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10 二猫を追う者は一猫をも得ず

 

  10 二猫を追う者は一猫をも得ず


 その週の総合の時間、栄子が「食器以外の猫関連の焼き物」というアイディアを提示してみると、正木グループの反応は悪くなかった。

「いいんじゃない?」

「いろんなものを試してみるのもいいかも。」

うなずく春菜。

 しかし、この後、栄子は自分の考えが甘かったことを思い知らされる。

「実は、これ、三村由紀さんのアイディアなんだ。」

栄子の言葉に、緑の顔色が変わった。

「由紀?」

「うん。実は、私がねこたま市計画を本気でやろうと思えるようになったのは、三村さんが後押ししてくれたからなんだよ。」

栄子はこれまでのいきさつを説明する。

「三村、今、どうしてるの?」

ためらいがちに発した直也の問いに、栄子が答える。

「ずっと家にいるみたい。私も長いこと会えなかったけど、たまたま、家の近くのパンダ公園でみかけて、会えるようになった。これもまた、猫つながりなんだ。ボスっていう猫がいてね、その猫が仲介してくれたって感じ。」

「私、ずっと会ってない。もう3年以上。」

緑の突き放すような強い口調に、栄子はビクッとした。

「三村由紀って誰のこと?」

春菜はきょとんとした顔をしている。

 児玉中の学区には2つの小学校がある。青山君、緑、渡、直也は由紀と同じ児玉小学校出身だが、春菜だけは南部にある三崎小学校出身だった。

「児玉小で一緒だった。でも、小5からずっと学校に来てないんだよね。」

「何で?」

「わかんない。」

「どういうこと?」

春菜の素朴な質問に、他の4人は顔を見合わせた。

「わからないんだよ。本当に!」

突然の大きな声。緑だった。

「あのときも聞かれた。いろんな人から。『由紀がこれなくなったのはなぜ?』って。でも、わからないんだよ。」

唇をかみしめながら緑は声を絞り出す。

「それまでの由紀はとっても普通に見えた。私は同じ班だったし、家も結構近かったから、よく話もしてたし遊んだりもしてた。親友ってわけじゃないけど、それなりに仲は悪くなかった。他の友達ともけんかなんかしてなかったし、誰も由紀のこといじめてなんかいなかったし。なのに……」

緑は声を詰まらせる。

「なのに、由紀は学校に来なくなった。どうしてって思った。みんな思った。先生たちにも聞かれた。由紀の家の人にも聞かれた。家では特に何も心当たりがないから、やっぱり原因は学校にあるんじゃないかって。友達関係の中で何かあったんじゃないかって。由紀は何も言わないから教えて欲しいって。」

涙ぐんでいる目でキッと見据えながら、緑は続けた。

「でも、本当にわからないんだよ。なのに、聞かれた。何回も何回も。いろんな人に。自分でも考えた。なぜなんだろうって。ひょっとして、私が原因ってことないよねって。心当たりはなかったけど、私が知らないうちに由紀のこと傷つけたりしてないか、何度も何度も考えた。他の人との関係で何かあったことを、私が見過ごしてたんじゃないかとも考えた。でも、わからなかった。」

緑は大きくため息をついた。

「由紀が休み始めたころ、何度も家に行った。でも、由紀は出てきてくれなかった。毎日、授業のノートを持って行ったり、手紙を書いたりもした。『何があったの? 私にできることがあったら何でもするから、話をして』って。でも、何の反応もなかった。」

固く握りしめた拳が白くなっている。

「1ヶ月ほどそんなことを続けたけど、由紀はずっと来なかった。先生が、もう無理しなくていいよって言ってくれた。私ももう限界だった。それからは、もう手紙は書いてない。時々、届け物をポストに入れたりしてたけど、そのうち、それもしなくなった。」

そうだったのか……。栄子は言葉を失った。

「緑は悪くない。本当にその通りなんだ。誰も由紀とトラブったりしてなかった。なのに、何かあるんじゃないかって目で見られた。」

直也の言葉に渡が同意する。

「俺なんて、一番疑われたぜ。陰でなんかやってたんじゃないかって。そりゃあ、俺はけんかっ早いけど、由紀には何もしてねえ。青山とはいろいろあったけどな。」

「青山君はその時のこと、覚えてる?」

「あの頃の僕は、自分のことに精一杯で、他の人がどうとか、全然考えることもできていませんでした。三村さんが休んでるのもしばらく気づかなかったくらいで。」

恥ずかしそうな青山君の言葉に、渡がうんうんと、うなずく。

「昔の青山は、今よりもっとぶっとんでたからな。」

「すみません。その節は本当にご迷惑かけました。」

「いやいや、こっちこそ。」

律儀に最敬礼する青山君。渡もペコリと頭を下げる。そのやりとりで、教室の空気がわずかにゆるむ。

「青山君は昔の青山君とは違う。青山君はちゃんと自分と向き合って、周りの人と向き合って、自分から変わろうとしてる。」

緑がまっすぐな目で語る。

「でも、由紀は何もしてない。誰にも何にも言わずに、自分の殻に閉じこもっちゃってる。でも、それって、自分だけじゃなく、周りの人のことも傷つけてるのよ。少なくとも、私は傷ついた。何もできない自分が嫌になった。何も伝えてくれない由紀のことも嫌になった。そんなふうに由紀のことを嫌になる自分が嫌になった。」

「自分のことを責めてたんだね。苦しかったね。」

栄子は緑の背中にそっと手を置いた。

「その由紀さんっていう人、今、どんな気持ちなんだろうね。ねこたま市計画のアイディアを出してくれたってことは、少しは学校と関わろうとしてるのかな。」

つぶやくような春菜の言葉に、青山君が続ける。

「三村さんとも共生できないかな。あの頃の僕は何にもできなかったけど、何か僕にできることはないかなあ……」

「ごめんなさい。私は無理。」

喰い気味の激しい言葉だった。

「緑……?」

「ほら、また、そんな目で見る。『緑だったらできるでしょ。』『緑が何とかして。』あのときもそうだった。でも、無理なのよ。私にそんな要求しないで。私は何でもできるスーパーマンじゃない。良い子ちゃんじゃない。」

叫ぶような緑の声に青山君が固まっている。

「私だって、やりたくないことはあるの。もうあんな思いはしたくない。お願いだから、そっとしておいて。」

堅く口を閉ざした緑に向かって、誰も何も言えなかった。


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