表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結晶の魔術師  作者: 古口 宗
崩れ落ちる栄華 生まれる英雄譚
95/200

第八十八話

「第二大隊、構え! 第三大隊、放て!」


 長弓から放たれた矢は、弧を描いて魔獣に落ちる。硬く鍛えられた金属は、悪魔の抜けた魔獣の毛皮に薄くだが突き刺さる。

 鬱陶しかったのか、身震い一つでそれを払うと、化け狐は城壁への突進を再開する。足下の獣人達が、退避を余儀なくされた。


「揺れるぞ! 備え」


 騎士団長が最後まで叫ぶ間もなく、王城の最外壁が大きく揺れる。バリスタがいくつか固定台から外れ、落下していった。

 遠い距離なら狙いを付けられるが、大きく動かすにはバリスタは重く、固定を外すにもつけ直すにも楽ではない。既に無用の物ではあるが、落とされて良い物では無い。


「動きが止まった! 行くぞ!」


 アジスの掛け声で、叫び声を上げながら獣人達が突撃する。体当たりをした化け狐は、すぐには動けない。獣人の身体能力があれば、僅かな隙も大きなチャンスだ。

 足の関節部に次々と爪や牙が刺さる。毛を刈り取り、皮を裂くが肉には届かない。熊や虎といった大型は別だが、彼等は長距離の移動に向かず、今回の交渉には少数参加だ。


「くっ、埒が開かない!」

「団長、このままでは押しきられます!」

「分かっている……第一大隊、投石機はまだか?」

「残り二機、現在修理中です。修理期間が無くなった物ですから……」

「予定よりも早く、封印を外す羽目になったからな……」


 苦虫を噛んだような顔で、騎士団長は呻く。バリスタも長弓も、鏃は細かい加工も出来ず、硬いだけで荒い。その大きさもあり、決定打にはならない。

 巨大な化け狐には、物量で潰す。それが彼等の考えた最善だった。


「こんな事なら、毒物の貯蔵でもしておけば良かったですね。」

「あの矢が果たして何割血管に到達するか……量を考えれば、あったとしてもな。」


 作戦、技、知恵。それで覆せないからこその、災害。大型の、原罪の魔獣とはそういう物だ。

 例え魔法が無かろうと、その皮を通す攻撃も、その牙を止める守りも、人の手には余る代物ばかりである。


「アジス殿は御無事か?」

「おそらく、あの人影かと。」

「あそこか……指揮官として意見を合わせたかったんだが。」


 明らかな最前線に、騎士団長は断念した。人の身であそこに行けば、数瞬でミンチだ。

 しかし、暴れる化け狐に、吹き飛ばされる騎士も獣人も少なくない。果たして間に合うのか、それは分からなかった。


「我々に出来ることをするぞ! 第二大隊、放て!」


 少しでも動きを阻害するか、意識を逸らす。下で小さく攻撃を重ねる獣人達の無事を祈りながら、騎士団長は刻一刻と変化する状況を見極めようとしていた。




「影が無いなぁ……この辺り建物も少ないし。」

「お前が少なくしたんだろが。」


 人一人が隠れる程の影も無いため、その姿は瓦礫の陰に隠すしか無い。まともに魔法を食らったマモンが、辺り一帯を【流星群】で潰し続ける。


「好き勝手しやがって。あれをどうにかしないと、見つければまた集中砲火だ。」

「んじゃ、モナクが受けて僕が斬ろう。」

「逆なら良いぞ。」

「君、互いの魔法考えて言ってる?」


 光を防ぐのに、風が何の役に立つのか。【切望絶断】は単発だ。


「お前にマモンが宿るよりマシだ。」

「そう簡単に、核無しに乗っ取られないって。」


 互いに牽制し合う状態で、星が降り続ける。天頂の太陽も、影を消す為にアルスィアには恨めしく感じる。

 ふと、魔法が止み、翼の音が聞こえた。慌ててソルが魔法を展開する。避難した王国民や騎士団に行かれれば、その人数の魔力が集まる。下手をすれば新しい特性さえ、獲得しかねない。


