下町の悪役令嬢と、変わらぬ友情
とうとう五月ですね!!
令和となってから、二周目ですっ!
今後ともども、よろしくお願いしますっ!
とある公爵邸の庭の隅、テーブルを囲んで——。
「ねえ、ハクル。どうやったら死亡フラグに囲まれた私が安全に生きていけると思う?」
私は目の前でふわふわと浮いている精霊、ハクルにそんな疑問を投げつけた。
義弟が来てから早五日。後二日で我が国の王子が我が公爵邸へとやってくる。
「それを僕に言われても…ねえ?」
ハクルは、困ったように眉を下げる。そうよねえ、と私は溜息をついた。
「そもそも、どんな死亡フラグが立ってるんだ?」
テーブルを挟んで向かいに座るルーチェが、私にそんな問いを投げかけてくる。
「えっとね、まず、一人の攻略対象に対して三つのエンドがあるっていう話はしたよね?」
転生者が私以外にもいることがわかってから五日間、私たちはゲームの内容をかなり詳しくおさらいしていた。
ルーチェは、私の大切な親友である美琴からの連絡で大雑把なストーリーを聞いていただけありがたく思う。日本のことを何も知らないハクルに伝えるのは、さすがの私でも骨が折れた。
ハクルとルーチェの顔を見ると、二人は頷き返した。
「攻略する人によっても違うんだけど、基本的にハッピーエンドは身分剥奪のち国外追放、ノーマルエンドは没落のち奴隷、バッドエンドなら死刑または死亡よ」
空間に重い沈黙が落ちる。私は溜息をついて言った。
「ルイスチアって、恐ろしいほどに働き者なのよ。攻略対象全員から憎悪の対象にされてたの」
私の言葉に、ルーチェはとても引いたような顔をした。若干ではなく、とてもである。
目の前でハクルは『何をしたのさ?』とでも言いたげな顔をして見つめてくる。そんな顔で見ないでほしい。私だってルイスチアに聞きたいんだって!
「瑠衣としての記憶が戻ってからは、ルイスチアみたいな我儘も言っていないはずなのにね。なぜか義弟をいじめているっていう噂になっているらしいのよ」
これは、ラリアの妹であるミルティアと、ミルティアと仲良しのネクセスの情報である。最近、私が侍女や従者の人たちのところへ遊びに行くようになり、友好関係を築いたからこそ知ることができた情報である。
「それにしても、お前は妙に男装が板に付くな」
まじまじと私を見つめるルーチェの言葉に、私は自分の服装を見返した。
そう。私は今、男装をしているのだ。
お父様たちと約束していた剣の授業を受けるときに、ドレスではやりにくいからと用意してもらったものである。
——まあ、思っていた以上にルイスチアの身体が動き、ルーチェを簡単に負かしてしまったことにより、後々ドレスでも剣を練習するようになるらしいのだが今は少し置いておく。
まさに貴族のお坊ちゃんが纏うような美しい意匠の服に、着る前は『これを自分が着れるのか…?』という、前世庶民独特の気持ちが湧き上がったが、着たらこちらのものだ。
もう、恥ずかしさは消え失せた…と思いたい。
「ありがとう。やっぱ元日本人だからズボンの方が楽だわ」
日本人がドレスなるものを着るときなんて、結婚式ぐらいではないか。ましてや、高校生ならば別世界の代物と言ってもいいほど、ドレスとの馴染みは薄い。
「ねえ、ルイスチア。ルイスチアって、男性みたいな喋り方できるの?前張り切って『学園では男装するっ!』って言ってたけど、できる見通しはついてるの?」
久しぶりのズボンの履き心地にほっこりしていると、ハクルがジトっとした目で私を見つめてきた。
前世 演劇部に入部していた元日本庶民に対し、これはさすがにひどい言い様だ!
