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8 災い転じて猫となす

 

  8 災い転じて猫となす


 中学生はめげなかった。

「このままじゃ、児玉市の未来も俺たちの未来も、真っ暗だ。」

「こりゃあ、どうにかしないと。」

「だよねえ。」

 グループごとに、児玉市再生プロジェクトの企画を考えることになった。それを三年生全員に向けてプレゼンし、検討しようという運びだ。選りすぐられた企画で、可能性のあるものがあれば、実際に児玉市に提案する。提案に値する企画が作れるかどうかは、自分たち次第、というわけだ。


 再びリサーチである。

 ネットを駆使し、様々な自治体の街おこしについて調べる。

 いろいろな立場の人にインタビューする。

 児玉市のリソースを調べる。

 そして、情報を元に、自分たちのアイディアを出し合う。


 正木緑班長のもと、青山良人、宮内渡、佐川春菜、竹内直也は頭を悩ませていた。

「やっぱり、児玉市の一番の産業は焼き物だろ。これを何とかできないかな。」

「現代風の焼き物にアレンジするとか。」

「でも、そういうのって、結構、いろんな焼き物の産地でやってんじゃない?」

「確かになあ。」

「焼き物体験で観光客を呼ぶってのは?」

「それも良くあるよね。」

「うーん……。なかなか厳しいかもね。」

「児玉市の新たな名産品を作るってのはどう?」

「B1グランプリみたいな。」

「そうそう。」

「児玉公園に道の駅があるじゃない。あそこで児玉グルメを販売する。」

「それも、いろんなところがやってるけど、ヒットしてるのはごくわずかだよ。」

「児玉市ならではの食材って、特にないしなあ。」


 沈黙が流れる。沈んだ空気の中で青山君が小さな声を出した。

「あの……」

「何? 青山君。さっきから何も言わなかったけれど、何か、いい案ある?」

緑の問いかけに青山君は切り出した。

「猫はどうでしょう?」

「猫? 何じゃそりゃ。」

渡がとぼけた声を出す。

「青山君が猫好きなのは知ってるけど、今、猫の話する?」

あきれ顔の春菜に、青山君はひるまず続ける。

「いや、児玉市再生のためのリソースが、猫だと僕は思うんです。」

「どういうこと?」

「さっきから、いろんな案が出てますが、やっぱり、児玉市の独自性を出さなくては、人は集まらない。猫にターゲットを絞ったらどうでしょう。今、世の中は空前の猫ブーム。この波に乗ってしまえばいいんじゃないかと思うのです。」

「猫ねえ……」

「児玉公園に野良猫がたくさんいて、問題になってるのは知ってますか?」

青山君の問いかけに直也がうなずく。

「ああ。匂いとかフンのこととか、迷惑してる人がいるって聞いたことある。」

「そこをあえて逆手にとって、猫を資源と見るんです。」

「わけわかんねえ。青山、頼むからオレの頭でも理解できるように言ってくれ。」

渡が頭をかきむしりながら訴える。

「日本のいたる所で、猫で街おこししている地域があるんです。ほら、これを見てください。」

 

 青山君はプリントアウトされた地図を見せた。

「東京の谷根千、香川の佐柳島、福岡県の相島、熊本県の湯島。他にもたくさんある。」

 それぞれの地域についての説明もした後、青山君は付け加えた。

「今、日本全国で、猫の経済効果は1年で2兆円を超えると言われてます。」

「2兆円!」

「すげえじゃん!」

「そういえば、SNSでも猫動画って人気高いよなあ。」

YouTubeにどっぷりはまっている春菜がつぶやく。

「猫は人の心を癒やしてくれる。僕は猫に救われました。」

青山君は少しためらった後、続けた。

「今はみんなもこんな僕のことを受け止めてくれて、こうやって話も聞いてくれるけど、昔はそうじゃなかった。」

凍りついた空気に、青山君は焦って付け加える。

「あ、すみません。責めているわけじゃないんです。僕自身が問題を抱えてたんです。自分とどう付き合っていけばわからず、周りの人とどう接していけばいいかわからず、毎日がしんどかった。」

緑は自分の手をぐっと握りしめながら聞いている。

「そんな時、僕は猫と生きていた。猫がそばにいてくれた。僕にとって、猫はすごく大きな存在なんです。」

「そうだったのかあ。青山君の『猫好き』にはそんな理由があったんだね。」

ささやくような緑の声が、少しだけ震えている。

「猫はいろんなことを教えてくれました。生き物は、それぞれ、いろんな生き方があること。相手の生き方を尊重すること。自分の都合だけ押しつけちゃいけないこと。お互い、違う存在なんだけど、気持ちが通じ合うこともあるっていうこと。わかり合ってるって思ってても、虫の居所の悪いときもあること。そんな時でも、あきらめずに時間をおいて再チャレンジしたら、うまくいくこともあること。あせらず、ゆっくり時間をかけて関係を作っていくっていうこと。」

「何だかすごいね。青山君って。」

青山君を見る緑の目が優しい。

「僕と同じように、猫を必要としている人、猫が救いになる人って、世の中にたくさんいると思うんです。だから、僕は『猫』を児玉市再生プロジェクトの中核にしたらいいんじゃないかと思います。」

