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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
崩れ落ちる栄華 生まれる英雄譚
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第八十四話

 あれから数日が過ぎた。獣人達も八割の戦闘員が復帰し、王国騎士団も段々と連携を強めている。最初は獣人と共に戦う事に反対が多かった。

 しかし、大聖堂の崩落、先日の爆発事件と大司教の死の発覚。化け狐の被害を知り、僅かな戦力でもと言う声が増えたのだ。不安よりも脅威が勝った、という事だろう。


「どうだ? 調子は。」

「アジス殿、獣人とは隊列を組まないのですか?」

「魔獣に隊列を組むより、走り回った方が獣人には向いている。」

「鎧を来た人間に、追い付ける速度では無いので、班を分けたのですがね……囮にするのか、と獣人達から反対が。」

「だろうな。待っていてくれ。」


 この様に違いを少しずつ埋めていき、一つの軍として動かせるようにする。

 ちなみに上の例だと、アジスが「人間に助けてもらわねば死ぬ程度なら、外れて後ろで待っていろ」と言った事で解決した。獣人は負けず嫌いが多い。いや、負けず嫌いでないと生き残りにくい、が正しいか。

 一見、順調に進んではいた。しかし、数の力とは、常に一丸となれる訳では無い。その日、事態は動き出した。


「アジス様! ソルの結晶の周りに軍が!」

「何!? 騎士団と志願兵は皆ここに……マカ、どんな旗だった!」

「見たことが無かったです! 僕達の接してた軍じゃない!」


 慌ただしい声を聞き、騎士団長が駆けつける。


「どうしましたか?」

「……封じられた化け狐に、軍が集まっているそうだ。」

「何故!? まだ備品の準備も半端……いや、奴らか!」


 騎士団長がすぐに出撃の準備を始めた。アジスも獣人達に指令を出していく。ラダムが目覚めていない為、今の獣人のトップはアジスである。


「敵は?」

「恐らく手柄を急いた貴族の私兵です。いくら魔獣も見ない土地でも、あれの危険度位、分かれと言うのに……!」

「軍人でも無いのなら、その辺りの想像力も乏しいんだろう。強引に攻撃すれば、結晶も壊れるかもしれん。」

「分かっている! ……ふぅ、行きましょう。焦らずに。」

「うむ。」


 深く一呼吸し、騎士団長は騎士達を集める。すぐに動き出した騎士団を待たず、獣人達は走り出す。獣人は少しでも早く動き、本格的に止めるのは騎士達に任せる。今までで組み立てた役割である。

 組織は強力だが遅い。作戦もその場の勘に近く、規則だった部隊でも無い獣人の方が、動き出しが早いのだ。勿論、身体能力の差もある。


「アジス殿、頼みます。」

「遅くならない事を祈る。」


 弓には矢がいるし、大きな兵器は移動に手間取る。会話もそこそこに、彼等は成すべき事に急いだ。



 一方、既に経営者も避難した「旅人の宿場」。取引組、怪我人、意識不明の獣人達が、そこで休んでいる。その一角には、ソルとシラルーナも座っていた。

 二人にカローズが鉄棍を持って話しかける。既にアルスィアの【切望絶断】の影響は見られない。慣れと魔法の効果切れ、ここまでくれば戦闘も出来るだろう。


「よう、お前ら。何で食堂で座ってんだ?」

「皆ここにいるだろ? 何かあったときに、一ヶ所にいた方がいいかと思ってな。」

「そうなのか?」

「何があったか、分かりやすいだろ? 伝達が早くなるしさ。」


 ふと、ソルが怪訝な顔をして目を閉じる。何かあったかと顔を覗いたカローズに、ソルは紅くなった瞳を覗かせた。


「もっと早く分かったな。」

「何がだ?」

「もしかして魔獣が……?」

「いや、外からだな。物理的に壊されるのは、想定してないからな……結晶が割られるかも。」


 立ち上がりながら、部屋から飛ばした鞄を掴む。その中には結晶に包まれた大量の魔方陣。使い捨てで高価な爆弾達だ。

 どこに行くのか察したシラルーナが、すぐに自分の魔導書を取りに走る。今回は、僅かでも戦力が欲しい所だからだ。

 戦い慣れていなくても、魔術師の力は大きい。少し貴重な材料を使いすぎるのと、魔力の回復の遅さは難点だが。兵力としては貴重である。


「おい、待てよ。どこ行くんだ?」

「誰かさんが、魔獣にモーニングコールしてるんだよ。まだラダムも起きてないし、準備も万全でも無いだろうし、止めに行く。」

「なら俺も行かせろよ。どうせすぐに伝達が来るさ、俺が言っても問題無ぇよ。」

「勝手について来いよ、死ぬんじゃねぇぞ。」

「誰に言ってやがる、お前こそな。」


 ソルが外に出て「飛翔」を展開した頃には、シラルーナもレギンスに乗って走ってくる。裏からなので、窓から出たのだろう。


「あの馬、あんまり大きく無いけど。それでも、しがみついてるように見えるな。」

「それに置いてかれたら恥だぞっ、と。」


 高度を上げて、加速していくソル。それを追うように、追い風を受け続けるレギンスは、羽が生えた様に軽く走り抜けていく。


「はやっ!?」


 慌てて駆けだしたカローズも、道を通っていては置いていかれるのは理解した。身軽に建物に登り、その上を駆け抜ける。

 二人を置いて、ソルはすぐに大聖堂の跡地に着いた。眼下に広がるのは、移動式の小型の破城槌。既に何度か結晶に叩きつけられているのか、結晶には大きな罅が放射状に広がっていた。


