決意の悪役令嬢と、義弟の真実
義弟との顔合わせです!義弟がまさかの…?!
とうとう、とうとうこの日がやってきた。
「ねえラリア姉様。私変じゃない?ちゃんと似合ってる?ドレスに着られてない?」
朝から何度も尋ねたその問いに、ラリアは苦笑して答えた。
「ご安心ください、お嬢様。このラリア、お嬢様以上に美しい者はこの世に存在しないと誓えますよ」
ラリアの言葉に、私はまあ、と目を見張った。
「世の中には、私よりもっと美しい方がたくさんいらっしゃるわ。お母様も美しいでしょう?」
少し自慢気に話すと、ラリアは綺麗に笑う。
「私の主人は、お嬢様ただ一人でございます。また、恋愛対象もお嬢様一人でございます」
さりげなく、とても危ない言葉が聞こえた気がするわ。何か、そういうものを、前世では『百合』というのよ。
心の中でそう言いながら、私は苦笑を浮かべた。
「ありがとう、ラリア姉様。私、結構緊張しちゃってるみたいだわ。ラリア姉様の淹れてくれる紅茶が飲みたいの」
その言葉にラリアは、キラリ、と目を光らせる。
「このラリア、必ずしやお嬢様に喜んでいただけるような紅茶を淹れてみせます。少しお待ちください」
「ええ、お菓子は少なめでお願いできる?よろしくね」
嬉しそうな微笑みを浮かべたラリアを見送ってから、私は鏡に視線を移した。
目の前には、ブロンドの髪をゆるりと流す、碧眼の美少女が立っていた。
なんというか、綺麗ではあるのだ。綺麗なのだが、どこか悪役らしいのだ。
綺麗なブロンドの髪には、縦ロールがきっと似合って、吊り目がちの瞳は、人を睨みつけるためのもののようで、陶器のような滑らかな肌は、人を見下すためのようで、なぜか悲しくなってくる。
「お、準備できた〜?」
一人シリアスな気持ちになっていたところを、どこぞの生意気な精霊がぶち壊した。
私は呆れつつ、嬉しくも思う気持ちを抱いて振り返る。
「ハクル、部屋に入るときにはノックぐらいしてよ。あなた一応男の子なんでしょ?」
私の言葉に、「一応じゃなくて男の子だよ」と不満気に呟くハクルは、まじまじと私を見つめた。
「うわあ、ルイスチア…。その…うん、えっと…」
しまいには口籠ったハクルを、私は粘着質な視線で舐め上げた。
「何?何か言いたいことがあるの?似合ってない、とかいう言葉はお断りよ」
私の言葉に、ハクルは慌てて首を振った。
「違う違う!あまりにもルイスチアが綺麗で…その…」
気まずそうに視線を落とすハクルを、私はじっと見つめた。
昨日と同じように、頬が赤くなっている気がする。
熱があったら大変と、私はハクルの額に自分の額をくっつけた。
「な、なにするんだよ?!ルイスチア!」
狼狽えた、ハクルの額はひんやりしていて、かといって冷たすぎるわけじゃない、ちょうどいい温かさがあった。
「うん、熱はなさそうね。よかったわ」
安心して笑う私を、ハクルは真っ赤になって睨みつけた。
「だから熱なんかないって!そのぐらいわかるでしょ?」
私は首を傾げる。
「あら、確実にわかるんだったら計らないわ」
私の言葉を聞いたハクルは脱力したように、「もういいよ…」と呟いた。
「本当にルイスチアは天然でああいうことをしているんだね…」
「どうかした?ハクル。うまく聞き取れなかったわ」
何か、ハクルが呟いたようだか、私には聞こえなかった。
………………………………
お父様とお母様が、目の前に座る男の子にとびっきりの笑顔を向けている。
目の前には、よく言えば優しそう、悪く言えば気が弱そうな男の子が座っていた。
「ルイスチア、彼がルーチェくんだよ。今日から君の弟だ。挨拶しなさい」
お父様に話を振られ、私はにっこりと微笑みを浮かべる。
「はじめまして。あなたの姉になる、ルイスチアといいます。わからないことがあったらなんでも聞いてね」
ルーチェは、おずおずと言葉を返した。
「ぼ、僕の名前はルーチェです。これからよろしくお願いします」
彼はそう言って、がばりと頭を下げた。
この世界には、日本のようなお辞儀はなく、カーテシーと呼ばれる方法しかないのに、である。
