我儘な悪役令嬢と、突然の知らせ
悪役令嬢、いざ開幕っ!
書くペースが遅いとは思いますが、よろしくお願いします。
アタナシア国、とある公爵邸にて——。
「あなた、何をしているのですっ!」
清々しい青空の下、ルシェルカ公爵邸に、幼い少女の喚き声が響き渡った。
少女の名前はルイスチア・ルチア・ルシェルカ。ルシェルカ公爵の一人娘である。
緩いウェーブの掛かった金色の髪、青空よりも美しい蒼の瞳、粉雪のように白い肌、柔らかな桜色の唇——。
ありったけの美しさを纏う彼女だが、今は眦を吊り上げて侍女を睨んでいる。
一人娘である故に、花よ蝶よとそれはそれはかわいがられた。結果、我儘で傲慢ちきたお嬢様へと育ってしまった。
侍女や従者から『美しさを手に入れる代わりに、優しさを手放したお嬢様』と噂されるほど、ルイスチアは我儘で傲慢な性格である。
「お皿が粉々に砕けてるじゃないっ!このお皿、わたくしのお気に入りの模様でしたのよっ?一体、どうしてくれるのですっ⁉︎」
怒りで爛々と輝く瞳は、射殺さんばかりに一人の侍女を睨みつけていた。
「も、申し訳、ございません。お嬢様。どうか、どうかお許しください」
睨みつけられている侍女は、平伏しながらも必死で声を絞り出す。
そんな侍女の様子を尻目に、ルイスチアは細く目を細め、鼻を鳴らして笑った。
「あら、わたくし、無能な侍女は必要なくてよ。許す必要もないとは思いません?」
そうでしょう?とルイスチアは周りを見回す。周りにいる数人の侍女たちは、ルイスチアにチラチラと視線を送ってきていた。
ルイスチアはわざわざ侍女と視線を合わせ、軽く微笑む。
「あなた、今日限りで屋敷から出ておいきなさい。わたくしにあなたみたいな無能な者は必要ないわ」
女神のように美しい微笑みで、ルイスチアは悪魔のような言葉を言い放った。
自分が気に入らない者は切り捨てる。それを当然のように行う、公爵令嬢ルイスチア・ルチア・ルシェルカ、十一歳である。
ルイスチアは周りで見つめる侍女たちに振り返って言った。
「あなたたちは何をしているの?さっさとこの破片を片付けておしまいなさい」
それとも、と彼女は冷たい微笑みを浮かべる。
「あなたたちは、先ほどの者のようになりたいのかしら?なりたいのであれば、いつでもわたくしに言ってくださればいいのよ?」
ルイスチアの冷たい言葉に、侍女たちは一斉に動き出す。
その様子を一瞥して、ルイスチアは一番近い侍女に命令を下した。
「ラリア、ドレスを用意してちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様」
ラリアと呼ばれた侍女は、無機質な声で了解の旨を伝えた。
ルイスチアはラリアの反応をつまらなそうに聞いて、ソファーに座り直した。
ルイスチアは公爵家の一人娘に生まれた故、望んだものは大抵手に入る。
そのことに慣れてしまい、ルイスチアは常につまらなさそうな顔をし、我儘で傲慢に振る舞っている。要は、周りの物事に飽きてきたのだ。
ルイスチアは忙しそうに動く侍女たちを見つめる。皆、自分のことばかりで、何一つもおもしろくない。
「はぁ」
いつか、自分を楽しませることができるような人は現れるのだろうか。
ルイスチアは窓の外に瞳を向ける。
ただ、青いだけのつまらない空が目に入って、ルイスチアは溜息を吐いた。
………………………………
時は夜になり、静かな闇が辺りを覆い尽くす頃——。
「お父様!」
夜であるにも関わらず、何回もドレスの変更を命じ、やっと少し納得できる派手なドレスを身に纏ったルイスチアは、ソファーに座っている父の隣へ、ボスンと音を立てて座った。
「ルイスチア、待っていたよ」
公爵である父は、疲れたように微笑みながら、ルイスチアの頭を撫でる。
一見、何も考えずにかわいがっているように見えるが、よくその顔を見れば、複雑な感情が入り混ざってることが窺える。
ルイスチアは愛しいのだが、自分の意思をうまく汲み取ってくれない、どこか困ったような——そんな感情だ。
大人しく撫でられていたルイスチアは顔を上げ、無邪気に微笑む。
「お父様、今日は何のご用事かしら?わたくし、今は宝石よりもドレスの気分ですわ」
公爵——ズペードは、困ったように苦笑し、慈しむようにルイスチアを見つめてから話し出す。
「今日は、宝石やドレスの話じゃないよ。ルイスチアにとって、とても大切な話が二つあるんだ」
ルイスチアは無言で催促する。ズペードは噛んで含めるように、ゆっくりと話し出した。
