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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
崩れ落ちる栄華 生まれる英雄譚
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第八十九話

「総員、退避!」


 騎士団長の声が戦場に木霊し、城壁の上にいた騎士達が地上目掛けて走る。

 度重なる魔獣の体当たりは、遂に城門を砕き、城壁を崩そうとしていた。潜れなかった為か、城壁に前足をかけて揺さぶる化け狐。


「後ろ足だ! 狩りとれ!」


 動きを止めた化け狐に、獣人の牙が、爪が襲いかかる。少しでも注意がそれれば、騎士達が一人でも多く逃げ出せるからだ。

 しかし、九本の尾が地を払い、近づく事もままならない。むしろ、死傷者が増えていく。


「アジス様、どうしますか? このままじゃ……それにソルの方も。」

「あっちは任せるしか無いだろう。マカ、お前は何人か連れて城の中に行け。騎士団の手伝いに数人行かせたい。」

「はっ!」


 投石機の運搬、組み立ては重労働だ。少しでも体力のある獣人がいた方が良い。


「第一城壁は防衛しきれないか……不味いな、第二城壁までの施設も、壊されれば復興が……いや、それは贅沢か。」


 国が一つ、滅びてもおかしくないのだ。一時とはいえ、悪魔の宿った魔獣は急成長している。対応できている現状が奇跡だ。

 九本の尾を掻い潜り、後ろ足の筋を切る。しかし、その巨体には深い斬り跡も浅い傷だ。すぐに振り返り獣人達に襲いかかる。


「アジス様ぁ! そろそろ我々も退かねぇと!」

「限界か……全員、散れ!」


 獣人達が、地上を駆けて姿を隠す。暴れる化け狐は辺りの建物を一通り破壊した後、城壁に戻る。

 高く掲げた前足を、何度も城壁に叩きつける。城壁を罅が走る。化け狐は再び立ち上がる様に、その巨躯を掲げた。


(崩される……!)


 城壁に影が射し込み、それはさながら悪夢の様。そして、それは上昇を止め……


「『大義の一条棍(ディカイオン・ロパロ)』!」


 一筋の光に打たれ、体勢を崩す。

 その光は縮み、持ち主の手に収まる。長い一本の棍棒。強い斥力を持つ不壊の棍を片手に、瓦礫の山から飛び降りる。


「オラ、化け狐! カローズ様の前で頭が高ぇんだよ、この野郎!」


 堂々と啖呵を切るカローズが、その光の棍棒を振り回す。

 横に倒れた化け狐が、その体を起こして彼を睨む。うねる尾が地を叩き、その怒りを表す。


「カローズ、正面に立つな!」

「正面に立たねぇと、こいつが他所に行っちまう!」

「あいつ、一人で止めるつもりか?」


 アジスがさせまいと駆け出すのと、化け狐がカローズに突進するのが同時。

 カローズが、その棍を地面に突き立てて叫ぶ。


「伸びろ!」


 右手の甲に刻まれた紋様が輝き、棍はカローズを空高くに運ぶ。化け狐の頭上で縮んだ棍を構え直し、カローズはそれを一直線に振り下ろす。

 光の魔力は強い斥力を生み、軽い棍の一撃を強大な衝撃へと変える。脳が揺れ、立ち眩む化け狐の足下に、好機と見たアジスが走り込んで爪を振る。


「第四大隊、突撃!」


 騎士団長の声と共に、騎馬隊が次々に突撃する。馬の力で走り込まれた化け狐の毛皮は、鋭い槍の侵入を許した。出来の良い高価な馬上槍を手放し、騎士達は手綱を手繰りすぐに走り去る。

