転生の悪役令嬢と、前世の記憶
『ルイスチアの転生記憶ノート』、登場ですっ!
——ラリアを、『ラリア姉様』と呼ぶ許可を、ほとんど力尽くで勝ち取った少し後。
前世のことを考えるため、ラリア以外を人払いして、私は部屋に篭っていた。そのラリアも、今は買い物で外に出ている。
「はぁ〜…」
私は鬱々としながら、大きな溜息を吐いた。
ラリアによると、四日間熱を出し続けた私は、かなり危ない状態だったらしい。
四日間寝続けた割には、うまく身体が動くということは置いておいて、先程、私はお風呂に飛び込んだ。
お風呂に四日も入っていないということは、前世で入浴剤集めを趣味の一つとしていた者にとって死活問題なのだ。
思う存分お風呂を楽しんで、小ざっぱりとした私は机の上のノートを睨みつける。
命名、『ルイスチアの転生記憶ノート』。瑠衣として知っていることを、『日本語で』まとめるノートだ。
この国、アタナシアでは、『アタナシア語』というものが存在するので、日本語は知られていない。
まあ、転生していることに気がついた私も読み書きすることができるので、ありがたいキャラ修正だと思っておく。
この『光と闇の、ドキラブフィオーレ魔法学園〜永遠不滅の恋を、しよ?』では、貴族の令息・令嬢が通う、身分が高い者たち専用の魔法学園が舞台の乙女ゲームである。
当然、公爵令嬢であるルイスチアも、十五歳から十八歳までの四年間、魔法や当主・貴族としての学びを受ける必要があるのだ。
何度も言うが、このルイスチア、身の回りには死亡フラグだらけである。それはもう、恐ろしいほどに。
ヒロインがハッピーエンドルートを選んでも国外追放のち死亡、逆ハーレムルートでも身分剥奪さらに死亡…。
是非ともルイスチアの設定を考えた人には物申したい。
『もしも貴方がルイスチアになったら、こんなエンドばっかり用意するか?!人の気持ち考えろよ!一度お前もなってみやがれ!』
…とまあ一部をオブラートに包んで、きっと罵るだろう。
とりあえず、(何よりも)私が死なないために、前世の記憶を(悪態つきながらも)思い出す必要がありそうだ。
ひとまず試しに、私はゲームの設定を思い出しながら、『ルイスチア』についてをノートに書き出した。
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〈ルイスチア・ルチア・ルシェルカ〉→私
当て馬悪役令嬢。グランツの婚約者。我儘で傲慢。
公爵家の権力をかさに着て、気に入らない令嬢をしつこく虐める。
グランツから好意を持たれたアンディをいじめ、卒業パーティーで断罪される。
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うん、『ルイスチア』に転生したとはいえ、あまりにも酷いと思いますよ、はい。
悪役令嬢ではあるが、さすがにこの現実は目の当たりにしたくなかった気がする。
「はぁ…」
溜息を吐くが、嘆いても仕方がないので視線をノートに戻す。
これ以上知るのは怖いが、知らなければ死亡エンドへまっしぐらなのだ。
ボールペンやシャーペンより書きにくい、羽根ペンらしきものを手に取り、私は『瑠衣』に残る、ゲーム人物たちの記憶を探った。
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〈攻略対象について〉
攻略対象は、主に五人である。隠しキャラは一人いるが、二週目からの攻略となる。
攻略対象
王太子 グランツ・カーラ・アタナシア
ルイスチアの婚約者であり、王太子。腹黒。
第二王子 グアン・イーレン・アタナシア
グランツの弟であり、よく比較される。俺様王子。
公爵令息(義理) ルーチェ・ルシェルカ
ルイスチアの義弟。小さい頃に両親を亡くし、公爵家に引き取られる。
侯爵令息 アラム・カーシア・フェルスト
グランツ、グアンの幼い頃からの友人。お堅い性格。
子爵令息 フェヒター・ソム・ぜグラーフ
騎士団長の子爵を父に持つ、肉体系。脳筋である。
隠しキャラ
精霊王
心が綺麗で美しい人の守護となる。名前は、守護する人につけてもらう。
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ヒロインを除き、重要な人物はこのぐらいだった気がする。皆、同じ年齢で、フィオーレ魔法学園では同じクラスに揃っていたので、なるべく接触を避けたいところだ。
そして、一番思い出さなければならない重要なヒロイン、アンディについてだ。
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〈アンディ・( )・バロノス〉
ヒロイン。孤児院で十三年育つ、男爵令嬢。
優しく、綺麗で温かい心の持ち主。故に光の精霊に愛され、光の魔法の使い手となる。
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…想像はしていたが、さすがにヒロインの中のヒロインである。
孤児院から貴族へと昇格し、おまけに光の精霊に愛され、清く優しい性格で…。
私では、とてもじゃないが真似できない。
確か、『真名』のところには、プレイヤーが好きな名前をつけてよいという設定だった気がする。
——そもそも、この国の決まりってどんなものがあったっけ?
