軽快な悪役令嬢と、新しい精霊
新しい精霊さんが増えますっ!
「とうとう明日ね…」
私はハクルとルーチェを見回し、溜息を吐いた。
明日グランツ殿下とグアン殿下のご兄弟が、ルシェルカ公爵邸へとやってくる。
つまり、死亡フラグが一度に二本もやってくるということだ。
至って不思議そうな顔でルーチェは呟いた。
「そうだけど…それがどうかしたのか?」
能天気なルーチェに、私はくわっと目を見開いて詰め寄る。
「『それがどうかしたのか?』じゃなくてね!ルーチェ、あなたこのゲームの人物たちを甘く見過ぎない方がいいよ」
ごくん、と喉を鳴らしたルーチェとハクルに、私は押し殺した声で事実を告げた。
「『光と闇の、ドキラブフィオーレ魔法学園〜永遠不滅の恋を、しよ?』。簡単に略して『フィオーレ魔法学園』では、攻略対象にヤンデレも含まれてるの」
つまり。
「このゲーム、今は現実だけど無駄に殺生の話が多いのよ」
ハクルとルーチェの顔がさっと青くなる。私は目を伏せて続けた。
「ルイスチアはもちろん、ヒロインから攻略対象全員にかけてまで死亡フラグがあるわ」
死亡フラグについては、悪役令嬢であるルイスチアのパターンが一番タチが悪い。身分剥奪は当然、国外追放や一生幽閉がやさしいほうなのだ。
それに比べ、攻略対象同士は似たり寄ったりの勇敢に戦った後の死亡が多くなっていた。
…これは、なんとなく差別だと思う。
ルーチェは掠れる声でまさか、と呟いた。
「ええ、あなたもよ。確か十四歳辺りでも死亡フラグが立つんじゃなかったかしら?」
詳しくはまだ思い出せていないが、確かゲームとは別に、アニメ版に物語があったはずだ。
学園に入学する一年前、ヒロインが親友を通して攻略対象たちと知り合うような話だった気がする。
珍しい形状ではあるが、ファンサービスとして攻略対象全員のパターンがあった。
ここで、選択肢によっての死亡エンドが出てきたのだ。
アニメはアニメであるが、選択するところがあるので、ゲームに近かったような気もする。
そんな私の思考を、ルーチェの大声が遮った。
「そういうことは早く言ってくれ!どうすればいいんだ?!」
私は負けじと声を張り上げる。
「どうしようもないわ!だから言ったじゃない、『とうとう明日ね』って!」
まとめるならば、私の死亡フラグがやってくる、つまりルーチェの死亡フラグもやってくる、ということなのだ。
「旅は道連れ世は情け、だね。二人でがんばって」
ぽつり、とハクルの呟いた言葉に、私とルーチェは目を丸くした。
「よく知ってるわね、そのことわざ」
「日本ならではのことだか…なあ?」
二人で、じっとハクルを見つめる。ハクルは慌てたように言った。
「た、たまたまだよたまたまっ!それよりどうするの?」
ハクルの尚更怪しいような反応を訝しみつつ、私は口を開く。
「もうどうすることもできないから、明日はぶっつけ本番で!」
開き直った私に、ハクルは苦笑を零しつつ軽く頷いた。
「ルイスチアが大丈夫だと言うなら、信じるよ」
笑って言った後で、ハクルは視線をルーチェに移した。
「ルーチェもがんばってね」
そう言ったハクルに、ルーチェは恨みがましい視線を投げつける。
「当事者じゃないからといって楽観的に…。ハクル、俺が自分の命に不安を感じたら道連れにしてやる…」
ハクルは苦笑して、はいはい と言った。
考えることを放棄した私は、笑顔で口を開く。
「よっし!じゃあ遊びに行こう!」
私の言葉に、二人は笑って頷いた。
………………………………
今日私たちは、馬に乗って近くの森へ来ていた。
森の中心にある湖が青空を写し込んでいて、とても幻想的な光景である。
「やっぱ、馬はいいねー!気持ちよかった!」
男装姿で満足気に言う私に、ハクルが素早く突っ込んだ。
「普通、この国の女性は自らの手で馬に乗ることなんてないんだよ?ルイスチア、規格外すぎない?」
ハクルに向かって、ルーチェが仕方ないとでも言うように首を横に振る。
