を痛めている。良い話題提供なのだし問題ないではないか』
乱暴な話だが、一度盛り上がった話題を取り下げるほどの代案もなく、困った反対派は当事者であるアーサーに助言を求めた。
――そのまま進めろ。聖女が一人も出なければ、新たに光魔法士募集に切り替えろ。
この判断により『聖女』募集はそのまま進められ、現在三人の聖女候補生が城に出仕する流れとなったのだ。
「そ、そうなのね。なんだか大変ね」
「もう今更だけどね。それより問題はリリィに割り振られた仕事の内容だよ」
聖女候補生に言い渡された最初の仕事は三つあった。
――王妃様の病の進行を遅らせるための治癒魔法を、一日二回行う
――東の大陸からの輸入停止による薬草不足の対処で、民への治癒魔法による救済を毎日行う
――城に持ち込まれた呪いの装備や武器、装飾品を解呪する
王妃が患っているのは魔症病といい、体内の魔力と体の体力や免疫、ホルモンなどのバランスが崩れ、皮膚が硬くなったり体を支える筋肉が極端に弱ってしまったりする病だ。治療薬は存在し一定期間服用すれば完治する病気のため、難病指定はされていない。ごく一般的な加齢とともに発病する病気でもあり、何も心配する必要はないはずだった。現在は薬草不足により継続的な治療が困難になっているので、十分な量の薬が確保できるまで病の進行を止める処置が必要なのだ。
同じ理由で特効薬の不足による対処療法を施すため教会に聖女を派遣し、無償で治療を施すことになった。
解呪は先送りにされていた問題らしく、この機会に本腰を入れて対応することにしたのだとか。
この三点は、すぐにも対応を開始したいものであり、王妃様の件は他言無用の重要任務でもある。これ以外にも細かい単発のものがあり、それらは慣れてきたら個別に依頼すると説明があった。
「その三つは三人交代で回すと聞いていたけど、どうして一人一案件で担当固定になったのかな?」
「えっと――」
確かに説明されたとき三人で持ち回りだと言われた。それを聞いて断固反対したものが二人いたのだ。そう、オリビアとポピィである。
二人は最初に『王妃様の治癒魔法』の仕事を取り合って口論となった。
「ポピィさんは、平民出身でマナーも怪しい。リリィさんは論外。王妃様への治癒魔法の件は持ち回りなど無理でしょう。わたくしがすべて引き受けるのが、常識ですわ」
「えー。あたしだって治癒魔法ぐらい出来るわよ。それに王妃様ともお話してみたいし。やりたい!」
「今の立ち言葉遣い一つとっても問題だらけです。担当の方。あなたは彼女を王妃様の前にお連れして問題ないと思いますか?」
「ええっと……。そうですね……」
ポピィの会話の軽さを目の当たりにした担当者は、オリビアの意見を否定できず言葉を濁す。
「むぅ。なら、あたしは教会でお手伝いしようかな。大勢の人の役に立てるなら素晴らしいもの」
「なら、わたくしが王妃様への治癒魔法。ポピィさんが教会での支援。リリィさんが解呪担当ということで、問題ないかしら」
この時点で担当者は存在を消し、この場はオリビアの独壇場となった。
「大丈夫です!」
自分の選んだ仕事なので、ポピィは元気よく賛成をした。
「問題はないです」
この仕事内容ならリリィは対応できるので問題ない。反論を避け合意する。
「……。では、当人たち、たっての希望ということで上には報告しておきます」
担当者は説明会を終えると足早に立ち去っていった。
「――と、いうわけです。出来るので問題ないという回答をしました」
「みんな勝手だね。リリィ。ごめんね」
よりにもよって一番面倒で地味な作業を押し付けられた従妹を哀れに思い、ノアは謝罪を口にした。
「大丈夫。解呪はやったことがあるの。それに目立たないで自分のペースで進められる仕事は大歓迎だわ」