考え始めれば、次々と疑問が湧き上がってくる。
よっし、『真名』を含めて、アタナシア国のことを調べよう!ついでならば、攻略対象が実在するかどうかも調べる!
『善は急げ』だ。私は急いで帰ってきたラリアに声をかける。
「ラリア姉様!ちょっと今からお父様の書斎に行ってくるね!しばらく篭ると思うから、適当によろしく!」
私の凄い剣幕に、ラリアは目を丸くして、「わ、わかりました!」と言った。
さあ、楽しい調べ物タイムだぞっ!
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お父様の書斎にある資料のおかげで、かなりアタナシア国について調べることができた。
私はノートにまとめた詳細を読みながら、頭を抱えて項垂れた。
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〈アタナシア国〉
国名…アタナシア(不滅)
国体制…貴族制
気候…春夏秋冬
言語…アタナシア語
国特有…女性の名前には、外国語の花の種類の名前がよくつけられる。王族や高位貴族(公爵)の者は、光を意味する外国語を利用することもある。花や光の名前をつけることで、それぞれの精霊・妖精の加護を受けられると伝えられている。特に『光』を意味する名前をつけることができるのは、王族と公爵のみで、王族が優先される。また、王族や高位貴族(公爵)以外の男性の名前にはあまり縛りがないが、将来強くなることを願い、騎士団等では武器の名前をつけることもある。
王族…現国王と王妃の間に、三人の王子と二人の王女がいる。
この国での双子は、幸福の象徴とされている。
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ここまではいいのだ、ここまではっ!
問題は、次にまとめた『真名』のことである。
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〈真名〉
貴族には、『真名』と呼ばれる名前を追加でつけられる。その『真名』は、自分の大切な人(伴侶)にしか教えてはならない。『真名』に呪いをかけられると、死に至る可能性も認められている。
また、現在の貴族家では、全員の真名の存在が報告されている。
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一番最後の文、『現在の貴族家では、全員の真名の存在が報告されている』は、つまり、『貴族全員が真名を持っている』っていうことでしょう?!
どうしてゲームと違いがあるの?!
本来ゲームでは、『ルシェルカ公爵家のみは、真名を子どもにつけていない』という設定であった。
それなのに、今は、私にも『ルチア』というきちんとした真名があるのだ!
私は、思わず「うぅ…」と呻き声を漏らす。
もしも、ゲームとは大きな違いがあり、『ルイスチア』の処刑が早まってしまったら…。考えるだけでも恐ろしい。
私は深呼吸をして、心を落ち着かせる。とりあえず、次は精霊と魔法についてをまとめよう。
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〈精霊・魔法〉
精霊・妖精…主に、一人につき一人の精霊、または妖精が守護としてつく。守護精霊と呼ばれる。
王族や公爵家などは、二種類の精霊を守護としてつけることができる。逆に、守護されなかった者は『落ちこぼれ』と軽んじられる。
精霊王に愛されるほどの、穢れなき美しい心を持つ者のみ、本当の力を持つ高位精霊が守護として現れると言われている。
花砂糖の精霊は、滅多に人間が見つけることはできないが、精霊王に愛された者や、『落ちこぼれ』と呼ばれる者は見ることができる。
精霊、妖精は似た者同士だが、少し精霊の方が大人びており、人間に近い。妖精には悪戯っ子が多い。一目で違いはわかる。妖精に羽はあるが、精霊にはない。基本的に、守護を与えるのは精霊。
精霊界においても爵位があり、高位精霊に上るによって、持つ力は大きい。
現在精霊界を治めているのは精霊王である。
魔法…守護精霊の持つ精霊力が少し与えられ、その属性の魔法を強く使えるようになる。
火、水、土、風 の四種類の精霊が一般的な守護精霊である。
花、雪 の精霊は、あまり一個人のために行動しないものの、それぞれ植物、天候を操る力がある。心が美しく、精霊が愛するほどの者には、惜しみなく力を使う。
花砂糖 の精霊が守護につくことは、滅多にない。
光、闇 の精霊が守護につくことは珍しく、何百年に一度である。
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そこまで書き上げたとき、私はふと疑問に思った。
——そういえば、アンディは光の精霊を守護に持つが、ルイスチアは何の精霊に守護されていたっけ?
