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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
崩れ落ちる栄華 生まれる英雄譚
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第九十話

 火花が散り、剣が激しくぶつかり合う。マモンが【精神の力】でソルの剣を押し込み、それに耐えきれずにボロボロの騎士剣は折れた。

 新しい剣を拾い上げ、アルスィアの影の妖刀を受ける。大聖堂跡地にて、多くの騎士の記憶を持ったマモンは二人を相手に圧倒していた。


「邪魔だ、アルスィア! 隠れんな、分かりづらい!」

「そっちが突っ込んで来たんだろ!? 暗殺者に隠れるなって無茶でしょ。」

「良いから結晶を取りやがれ!」


 ソルの戦陣は辺りを包み続けている。マナが薄くなっても、一度固まった結晶は結晶だ。マナを直接無くさない限り、彼等の魔力だけで持続する。

 簡単な魔法と小さな力場しか無いその戦闘は、悪魔の闘争ではなかった。しかし、マモンはそれさえも巧みにこなす。今しがた手に入れた知識と経験を、完全に自分の物にしている。


「モナクスタロォォーー!」

「邪魔なら奪えよ、いつもみたいに。」


 魔力が失われ続ければ、気絶では無く消失。ただ一人純粋な悪魔であるマモンの焦燥は、三人の比では無い。

 早々にソルを殺そうと躍起になるが、尽くアルスィアが邪魔だ。


 アルスィアはマモンを斬り、残滓を取り込みたい。

 ソルはマモンを消したい。

 マモンはこの場にいる魂を奪いたい。

 拒絶の魔人は約束を守りたい。


 それぞれの思惑は食い違い、互いが互いに邪魔だ。


「【矢となる光(ヴェロス・フォス)】。」

「剣で弾けんだよ、その程度!」

「ちょっと! こっち向かせないでよ!」

「黙ってろ、黒いの! てめぇに、しゃしゃり出る権利は無ぇ!」

「お前が黙れ、拡散!」


 結晶の結合を担うマナを使い、ソルが戦陣の一部を破裂させる。マモンとアルスィアに飛ぶそれを、アルスィアが長大な太刀で打ち払う。

 後ろを向いたアルスィアにマモンが斬りかかれば、拒絶の魔人の光の矢が邪魔をする。


「防ぐなアルスィア!」

「死ねと? やだね。」


 マモンに斬りかかっていたソルの剣は、前に出たアルスィアとかち合う事になる。その隙にマモンは拒絶の魔人に剣を向けた。


「【楯となる光(アスピダ・フォス)】。」

「ちっ、何でてめぇは魔法が使えんだよ。」


 弾き返す剣、拒絶の魔人は当たらない様に離れる。非力な少女に悪魔と打ち合う術は無い。

 すぐにアルスィアはマモンの背中に刀を向ける。ソルが追いすがる様に振る剣と共に、マモンは片手で受け止め、往なす。


「愚直なんだよ、くそガキども!」

「くっそ、何個落ちてんだよ、剣!」

「あるだけでしょ。」

「無くても、てめぇ等にゃ負けねぇよ!」


 ソルに剣を投げつけたマモンが急接近し、ソルの剣を素手で打つ。横腹を叩かれた剣が逸れて、ソルの手首はマモンに掴まれた。

 マナの減少でソルの加護も武装も消えている。じめんは硬い結晶に覆われて。


「まずっ」

「ハァ!」


 肩、腰を上手く使い、一回転させられたソルは背中から叩きつけられる。これも歴史深いケントロン騎士団の、洗練された技術だ。

 肺から全ての空気がもれ、一瞬だけ意識が飛ぶ。折れた爪をソルに刺そうと構えるマモンに、アルスィアの妖刀が横凪ぎに払われ失敗する。


「っす、かった……」

「すぐに動けるなら、落とした剣でも拾いなよ。」


 ソルが結晶の剣を取り、アルスィアの横に並ぶ。二人を見下ろすマモンは、翼をはためかせて宙を舞っている。


「どこから来るかな……」

「くそっ、飛べない様にするんじゃ無かったな。」

「君は結晶があるから、まだいいだろ?」


 時折結晶からエネルギーを放出し、マモンを狙いながらぼやくソル。

 その隙間を縫いながら、マモンは地表へと接近してアルスィアに掴みかかる。


「うわっと、危ないな。」

「反撃しろよ。」

「思ったよりも早いんだよ。それにそろそろ限界……」


 言い争う二人に突撃するマモンが、突如地面に追突する。

