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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
崩れ落ちる栄華 生まれる英雄譚
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第九十一話

「これは……使えるね。こっちは……あぁ、水汲みに良いかも。」


 拠点を無くしたアルスィアは、旅支度を進める。とはいえ角も隠せぬ身に纏うのは、狂信者支給の物ばかり。黒い外套は少し丈夫かつ、魔力を回復しやすくする付与付きの品だが、目立つ。

 つまり、まともには準備していない。夜闇に溶けて漁っているのだ。彼の人間の記憶は暗殺者として、多くの場所で転々としている。必要な物は簡単に分かった。


「とはいえ、魔人の記憶って結構穴ボコ同士の組み合わせ……なにこれ? う~ん……まぁ使えるかな? 代わりにこれは要らないっと……」


 馬も居ない彼には軽装が望まれる。随分とぐちゃぐちゃだが、汎用性を高める物が良い。本来の使われ方は、一割も無いかもしれない。


「こういう時こそ、モナクの【具現結晶】……あれ、熱とか伝わるのかな? いや、でもそれで荷物を三割は減らせるよね。」


 取り込めたらなぁ……いや返り討ちに……でも便利……いや目立つし、付与が無いと魅力半減……

 ぶつぶつと瓦礫を漁る姿は、不審極まりない。


「ん? 今何か聞こえた……風の特性のお陰で音を拾いやすくなったね。」


 微かな物音を頼りに、彼は瓦礫をどかしては探る。動く物があるという事は見られた可能性がある。すぐに追っ手が来るのは避けたい為、始末が必要だ。

 音の発生源はすぐに見つかった。とはいえ、解決はしていないが。


「地下道……ね。逃げられたか、見られて無いか……まぁ殺せば関係ないか。」


 アルスィアが妖刀を影から取り出しながら、崩れたそこにひらりと飛び降りる。

 影を友にするアルスィアでさえ、一瞬躊躇するような闇。その中を彼は歩む。

 少しして、部屋の跡に突き当たった。そこには見覚えのある姿が、凍えた様に丸くなっていた。


「アリム……お母さん……お父さん……」

「……はぁ、こういうのって僕の役回りかな? 寂しいならモナクの孤独でしょ。」


 リツ、と呼ばれていたか。記憶の隅でそんな事を思いだしながら、アルスィアはかつて五感を絶った少女に近づく。かなり適当に斬ったからか、既に五感と記憶は戻っているようだ。


『本懐を疑え、と。だから頼みも受け入れてみた。』

『引きこもって孤独に過ごすだけなら、お前に進化は無いってな。お前は行動はしたし、多くの経験を得たけど、一人だった。』


 ふと、二人の魔人の言葉を思い出した。死んだかと思えば力と仲間を得ていた悪魔と、マナの薄い中でも魔法を使って見せた名前さえ無い魔人。

 今の自分に、何があるのか。暗殺者としての経験と風の特性、肉体による安定。魔人になって得たのはそれだけで、絶望を越える物は無い。


「……まぁ、絶望を否定出来るなら、それが一番だけどさ。進化、ねぇ……」


 確かに一人では、考えに限界はあるだろう。多様性と予想外は他人から得られる。それは絶望以外の感情にも繋がる事もある筈だ。

 こんな子供に、とアルスィアは自嘲気味に笑う。その音で、少女は彼に気づいた。


「だ、誰、ですか……?」

「……はぁ、郷に入れば郷に従え、か。魔人のやり方に合わせてみるかな。」

「あ、あの?」


 困惑して怯える少女が、何故此処にいるのか。それは考えても、アルスィアに利がある訳でも無い。どうせ興味本意の、悪魔のイタズラだ。

 代わりにアルスィアは、口を開いてこう言った。もし絶望以外の感情があるのなら、それに耳を傾けて……名をつけるなら、きっと期待だろう。


「僕はアルスィアだ。魔獣の襲撃で王都は滅びた。行くところも無いなら、僕と来るかい?」

「滅び……? アル、セラ……?」

「……アルスで良いよ。」


 少女は斬られる前後の記憶は無さそうだ。代わりにこうなった過程が無いからか、訳のわからぬ状況に困惑している。

 今の彼女は残された不安と、先の見えない未来の恐怖があるだろう。それを成したのはマモンと化け狐だが、最期に立ち会えなかったのはアルスィアの所為だ……皆が死んだとも限らないが。