しばらく考えて、思い出した。…否、思い出してしまった。
ルイスチアは、『闇の精霊』が守護についていた。
ルイスチアが闇の精霊と契約を交わした理由は至って簡単。噂の男爵令嬢に負けたくなかったからである。
噂の男爵令嬢ことアンディは、光の精霊が守護についていたので、一時期、注目の的になるのだ。
そんなアンディに嫉妬したルイスチアは、対抗するためだけに、精霊力が強いだけの『悪い』闇の精霊と契約してしまったのだ。
あまりにおかしい、ゲームでのルイスチアの行動を考えた私は、現実逃避のため、一旦片付けを始めた。
さすがに、ゆっくりと庭を散歩していたら少しぐらいは気も紛れるだろう。
私は、ノートを自分の部屋の引き出しの奥に保管してから、元気よく庭に飛び出した。
ゲームの内容を作りましたが、本編では出番がなさそうなので、載せておきます。
絵本気分でどうぞ!
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魔法が生活で最も必要な物とされ、精霊や妖精たちが守り神とされる世界——。
孤児院で十四年間過ごしていたヒロイン、アンディ。彼女は小さい頃に孤児院の前へ置き去りにされてしまい、誰からも気づかれていなければ危ないところを孤児院のシスターに発見され、数人の孤児と兄弟のように育ったのだ。アンディに残されていたものは、『いつか必ず迎えにいきます』という内容の手紙と、『アンディ』という名前のみだった。
孤児院の仲間たちとたまには喧嘩もするが、兄弟のように仲良く過ごす。そんな生活の中、十三歳の春、突然『それ』の知らせは訪れた。
実は、アンディの父親は男爵だったのだ。
男爵は優しくて穏やかそうな男性で、アンディを見つけると抱きしめ、『一緒に家へ帰ろう』と言った。
初めての本当の家族の温もりに戸惑いながらも、アンディは孤児院の財政が少しずつ厳しい状況となってきていることや、今までたくさん面倒を見てきてもらったことを顧み、男爵へある条件を出す。
「わたしを引き取ってくれるのであれば、孤児院に少しでもいいので、寄付をしてください」と。
自分の兄弟のような仲間たちや、親のようなシスターたちの素晴らしさを必死で伝え、どれだけ自分は助けられてきたかをアンディは男爵に語った。
そんなアンディに男爵は笑顔で頷き、『家族だから当然だ』と言った。
そんな男爵の態度に、アンディは、『この人の娘になれて、嬉しい…』と心から思った。
——二年後 十五歳(十四)の春。
とうとうこの日がやってきた。今日は、フィオーレ学園の入学式。貴族令嬢となったアンディは、二年間でできるかぎりの作法を学び、気を抜いていなければほとんど完璧というほど身につけた。
優しく思いやりもあるアンディは、内面を表すようなかわいらしさと美しさを身に纏っており、男子生徒の視線ははにかむように笑うアンディに釘付けとなった。
特に、王太子をはじめとする五人の令息たちと気が合ったアンディは、いつの間にか一緒に行動するようになっていた。
だが、そんな内面の美しさ故に輝いて見えるアンディのことをひがむ令嬢たちは、ひそひそと悪意ある噂を流すようになる。
それだけでなく、アンディの盾となる令息たちが見ていない隙に、アンディを人気のないところへ連れてゆき、集団いじめのような行為を繰り返すようになった。
そのいじめの筆頭が、公爵令嬢であり、王太子の婚約者であるルイスチアだ。
公爵令嬢であり、王太子の婚約者のルイスチアに、男爵令嬢のアンディは逆らえるわけもなく、毎日いじめに耐え続けていた。
穢れなき綺麗な心を強くもつアンディでも、いじめられることは悲しい。
ルイスチアたちからのいじめにより、自分がなぜ一度捨てられたのかなどを知ってしまったアンディは、心を固く閉ざすものの、男爵の父や王太子たち五人、親友のフローラに誤解だと教えられ、自分を正しく取り戻す。
そして、ルイスチアが今まで自分にしてきたいじめの数々を、洗いざらい王太子たちに相談した。
そして、卒業パーティーの日。今日、ルイスチアをアンディたちは断罪する。
たくさんの証拠や証言、そして『悪しき魔力』と呼ばれる禍々しい力に飲み込まれかけた事実から、ルイスチアに刑罰は免れない。
国外追放や爵位略奪、極刑などが当然のルイスチアに対し、アンディは最後に許しを与える。
だが、突っぱねたルイスチアに、アンディはひたすら透明な涙を流し続けた。
その優しさに周りの人達は感動し、ぜひとも助け合った王太子たち五人の中から婚約者を選ぶようにと進められる。
アンディは、心に決めた一人の人の名前を呼ぶ。
見事、相思相愛で、めでたく結ばれ、ハッピーエンド。
(これは、ハッピーエンドの例です。)