23 袖(そで)振り合うも猫の縁②
23 袖振り合うも猫の縁②
最初に口火を切ったのは、緑だ。
「こんばんは。児玉中三年の正木緑です。私たちは、総合的な学習の時間に、『児玉市再生プロジェクト~私たちが創る未来~』というテーマで活動しています。まず、児玉市の現状をリサーチし、今、人口が急激に減少し続けていること、危機的な財政状況であること、地域の皆さんがいろいろな問題で困っていることを知りました。このままでは、児玉市の未来が危ういと思い、この現状を改善するためにどうすれば良いか、様々な企画を考えました。最初はいろいろな案が出たのですが、最終的に『ねこたま市計画』というものに絞って、企画をまとめました。」
ここから、ちょっぴり緊張気味の青山君に、バトンがたくされる。
「『ねこたま市計画』とは、今、児玉市で問題となっている野良猫を、逆に、資源と考え、『猫』を軸にして街おこしをしようという計画です。」
「猫を使った街おこし?」
「はい。児玉市と同じように、人口減少、過疎化という問題を抱えている地域はたくさんあり、さまざまな街おこしが行われています。その中で、注目され、生き残るためには、児玉市独自のオリジナリティが必要です。今、大ブームである『猫』にスポットを当て、児玉市ならではのものとコラボさせ、人やものを集めたいと考えました。猫とコラボさせることで、今ある児玉市の観光資源の新たな魅力を引き出せると思うのです。
僕たちは、この企画を市制八十周年記念事業として、提案し、先日、新谷市長にお渡ししました。」
市長は、無理矢理な感のある笑顔を作ってみせた。
渡、直也、春菜が、実物投影機を素早くセットし、プロジェクターで、企画書を映し出す。青山君は、企画書を見せながら、ねこたま市計画について詳しく説明した。
児玉公園の野良猫を地域猫として、猫好きを集客する計画
インスタ映えを狙った猫型の植木。顔はめパネル、着ぐるみ・猫耳カチューシャ貸し出し。
児玉焼猫バージョン、外国人観光客誘致、児玉焼体験教室。
猫のいる宿・民泊。
ふるさと納税返礼品。
隣県の城とのコラボ。
ゆるキャラ「こだみゃん」。
猫同伴出社を売りにしたIT企業誘致。
猫をかたどった児玉ピザ。
猫と暮らす街。空き家を利用した猫共生住宅、猫と入居できる介護施設。
猫カフェ、猫ミュージアム、猫俳句・猫川柳・猫写真コンテスト。
商店街や道の駅での猫雑貨・猫グッズ・猫メニュー販売。
猫作品の販売と体験教室。
看板猫スタンプラリー。
「猫街留学」の一日パスポート……。
青山君の説明に合わせて、渡、直也、春菜が写真やイラストを投影機で見せる。学校で練習したかいあって、実にスムーズな連係プレーである。
大人たちは、
「ほ~。」
「面白い。」
「こんなこと、できるのか?」
「俺は猫は苦手じゃな。」
「癒やされていいんじゃない?」
など、てんでにつぶやきながらも、青山君の説明に耳を傾けてくれた。
「僕たちなりに、児玉市の未来のために、一生懸命考えました。ぜひ、検討してみてください。お願いします。」
深々と頭を下げる中学生たちに、温かい拍手が送られた。
「いやあ、なかなか面白いことを考えたね。」
三崎町内会の佐川さんがあごひげをさすりながらつぶやく。
「このプロジェクトに高齢者が関わることで、生きがいを感じる人が出てくるかもしれません。」
「中学生って、ここまでできるんですね。感心しました。商店街の活性化につながるといいですねえ。」
児玉小PTA会長も褒めてくれた、。
「実は、児玉商店街は、この企画に早くから関わっていて、中学校でのプレゼンに参加してアドバイスさせてもらったんです。」
大平さんが発言する。
「暗い話題が多い中で、久々に元気が出る話だと思いました。児玉商店街の寄り合いでも、この話を出したら、皆さん、乗り気で、商店街としては、全面的に協力したいと思うとります。それぞれの店で、『猫』に関わることで何ができるか、今、考えておるところです。」