「一つ目。ルイスチアの婚約者殿の話だよ」
ルイスチアの顔は、目に見えて輝き出した。
「まあ、グランツ殿下のお話ですの?早く教えてくださいな、お父様っ!」
ルイスチアには、十一歳にして婚約者がいる。
この世界においては当たり前のことながら、七歳に決定されたという時点で、かなり早いと言えよう。
そして、その相手がなんと、王太子である。
身分的には問題ないのだが、『王太子の婚約者』という立場も、彼女の傲慢さを増幅させる大きな原因に当たるのだろう。
サラサラとした金の髪、冷たい水のような鋭い青の瞳で、利発気な雰囲気を醸し出すグランツ王太子に、ルイスチアは一目で恋に落ちた。
何度も言うが、ルイスチアは我儘で傲慢な令嬢である。
そんなルイスチアに、『相手の都合』というものを考えることができる筈もなく、グランツにしつこく付き纏っていた。
初めは歩み寄ろうとしていたグランツも、しまいには離れてゆき、完全なるルイスチアの一方通行状態となっている。
ズペードは重く頷き、ルイスチアの目を見て話し出した。
「王が直々に仰せになったのだが、二週間後、グランツ殿下が我が家へやってくることになった。いつもはこちらが王宮へ伺っていたのだか、殿下が我が家へ来たいと仰ったそうでな」
ルイスチアの顔が綻ぶ。
「まあ、殿下がそう仰ったの?二週間後が待ちきれないわ、お父様」
ズペードは、そうだな、と一つ頷いた。
「殿下にご無礼がないよう、万全の態勢を取るつもりだ。案内はルイスチアに任せたほうがいいだろう」
ルイスチアは、嬉しそうに頷く。
「ええ、もちろんですわ」
ズペードは軽く頷き、次の話へ持っていく。
「次は、二つ目の話だ。一週間後、我が家に義息を招くことになった」
嬉しそうに細められていたルイスチアの瞳が、大きく開かれる。
「お、お父様…?ご冗談は、およしになって?」
ズペードは首を横に振った。
「冗談じゃないよ。ルイスチアと同い年の男の子だ。つい最近、ご両親が不幸に見舞われてね、たった一人になってしまったんだ」
ルイスチアは、嫌々するように、首を横に振る。
「そんな意地悪は言わないでちょうだいっ!お父様、わたくしがいれば充分って言ってくださったじゃない!」
ズペードは、ルイスチアを宥めるように言った。
「たった一人になってしまった少年を、放っておくことはできないだろう?ルイスチアにとっては弟ができるだけだよ」
ルイスチアは、騒々しい音を立てて立ち上がる。
「お父様、わたくしは反対ですわ!どうして我が家に住まわせなければいけないのか、さっぱりわかりませんの。わたくしにとっては、『弟ができるだけ』では済ませられませんのよ!もう、下がらせていただきます。お父様、おやすみなさいませ」
ルイスチアは、怒りを押し殺した声でそれだけ言うと、荒々しく扉を開けて出て行った。
………………………………
一人部屋に残されたズペードは、ルイスチアの足音が聞こえなくなると共に、大きく溜息を吐いた。
「全く、どうすればいいものか…」
妻の身体が弱い故に、よく似た娘を甘やかして育ててしまった。
ある程度厳しくしたつもりでも、当の娘本人には伝わらず、我儘放題で過ごしているらしい。
我儘放題のルイスチアに仕える侍女たちを思うと、後悔が次から次へと湧いて出てくる。
最も後悔するのは、仕事が忙しく、ルイスチアを放置してしまうときがあったことだ。
「仕事は言っても仕方がないしなぁ。国王に文句でも言いに行ってやろうか」
実は、ズペードと現国王の関係は、単なる臣下とのそれではなく、ほぼ親友とのそれである。
にこやかに笑って、面倒な仕事を押し付けてくる国王には、どれだけ殺意が湧いたことか——。
「息子が来るときまでにでも、いっそのこと変えてみるか」
何を変えるかと言われれば、教育方針を始めとする、様々なことをである。
そもそも、仕事場と家では、ズペードの性格はかなり違うのだ。
「間に合うかなぁ」
それとなく我儘や傲慢な態度を止めるよう匂わせてみても、反応のないルイスチアが、最近のズペードの悩みの種である。
「今度、リュミエルにでも相談するか」
ズペードは頭に、近くの別荘で療養中の妻を思い浮かべる。
身体は弱いが、聡明で朗らかな妻は、きっとよい案を出してくれることだろう。
最愛の妻を思い出していると、視界の端に山積みの書類が入り、ズペードは頭を抱えた。
苦労人の公爵、ズペードは頭を痛めながらも、どう行動へ移すか考え出した。
夜はひとりでに、ゆっくりと更けてゆく。
苦労人…。お疲れ様です…。