お辞儀の存在を知らないお父様たちは、目を丸くして見つめていた。
「え、ええ。難しいとは思うけれど、私たちのことは本当の親のように思ってくれれば嬉しいわ」
お母様の言葉に、ルーチェは微かな微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
置いていかれたお父様は、慌てて言った。
「ああ、ぜひそう思ってくれ。ところで、ルーチェが今からやってみたいと思うこととかはないか?」
いつの間にか、お父様はルーチェのことを呼び捨てで読んでいた。親子らしさが垣間見えたようで、私は嬉しく思う。
ルーチェはしばらく思案した後、にっこりと笑顔を浮かべた。
「強いて言うなら、夕食を作りたいです」
僕、昔から料理が好きなんですよ。
それはそれは楽しそうに、彼はそう言ってのけた。
そんな彼の様子に、お父様とお母様はにっこりと笑う。
「じゃあ、今日の夕飯はルーチェに任せよう」
「ええ。とても楽しみだわ。ねえ?ルイスチア?」
お母様は笑顔で私に尋ねる。
死亡フラグの到来に、必死で対抗策を練っていた私は、慌てて
「はい。そうですね」
と答えた。
「じゃあ、夕飯を楽しみにしているよ。厨房の場所は執事にでも教えてもらうといい」
お父様の言葉で、一旦顔合わせはお開きとなった。
………………………………
「つ、疲れた…」
ルーチェとの顔合わせを終えて、自分の部屋に戻ってきた私は、開口一番にそう呟いた。
ゲームと照らし合わせながら、私はルーチェを思い出す。
はっきりと言うならば、ルーチェを見ても何も思わなかった。
『光と闇の、ドキラブフィオーレ魔法学園〜永遠不滅の恋を、しよ?』では、攻略対象の中で、見た目だけを見るならば、ルーチェが一番好きだった。
だか、彼を実際に見てみると、特に恋愛的な感情は浮かばず、ただ『弟ができた!』と思っていたのみである。
ちなみに、一番好きなのは、我儘な性格を除いたルイスチアで、二番は精霊王である。
実質、精霊王が一番になるが、私的には『物語』が一番興味を引くところなので、断言はできない。
「ルイスチア、大丈夫?」
突然、綺麗な顔を心配気に歪めるハクルと目が合った。
「うわっ!い、いたの?」
私がそういうと、ハクルは拗ねたようにそっぽを向いた。
「『いたの?』とは失礼だねっ!ずっといたよ!」
慌てて謝る私に、ハクルは不安気な眼差しを向ける。
「ルイスチア、弟くんはどうだったの?僕より必要?僕はもういらない?」
思っても見なかった言葉に、私は目を丸くしてハクルを見つめた。
「そんなことは絶対ないよ!義弟は…今はなんとも言えないかなぁ」
私の言葉に、ハクルはそう、と呟いた。そのまま、重い沈黙が辺りを覆う。
「でも、一つだけ確実なことがあるよ」
私の言葉に、ハクルはピクリ、と肩を震わせる。
「ハクルは、私にとってとても大切なひとだということよ」
その言葉を聞いたハクルは、蕾が花開くような笑顔を浮かべた。
「僕も、ルイスチアが大切!」
私は微笑む。
「ありがとう、私の大切なハクル」
そうして、夕食ができるまで、ハクルと二人で取り留めない会話を話し続けた。
………………………………
ダイニングテーブルの上にずらりと並べられた料理を見て、私たち家族を含め、全員が唖然とした。
まさかのまさか、和食だった。
洋服に洋館、身の回りのもの全てが『洋』で埋め尽くされたこの地アタナシアは、当然食事も洋食だった。
ナイフとフォークを使って食べるのが当たり前のこの国に、当然和食は存在しない。和食どころか、お箸さえも。
久しぶりの和食に私は涙が出そうになりながら、ゆらりとルーチェに向き直った。
「…がない」
「え?」
「お箸がないわ!あなたはお箸なしで、どうやって和食を食べろと言うの?」
私はルーチェに詰め寄った。
久しぶりの和食様に、私は我慢ができなかった。
「お箸なら、僕が持っています。あ、お二方の分も」
話を振られた両親は、未だに呆然と和食を見ている。
手渡されたお箸を片手に、私は大声で言い放った。