 体力という概念が無い悪魔であるマモンだが、立ち上がるその姿はぐったりとしている。背中からは、透明な結晶が突き出ていた。

 遂に核についていた結晶が成長したのだ。魔力が無くなり始め、顕現が苦しくなっている。しかし、その間にも戦陣は容赦なく魔力を吸い続ける。


「くそっ、こんな、様になるとはな……」

「むしろ何でここまで追い込まれたんだよ、俺達がこんだけ有利だったってのに……」

「僕はそろそろ限界だね……正直、いまは簡単な問答もきつい。」


 魔力を回収しているのは、今はソルだけだ。マモンだけでなく、アルスィアと拒絶の魔人も、そろそろ魔力的な限界が近く意識がぼうっとする。


「もう良いだろ。消えろ、マモン。」

「断る。」


 揺らぐ体でマモンはソルに迫り、中程で折れた爪を翳す。ソルは近場の戦陣を破裂させて、マモンを吹き飛ばす。


「魔法を封じられて、戦陣の中で、俺には勝てない。名持ちは力の称号と同時に、悪魔殺しの称号だ。知ってるだろ? マモン。お前が散々してきた事だ。」

「貴様……なんぞに……」

「仕留めきれなかった時点で敗けだ。お互い持久戦が得意だから、仕方もないけどな。」


 魔法を防ぐ、封じる。これは悪魔同士では必然の戦法。マモンは放たれた魔法を全て奪い回復するが、ソルは元から防ぐ事が出来る。

 発動前を封じるまで耐えたソルが、マモンに勝ったと言う事だ。


「いい加減、この半端にダルい空間には居たくないんだけどな。」

「俺は……原罪だぞ。悪魔の……原点……」

「いつか言われた。引きこもって孤独に過ごすだけなら、お前に変化も進化も無いってな。お前は行動はしたし、多くの経験を得たけど、一人だった。」


 ソルはマモンから離れて、アルスィアに近づく。後ろで拡散によって欠けた結晶がマモンを覆い、その中に閉じ込めた。


「あとお前もな。」

「孤独の魔人に言われたら、元も子も無いね。」

「人間が混ざったなら、少しは絶望以外の感情もあるだろ。だから、それ下ろせ。」

「僕はマモンが欲しい。分かるだろ?」

「……分からない事も無い、俺だって力は欲しいしな。でも原罪は求め過ぎだ。」


 アルスィアが妖刀を突き立て、ソルに迫る。


「せめて納得できる形が欲しいんだ。マモンに敗北した訳でもない、このまま諦めろなんて酷いだろ?」

「そうかよ、好きにしろ。」


 ソルが結晶の剣を握れば、アルスィアが妖刀を腰だめに構える。そのまま数瞬静止して……アルスィアが動いた。

 迫る妖刀にソルは剣を合わせる。そのまま滑る刀を上に流して、ソルはアルスィアに剣を突きつけた。


「魔力、少ないんだから鈍いだろ。」

「ははっ、敗北。結構、本気だったんだけどなぁ。」

「諦めろ。」

「そうするよ……後は任せたよ。教会のお陰で無収穫でも無いし、早々に逃げさせて貰う。」


 この国から離れると言うアルスィアに、ソルは少し驚く。


「意外だな、お前なら残ると思った。」

「軍隊だけならともかく、あの黒い狼は残るだろ? 僕、一度殺されかけたんだからね。」

「あぁ、ラダムか。そりゃそうだ、お前には相性悪いしな。」


 結晶の中をそのまま去り、無事な家屋の影に溶けるアルスィアを見送り、ソルは振り返った。


「お前も良かったのか?」

「わざわざ殺されに行きたくない。逃げてくれるなら好都合。」

「あっそう。」


 ソルは【具現結晶・牢獄】に近づき、戦陣ごと回収する。辺りは端から荒れ地に戻り、崩れた街が姿を表す。

 結晶から解放されたマモンが、背中の結晶を掴む。しかし、びくともしないそれに、諦めたように座る。


「けっ、好きにしやがれ。どうせ十年位でまた甦れるさ。」

「その度に殺してやるよ、秘策もあるしな。」

「あっ? どういう事だよ。」

「魔法は既に奇跡じゃなくて、技術だって事だよ。魔術は進歩し続ける。」


 ソルが手を翳せば、僅かなマナが集まりソルの魔力を繋げ、固めていく。本当にゆっくりと、しかし徐々に形になっていく結晶は鋭く、マモンをしっかりと指していた。


「へっ、脆いな、そいつは。」

「マナ不足だからな。でも消えかけのお前には、丁度良いだろ。」

「ハッ! 呪われろ、モナクスタロ。」

「お前がな、マモン。【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】、及び吸収。」