「逃がすか! 【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】!」

「そこかぁ! 【食い千切る炎(トロゴ・フロガー)】ァ!」


 地面ごと喰らう炎の顎門に、アルスィアは暴風をぶつけて相殺する。マモンも、炎の特性までは、あまり得意とは言えない様だ。

 マモンに避けられて上空に飛んでいった結晶は、急停止して反転する。その結晶と同時に届く様に、ソルは結晶の片手剣を振る。


「甘いんだよ、【鎖となる影(アルスィダ・スキアー)】!」


 マモンの翼の影から、影の鎖が伸びてソルを捕らえる。そのままマモンが、背後の結晶を【精神の力】で止めた。

 鎖はソルを引き、マモンの方に引き寄せる。魔術の発動は間に合わず、【具現結晶】ではどうしようもない。


「ようこそだ、モナクスタロ。【強欲(アプレースティア)】!」

「【輝く光(ランボ・フォス)】。」


 黒いオーラを照らす様に、下から強烈な閃光が影を潰す。元が無くなった影の鎖はその姿を消して、解放されたソルが【強欲】から逃れた。


「くそっ、何処の誰だ、アァ?」

「名乗る名前は、無い。」


 拒絶の魔人は更に魔法を展開し、光の矢を幾多にも生み出す。辺りを眩く照らす、その全てがマモンに鏃を向けている。


「行って、【矢となる光(ヴェロス・フォス)】。」

「【強欲(アプレースティア)】。」


 その全てが、黒いオーラに呑み込まれた。


「……あれ?」

「あれ、じゃないよ。強欲の悪魔だからね? あれ。何しに来たの君、餌やり?」

「そこまで言わなくても……」

「せっかく削った魔力回復されましたけど? 今のはもっとカッコ良く決める所でしょ? アホ過ぎて笑いしか出ないよ。」


 嘲笑するアルスィアが言いたいだけ言うと、マモンの反撃を斬り伏せる。意趣返しとでもいいたげな巨大な【一閃する星】も、アルスィアには見切る事の出来る速度だ。

 凄まじい勢いで離脱したソルが、アルスィアの隣に降り立つ。翼のあるマモンと違い、ソルは飛行に魔力を使うからだ。


「助かったけど、その後の矢は必要あったか?」

「無い。」

「いっそ清々しいな。」


 フードの下に隠れた顔はソルには見えない。ただ、影を封じられるのは良い流れだ。


「ん? てか何でいるんだ?」

「本懐を疑え、と。だから頼みも受け入れてみた。」

「相変わらず会話にならない……もっと人間味、無いの? 魔人なのに。」

「加虐性愛者。」

「それは僕じゃ無いかな~、嗜虐の奴だ、ねっ!」


 急降下してきたマモンをアルスィアが受け止め、【切望絶断】でその爪を絶つ。

 再生出来ない爪を忌々しく睨み、マモンは再び空に舞った。


「次から次へと……あと何人来やがんだ?」

「消えれば来ねぇよ!」


 結晶の剣を飛ばしながら、ソルが新しく魔術を展開する。マモンの上から落ちる水は、やがて凍る。マモンの視界は光の屈折しか分からない、氷の塊に覆われる。

 魔術で作られた巨大な氷柱を、中から全て奪い尽くしたマモンは、周囲の変化を体感した。


「【具現結晶・戦陣クリスタライズ・フィールド】。」


 周囲が結晶に覆われ、辺りのマナと魔力を吸い上げる。その魔力は結晶の領域を拡大させ続け、更に多くのマナに魔力を集める。


「ちょっとモナク。これ、邪魔なんだけど?」

「俺の戦陣はな、マナと魔力、両方吸収できるんだよ。」

「そんなの関係無い……あぁ、なるほど。」


 アルスィアは左に握った妖刀を右に放る。その後、己の影からもう一本妖刀を抜き放ち、左から来る風の刃を切り裂いた。

 左右から風の刃を吹かせたマモンは、目の前の戦陣から奪っていく。


「拡散。」

「ちっ、ちまちまやってらんねぇか。」


 マモンが黒いオーラを膨れ上がらせて、辺り一帯を奪い始める。結晶に取り込んだエネルギーは、全てソルの魔力となる。魔力が満ちた魔力の結晶は、【強欲】にとって純粋な餌だ。