「じゃあ、いっただっきまーす!!」
「いただきます」
私に続いたのはルーチェだけで、お父様とお母様は呆然としながらも、食前のお祈りをしていた。
今まで、私もきちんとしていたのだが、和食ならば話は別だ。「いただきます」で食べ始めるからこその和食である。
「お、おいしい!」
私はお刺身のようなものを食べながら言う。
ああ、ここでも和食が食べれるとは思っていなかった。
おにぎりや漬物、お味噌汁を味わって食べる。
どれもおいしく、ルーチェの料理の腕前が伺えた。
「ルーチェ。あなた、食後に私の部屋へ来てくれない?」
私の言葉に、ルーチェは警戒を浮かべながらも頷いた。
「わかりました」
耳元で、ハクルがそっと囁いた。
「ちょ、ルイスチア?何するつもりなの?」
私はハクルに、片目を瞑って見せる。
「後でのお楽しみよ!」
そして、私はおいしい和食を味わって食べ尽くした。
………………………………
——夕飯を食べ終わり、ルーチェを自分の部屋で待っている頃。
「うーん…。何出せばいいかな…」
食後に呼び出しておいて、何を出せばいいか悩む私に、ハクルはにっこりと笑った。
「甘いお菓子が嫌なんだったら、果物とかはどう?」
そうだ。この前買い物へ行ったときに、『林檎』が売り出されているのを見て、思わず買ってしまったのだ。
ちなみに、ここでの『林檎』は『マンサナ』というらしい。
私は手際良く林檎、もといマンサナをナイフでうさぎの形に切り、お皿へ盛り付けた。
なぜ、部屋にマンサナやナイフ、お皿があるかというと、それは私がおねだりしたからである。
ちょうど準備が終わった頃、ドアをノックする音が聞こえた。
「ぼ、僕です。ルーチェです。入ってもいいですか?」
「ええ、入ってちょうだい」
ルーチェは部屋に入るなり、勢いよく頭を下げた。
これには、私だけでなくハクルも目を丸くしている。
「も、申し訳ございませんっ!夕食を勝手な都合で変えたりして、本当にすみません!殴らないでくださいっ!」
呆気にとられていた私は慌てて言った。
「違うわ!殴るわけないじゃない!私はあなたに『質問』したいことがあるのよ!」
顔を上げたルーチェは、質問?とおうむ返しに呟いた。
「そうよ。今から言う言葉に聞き覚えはないかしら。
そうね…『東京タワー』、『富士山』、『乙女ゲーム』」
私の言葉を聞いたルーチェは、目尻が裂けるほど大きく目を見開いた。
「あんたは、あんたはどこでその言葉を知った?!」
ルーチェは私の肩を揺すぶりながら、必死の形相で言う。
私はやはりか、と思ってルーチェを正面から見返した。
「あなたも、日本からの転生者じゃないかしら?」
ルーチェは、希望の光を見つけたかのように、嬉しそうに笑った。
『さて、ルイスチア』
突然響いた声に、私はピクリと肩を揺らした。
言わずもがな、ハクルである。
『その、転生者、というところの話が詳しく聞きたいな〜?』
にっこりと黒い笑みを浮かべながら、容赦なく切り付けてきた。
「わ、わわわかった!後で、後で教えるから!」
あまりの迫力に、私は笑えるぐらい声を震わせた。実際に、膝が微かに笑っている。洒落にならないわ。
そんな私の様子を、ルーチェは不思議そうな顔で見つめている。
「そこに何かいるのか?なんだか、気配だけならするんだけど…?」
ルーチェの顔でその喋り方は些か不思議だ。
「やあ、はじめまして。ルイスチアと契約している精霊です。僕はハクル。よろしくね」
いきなり姿を現したハクルは、冷笑を浮かべて自己紹介をした。
冷ややかな声のハクルに、ルーチェは怯えたような顔を見せる。
そらみろ、ハクルの冷気に当てられた者は誰だって怯えているじゃないか。
「お、おお。よろしく…」
辿々しく言ったルーチェに、私は向き直って言った。
「改めまして、元日本神奈川在住の十六歳没、川崎瑠衣といいます。現在はルイスチア・ルシェルカ、十一歳よ」
私の紹介に、慌ててルーチェは言葉を発する。
「俺は元日本東京在住の十六没、藤川理央です。死因は不注意運転で、現在はルーチェだ」
