12 郷に入っては猫に従う
12 郷に入っては猫に従う
総合の「児玉市再生プロジェクト~私たちが創る未来~」は、着々と進んでいった。
それぞれのグループで企画を立て、プレゼンの資料を作る。発表原稿を書き、効果的に伝わるよう、練習する。質問・反論を予想し、それに対する答えを準備する。
聞き手に自分の考えを論理的に伝える。相手の考えを受け止め、それをもとに、さらに考えを深める。互いの意見を出し合い、客観的に考え、より良いものに高めていく。
これらは、彼らが大人になったとき社会で生きていく上で必要な力とスキルだ。
正木グループも、「ねこたま市計画」を練り上げていった。
あれ以降、誰も由紀の名前は出さなかった。しかし、「猫に関わる焼き物」というアイディアは、企画の中にそっと青山君が入れ込んだ。そのことについても、誰も何も触れなかった。
あれから、栄子は水曜夕方六時、何度かパンダ公園に行ってみた。由紀はいなかった。ボスとは出会えた。ぽってりした腹を見れば、ちゃんとえさはもらっている。明らかに、由紀は水曜六時に、栄子と会うのを避けているのだ。無理もない。空振りに終わってすごすごと撤退。
その足で、栄子は「社会人の話を聴く会」の相談のため、児玉商店街を訪れた。舗装の剥げたところでつまづかないように気をつけながら、足早に歩く。
和菓子屋「とらや」のご主人、大平さんの紹介で、商店街でお好み焼き店を営んでいる吉田さんという方が、講師を引き受けてくださったのである。山芋が練り込まれたふわふわの生地が人気の店だ。
吉田さんとの打ち合わせを済ませた後、栄子はお礼と報告を兼ねて、とらやをのぞいた。
「大平さん、本当にありがとうございました。おかげで、無事、講師がそろいました。」
「いいってことよ。お役に立てて何よりだ。」
カウンターの向こうから大平さんが微笑んでくれた。
「それはそうと、例の、猫で街おこしっていう話、商店街の寄り合いで話してみたよ。」
「わあ! ありがとうございます!」
「なかなか面白いじゃないかって、結構、いい反応だったぜ。」
「それはうれしいですねえ。」
「自分の店で何かできないか、考えてみるって言ってくれた人もいた。みんな、今のままじゃいけねえって、身にしみてわかってるからなあ。」
シャッター商店街の未来を一番憂えているのは、そこで日々生きている方たちなのだ。今日も商店街の人通りは少ない。それでも、商店街の方たちは、毎日、店を開けている。
「ねこたま市計画、実は、今、中学生が頑張ってるんです。」
栄子の言葉に大平さんは目を丸くした。
「中学生が?」
「ええ。総合の授業の中で、児玉市再生プロジェクトに取り組んでるんです。」
栄子はプロジェクトについて、詳しく説明した。
「ほお~。そいつはすごいな。」
「今週の金曜日に、プレゼンを行う予定です。
それぞれのグループが自分たちの考えた企画を提案するんです。」
「面白そうだなあ。」
大平さんが顎をこすりながらつぶやいた。
「中学生がどんな企画を出すのか、見物だな。」
その言葉で、栄子の頭に、あるアイディアがひらめいた。
「大平さん、もしよろしかったら、生徒のプレゼン、聞きに来てもらえませんか?」
「俺が?」
大平さんの口がぽかんと開く。
「ええ。地域に生きる大人として、中学生の企画を客観的に聞いてもらって、もしできるなら、大人の立場からアドバイスをいただきたいんです。」
我ながら、ナイスアイディア!
「そいつは、なかなかハードルが高いなあ。」
首をかしげる大平さんに猛アタック。
「そこを何とか。やっぱり、中学生じゃあ気づかない視点ってあると思うんですよね。私たち教員も、見えていないこともあると思うし。商店街のこと、地域のことを一番わかってるのは大平さんじゃないですか。ぜひ力を貸してください! お願いします!」
深々と最敬礼する。
「俺でいいのかなあ。」
「もちろん!」
「う~ん……」
大平さんは腕を組んでしばらくうなっていたが、はたと手をたたいた。
「そうだ。よっちゃんを連れて行こう!」
「あ、この間連れて行ってくださった時計屋の?」
「そうそう。俺は話し下手だから、上手く言えねえけど、よっちゃんは大丈夫。商店街の寄り合いでも、ちゃっちゃっと話をまとめてくれる。よっちゃんの言うことなら、頑固な奴らも、みんな納得する。」
「すごいんですね。」
「ああ。きっと、中学生にもわかるように伝えてくれるよ。」
「ありがたい……」
「よっちゃんも一人じゃ嫌だろうから、俺と一緒にセットでお邪魔するってのはどうだい?」
「いいですねえ。是非お願いします。よっちゃんを説得してください。」
「よし、わかった。楽しみにしておくよ。」
大平さんは、椅子の上に鎮座しているトラの縞々の背中を、ポコンと叩いた。眠りを寸断されたトラは、何事かというように、大平さんを見上げていた。