「他の奴に言うならまだしも、喜び勇んで男装するようなルイスチアには言うだけ無駄だ。日本では男女平等…どちらかというと女性が強かったけど…だったから、基本的になんでもやるんだよ」
ルーチェの言葉に、ハクルはああ、と頷いた。
二人の反応に、私はぷく と頬を膨らませる。
「そんな言い方しなくていいじゃない…!」
膨らんだ頬を小さな指でつつきながら、ハクルはにっこり笑った。
「まあ、元気なのはいいことだよ。ね?ルイスチア?」
私は渋々頷きながら辺りを見回した。周りには、日本でよく見かけた植物がたくさん生えている。
「これって、片喰?」
小さな黄色の花を指差しながら、私がハクルに尋ねると、隣でいるルーチェは驚いたような顔をした。
「片喰…?あ、ああ、ねこあしのことか」
ハクルは私たちの言葉ににっこりと笑って頷いた。
「別名、酢漿草とも言うよ。毒もあるね」
ハクルの言葉に、私たちは触ろうと伸ばした手をゆっくりと元に戻した。
「ど、毒…?」
ハクルは軽く頷く。
「人の致死量は十五〜三十グラムだから安心していいよ〜。あと、方法によれば食べれるしね」
安心していいのか、してはいけないのか…と、私たちは微妙な顔を浮かべた。
「ま、まあ、花言葉は『喜び』と『母の優しさ』だからね」
私がそう言い繕うと、ハクルでもルーチェでもないのんびりとした声が聞こえてきた。
「おねーちゃん、物知りなんだねー」
女の子の声に続き、男の子の声も聞こえる。
「すげーな!おれにも教えてー」
後ろから聞こえる声に私が振り返ると、ハクルと同じような小さな二人の女の子と男の子がいた。
「あなたたち、精霊?」
私が微笑んで尋ねると、二人は元気よく頷いた。
「わたしは、光のせいれーだよー!」
「おれは、闇のせーれーだ!」
ハクルに比べどこか幼い感じがする二人に、私はつい頬が緩んでくる。
「どうしたの?」
微笑みながら要件を促すと、二人は胸を張って言った。
「わたしたちとー」
「けーやくしてー!」
二人の言葉に、私は振り返ってハクルを見つめる。ハクルは軽く肩を竦めて微笑んだ。
「いいんじゃない?楽しそうだしね」
先着の精霊に許可を取った私は、再び二人に向き直って言った。
「いいよ、契約しよっか!」
二人は嬉しそうににっこり笑い、代わる代わる言葉を回す。
「おねーちゃんのー」
「お名前をー」
「教えてー!」
「てー!」
かわいらしいその様子に、私は思わず笑みを零して言った。
「私の名前は、ルイスチア・ルチ「わーわーわー!!!」
訂正、名前を言おうとしたところを、ルーチェの大声に遮られた。
「どうしたの、ルーチェ?」
私が尋ねると、ルーチェは慌てた様子で言う。
「俺がいるときに真名を言うのはまずいだろう!」
私はルーチェの言葉に首を傾げて言った。
「別に、ルーチェは信頼できる人だから大丈夫でしょ?」
その言葉に、ルーチェはがっくりとうなだれてしまった。
ルーチェの肩を、同じように哀愁を漂わせたハクルがそっと叩いている。
仕方がないので、今度は「言います!」と宣言してから言った。
「私は、ルイスチア・ルチア・ルシェルカといいます。よろしくね!」
言った途端、ハクルの時と同様に、掌が淡い光に包まれた。
「けーやく、けーやく!」
「けーやく、かんりょー!」
「お名前、つけてー!」
「お名前、お名前!」
楽しそうに飛び回る二人を見て、私は微笑を浮かべる。
「光の精霊のあなたは『アーシャ』、闇の精霊のあなたは『ノクス』なんてどう?そのまんまだけど、『光』と『闇』っていう意味だよ」
二人の精霊は、私の周りを楽しそうに飛び回る。
「ノクス、ノクス!」
「アーシャ、アーシャ!」
お互いの名前を呼び合いながら、嬉しそうに微笑むその姿に、私は温かい笑みを浮かべた。
「よろしくね。アーシャ、ノクス!」
柔らかな木漏れ日が、淡く辺りを照らしていた。
最後の方、ルーチェの出番が少なかったですね…。
ルーチェと精霊の契約も、そろそろ出てくる予定です!