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9 猫の手貸します

 

 9 猫の手貸します


 水曜日の夕方6時、栄子は三村由紀と出会ったパンダ公園を、久しぶりに訪れた。

 伸び放題の植え込みの陰に、これまた野放図に手足を伸ばして横たわっているボスがいた。

「な~ぉ」

 相変わらず、優しげな鳴き声で迎えられ、栄子はほっとする。

 由紀はどうしているだろう。由紀に怒った声で「ねこたま市計画をやってみて」と言われて別れてから、ここに来るのは初めてだ。忙しかったという理由もあるけれど、それ以上に、ある程度の形になってから、(しん)(ちよく)状況を知らせたいという思いもあり、なかなか足を運ぶことができなかったのだ。

「ボス、元気だった?」

 そっと(のど)(もと)をさすると、ゴロゴロが始まる。

 貫禄のあるぼってりしたお腹を見ると、きっと毎日、由香にえさをもらっているのだろう。あれからやってこない栄子を由香はどう思っているだろうか。

 後ろから足音が聞こえた。振り返ると、少し硬い表情の由香がいた。手に持っている皿には、鰹節と煮干しがトッピングされたご飯がのっている。

「久しぶり。元気だった?」

 栄子の問いかけに、由香は無言でうなずいてボスの前に皿を置いた。ちょっとあたりを警戒して、外敵がいないことを確認してから、むしゃむしゃと食べるボス。その旺盛な食べっぷりを、しばし、二人で見守る。

 ボスが食事を終えて、まったりと毛繕いを始めたころ、栄子は切り出した。

「ねこたま市計画、進めてるよ。」

由紀の黒目がちの瞳が、大きく見開かれ、栄子に目を合わせた。

「この前、君が言ってくれたこと、力になった。ありがとう。おかげで、やらなくっちゃって思えた。」

「そうなんだ。」

由紀が小さな声でつぶやく。

「うん。できっこないって言っちゃダメだね。有言実行しないとって思った。」

「進めてるって、どんなふうに?」

 由香の問いを受けて、栄子は今までの経過を報告した。

 商店街の人や猫との出会い、青山君のこと、花山先生のアイディア、総合で取り組んでいる「児玉市再生計画」、正木グループの「猫計画」。


 聞き終えた由香はふーっと大きな息を吐いた。

「すごい。本当に有言実行だ。」

「私一人じゃどうにもならなかったと思うんだけれど、いろんな人が力を出してくれた。」

由香の白い顔を見つめて続ける。

「それに、なんと言っても、君のあの言葉がなかったら、始まってなかったよ。」

由香はうつむき、絞り出すようにして声を発した。

「ごめんなさい。偉そうなこと言って。」

「何で謝るの?」

「私、あんなこと言える立場じゃないのに。」

「そんなことないよ。」

由香の肩にそっと手を置く。少し堅くなった身体をほぐすように、ポンポンとたたく。

「正しいことを言ってくれて、ありがとう。」

ボスが二人を見上げて「ニャア」と鳴く。

「中学生ってすごいよ。大人が思いつかないような発想があるもの。話し合いを聞いてて、すごく面白い。宮内渡って覚えてる?」

「うん。」

「彼のアイディア、ナイスだったよ。猫をかたどった食器を焼き物で作るっていう案。」

「それ、いいかも。」

「でしょ?」

「そんな食器があったら、私も欲しい。」

うれしそうな由紀の顔を見て、栄子はほっとした。

「お皿だけでなく、いろいろ作ったらどうかな。マグカップとかスプーンとか、土鍋なんかどう?」

「おー、いいねえ。」

「焼き物で作れそうな猫グッズ、考えてみたら、食器以外にも結構あるかも。」

「例えば?」

由紀は首をかしげながら考える。

「そうだなあ……。猫の花瓶。猫のプランター。猫の植木鉢。あ、猫型金魚鉢なんてシュールだよね。猫の金魚鉢の中で、金魚が泳いでる。それを猫が手を出しかけてるんだけど、届かない。」

「面白いじゃん。三村さんの発想もすごいね。」

初めて名前で呼んでみた。

「ねえ、そのアイディア、正木グループに伝えてもいい?」

栄子の提案に、由紀は戸惑い、表情がこわばっている。

「三村さんの意見も、ねこたま市計画にぜひ取り入れたい!」

「でも……」

「嫌かなあ?」

「嫌ってわけじゃないけど……。でも、他の人たちが、私の意見って言ったらどう思うか……」

ためらう由紀に、栄子は微笑んだ。

「さっき、青山君の話したじゃない。」

「うん。」

「彼、言ってた。いろんな人がいて、いろんな考え方があって、いろんな生き方があるって。違いはあるけど共生していきたいって。グループの他の人たち、青山君のその考えに感心してたよ。」

「青山君が?」

「青山君のことは知ってるよね。」

「うん。小学校で、同じクラスだった。そっかあ。青山君、今、そんなふうに思ってるんだ。」

「彼もいろいろあったけど、いろんなこと考えて、いろんな人と出会って、あ、そうそう、いろんな猫と出会って、変わっていって、今の青山君がいるんだよ。」

「猫?」

 栄子は、青山君が教室で語った「猫が教えてくれたこと」を伝える。

「すごいね、青山君。すっかり変わってるんだなあ。」

 小五から不登校になった由紀にとって、栄子が語る今の青山君は別人なのだろう。

「だから、きっと大丈夫。正木さんのアイディアも、ちゃんと受け止めてくれるよ。」

由紀はまだうつむいている。

「じゃあ、OKということで。」

栄子は由紀の手をとって握手した。

「他にも、何か良い案があったら考えておいてね。また、聞かせてちょうだい。」

やや不安そうな顔で、由紀はこっくりうなずいた。

 これをきっかけに、由紀が少しでも中学校と接点を持てたら。栄子の中に希望が生まれる。

 由紀のこと、由紀のアイディア、みんなはどう反応するだろう? 栄子は、正木グループ一人一人の顔を思い浮かべながら思った。

 ボスが「大丈夫」というように、ナーオと鳴いて、栄子の足に身体をすり寄せてきた。




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