6 イケメン? がいたんだが
ほぼ会話だけです。検診の描写はありません。
「は〜い。皆さん、朝礼を始めますよ。席に着いて〜」
ドアが開かれると先生の姿が見えた。
そうかもう時間か。
百合美は楓乃と裕貴に「またね」と言うと、2人は小さく手を振りながら席に戻った。
「おはようございます。うん、皆さん体操着に着替えていますね。では今日の流れを説明します」
プリントが送られてきた。表面は受ける検診の時間についてだ。クラスごとに検診の順番が違うらしいが、どのクラスも9時には始まって、16時には終わるようになっている。
「お昼は各自合間にとってくださいね。全ての検診を終えたら裏面に描かれているこちらの教室に行ってください。ここで検査漏れがないか確認してもらいます」
裏面には各フロアの地図が描かれている。
「それでは検診前に更衣室の説明をするので一緒についてきてください」
先生に連れられて来た場所は奥にある空き教室である。中に入ると、……2階建てになっている。60個くらいはあるだろうか人が入れるほどの大きさのロッカーがずらりと並んでいる。その隙間には丁度3✕3の碁盤の目のようにして人が2人通れるくらいの通路ができている。
「学年のフロアや体育館の脇にはこんなようなロッカールームがあるの。着替えはここのロッカーの中でできるようになっているのよ。使い方は……そうね、みんなちょっと近くのロッカーを開けてみて」
開けてみると、確かに着替えができるほどに広いことが分かる。
「着替えているときは内側から鍵をかけることができるの。これなら自分の身体を見られることなく着替えられるってわけなのよ」
なるほど。性差に敏感な生徒にとっては素晴らしいアイデアと言ったところか。
「もし良かったら今日の検診が終わった後にでも利用してみてはどうかしら」
そのまま先生は「じゃあ私は職員室にいるから、ちゃんと時間通りに検診を受けるのよ〜」とだけ残して消えていった。
残された百合美は裕貴と楓乃と一緒に検診を受けに回った。
…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―
全ての検診が終了したところで3人は制服を持ってロッカールームへと向かった。ところが3つ連続した空きが見つからなかったため、3人は仕方なく離れて着替えることにした。
着替えるといっても体操着を脱いで代わりにシャツを着てズボンを履くだけなので、1分も経たないうちに制服姿に変わった。手を広げるには狭いが、着替えるにはゆとりがあって丁度良い。
早く教室に行こうと思った百合美はドアを開けると、勢いが強かったために隣のドアも開いてしまった。
「すっ、すいません」
百合美は反射的に謝ると、慌てて顔を手で隠した。
「いいよいいよ。開けていた俺が悪いんだし。こっちこそごめんね」
隠した顔からでも分かる、爽やかな澄んだ声。耳から炭酸水を飲んでいるようだ。
かざしていた手を下ろすと、やはり視覚からもその爽やかさを味わえる。目がくっきりしていて鼻が高い。いわゆる甘いマスクを被っている。半袖のシャツを着たその姿は二の腕、肩、背中に着いた筋肉をより強調させている。女子からは絶大な人気を得るんだろうなあ。っと、水を浴びたのだろうか、なんか髪の毛が湿っていて顔が輝いている。ん? 水?
怪訝な目で見ていたのに気づかれたのか、ニッコリと笑いながら彼は首に巻いていたタオルに目をやりながら説明した。
「せっかくの体操着だからね。実は最後の検診を早い時間に終わらせて、余った時間で運動していたんだ」
そう言うと彼は今着ているシャツで顔を拭く。当然お腹が見えるわけだが、それがまあ凄いことやら。6個? いや8個に割れたそのお腹はカレールウを通り越してさながら板チョコのようだ。
1つの検診の受け付け時間は大体1時間位である。クラスによって検診の時間が指定されている。検診の内容によってこの時間は上下するが、時間内に検診を受ければいつ受けても良い。
「ああまだ名前を名乗っていなかったね。俺の名前は柊木和斗。よろしく、染井さん」
「え、ああよろしくおねがいします、和斗君。ところでなぜ私の名前を?」
こんなカッコ可愛らしい男の子がなぜ男子としての魅力を持っていない人の名前を知っているのだろうか。むしろ裕貴にはちゃん付けされているまである。
「君、初日にやらかしただろ? なんかそれがきっかけで俺の周りの奴らが君や吉高のことについて熱く語っているんだよ。『2人とも可愛い顔しているけどホントに男なのか』とか、『いや、実はどっちも女だろ』だとか、あることないこと、多分殆どないことだと思うけれど色々なことを話しているんだ。で、実際にこうして会ってみると、やっぱり染井って可愛いよね」
「可愛い……!」
こんな発言が無意識に口から漏れるのだからイケメンは怖い。
いや本当に申し訳無いですね。はい。実は私達、男の子です。夢を壊してしまってすみません。
「では、私はそろそろ出るね、和斗君」
そそくさと着替えを抱えながら百合美はロッカールームを飛び出した。
可愛いなんて言われたのは何年ぶりだろうか。百合美は思わずニヤける口元を抑えながら教室に向かった。
教室には腕組みして不満げに待っている楓乃と、握られた両手を胸に当てながら心配そうに待っている裕貴がいる。
「遅いわよ」
百合美の姿が見えると、楓乃は待っていたことを悟られまいと思い、仁王立ちしながら百合美を迎えた。裕貴はこれまた今までの不安そうな顔がどこにいったのやら、一転して晴れた顔で彼女を歓迎した。
「ごめんね。ちょっと話しをしていたの。柊木和斗君て言うんだけど……」
「柊木和斗……。あぁ、彼ね」
楓乃はその名前を呼ぶと目を閉じながら頷いた。
「知っているの?」
「知っているも何も彼、女子の中で話題になっているらしくて、なんでも学年1のイケメンらしいわよ」
「へー」
学年1か。まっ関係ないや。
百合美はドアを見ると制服姿の和斗と目が合ったので思わず逸らしてしまう。小さく手を振っていたが気にしないようにした。
百合美達は先生が来るまでの間お喋りをして過ごした。
耳から炭酸水飲んだら中耳炎になっちゃうよ……。