 その頃には獣人達も追い付く。槍を横に蹴飛ばす、登って腹に飛び掛かりながら裂く、およそ人間には出来ない挙動でやりたい放題だ。


「どうよ! ……うぉっ?っとっとぉ!」


 再び動きだした化け狐に、頭上のカローズがバランスを崩す。すぐに背の方に飛ぶ身体能力は流石だが、その背には尾が払いに来ていた。


「やっべ……!」

「だから調子に乗りすぎるなと言っただろう。」


 アジスが無理な姿勢の尾を上に受け流し、カローズを蹴り落とす。すぐに自分も飛び降りて離脱した。

 その頃には城壁の上に、騎士達が再集合していた。その手に持つ長弓で、一斉に顔に射かける。幾つか目に刺さった化け狐が、大きくのけぞり咆哮した。


「この戦は不退転だ! 攻めきれ、我等に勝機あり!」

「おおぉぉぉーー!!」


 騎士団長の鼓舞に答えた騎士団の、矢が、剣が、殺意を持って振られる。

 防衛戦から一転、討伐へと変化した空気が戦場を包む。被害は甚大、体力も残り少ない。しかし、彼等は奮い立つ。戦人達の意気は一つ、未来の栄光である。




 垂れる黒い翼。目の光が失われ、ソルが魔法を解けばマモンは地面に倒れる。


「……わぉ、死んだ?」

「悪魔が、死ぬなら、消えるだろ。油断、すんなよ。」

「そ、それよりも吸収を止めて……」

「無理。お前にも、回してやるから、堪えろ。」

「び、微量……」


 殆どの魔力を消費した拒絶の魔人が、冷たい結晶の上に転がり、吸収の方が上な位の供給に嘆く。

 ソルとて、全力で相応な時間、力場を発生させた為に魔力に余裕は無い。飄々としているのは、少し顔の青いアルスィア位だ。


「相変わらず、えげつない威力……というか、君が使えるの?」

「詮索……無、用……」

「あ、そう。」


 魔力とマナを吸収する戦陣は、今も拡大を続けている。

 それを続ける為にも、ソルと拒絶の魔人に流れる魔力は最小限に絞っているため、二人の回復は遅い。


「き、さま、らあぁぁ~。」

「お目、覚めか。」


 ゆらりと立ち上がるマモンは、一瞬、幽霊の様に揺らめき、【強欲】で辺りの結晶を奪い回復する。

 ソルも息を整えて、前に立ちふさがる。アルスィアがソルの横から抜けて、マモン目掛けて突進する。


「斬らせて貰うよ、【切望絶断(エルピスコーノ)】重ねて【統制消失(コマンドロスト)】!」

「失せろぉ! 【強欲(アプレースティア)】ァ!」


 アルスィアの一撃は抵抗無く切り裂き、黒いオーラは左右に分かれる。すぐにアルスィアは風で上に跳び、ソルは「飛翔」で退避する。


「誰も助けてくれない……」


 拒絶の魔人は、やむ無く光の斥力で己を弾き、安全圏に飛んだ。単純に考えれば殴り飛ばされた様な物だ。

 辺りを次々と覆う黒いオーラに、アルスィアとソルは逃げ回る。ソルは残り少ない魔力を回収で補いつつ、更に結晶の吸収を強めていく。

 そのエネルギーは結晶に蓄積され、広がれば広がる程に、回収しながら逃げられる範囲は広がる。


「ヒィーハハハ! 無駄なんだよ、逃げてもよ! 俺の魔力は尽きないぜぇ?」

「人から盗ってるだけだろが、コソドロ野郎!」

「君も人の事言えないからね? モナク。」


 吸収され続けて段々ときつくなるアルスィアが、文句をぶつけるが無視される。

 減る魔力が激しければ、肉体を持った魔人は思考力が低下していく。段々と判断が鈍くなれば、それだけ被弾する確率も上がるのだ。

 それでもマモンの魔力は減っている筈だ。戦陣内の魔力も知覚出来るソルには、それが分かる。しかし、【強欲】のお陰でそれも微々たる物。時折、回復に追い付かれてさえいる。


「ハッハァ! 段々と調子も戻って来たぜぇ!?」

「魔力は減ってるけどな! 【精神の力(プネマ・ズィナミ)】!」


 多量の瓦礫をマモンに吹き飛ばし、それを防ぐマモンは【具現結晶】を使う。黒い結晶の壁が瓦礫を防ぐが、その間にアルスィアが【強欲】を抜けて妖刀を振る。


「ちっ、しつこい!」

「影だからね。」


 後ろに飛んで回避したマモンが、辺りに火を付ける。結晶の上を舐めるように平がる火に、アルスィアは一度撤退する。


「……こんだけ派手にやりゃ、そろそろか?」

「何が……ん?」

「あぁ、来た?」


 ソルの纏う結晶の軽鎧や【反射する遊星】が、辺りを包む炎が、アルスィアの太刀が、少しずつ薄れて、やがて消える。


「あぁ? なんだ、こりゃ。魔法が……」

「魔界から出なけりゃ体験しねぇし、名持ちが派手にやらないと分からないよな。」


 ソルが戦陣の一部を回収しながら呟く。減っていた魔力が戻るが、今は膨大な魔力は思考をクリアにするだけだ。


「デカイ出力や強力な魔法、無駄の多い魔術……それを全部封じるには、どうするか。付与が無い頃は吸収しか出来なかったし、自分の魔力を繋げて固めるだけの【具現結晶】で、何で数多の悪魔に打ち勝って、九人目の名持ちになれたか。分かるか?」

「何が言いたい、モナクスタロ!」


 苛立つマモンが声を荒げる。薄く浮かぶ魔法陣だが、魔法は発動せずに消える。


「要は、元を無くせば良いんだよ。こんだけ魔界から離れてりゃ、マナの濃度も薄い。更に薄くなれば、エネルギーが無いのに、何かが起こる筈も無いだろ?」

「……吸収? マナとか言う元を?」

「僕らも簡単な魔法しか使えないけどね。僕の【切望絶断(エルピスコーノ)】とか絶対無理だ……僕も人間の頃に知った事だけどね。」

「くそが! 奪えねぇ!」


 ソルに多目に魔力を回して貰い、少し頭が回復した拒絶の魔人が、立ちながら並ぶ。それに再び薄い妖刀を影から取り出しながら、アルスィアが答えた。

 何度も【強欲】を展開しようとするマモンだが、魔力を疲弊させるだけで、必要なマナが集まらない。そのうち元に戻るだろうが、今はここで魔法も魔術も使えない。


「まぁ、武器を作る位なら、ね。」

「影を形にするとか、器用だな。【具現結晶・武器クリスタライズ・ウェポン】。」


 ソルの結晶に侵食された右手が結晶の片手剣を。

 アルスィアの残った左手が背丈程の影の妖刀を。

 それぞれ握りしめる。向けたその先にいるのは爪の折れた細い悪魔だ。


「「理不尽に奪われる覚悟は出来たか? マモン。」」

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