そう言って、私たちはお互い頭を下げ合った。本当に久しぶりに日本人らしい行為をしたな、と懐かしく思う。
懐かしさを感じながら、私は口を開いた。
「それで?あなたは何を探しているの?」
私の言葉に理央、もといルーチェは驚いたような表情になる。
「なぜ…?どうしてわかったんだ?」
大切な親友に言われたことを思い出し、私は照れ笑いを浮かべた。
「私、勘がよく当たるの。前世の親友に教えてもらったわ」
ハクルはなるほど、というように頷いている。
ルーチェはそうか、と呟き、眩しそうに目を細め、話し始めた。
::::::::::::::::::::::::
俺には、『幼馴染』みたいな関係の友達がいたんだ。笑うときにできるえくぼとか、黒茶の瞳とか、ものすごいかわいらしい人だった。
「へえ」
その子はすごく明るくて、一緒にいる奴が自然に笑顔になるようなオーラがあった。
「なるほどね。初恋のお相手かしら」
…まあ、俺もその人のおかげでたくさん笑うようになったし、とても感謝している。
多分、あんたが言った通り、俺の初恋だ…と思う。
「惚気はいいから、さっさと次言って?」
前世を知らない精霊は黙ってろ!っとまあ、小学生のときはかなり仲が良かったんだよ。
だが、その…そいつの両親が亡くなってしまった…そうだ。それで、東京から神奈川に引っ越すことになったと聞いた。
「あやふやな言い方ね」
頼むから口を挟まないでくれ!人伝に聞いたから仕方ないだろ!
それで、引っ越した彼女とは、定期的な連絡は取り合っていたが、それからは全く会っていない。
まあ、親友ができたっいう報告とかはかなり詳しく聞いたな。
後、この世界である乙女ゲームのこととか、な。
::::::::::::::::::::::::
「で、結局は何を探しているの?」
遠回しなことばかりを言うルーチェに、私は直接切り込んだ。
彼の話を聞いていると、なんだか少し違和感があるのだ。
そう、『デジャヴ』というもののように。
「そのぐらいはわかってくれ!その、初恋の少女がこの世界にいるんだ!」
ルーチェの悲鳴に似た叫びに、ハクルは首を傾げて言った。
「どうしてそんなことがわかるのさ?」
ルーチェは恥ずかしさから少し回復したようで、得意気に言い放つ。
「俺さ、人それぞれの『気配』がわかるんだ。例えばこの家に仕えてくれてる人たちって、全員で四十八人だろ?」
ルーチェの言葉に、私は目を丸くした。
「あら、正解よ!わかった、あなたの言うことを信じるわ」
ルーチェは、弾けるような笑顔を浮かべる。
その笑顔を見て、私は先程デジャヴを抱いた理由に思い至った。
「そういえば、あなたが言っていた初恋の人、私の前世の親友に驚くほどそっくりなのよね。『内海美琴』っていうんだけど、知らない?」
ダメ元で聞いてみた問いに、ルーチェは大きく目を見開いた。
「そうだ…!俺の初恋の相手は内海美琴だよ!」
しばらく、呆然とお互いを見つめ合った。
世の中、意外に狭いものである。
世の中、繋がりって恐ろしいんですね〜(他人事)。
その後、ルイスチアはハクルにこってり絞られましたとさ…。
その、少し後の様子ですっ!
………………………………
「だから、言ってもハクル信じなさそうじゃない!」
「だからといって、言わなくてもいいっていう訳じゃないでしょ?!」
「言ったら最後、あなたは絶対お医者様を探してくるわ!」
「当たり前じゃないか!」
「だからよ!私は普通だわ!」
「君の普通はおかしいんじゃない?!」
「お嬢様、ハクル様。落ち着かれてください」
「ラリア姉様、落ち着いてなんかいられないわ!」
「そうだよラリアさん!落ち着けるわけないよ!」
「真似しないで!」
「真似なんかしていない!」
ガッチャーン!!!!!
「聞こえませんでしたか?私は落ち着け、と申し上げましたよ?(黒笑)」
「「すみませんでした」」
「わかってくださればよろしいのです、わかってくだされば」
「「…」」
ルイスチアとハクルは、ラリアを怒らせてはいけない、と心で誓った。