青山君は力強く言い切った。

「いいんじゃない?」

「青山の迫力に負けた。」

「それでいこう!」

緑、渡、春菜がうなずく。


「児玉公園の野良猫を保護して、猫スポットにする。そして、猫好きの観光客を集める。」

青山君がビジョンを語る。

「児玉商店街で、猫グッズを販売する。」

「商店街の客寄せになるね。」

「あ、じゃあ、さっきの児玉市グルメ、猫関係の食べ物にしたら? 食材の独自性は今一歩だから、見た目で勝負。猫のクッキーとか、おせんべいとか。お饅頭とか。インスタ映えするようなやつ。」

春菜の瞳が、少女マンガ張り「キラキラ」になっている。

「お菓子ばっかじゃない。」

お菓子に目がない春菜に、緑がつっこむ。

「お菓子以外でもいけるんじゃね? 猫カレーとか。」

「何、それ。」

「ねこの顔の型取りしたライスにカレーぶっかけりゃ、猫カレー。」

「じゃあ、猫ピラフの方が良くない? ひげとか目とか、描きやすいでしょ。」

「あっ! 俺、いいこと考えた!」

渡が大声で叫んだ。

「猫型の食器を焼き物で作ればいいんじゃね? 児玉市名産になる! 焼き物が売れる!」 

「それ、いいじゃん! 渡、やったね。」

緑にほめられて、渡はニヤニヤが止まらない。

「う~ん、俺って天才かも。」


 そんな中、首をかしげていた直也が小さく手を挙げた。

「あの~、ちょっといいかな……」

「何?」

「盛り上がってるところ、悪いんだけど、僕、猫、苦手。」

「え? そうなの?」

「猫って、ちょっと怖い。あの目が。昔、野良猫に引っかかれたことがあって、ちょっとトラウマ気味。」

「マジかあ。情けねえやつ。」

悪態をつく渡をにらみながら、緑がたしなめる。

「しょうがないでしょ。人それぞれ事情があるんだから。青山君には青山君の、竹内君には竹内君の過去があるのよ。それに、これは、竹内君だけの問題じゃないわ。児玉市全体にも、猫嫌いの人はたくさんいるはず。」

「確かに。」

「私んちもどっちかっていうと、犬派だな。母さんは、野良猫に花壇を荒らされるから、怒ってる。」

「いいことばかりじゃないよねえ。」

静まった空気が重い。


 しばらくして、青山君がゆっくりと口を開いた。

「猫好きもいれば猫嫌いもいる。確かにその通りだと思います。でも、僕は、両者が共存する道を探りたい。もともと、人間はいろんな違いを抱えて生きているんです。僕たちだってそう。僕なんか、人と違うところだらけです。でも、話をしたら、わかり合えることだってある。ぶつかり合うこともあると思うけど、何とか話し合って、方策を考えて、共存していけないかな。この児玉市で。いっしょに児玉市の再生をめざしていけないかな。」

かみしめるような青山君の語りに4人は聞き入った。

「青山、お前、やっぱ、すごいよ。」

渡が青山君の両肩をつかんで揺さぶりながら言う。細身の青山君は、その衝撃に耐えきれず、ぐらんぐらん揺れている。

「考えてみようよ。どうしたらいいか。」

「わかった。じゃあ、僕は猫嫌いの立場から意見を出すから、みんなは、僕が納得するような案を考えるってのはどう?」

「それ、いいかも。」

再び盛り上がる四人に、もじもじしながら青山君が切り出した。

「あの、さっきから僕のことほめてくれてるんだけど、この『猫』計画って、発案者は僕じゃないんです。」

「どういうこと?」

「実は、この前、図書室で川上先生と話してて……」

青山君の説明を聞いた四人の視線が、教室の隅で耳をダンボにして聞いていた栄子に集まる。

「なんだ、そうだったのか。」

「川上先生、猫好きだもんねえ。」

「青山のこと、ほめまくって損したぜ。」

「そんなことないよ。」

栄子はグループの机に近づいて言った。

「確かに『ねこたま市計画』を持ちかけたのは私だけど、青山君はやっぱりすごい。猫好きと猫嫌いの共生、猫と人との共生って発想は、私にはなかった。そして、何よりすごいのは、青山君が、これは自分たち中学生が真剣に考えるべき問題だってとらえたこと。大人たちに任せておけないって。青山君のその言葉を聞いて、これは、絶対に君たちに考えてもらおうと思ったの。君たちには、私たち大人にはない発想やパワーがあるから。現に、さっき、猫型食器を焼き物で作るとか、すごいアイディアが出てたじゃない。」

「あ、それ、俺な。」

得意そうな渡。

「考えてみて。そして、創って。君たちの児玉市再生計画。」

「OK!」

「何か、やる気出てきた。」


 中学生って、やっぱり、すごい! 栄子は心の中でつぶやいた。これだから、中学校教師、やめられない。

 そして、教室の隅にある誰も座っていない机を見た。三村由紀の机だ。栄子を(しつ)()激励(?)してくれた由紀。

 彼女は今のこの状況をどう思うだろうか。



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