「私、リツ。」

「そっか。とりあえず行こうか?」


 魔人の背は絶望の影を滲ませている。しかし、隣の少女が少しでもそれを癒すのなら……それはどう変わるのか。今は知る術など無かった。




「イエレアス伯爵、此方に。」

「うむ、父上は立派だった。そう思わないか?」

「本当に。誰か残っていれば……」

「いや父上の病は止まらなかった。只、時期が来ただけなのかもな。」


 病の進行によって死んだかの様に、その遺体は綺麗だった。その志と魂は別にあると、知っている彼でさえ錯覚するほどに。抜け殻と呼ぶには、敬意のこもった器。


「イエレアス伯爵、ディケイオス卿は……?」

「残った。大聖堂は跡地でも、聖地と国を守る為に。それから報告は聞かないが……」

「旦那様、よろしいでしょうか。」


 今探っている、と続けようとした彼の耳に、臣下の声が届く。


「良い。」

「はっ、申し上げます。僻地の小屋が倒壊した事件において、捜索された所……ディケイオス様が……発見されました。」

「そうか、今は何処に?」

「……城の、安置所でございます。」

「っ! ……そうか、報告ご苦労だった。避難からすぐに帰還、疲れた筈だ。皆、休むと良い。」

「はっ!」


 ほんの僅かに表情が動いたのを見たのは、生涯の殆どを此処で仕えた者のみ。冷酷とも取れる平常心を見せる主人に、戸惑いながらも彼等は下がった。


「……ディケイオス。あの愚か者めが……」


 誰も居なくなった部屋で、窓辺を見ながらイエレアス伯爵は呟く。そこには出されたカップがそのままで、杖を置いたであろう椅子は戻されて居ない。

 向かいの椅子に座り、好んだ紅茶を飲む弟の姿が、彼の瞼に浮かぶ。


「貴方が、ここの当主?」

「……正義の悪魔、では無いな。誰だ?」


 振り向かずに話すイエレアス伯爵に、壁から離れて拒絶の魔人は近づく。


「いつから居た?」

「昨晩から。音を立てずに、立ってるのは慣れてる。」


 幼い声音に、既に高い太陽を見ながら驚く。しかし、音の話しか無いと言うことは、目には映らない術を持っている。そして魔力体には成れない。


「魔人か。結晶か? 去ったと聞いたが。」

「違う。私は貴方に伝言があるだけ。」

「伝言?」

「そう。変人と、その同志達から。残す事になって、すまなかった、って。」


 振り向いた彼の目には、白い髪と肌を持った、赤い瞳の少女がいた。年の頃は十三程だろうか? 儚げだが、美しい少女だ。

 黒い外套のフードを、後ろに下げた拒絶の魔人は続ける。


「あと、変人が同志が言わないから、代わりにって。『これでも尊敬している。自分の決めた者以外に尽くせる兄をな』と。」

「そ、れは……」

「うん、終わり。じゃあね。【天衣無縫・蜃気楼インヴァリアル・ミスト】。」

「待ってくれ……!」


 追いかけたイエレアス伯爵には、足音しか聞こえない。その一瞬の躊躇の間に、その足音は遠ざかり過ぎた。

 暫くの間、呆然と立ち尽くすしかなかった。少しして引き返し、扉は閉まり……中からは啜り泣く声が聞こえた。壊れかけた屋敷でそれは響いたが、その日の事を口に出す臣下はいなかった。




