K氏と青年
1
スケッチブックを拾ってから半年が経った。日に日にスケッチブックの残りの枚数は減っていったが、今までの経験から工夫はできた。例えば食べ物を描くときには段ボールいっぱいのおにぎりを描いたり、服を描くときはフルコーディネートを描いた。同じ一枚のコストでなるべく多くのものを手に入れられるようにしていた。しかし、同時にK氏はスケッチブックの限界も感じていた。これを何年か続ければいつかはスケッチブックは無くなってしまう。一度スケッチブックを複製できないかと試して見たが、具現化されてものはただのスケッチブックになってしまった。お金は作りが精巧すぎて自分の画力と想像力では複製することがどうしてもできなかった。もしもお金を大量に作ることにするとしたら絵の上手い協力者が不可欠であった。他の人にスケッチブックの存在を知られることにリスクはあったが、今のまま生活をしてもまたホームレスに戻ってしまうことが目に見えていた。K氏は協力者をインターネットで募集することに決めた。
協力者として手を挙げるものはすぐに現れた。画家として売れるために頑張っている青年であった。実際に待ち合わせをしてあうと感じの良い青年であった。
K氏は青年に今から言うことを絶対に他言してはならないときつく言うと今までの話とことの経緯を話した。青年は話を聞いた後、信じたい気持ちはあるのですがこの目で見るまではにわかには信じられないと言った。
早速、K氏は依頼した通り、札束を青年に書いてもらうことにした。なるべく大量の札束を想像して書いてもらうことにした。青年は数時間で、本物そっくりのお札の絵を書き上げた。すると、ついに、札束の具現化に成功した。彼らの前に大量の札束が現れたのだ。現実味のないことに量はK氏が期待するほどではなかったがそれでも大量にあった。
「信じられない。本物のお札と何ら変わりないじゃないですか」
青年は驚愕した。
「当然だ。これは紛れもない本物のお札なのだよ」
K氏は誰にも言わないことを条件に、青年にお金の半分を受け渡した。
2
二人は初めビジネスの関係のような仲であったが、何回か会ううちに次第に仲良くなっていった。二人はスケッチブックに出会えたことに対する数奇な運命に陶酔して夜通し人生について語り合った。青年はスケッチブックによるお金で個展を開けるようになり、少しずつではあるが知名度を上げていた。K氏はホームレスの時と打って変わって明るい性格に変化していった。そのうち、会社を始めたいと考えるようにもなった。そのためにK氏はスケッチブックの残りの枚数を数えて、残りの人生の出来事などを逆算して計画的に使うようにと努力していた。
3
そんな二人が出会って1年が経とうとしていたある日のことだった。K氏は床の絨毯の上で目を覚ました。K氏は昨日、なにをしたかを思い出した。K氏は青年を家に招待して人生についてたっぷりと語りあって泥酔して眠ってしまっていた。青年の姿を探すがどこにもいなかった。ふとテーブルを見ると『ありがとうございました。仕事があるので先に帰ります。」と置き手紙がされていた。どうやら、青年が帰る前に眠ってしまっていたようだった。
K氏は二度寝をしてお昼に起きると、昨日使ってしまったスケッチブックと、スケッチブックの残り枚数を数えた。
「さて、どうしたものか?」
昨日描いてもらった大量の札束の絵の枚数とどうしても数が合わなかった。そんなはずがないと思い、何回数えても数が合わない。そしてK氏はあることに気がついた。最後の付近のページが丁寧に破られていた。
「なんてことだ・・・まさか・・・」
K氏は疑いたくなかったが、まず青年を疑ってしまった。
「しかし彼がこんなことをするはずがない。私を裏切ったのか・・・?」
K氏はその日、考え続けたが実際のところは見るまでわからなかった。K氏は次に彼が来る際に、直接言ってもしも違ったら彼との関係性を壊しかねないので、こっそりと荷物を確認することにした。
数週間が経ち、青年が再び遊びにきた。その日は青年をうまくのせて酒を多く飲ませて泥酔させると、ベッドに寝転ばせた。青年はすぐにふかい眠りについた。
K氏は心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、どうか青年ではないでくれと強く願った。しかし現実は残酷だった。ゆっくりと青年のキャリーケースの鍵を開けると、中から3枚のちぎられたスケッチの紙が見つかった。
「そんな、まさか、嘘だ・・・」