 深く突き刺さる結晶は核代わりの宝石を打ち砕き、そのまま魔力を吸い上げる。

 なけなしの魔力が無くなり、その姿は徐々に薄れ、消えていく。最後の最後まで、【強欲】の発動を続けていたのが、ソルには手にとるように伝わった。


「……っはぁ。やっと終わった。いつ魔法が発動されるかヒヤヒヤしたぜ。」

「そんなにすぐに戻る?」

「マナが減った時点で、戦陣の吸収は、半分飾りみたいなもんだよ。本当は悪魔を殺す最後の一撃以外、マナなんて吸わねぇんだぞ? そんなに減らせねぇって。」

「本当に魔法が使える。」

「聞けよ……てか、お前はずっと使ってたろ。」

「疑問?」

「どうでも良い。どうせもう会わねぇだろうし。」


 小首を傾げた拒絶の魔人の頭を軽く叩き、ソルは王都の中央に急ぐ。


「行くの?」

「まぁ、無駄に死んで欲しい訳でもないし。まだ余力があんだから、付与くらいならな。」

「ん……必要無いみたい。」


 目を凝らすように、少し屈んだ拒絶の魔人が呟く。次の瞬間には、地面が揺れる様な歓声が聞こえた。


「……もっと、かかるかと思ったけど。」

「お猿の所為かもね。」

「お猿?」


 ソルが首を傾げるが、それを考える時間はあまり無いようだ。王城の方角から、馬の蹄の音が聞こえる。


「ソルさん!」

「おぉソル! 生きてたか!」

「シーナ。マカとオマケまで。早くねぇか?」

「もしもーし、もしかして、オマケって、俺の事じゃ、無いよね、ソルくーん?」


 走ってレギンスに着いてきたベルゴが、息を切らせながらソルにぼやく。そんな彼を無視して、マカがソルに捲し立てた。


「それよりもソル、すぐに離れた方が良さそうだぞ。魔獣と悪魔が居なくなった後は、恐らく魔術師を敵にするだろうって偉そうな人間が。すぐに行けっつって僕に伝えてくれたんだよ。」

「騎士団かなんかか? まぁ聞いた限り、ケントロン王国ならそうなるか……」


 徹底的に悪魔関係を弾き出して栄えた国だ。魔法を真似た魔術を使う魔術師は、簡単に標的になる。特に今回、手柄をあげられなかった貴族で、野心が強いものは特にそうだろう。

 マカはソルに手紙を押し付けてくる。ソルが開けば、丁寧な文字でこうかかれていた。


『此度、貴方のお陰で助かったのは、紛れもない事実。例えそちらの目的だけでの助力だとしても、今一度、感謝を。

 しかし、私もケントロンの民。魔法に近いその力は忌むものと考えてしまう。それは他の者も同じだろう。いつか、世代がいくつも経た時、ケントロンも変わるかも知れないが、今は相容れないだろう。

 通行許可証と私の勲章を一つ、入れておいた。空を飛ぶ貴方に必要かは分からぬが役立ててくれ。

 最大の感謝と、謝罪を。無事を祈る。』


「……逃げるか。」

「西ですよね? 私も行って良いですか?」

「ん、まぁ許可証もあるし飛べなくても平気か。マモンも居ねぇし西なら魔獣程度だろ……じいちゃんも居るかもしれないしな。」


 ソルが自分の荷物をレギンスに載せ始める。といっても、その殆どは宿にあり、既に積まれていたが。

 そう考えると、その準備が出来るほど早くに、獣人のマカと魔術師のシラルーナを戦場から送り出したのだろう。騎士団長に感謝である。


「あっ、俺も俺も! この国だともう、商売上がったりだし。俺は楽して稼ぐがモットーなのよ。」

「胡散臭ぇな、あんだけ邪険にしてんのに。」

「だからだよ~、なんも裏が無いっしょ?」


 舌打ちするソル。既についていく気満々のベルゴは、財布と考えて切り替え、拒絶の魔人に振り返る。


「お前は?」

「する事あるから。」

「そうか、死ぬなよ。」

「ん。」


 万全とは程遠いが、ソルは結晶で船(そう呼ぶには板に近過ぎるが)を創り乗り込む。これで少し距離を稼ぐくらいは、魔力も残っている。


「そんじゃマカ。これの人に、助かったって伝えてくれ。あと、アジスとラダムによろしくな。」

「おう、じゃあなソル。お前と居ると楽しかったぜ。」


 三人と一匹を載せた結晶は、少し沈み始めた日の中を、空に向けて飛んでいった。

 戦地を照らすその陽の中に、結晶を見たものは多数。後に東、アナトレー連合国の噂とも合わさり、「飛来する結晶」はケントロン王国にて、悪魔の対存在として、長く名を残す事になる。

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