「反対!」

「お前の意見は聞いてない。嫌なら帰れ。」

「そしたら俺、移動中に魔獣に殺されちゃうよ?」

「んじゃ、賛成って事で。」

「そんなぁ……」


 嘆くベルゴを御者席に乗せ、ソル達は荷台に座る。レギンスは歳だと言うのに一頭で軽々と馬車を引いた。

 もっとも、車軸に良く滑る【具現結晶】、本体に風の魔術と付与の魔術で軽くする様に補助はしているが。案外、バレないものである。


「寝転びたい~、座ってたく無い~。」

「俺もシーナも、そこに座ってると怪しい歳だろうが。すんなりと通るには、出来るだけ大多数と同じ方が良い。」

「そうだ、飛ぼうよ。あれ楽だし。」

「お前は楽だよな! 寝てただけだしな!」


 ソルは疲れる。絶対にお断りである。シラルーナが荷物を整えながら、フードを深く被ったソルに振り返る。

 バンダナも着けてはいるが、やはり角が大きく、先端はフードで隠している。右手にはその辺りで買ったグローブを嵌めた。


「でも、この馬車ベルゴさんのお金で買いましたよ?」

「俺の金はこいつに食い潰されたからな。元々潤沢って訳でもないのに、嗜好品は高いんだよ……待てよ、それならこいつに」

「悪化していってるだと……! 文句無いよ、すぐに行こうか!」

「この街出てからも、暫く任せた。あと次の街入る頃も。」

「やっぱり増えたよ……」


 ベルゴがしょげながら手綱を取る。レギンスには簡単な指示で従ってくれる為に、鞭は必要無い。しかし、手綱を握りながら、揺れる馬車で座り続けるのは、以外に疲れる物だ。

 何処で覚えたのか、すいすいと街中でも馬車を操り、ベルゴ達は関所まで行く。王都からは離れたが、ケントロン王国は広い。西と呼ばれる無法地帯は、まだ先である。


「あっ、結局トリプルベリーブランデーチョコケーキ食べ損ねた。」

「長いな……そんなの覚えてる暇があったら、もっと面白い情報仕入れて来いよ。買うからさ。」

「やだよ、面倒くさい。」

「辞めちまえ。」


 ソルが棒状に丸めた通行許可証を投げつけ、ベルゴの顔を直撃した。

 いたっ、と仰け反りながらも通行許可証を掴み、懐にしまう辺りは真面目だ。態度はふざけているが。ちなみに長ったらしい文章とは言え、紙一枚は重くも無い。痛くも勿論無い。


「言っとくけど、もう俺の財布、空だからな。どんなに不便でもその宝石だらけの財布頼りだぞ。」

「嘘!? 俺の甘味は!?」

「知るか! 前半で食い過ぎだアホ! てか俺が出すのもおかしい!」

「あの、お二人ともそろそろ……街中ですし。」

「そうだよ~、街中だよ?」

「本気で腹立つよな、こう顔とか雰囲気が。」


 顔をしかめながら、ソルが紙を取り出して座り込む。今の場所で魔方陣を書くわけにもいかないが、癖になっていた様だ。すぐに片付けた。


「ベルゴ、お前は何で俺と来た? それこそ傭兵との伝ぐらいあるだろ?」

「唐突だねぇ……そうだな、君が今後何かしら、起こしそうだったから、かなぁ。」

「時代の先取りってか? 言っとくけど、俺の目標に目立つ予定は無いぞ。英雄なんてガラでもない。」

「ソルさんは英雄ですよ。ケントロン王国の人も、魔術師を少し考えてくれる位、影響がありましたし……」


 少し小さく反論するシラルーナに、ニヤニヤとベルゴが振り返る。


「それ、シラちゃんが英雄って思ってるのもある?」

「……あります。」

「素直! 青春!」

「黙って前みて動け、不審者。」


 金属の勲章を投げつけ、ベルゴの顔を直撃した。

 いったぁ!と叫び、御者席に落ちた勲章を拾いつつ、顔を押さえるベルゴ。これは確実に痛い。

 心配して駆け寄るシラルーナを横目に見ながら、ソルはこれからの旅に不安を感じ、ため息を吐くのだった。

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