その枚数は破られて足りない枚数とも一致していた。K氏は絶望のどん底に突き落とされた気分だった。初めてこれほどまでに信用していた人間に裏切られたのだ。K氏の心の中に、形容しがたいどす黒い怒りと憎しみの感情が生まれていった。K氏はリビングにいって鉛筆を手に取ると、すぐにスケッチブックに絵を描き始めた。絵を描き終えるとそれに弾を込めてリロードした。
「知られてしまった以上、絶縁したとしても何をしてくるかわかったもんじゃない。生かしておくことはできない」
K氏は3枚のスケッチブック用紙と拳銃を持ってK氏が眠る部屋のドアを勢いよく開け放ち電気をつけた。その凄まじい音に、青年は飛び起きた。青年は怒りに満ち溢れたK氏とK氏の持つ拳銃を見て、冷静に言葉を紡いだ。
「もしも私が酔った拍子にあなたにひどいことをしたのなら教えてください。そしてきちんと謝罪させてもらえませんか?」
K氏は無言で3枚のスケッチブックを自分と青年の真ん中の地面に放り投げた。そして怒りで声を震わせながら言った。
「とぼけるな。お前は裏切ったのだ。知ってしまっている以上生かしておくわけにはいかない。悪いな」
青年はそれを見て数秒考えると首を傾げた。
「私の持ち歩いてるスケッチブックの切れ端・・・これがどうしたんですか?」
「とぼけたって無駄だ!嘘をつくんじゃない!盗めれた枚数と一致している!」
「特別なスケッチブックが盗まれたのですか?」
青年はその話をまるで初めて聞いたかのように眉を潜めた。その反応にK氏はさらに腹を立てた。
「これ以上とぼけるのなら、今すぐ打ってやる」
「落ち着いてください!本当に何も知らないんです!何なら今それに何か書いて証明しますよ!」
青年も次第に、自分がここまで疑われていることに苛立ちを覚え始めていた。
「動くんじゃない!武器を描いて私を殺すつもりなのだろう?わかってる」
「違いますよ!証明するんですよ!何もしてないことを!」
青年の言葉は、今まで裏切られたことのないK氏の心には少しも届かなかった。K氏は青年を怒りを超えた悲しみの目で見据えた。
「一緒に夢を語ったのも、全部嘘だったのだろう!」
青年は首をよこに振った。
「本当に僕は盗んでいません!信じてください!」
K氏は叫ぶ。
「じゃあこのスケッチの切れ端はどう説明するのだ!」
「それはインスピレーションがいつ湧くかわからないのでいつも3枚だけ持ち歩いているだけです!本当です!」
「そんな都合のいい話があるか!お前は私を裏切ったのだ!」
青年はこのまま話をしても無駄だと感じ始めた。K氏の目にはもう夢を語り合った頃の光が感じられなかった。青年はベッドの右の棚に置いてある大きな花瓶を見ると、それをK氏に投げつけようと決心した。今この状態でこのまま話ても打たれるだけだと。
「何で・・・そんな・・・僕を、信じてくださいよ!!!」
青年は花瓶を手に取ると、K氏目掛けて投げつけた。花瓶は宙をまったがK氏はそれを交わした。
「おい!!とまれ!!うつぞ!!」
K氏はそう言ったが、青年は止まらなかった。K氏に飛びつくとK氏をそのまま床に押し倒した。青年は必死に拳銃を取り上げようとK氏としばらく殴りあった。K氏はそんな青年の鼻頭に頭突きをした。青年はそれに怯んでしまい、力が一瞬抜けてしまった。その途端、K氏は青年の身体を目掛けて発砲した。
パンっと乾いた音が、部屋中に響き渡った。青年は胸のあたりから血を流しながら、後ろにばたりと倒れた。部屋には静寂が訪れた。K氏の手は震えて、拳銃を放り投げた。そしてそのまま、青年は息絶えてしまった。
4
数日後、青年が帰らないと親族が警察に通報して、K氏は殺人容疑で逮捕された。
警察の調べにより、スケッチブックは破られたものと別のものであると判明した。警察は、誰によって盗まれたのかは現在調査中であるとした。
「スケッチブックのたかが3枚盗まれただけで殺すとは狂ってやがる」
「あいつは頭が腐ってる」
「しかも間違って殺しちまったらしいぜ」
K氏は裁判までの間、牢屋に入れられた。牢屋のボランティア作業中、K氏の耳には罵詈雑言が届き続けた。
K氏が警察からその事実を聞いた時、K氏は目の前が真っ暗になった。感情をコントロールできなかった自分に対して、信じてあげられなかった青年に対して、殺してしまった青年や親族に対して、嵐のような罪の感情に苛まれた。後悔しても後悔仕切れなかった。すべてが真っ暗になった。
K氏はある夕方の自由時間に、見張り番に声をかけた。
「私が以前持っていた鉛筆とスケッチブックを持ってきてくれないか?」
「なぜだ?」
「気分転換にスケッチがしたいのだ」