「ほう……。商店街の協力が得られそうなんですね。」
佐々木さんが感心する。
「商工会議所青年部部長の西原です。」
元気の良い、明るい声が響いた。高齢の方が多い中で、西原さんの若さが目立つ。
「僕も、児玉市の現状を何とかしなければと、常日頃から考えていました。児玉市活性化のために、いろいろなイベントを企画したり、中小企業の援助などを行ってきたりしましたが、なかなか成果が出ないので、正直なところ、頭を抱えていました。
そんな時、商店街の方から、この『ねこたま市計画』の話を聞いて、『これだ!』と思ったんです。
現状を打破するためには、今までにない新しいことに挑戦しなければ、活路は見いだせない。高齢の方にとっても若者にとっても魅力のある街になれば、児玉市が活性化し、人口減少にもストップをかけることができるのではないのでしょうか。青年部でもこの企画をバックアップできたらなと考えています。」
「若い人が住みたいと思う街にならないと、児玉市の未来はないですね。子供たちが大きくなって、この町に住みたいと思ってほしいなあ。」
しみじみと山本PTA会長がつぶやく。
「しかし、『猫』かあ……。わしは猫は嫌いじゃなあ。うちの花壇はイノシシだけじゃなく、猫にも荒らされる。臭い尿をかけられて、困っとる。家内も猫嫌いで、猫を見ると、追い払っとるよ。」
「そういう人は結構たくさんいるんじゃないんですか。」
「猫のために児玉市のお金を使う、というのは、どうかなあ。そうでなくとも、お金がないのに。」
反対意見が続々と出てきた。
「中学校で議論したときも、その問題は考えられました。確かに、猫嫌いの人もいると思います。僕たちは猫嫌いの人との共生を目指したいと思っているのです。地域猫の考え方も、猫と人との共生、猫のために困っている人、猫嫌いの人との共生を図るという発想で生まれたものです。お互いが、気持ちよく過ごせるように、話し合い、意見を出し合い、ルールを決めることで、共存していけるのではないのでしょうか。」
青山君は、地域猫に関する他地域での具体例を出しながら、詳しく説明した。
「猫に対して良いイメージを持っていない方もいらっしゃるでしょうが、猫の持つ癒やしの力が、今、日本全国で注目され、人ともの、そして経済効果をもたらしていることも事実です。児玉市を救うためには、様々な立場、考え方の人が、折り合いをつけ、心を一つにしていくことが必要なのではないかと思うのです。」
まっすぐな目で語る青山君、相変わらず、熱い!
「いいこと、言うねえ。」
つぶやくおじいさん。
「言いたいことはわかった。ただ、児玉焼猫バージョンってのは、どうかねえ。」
「確かになあ。ちょっと難しいんでない?」「何といっても、由緒正しき伝統があるからのう。『猫』を作ってくれって言われて、ほいほいと応じてくれるかな。」
首をかしげる人々。
「私が気になったのも、そこです。」
今まで黙ってやりとりに耳を傾けていた新谷市長が、口を開いた。
「中学生の企画を見たとき、確かに面白いアイデアだと思いました。ただ、今、皆さんから出てきた疑問を私も持ちました。
猫嫌いの人たちがどう思うかということ。確かに、共生が図れれば、それにこしたことはないが、なかなか、人の感情というものは、難しいものです。話し合いで納得してもらえるかどうかは、非常に疑問です。
そして、もう一つの問題は、今、出てきた、児玉焼で猫を作るということができるのかということです。これも、正直、かなり厳しいでしょう。」
「『ねこたま市計画』、アイディアとしては素晴らしいが、現実に実行するとなると、なかなか難しいということですね。」
司会の小崎さんが、まとめようとしたとき、後ろのドアが開いて、しわがれた大きな声が響いた。
「いや、そうでもないぞ。」