「そこまで広がれば見えねぇだろ。」


 ソルが「飛翔」で辺りの瓦礫を浮遊させる。黒いオーラに隠れながら、マモンに近づく瓦礫は、突然に発射された。


「がぐっ!?」


 瓦礫の質量に殴られたマモンは、魔法を維持できずに【強欲】が消えた。


「無様だね。【切望絶断(エルピスコーノ)】!」

「ちぃ、【具現結晶・防壁クリスタライズ・ウォール】!」


 地面から現れた結晶の壁が、駆け寄るアルスィアを上空へと跳ね上げた。体勢を整えて、マモンの後ろに着地するが、すぐにマモンの爪が迫る。

 その爪も【切望絶断】で切り捨てて、アルスィアは起こした暴風に身を任せて一度退く。


「これで爪は無くなっちゃったね? やっぱり無様じゃないか。」

「舐めてんのか、【流星群ディアトン・アステラス】!」

「まだ、そんな魔力が?」


 風に乗って瓦礫を盾にしていくアルスィア。あっという間に打ち砕かれ、平野が広がっていく。


「【天衣無縫・天球インヴァリアル・ホール】。」

「おっ、それいいね。」


 するりと潜り込んだアルスィアに、拒絶の魔人は顔をしかめる。前に殺されかけたのだから、当たり前だ。

 ソルは周囲に浮かぶ、八つの【反射する遊星】で星々を跳ね返していく。次から次へと降る星がそれを撃ち抜き、四方八方へと光が拡散する。

 ふと、ソルが拒絶の魔人の魔法へと飛び込む。敵意が無かったソルは、【天衣無縫】に拒まれない。


「馬鹿やろー! 固まってんなよ!」

「遅ぇんだよ! 【強欲(アプレースティア)】!」


 光の布が一瞬黒いオーラを阻み、徐々に呑まれる。その間に三人は距離を取り、【具現結晶・戦陣】は広がり続ける。


「二人で派手にかましてくれ。俺は【具現結晶】以外、魔法を使えない。力場じゃ、魔力は使うけどマナの効率が良すぎる。」

「持続型なのが仇になったね。いや、魔力を吸収しても意味が無い、マモンがおかしいだけかな?」

「探るな。マモンが乗り移れば、お前も討伐対象だからな?」

「だから乗っ取られないって。」


 アルスィアがぼやきながら妖刀を振る。その軌跡が真空をつくり、崩れることなくマモンに飛ぶ。

 速度と維持は魔力、しかし攻撃自体はその場にあった空気だ。ギリギリで奪えばダメージを追うマモンは、必然その場を動きながら魔法を展開した。


「……派手なら良いの?」

「派手なだけ、な。例えばこの都市一体、地形図から消し飛ばすくらい。」

「やらないし、やれない。魔界でも無いのに。」

「例えだよ。」

「ハッ! 出来んならやってみやがれ! 【一閃する星(シューティングスター)】!」


 戦陣の一角から放たれたエネルギーが、マモンの魔法と相討ち消える。その奥で拒絶の魔人が巨大な魔法陣を展開し始める。


「これは……貫通、消失……と、星? なんの魔法だ?」

「うげ、無い右腕が痛む気がする。」


 魔法の展開に全神経を費やす拒絶の魔人。ソルとアルスィアは、二人でマモンの猛攻を防ぐ。

 炎の顎門、風の刃、結晶の弾丸に影と星。多種多様な魔法を次々と同時展開するマモンに、【切望絶断】と【具現結晶】をフルに使用して互角。

 いや、反撃の隙が無く、マモンは戦陣に【強欲】を伸ばす辺り、負けている。


「ヒィーハハハ! 呑まれろ、【躊躇いの(アジテーション)


 過去の後悔より訪れる影は、その身を遥か彼方に伸ばして届かない。それほどの光量が、拒絶の魔人の背後の魔法陣から漏れる。

 強欲を展開しようにも、タイミングが間に合わない恐れがある。そう判断したマモンが翼を広げた瞬間、巨大な手に掴まれた様に止まる。


「【捕らえる力(ハイレイン・ズィナミ)】!」

「モナクスタロォォーー!」


 右目から魔力を噴き出させるソルの後ろで、拒絶の魔人が宣言する。


「我が右目を犠牲に、彼の者を裁け。【裁きの星ディエティス・アステール】!」


 一つの凶星が、光ったと感じた瞬間。マモンを貫いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