転生の悪役令嬢と、忠誠を誓う侍女
前世の記憶、ちょっと出てきます。
ルイスチアは、湯浴みを終わらせ、自分の部屋に戻ってから、ひとしきりの苛立ちを枕にぶつけていた。
『どうしてっ、急に、弟なんかが、できなければ、いけないの!お父様の、嘘つきっ!』
『わたくしたちには、何も、その子と、関係ない、じゃない!』
叩きつけるたびに鈍い音を響かせながら、枕はひたすらにルイスチアの怒りを吸収していく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
肩で息をしながら、ルイスチアは枕を睨みつけた。
『絶対に、口を聞いてあげないっ!』
怒るだけではどうしようもないので、ルイスチアはもう一つの方の、大切な要件を考え始めた。
「グランツ殿下が、我が公爵家にやってくる…。なんて素晴らしいのかしら」
嬉しさのあまり、小さな声で呟いてみる。愛おしい人が、自分の家へやってくるのだ。
「本当の、夫婦みたい」
ルイスチアは、いずれやっとくる、殿下との結婚式を思い浮かべる。
——金の髪を輝かせながら、知的な瞳を優しく細め、嬉しそうに微笑みを浮かべる殿下と、その隣ではにかむ自分…。そして、祝福する人々——。
なんと幸せな光景なのだろう。愛する殿下の隣に立つのは、自分だけなのだから。
——決して、アンディにその座は譲らない!
自分で思っておきながら、ルイスチアはあれ、と首を傾げる。
「『アンディ』、ってどなたかしら。ひろいん、とは何のことでしょう?」
しばらく考えた後、ルイスチアは考えることを放棄した。
「まあ、いいでしょう。今日は早めに寝ましょうか」
ルイスチアはにっこり笑ってベットに潜る。
「おやすみなさいませ、グランツ殿下」
ルイスチアは微笑みながら、目を閉じた。
………………………………
ふわふわ、ふわり。
一面が真っ白な空間で、私の身体がふわふわと浮いている。
『夢…?』
声を出そうとしても、声が出ない。
真っ白な空間は心地よいが、『私』を見失ってしまいそうな危うさがある。
つい先ほど、とても大切な用件をお父様から聞いていた気がする。
どんな内容だったかは覚えていないが、『超』がつくほど大事な話ではないだろう。
いや、待て。
『私?』
私って誰?わたくしの名前はルイスチア・ルチア・ルシェルカ。
違う、そうじゃない。私の名前はルイスチアなんかじゃない。じゃあなんだ?
突然、頭の中に、様々な映像が流れてゆく。
寝ぼけたお父さんの顔に、お玉片手に急かすお母さん。たくさんの乙女ゲームや漫画の並んだ部屋の中で、ディスプレイを見つめる女子高校生の私。
交通量の多い通学路を、自転車で飛ばして学校に向かう毎日。
そして、悪戯っぽい笑顔で「おはよ!瑠衣!」と声をかけてくれる、大切な親友、美琴。
そう。私の名前は川崎瑠衣。日本在住、至って普通の女子高生だ。
私は、乙女ゲームが大好きだった。特に、ゲームのグッズが出たら即購入するほど好きだった。
確か、あの日も遅くまでゲームをしていた。
一番好きな見た目の、『ルーチェ』というキャラクターを攻略していたのだか、なかなかヒロインにルーチェが落ちてくれなかったのだ。
あまりにしぶとくて、気づけば明け方までぶっ続けて攻略していた。
翌日は、寝不足でフラフラになりながらも、学校へ行こうとして——。
そう、私は死んだんだ。交通事故に遭って、あっさりと。
死ぬ間際には、朦朧とする意識の中、鈍い痛みを感じながらも、『あの乙女ゲームもっとやりたかったなぁ』だとか、『まだ全員の攻略を完璧にできていなかったのになぁ』だとかいう、乙女ゲームへの想いが溢れていた気がする。
後は、家族への感謝だとか、美琴への感謝と謝罪だとかを考えていた。
——特に、美琴には平謝りしていた。借りていた漫画を、返すことができなかったのだ。
そういえば、私が死ぬ前にプレイしていたゲームの名前ってなんだっけ?確か…すごくキラキラしていたような。
ああ、そうだ!
