22 火中の猫を拾う③
22 火中の猫を拾う③
「ところで、この『ねこたま市計画』だが。」
本題に戻り、栄子は再び堅くなる。
「街おこしにもいろいろな方法があろうに、何で、猫なんだ。」
「え~っと……。申し上げにくいんですが、はっきり言って、私が猫好きなんです。」
「自分の好みか。」
「はい。そもそもの始まりは……」
ここから、栄子の長い長い話が始まった。
酷暑、働き方改革、映画「殿、利息でござる!」、そして、猫。
妄想にすぎなかったものが、由紀に後押しされ、様々な人との出会いの中で、どんなふうに形になっていったか。
法明は、そんな栄子の話を根気よく聞いてくれた。
「なるほど。そういうことか。猫好きが高じての企画、と言うわけじゃな。」
「端的に言うと、その通りです。」
「しかし、世の中、猫好きだけではない。猫は嫌いだという者も、多数おる。」
顔をしかめる法明。
「ええ。それはよくわかっています。でも、私たちは、猫好きと、そうでない人との共生を目指したいのです。」
法明はしばらく考え込んでいたが、やがて、こう言った。
「見せたいものがある。こっちへ。」
法明に案内されて、栄子が連れて行かれたのは、日本庭園の向こうにある離れだった。
法明がふすまを開け放った座敷に並んでいたのは、なんと、猫、猫、猫。
かれこれ三百匹はこえようかという、児玉焼で作られた猫が、所狭しと飾られていた。
寝ている猫、のびをする猫、ちょこんと香箱座りをしている猫、あくびする猫、ネズミを追いかけている猫、じゃれている猫……、様々な形、様々なサイズの猫が、栄子を魅了する。
「すごい! これは……?」
「わしが作った児玉焼の猫じゃ。」
ちょっぴり恥ずかしそうに言う法明。
「法明先生が作られたんですか!」
「小学生のころ、捨て猫を拾ってな、飼わせてくれと父に言ったが、相手にされなかった。父は大の猫嫌いじゃったからな。結局、その猫は同級生の子の家で飼ってもらえることになった。父の目を盗んでは、その子の家に行って猫と遊ぶのが、わしの唯一の息抜きじゃった。」
法明少年、きっとかわいかったんだろうな。
「もう一つの息抜きが、父に内緒で、猫の焼き物を作ること。」
いたずらっぽく笑う顔が少年みたい。
「たまりにたまって、この状態じゃ。父が死んでからは、大手を振って作れたしな。」
「法明先生が猫好きなんて、思いもしませんでした。」
「わしは、猫の自由な生き方に惹かれたのだと思う。猫はいい。自分のペースで、自分の信じるように生きておる。わしも、父の呪縛から逃れて、猫のように生きたかった。」
ほ~っと大きく息をついて、続ける。
「ま、秀明も同じ思いだったのだろうがな。」
祖父と孫、よく似ているのかもしれない。似ているからこそ、反発もするのであろう。
「そういうわけで、わしは筋金入りの猫好きじゃ。『ねこたま市計画』、大いに結構。わしにできることがあったら、協力させてもらうよ。」
すごい! まさか、こんな展開になろうとは!
「ありがとうございます! 法明先生にそう言っていただけたら、百人力です!」
「そうじゃ。この猫たち、ふるさと納税の返礼品にしてはどうかの。」
「えっ! いいんですか?」
「ああ。どうせここに飾っておいても、誰も見てくれん。誰かにもらわれる方が、こいつらも幸せじゃろう。それに……」
いたずらっ子法明が、にんまり笑ってつぶやいた。
「わしの父親があの世でカンカンに怒っている姿が見たいもんじゃ。人間国宝の作った猫人形、きっと、欲しがる者もおるはず。」
「もちろんです! 私も欲しいです!」
「そうか。じゃあ、お前さんには、お詫びとお礼の意を込めて、特別な一匹をやろう。」
そう言って法明が手に取ったのは、ちょこんと座ってこっちを見上げている十㎝ほどの小ぶりな猫だった。首をかしげている角度が絶妙である。
「かわいい!」
「じゃろ? こいつは、わしが拾った捨て猫をモデルにして作ったものだ。初期の作品だから、そんなに上手くはないが、愛着がある。」
「そんな大事なもの、いただいていいんですか?」
「かまわん。持って帰ってくれ。猫は猫好きにかわいがられるのが、一番の幸せじゃ。
あ、さっき、こいつらをふるさと納税の返礼品に、と言ったが、別の使い道もあるな。あんたが持ってきた企画書にあった、猫ミュージアム、そこに飾るという手もある。あるいは、そこで販売してもいいな。もうけは、ねこたま市計画の軍資金にすればいい。高値で売れるかもしれんぞ。」
「ありがとうございます! 実は、この前市長さんのところに企画書を持っていったとき、正直、難しいと言われたんです。児玉焼猫バージョンは、伝統ある世界では受け入れられないだろうって。」
「ま、そう思うものもいるだろうな。だが、十人十色、いろんな考え方がある。少なくとも、わしは協力させてもらうよ。」
微笑む法明は、もはや、「ねこたま市計画」の同志と化していた。
猫の力、恐るべし!
法明に手渡された小さな猫人形が、励ますように栄子を見上げていた。