「そのぐらいできるわよ!なんなら証明してみせましょうか?!」
私の言葉に、ハクルとルーチェは目を丸くする。
二人の間抜け面を前にして、私は得意気に笑った。
「今から下町へお忍びよっ!」
お忍びっ?!というハクルの悲鳴はご愛嬌である。
「悪役令嬢のくせに、こいつ規格外すぎるだろ…」と死んだ魚の目で呟くルーチェには、
「『悪役令嬢』とは規格外のものなのよ、剣で惨敗した義弟さん?」
と思いっきり煽っておいた。
………………………………
結局、一番信用できる侍女ラリアに話を通してみたところ、私たちだけで行くのは危ないからラリアも含めて何人かで行くということになった。
そして現在、私たちはハクルを含め六人で行動している。
ちなみに一緒に行動しているのは、ハクル、ラリア、ルーチェ、私というお馴染みの四人と、ラリアの妹のミルティアと、ミルティアと仲良しのネクセス である。
ミルティアに好意を抱いている(本人は隠しているつもりの)ネクセスには、時折鋭い視線を投げかけられるのだが、私はミルティアともっと仲良くなるつもりだ。
現在、私は宣言通り男装をして街へ降りてきていた。せめて公爵家の者だとわからないよう、下級貴族がお忍びをするときのような服装を纏っている。
「ルイスチ…ルイス様っ!どこに行きますかっ?」
目を輝かせたミルティアは、私の本名を呼びそうになりながらも、嬉しそうに言った。
大方、『ルイスチア姉様』とでも呼びそうになったのだろう。私は苦笑を浮かべて言った。
「僕はあまり詳しくないからね。ぜひ、ミルティアに案内してもらいたいな」
私の言葉に、頬を赤く染めたミルティアが「は、はいっ…!」と答えた。
私は、肩に座るハクルの瞳に目を合わせた。
「どうだい?もう少し男っぽくした方がいいかな?」
至近距離で見つめられたハクルは、ぷいっとそっぽを向いて言った。
「か、かっこいいと、思う」
耳まで赤くなって言うハクルに、私は思わず微笑みを浮かべる。
「かわいいね。とても綺麗だよ」
不思議なことに、男装すれば歯の浮くようなセリフでもさらりと言えてしまうので、私はハクルの耳元で囁いてみせた。
ハクルは、これでもかと言うほどに、真っ赤に染まっている。
「そろそろやめておけ。気配までが真っ赤に染まっているぞ」
せっかくかわいいハクルを褒めていたというのに、私とハクルの間へ静止をかけるルーチェが割って入ってきた。
「えー…わかったよ…」
心から安堵したようなハクルと、それを慰めるように撫でるルーチェに、私はしぶしぶ引き下がった。
今のハクルは、周りから見えないようにしているというのに、不思議な話である。
楽しくお喋りをしたり、綺麗な品を売るお店を見回っている内に、あっという間に時間は過ぎ去っていった。
そろそろ帰ろうかと話していたころ、突然『その人』との再会はやってきた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
いきなりの衝撃によろめいた私は、ぶつかった衝撃で座り込む相手を思わず凝視した。
とても似ていたのだ。私の大切な、前世の親友に。
「あの…」
呆然と見つめる私に、ぶつかった同い年ぐらい少女は座り込んだまま、申し訳なさそうに見つめてくる。
自分が止まったままだったことに気づいた私は、慌てて相手に手を差し伸べる。
「申し訳ございません、お嬢さん。お怪我はありませんか?」
私の言葉を聞いた相手は、目尻を裂けるほど見開いた。
「る、瑠衣…?」
その言葉を聞いた私は、相手よりも大きく目を見開いた。
親友との記憶が、映像となって流れていく。
そう、それは、中学校の入学式の日のことだ。
周りの風景全てが物珍しく感じて、私はきょろきょろとしながら歩いていた。
そして、誰かとぶつかってしまったのだ。
明らかに自分に非があるので、私は慌てて手を差し伸べて言ったのだ。
『申し訳ございません、お嬢さん。お怪我はありませんか?』
と。
そして、そのぶつかった相手は、のちのち唯一無二の親友となる、内海美琴だった。
「美琴…?」
考える間もなく、私の口から名前が溢れ落ちた。
それを聞いた少女は、きつく、きつく抱きしめてくる。
「瑠衣…瑠衣!瑠衣!本当に、あなたって人は…!」
咽び泣きながら抱きついてくる美琴の背中に、私は恐る恐る腕を回した。
「美琴…本当にごめんね。ごめん…。美琴…!」
私は美琴が目の前にいることに、嬉しくも悲しく感じた。
しばらくして、私たちはどちらともなく身体を離した。
ゆっくりと微笑んだ美琴は、嬉しそうに言った。
「瑠衣。あなたって、男装も似合うのね」
私は軽く微笑み返す。
「ありがとう、美琴。フローラとしてもかわいいね」
彼女は、ゲームのヒロインであるアンディの親友、フローラ・リゼア・バーロネになっていた。
お互い微笑みあったところで、教会の鐘が鳴り始める。
「ああ、もう帰らなきゃ。美琴、ううんフローラ。絶対にまた会おうね」
私がそう言うと、美琴——フローラは決意を秘めた眼差しで頷く。
「絶対だよ。約束ね」
私たちは、にっこりと微笑む。
「「またね!」」
私はフローラに背を向けて、私を待つ人たちに向かった。
「別れちゃっていいの?」
肩に座るハクルの言葉に、私は哀しい笑みを浮かべる。
「今はいいの。今は。もう少しだけ、考えさせて」
だって、美琴がここにいるということは、日本での美琴は、死んじゃったっていうことだから——。
激しい心の痛みを感じ、私はとても泣きたくなった。
今回は少なめですみません…。
美琴さん、どうなってしまったのでしょうか…??