『光と闇の、ドキラブフィオーレ魔法学園〜永遠不滅の恋を、しよ?〜』というゲームだ。
「アタナシア国」にある、魔法学園での恋愛ゲームだったか。
五人の攻略対象たちと結ばれるまでが、どれほど大変だったことか。
ちょこまかと邪魔をしてくる悪役令嬢のルイスチアには、何度か実際にガチ切れしていた。
まあ、最後には死亡や国外追放となっており、そりゃあもうスッキリしましたね。
おい、少し待て。今、何つった?
私は自分の中の記憶を探る。
『わたくしは、ルイスチア・ルシェルカ』『死亡や国外追放』
まさか——。
「私が、悪役令嬢ルイスチアぁぁぁぁぁ?!」
あまりの衝撃の事実に、私はぱっちりと目が覚めて、大声で叫んでしまった。
………………………………
「お嬢様!本当によかった…。」
私、瑠衣もといルイスチアは、涙目のラリアにきつく抱き締められ、ガクガクと揺らされていた。
「お嬢様、熱を出されてから四日も下がらずにいらっしゃって、お医者様からも危うい状態だとおっしゃられて…。もしもお嬢様がこのままだったらどうしようかと私は…!」
感激のあまりか早口で喋るラリアに、私は落ち着かせようとゆっくり確認する。
「私、四日も熱を出していたの?」
ラリアは小刻みに首を縦に振り、痛みを堪えるような顔をした。
「そうでございます。申し訳ございません、私のせいでお嬢様がお熱を出されてしまい…!」
放っておけば、ずっと自責を続けそうなラリアに、私は慌てて微笑んだ。
「ラリアのせいじゃないよ、ごめんね?私が体調管理できていなかっただけだから」
ライアは、驚いたように目を丸くする。
「お嬢様…。何か、変わられましたか?」
いつの間にか、『瑠衣』としての自分になっていたようだ。まあ、もとの我儘ルイスチアになるつもりはないが。
「本当?熱で生死を彷徨ったからかしら?」
私が冗談めかして言うと、ライアは泣きそうな顔になった。
「本当に、申し訳ございません…」
そんなラリアに、私は慌てて言う。
「だから、ラリアのせいじゃないよ!私のせいだから、私が悪かったから!ラリアの言うこと、できることならなんでもするから、ラリアのせいって思わないで!」
私の言葉に、ラリアはキラリ、と目を光らせる。
「なんでも、ですか?質問してもいいんですか?」
私は大きく、何度も頷く。
「私にできることなら、いいよ」
それを聞いて、ラリアは真面目な顔で言う。
「失礼だとはわかっていますが、お嬢様は、私のことが好きですか?それとも、嫌いですか?」
想像だにしなかった質問に、私は目を丸くする。
「ら、ラリア?それでいいの?」
ラリアは大きく頷いた。
「今、私にとって一番大切なことにございます。まあ、さすがに面と向かって『嫌い』と言われれば、泣き続けるかもしれませんが…」
私は慌てて言った。
「私はラリアのこと、大好きよ!ずっと、『お姉様』って呼びたいと思っていたの!」
これは、『瑠衣』も、『ルイスチア』も、どちらもが思っていたことだ。
我儘なルイスチアも、実はラリアのことを、内心で『お姉様』と呼んでいたのだ。これは、ルイスチアに転生したことによって、初めて知れたことである。
ラリアを恐る恐る見つめると、瞳をウルウルさせて私を見ていた。
「お、お嬢様ぁ〜!このラリア、一生涯ルイスチア・ルシェルカ様に忠誠を誓います!」
前世の記憶を少し思い出したら、とても心強い味方ができました!だけど——。
「でもね、ラリア。ラリアにとって、『大好きな人』ができたら、遠慮なく結婚してね?」
ラリアは、やけにきっぱり首を横に振った。
「このラリア、お嬢様だけを『大好きな人』として守り続けます!」
私は、ラリアの言葉に思わず瞠目した。
「ら、ラリア?本来なら、私があなたを守るべきじゃない?」
私の言葉にも、ラリアは迷わず首を横に振った。
「ご安心ください!私は、万が一のときのため、きちんと術を学んでおります!確実にお嬢様を守りますよ!」
嬉しそうなラリアに、私は微笑みながら言った。
「でも、無理はしないでね?ちゃんと自分を守ってね?私の大切な『ラリアお姉様』だから」
私の言葉に、ラリアは「お嬢様を守ります!」と言いながらも、嬉しそうにはにかんだ。
ラリアさん、『お嬢様ラブ発言』しちゃいました!
前回も出てきていましたが、気づきましたか??