そもそも目立つと聖女に選ばれてしまうので、リリィとしては最も避けるべき事案だ。
――目立たず実績を上げて、戦力として東の砦へ出向する
それが、今のリリィが掲げる目標なのだ。
準備を終えると、疲れ果てたノアと安心したリリィは、来るべき明日に備えて自室へと下がった。
翌日、リリィはノアに案内され城の敷地の北端にある倉庫に辿り着いた。ジメジメとした日当たりの悪い立地。なんだか薄暗く不気味な雰囲気。
ノアが持っていたカギで倉庫の扉を開錠すれば、入口を塞ぐ目線の高さまで積み上げられた武器と防具と装飾品の山が現れたのだ。
「入ることもできないほど積み上げてある」
「あー。これ、投げ入れているだろ」
不思議と崩れてこないが、この高さは取り出すのに苦労しそうである。
「隣の倉庫は空になっているから、解呪が終わった品はそちらに格納するとして、この量はさすがに――」
「ノア従兄様! まずはやってみてからです。一人で時間が掛かりすぎると言われたら増員をお願いしましょう」
いつも足りない人数で西の砦の仕事をしていたリリィは、とりあえず手が空いたら誰か手伝ってくれるだろうと楽観的に構えた。
「一応僕から報告は上げておくよ。無理や危険があったら、すぐに教えてね」
「はい」
気心知れた頼れる身内がいるのは安心だ。しかも毎日顔を合わせるので困ったら直ぐに相談できるのはありがたかった。
ノアが立ち去ると、リリィは解呪の準備を始めることにした。
解呪。
実は、暇を見つけては西の砦で行っていたリリィの日課の一つだった。
冒険者や旅人が国外で入手した武器や防具を金に換えようと持ち込むのだが、呪いの掛かった品は聖アウルム王国では買い取ってくれない。もっと良い品が流通しているので、中古品でしかも呪いの掛かったものなど誰も必要としないのだ。
小銭にでもなればと持ち込んだ者たちは金にならないと分かると、今度は廃棄しようとする。
ところが、呪いがあるため廃棄にお金がかかるのだ。昔は教会に持っていくと引き取ってもらえたが、昨今は量も多くなり教会側が寄付を要求する。
これらのことを理解すると、持ち主はバレないようにその辺に遺棄していく。
そして子供がうっかり手にして呪われる、という悲しい事件が起きるのだ。
西の砦では入国時に善意で回収する回収箱を用意したりもしていたが、やはり遺棄は無くならなかった。仕方ないのでリリィは散歩がてら拾い集めては解呪し、売り払って小銭を稼いでいた。
「呪いの武器や防具って、使っている金属は質が良いから、結構高い値段が付くのよね」
純度の高い黄金や美しい宝石は呪いを留めやすいらしく、大体どの武器や防具にもついている。
目の前の呪いの山は貴金属としてなら黄金の山だといた。
「さてさて~♪、呪いの山を黄金の山にかえましょう♪」
自作の歌を口ずさみながら、リリィは地面に円を描く。続いてその円の中に三角形を二つ書き六芒星の陣を描いた。
聖アウルム王国で使う魔法は呪文を使って発動する。けれど大陸中では色々な魔法の利用方法があり、西の国々の一部では陣を使う方法が伝わっていた。リリィはたまたま陣使いの旅人を手助けしたときに、これらを教わる機会に恵まれた。教わったのはこれだけだったが、適当に自国の魔法と掛け合わせて使いこなしている。
地面に書いた陣に浄化魔法を流し込めば『浄化の魔法陣』の完成だ。
そして倉庫から呪いの掛かった王冠を取り出すと、解除魔法を使って呪いを外す。外れた呪いは魔法陣の上に落ちて浄化されるという段取りだった。ところが――
「えっ! ええーーー」
解除された呪いは黒い霧のような塊となり王冠から滑り落ち、そして、フワフワと空中に漂っているのだ。
「いつもと、ちがーーーう!」
リリィの叫びを無視し、不浄の霧は暫く漂ったあとでゆっくりと上昇していったのだった。