「獣人達と揉めてるな。アジスかな?」


 ソルが破城槌の上に降り立てば、すぐに兵達が騒ぎだした。


「なんだ、お前は! 足で踏んで良いものでは無いぞ!」

「どこに立っている! 危ないだろうが、すぐに降りろ!」

「飛んできた!? 悪魔か?」


 その騒ぎに、すぐにアジスの視線もソルに向いた。


「結晶の! どうだ、直りそうか?」

「いや、下手に直すと魔力を奪われそうだ。とにかく、このまま出そう。全く準備が無いわけでも無いだろ?」

「そうだが……出すのか?」

「それなら、この結晶は戦陣に使えるしな。」


 ソルが結晶を軽く叩くと同時に、その足下が大きく揺れた。破城槌が使用されたのだ。

 足を滑らせたソルが、「飛翔」によって無事に着地する。


「危ないな?」

「部下が警告はしておったろう? 本当に死ぬなら逃げておれ。」

「だからって使うかよ、普通……」


 すぐに破城槌を結晶で固定し、これ以上に破壊される事を防ぐ。高価な衣装の男は、それに顔をしかめた。


「恩を売り付けて、この国での影響力がそんなに欲しいか? 余所者め。」

「そりゃお前だろ? 欲しいのは、これの命だけだ。」

「だが、この国に外の者が入り込む事になる。貸しは作らん、ケントロンを嘗めるなよ!」

「じゃあ俺と関係ないとこで自滅してくれ。城は壊せても化け物は殺せないだろ、これは。」


 ソルが破城槌を示すが、男はそうは思っていないようだ。すぐに兵に破城槌の結晶を壊すように命じた。

 剣を打ち付けても、ただただ弾かれるだけ。その間に、ソルは魔方陣をばら蒔いていく。


「アジス、騎士団は?」

「今、向かっている筈だ。」

「よし、時間が無いし爆発させるぞ。離れとけよ。」


 ソルが見るのは化け狐の九本の尾だ。罅からマナが流入したのだろう、【強欲】が発動している。その周りの結晶が、魔力を奪われて無くなっていく。


「すぐに退こう。そいつらはどうする?」

「警告はしたろ? 本当に死ぬなら逃げれば良い。」


 男の文句を真似しながら、ソルは化け狐を封じていた結晶を魔力に戻す。回収した魔力を用いて、広大な範囲に結晶の柱や壁が乱立させ、宙に結晶が固定される。

 床も武器も無いが、その【具現結晶・戦陣】はすぐに魔力とマナを吸収し始めた。


「化け狐だぁ!」

「逃げろ!」

「馬鹿者が! 今こそ討伐の機会だぞ!?」


 逃げ出した兵を追う男に、狐の尾が叩きつけられる。逃げ出した兵も、何人かは巻き込まれていった。


「だから逃げろって言ったのに……あぁ、気分悪ぃ。」


 次々と周囲を破壊し、鬱憤を晴らすように咆哮した化け狐。一歩踏み出した化け狐に、ソルが顔を向ける。


「吹き飛べ、野良狐。「暴発」。」


 結晶がとけ、魔方陣に魔力が流れ込む。魔方陣を走った魔力が、マナを暴走させて激しい爆発を起こす。一つでも人をバラバラにする威力、それが数百と化け狐の足にダメージを与える。

 結晶がなくなり、治癒を開始したばかりの足。そこへの爆撃に化け狐はたまらず転倒する。


「ほら、そこの遅れてるの! 鎧なんか捨てて走れ馬鹿!」


 すぐ側に結晶を撃ち込まれ、我に帰った兵士達が走り出す。それと入れ替わる様に、アジス達が駆け抜ける。

 すぐさま【具現結晶・加護】と結晶の爪を用意し、ソルは化け狐に向き直った。魔力と傷は回復しており、不安定だった【強欲】も安定しているのか、結晶をすぐに奪っていく。


「戦陣はあるだけ無駄か……回収。【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】。」


 魔力を極限まで増幅し、ソルが結晶を撃ち込む。巨大なそれと共に迫ったソルは、扱いきれないほどに有り余った魔力を、掌に集めていた。


「喰らえ、化け狐。【具現結晶・破裂クリスタライズ・バースト】!」


 魔力で作られた膨大な衝撃が、結晶化しつつ、威力を増しながら掌底から放たれる。化け狐の頭をうち据えたが、硬質な音を返すその眉間には、輝く黒い結晶。【具現結晶】である。


「……思い出したか? いや、表に出てきた、か。マモンの記憶が強くなってきたな。」


 しかし、貫く事は防ごうとも、ソルの一撃に化け狐の動きは硬直している。その隙を逃す獣人達ではなく、すぐにその毛皮に幾筋もの爪痕が走る事になった。

 浅くとも確かな手応えに、獣人達が勢い付く。その爪を次々と刺し込んでいく。


「結晶の! 何か策はあるか!?」

「無い、そっちに合わせる! 元々、力押し派なんだよ、俺は!」


 足下に集まる獣人達が、巨大な前足に薙ぎ払われる。加護によって大怪我とはいかないが、それでも大きなダメージでは、すぐに動くとはいかない。

 ケントロン騎士団が来るまで持つか、不安を覚えたアジスがソルに叫ぶ。ここまで早い遭遇になるとは考えていなかった為、アジスも少し焦りがある。


「もう一度穴に落とすか?」

「今ので崩れたよ。罠とかは、もうないな。」


 先程の大量の爆発は、化け狐にダメージを与えると同時に、辺りを緩い盆地に変えた。一から罠を作るには、化け狐は素早すぎる。

 最初の先制から立ち直った化け狐が、その四肢で踏みしめ彼等を睨む。黒いオーラを纏う尾が、空を包んで彼等に迫った。

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