7 弱り目に猫の目
7 弱り目に猫の目
土曜の午後、栄子は花山先生に報告した。
商店街で出会った大平さん、よっちゃん、トラ、みーやのこと。
猫本屋のこと。
青山良人のこと。
「商店街の時計屋さん、私、知ってますよ。この前、時計の電池交換してもらいました。そういえば、白い猫、いたなあ。お店の人も感じよかったです。」
エビフライをかじりながら話す花山先生の今日の昼食は、やっぱりコンビニ弁当だ。野菜ジュースでビタミンを補おうという努力はしている。
「商店街も大変だねえ。若い人、いないもんんなあ。」
「ですよねえ。それにしても、青山君、さすがですね。」
「うん。私たちじゃ考えつかない発想をもってるよなあ。」
「確かに、児玉市の未来をしょって立つのは、子供たちなのかもしれません。児玉市が今後どうなっていくかによって、彼らの人生は大きく変わりますよね。」
「その通り。児玉市を見限って、市外に出て行ってしまうかもしれないし、自分たちの手で児玉市を変えていこうと思うかもしれないし。」
野菜ジュースのパックを握りしめながら、花山先生が叫んだ。
「あっ!」
「どうした?」
「川上先生、これって、まさに総合のテーマとかぶってませんか!」
総合、すなわち「総合的な学習の時間」のことである。
児玉中の総合は、一年でキャリアや職業について考える「社会人の話を聴く会」「職業調べ」、二年で「職場体験学習」「平和学習」、三年で「地域・社会への貢献」というテーマで活動している。三年では、一・二年で学んできたことを土台にして、自らが地域・社会の一員として、何ができるかを考え、実践するのだ。三年の取り組みは年度によって内容が異なり、その年の生徒が主体的に自分たちで考え、行動する。保育園でのボランティア活動に取り組んだ年、高齢者の介護施設を訪問し福祉体験活動を行った年、地域のクリーン作戦を行った年、平和学習を通して募金を集めた年など、バラエティ豊かで、その年の生徒の思いがこもっている。
「そっかあ! 確かにそうだね。地域・社会の未来のために何ができるかを考えて行動する、まさに、総合のテーマそのものだ! 花山先生、グッジョブ!」
栄子が親指を見せると、花山先生はちょっぴり赤くなった顔で微笑んだ。
「まずはリサーチ活動かな。児玉市がどんな問題を抱えているのか。」
「大人たちから話を聞いて、ヤバい状況だってことは知ってる子もいるかもしれないけれど、何も知らない子、何も考えていない子も多いでしょうね。」
「その上で、何ができるかを自由に考えさせたらいい。ねこたま市計画に限らず。中学生の方が、大人が思いつかないすごい発想をするかもよ。」
「その中の一つとして、ねこたま市計画があってもいいんじゃないんですか?」
「青山君、張り切って考えそう。」
彼のまっすぐな瞳が目に浮かんでくる。何だかわくわくしてきた。
「テーマは『児玉市再生プロジェクト』、サブタイトルは『私たちが創る未来』……、何ていうのはどう?」
栄子が問うと、今度は花山先生が親指を立ててみせた。
「グッジョブ!」
栄子たちの案は学年会で了承され、今年度の総合のテーマは「児玉市再生プロジェクト」に決定。
まずは、児玉市がどんな問題を抱えているのかを調べるリサーチ活動からスタートしようということになった。
リサーチの仕方もグループごとに生徒が考えて実行した。その方法も様々である。
家族にインタビューする。
高齢者にインタビューする。
中学生にアンケートをとる。
商店街に行って聞く。
市役所を訪問して質問する。
児玉市のホームページで調べる。
ネットで調べる。
地元の市議会議員に聞く。
もっとも、初めて、この「児玉市再生プロジェクト」について教室で説明したとき、生徒の反応は微妙だった。口には出さないが、「何、それ?」という大きなクエスチョンマークがそれぞれの頭の中に浮かんでいる。
忖度という概念を持たない宮内渡は、思ったことをそのまま表現した。
「わけわかんねぇ。何でそんなことやるんだよ。マジめんどくせぇ。だりぃ!」
だが、不承不承に始めたリサーチ活動を通して、生徒は児玉市の問題に直面した。
青山良人が衝撃を受けていたのは、児玉市の人口グラフである。急激に減り続けている棒グラフを見て、「これはかなりヤバいです!」と、いつになく大きな声で叫んでいた。
正木緑がネットで見つけたランキングもショッキングだった。高卒職員初任給ランキング、短大卒職員初任給ランキングは、ともに県内で最下位、住民一人あたりの借金ランキングは県内で下から2番目。
「格差社会ってこうやって生まれるのね。」
天井を仰ぎ見ながら、緑はほおづえをついてしばらく固まっていた。
財政難が半端ないということも明らかになった。「再来年度には児玉市の財政の赤字額が30億円になる」というニュースを見つけた宮内渡は、吠えた。
「何してくれちゃってんだ! この借金って、いったい誰が払うんだよ! 俺らにつけを払えってわけか!」
大人たちの苦渋に満ちた本音も打撃を与えた。
「父さんのあんな深刻な顔、初めて見た。」
小さな町工場を営んでいる両親を持つ佐川春菜は、かすれた声で伝えてくれた。不況の中で受注が減少し、中小企業に襲いかかるリストラの嵐。人ごとではない、リアルな恐怖。それは、生徒たちの家庭に直接つながっていく。
「あたし、簡単に『ディズニーランド連れてって』なんて、言えなくなっちゃった。」
市立病院は老朽化しており立て替えが必要なのだが、予算が足りない。市立文化会館も然り。耐震性に問題があるため、安全のためには借金をしてでもどうにかしなければならない、ということらしい。
「僕の町内に住んでる市議会議員さんも、頭を抱えてたよ。」
読書大好きな図書委員、竹内直也は眉をひそめて報告した。
例年行われていた花火大会が中止になって、文句を言っていた生徒たちだったが、そうせざるを得ない児玉市の危機的状況がわかってきたのだ。「花火」にお金をかけられない現状がある。
生徒の目の色が変わってきた。
栄子自身、生徒が調べた実態に驚いた。児玉市の問題は理解していたつもりだったが、こんなふうに具体的な数字や生の声を突きつけられると、並大抵のことではないということが実感される。青山良人が言うとおり、相当「ヤバい」状況だ。
さて、では、どうするかということだ。
現状は厳しい。
はたして打開策はあるのか。