第八十三話
「第一隊、集合しました!」
「第二隊、同じく!」
次々と終結するのは、訓練、休憩、情報交換等に勤しんでいた騎士たち。それは、王国の一角で星が堕ちて数刻の事である。
調査の許可をもぎ取るのに少し時間を要してしまったが、そこからの動きは迅速だった。
「よろしい! 事態は一刻を争う。すぐに出るぞ!」
騎士団長の采配の下、騎士団の約半数もの人数が、城下へと繰り出した。強欲の魔獣が動き出す時も分からない以上、城の守りがここまで薄くなるのは異例だ。
彼等が現場につく頃には、許可も確認も要らない獣人達が、既にかなり集まっていた。その中に知人を見た騎士団長が駆け寄る。
「アジス殿、状況は?」
「それがさっぱりだ。瓦礫の下からは、僅かな食料と死体しか出てこない。この血の臭いで、鼻も効かない。」
「爆発の原因は不明ですか……」
「……遭遇した、あの魔人かもしれんな。」
アジスが持っているのは焼け焦げたナニカ。その異臭に騎士団長は顔をしかめた。
「それは?」
「この中でも形が残っているが、灼けた腕だ。骨の形状から、恐らく右腕。僅かにへばりついているこの黒い布は、恐らく外套の破片だろう。」
「……腕、ですか。」
警護が主な仕事の王国騎士団は、あまり死体を見慣れていない。少し顔も青くなる。
アジスはそれを察して、炭のような物を下げた。
「希望的に見れば、奴の自爆だが……最悪、奴を殺した化け物がいるな。」
「その奴とは、どれ程なのか、聞いても?」
「ボスを刺した者だな。」
「……噂では、原罪の魔獣を下したと聞いたが?」
「それでも、刺された。」
あまりにも無力。その化け物が出ないことを祈り、強欲の魔獣に相対するしか、彼等に術はなかった。
「……ルー、ソルー、起きてるかー?」
「……寝てる。」
「いや、起きてんじゃん。」
マカが扉を開き、部屋に入ってきた。その胴にはまだ包帯が巻かれており、その下に薬があるのが臭いで分かる。
「……寝起きに臭ぇ思いさせんなよ。」
「そう言うなって、僕の方が臭いわ。」
「まぁゼロ距離だしな。んで? どうした?」
ソルが起き上がりマカに向き直る。マカも椅子を引き寄せて傍に座った。
「それがさ、今起きたんだけど誰もいないんだよな。」
「ベルゴもか? あいつ絶対寝てると思うんだけど。」
「いや、居ないな。部屋に鍵なんてかかってたし。」
「部屋取ってる意味あんのかな、あいつ。」
寝るか、何処かに行っているか。ベルゴの行動パターンが、段々とソルの中でも確立されている。
「でも、誰も居ない事は無いだろ?」
「いや、獣人の皆ならともかくさ、シラルーナちゃんすら居ないんだよ。」
「なんだ、それ。起きてるの全員か?」
ソルが立ち上がり、窓を開けて外を見る。馬を確認したのだ。
旅人達の馬は軒並みいなくなり、レギンスだけが呑気に草を食んでいた。
「……あいつの神経、図太いな。」
「おぉ、お前の馬はいるのな。」
「んー、こうなると避難が進んだのかもな。」
「人間はなぁ。でも獣人とシラルーナちゃんは?」
「見送りとか、軍部との訓練とか? ……いや、氏族長の周りに一人もいないってのは、おかしいな。」
「僕だけじゃぁね……自分で言ってて悲しい。」
勝手に落ち込んだマカをスルーして、ソルは廊下に出る。人の気配も無い、静かな廊下だ。
隅々まで清掃されているのが良く見える。
「あれは? あの外套のチビッ子。」
「お前が拒絶の魔人って読んでた奴? 見てないけど。」
マカも続いて、部屋から顔を覗かせる。とりあえず誰かいるだろうと食堂に向かう。受付や玄関も兼ねているので、人がいる可能性は一番高い。
しかし、そこにも人の気配は無い。ソルを見つければ突撃してくるオディンも、そこには居ないようだ。
「宿さえ開けてって……いや、原罪の魔獣なら妥当か?」
「それを殺したのが二人、この宿に居るけどねぇ……」
「あの化け狐、もはや別物だけどな。」
ソルがぼやきながら外に踏み出す。上からの日が強く照り、ソルは目を細めた。
何度見ても、外の黒が一つも無い景色に、ソルは振り向かずに尋ねた。
「なぁ、マカ。お前さ、氏族長はどうした?」
「まだ寝てるよ。流石に起こせなくてさ。」
「そっか、じゃあな。」
ソルが振り向き、【具現結晶・破裂】でマカを打ち抜く。途端に、それは黒く散り辺りに影が戻る。
割れた空間の裂け目に入りながら、ソルは目の前に吐き捨てる。
「幻覚ってのは、いちいち影を集めるもんなのか?」
「あ~あ、残念。もう起きたんだ?」
そこはソルの部屋。目の前に座っていたのはアルスィアだ。扉の外からも、ちゃんと人の声は聞こえる。
「なんでバレたかなぁ?」
「マカが氏族長の部屋に、勝手に入るわけないだろ。入ったなら真っ先に言うわ。」
「知らなかったねぇ。」
「知ろうとしなかった、だろ。」
ソルが目を紅くしながら立ち上がれば、アルスィアは左腕を上げて留める。
「待った待った、僕にその気は無いって。」
「だろうな、片腕。」
「モナク、君って荒っぽくなったよね。」
「お前は随分と、加虐性欲者じみたよな。」
「やっぱりバレてる?」
「嗜虐を取り込んだ事ならな。殺りあった奴は流石に忘れねぇよ。」
「一方的に殺った奴なら忘れるのにね。」
アルスィアが真新しい外套から取り出した物を、ソルに向けて放る。
それをソルは掴み、少し驚く。
「なんだよ、これ?」
「宝石だよ。見覚えあるだろ?」
「強い触媒にはなるが……これ、マモンを入れてた宝石か?」
「拾って来た。そこでね、少し相談があるんだけど?」
「内容によるな。」
……ソルは頷いた。
夕刻になって、アジスが宿に戻ってくる。食堂に集まっていた獣人達が、あっという間に、彼に続いて入ってきた仲間を取り囲んだ。
「アジス様、ご苦労様でした。ボスはまだ、目が覚めてません……」
ライがアジスに報告すれば、アジスは目を瞑り頷いた。
「仕方がない。今回はボスが起きずとも、討伐に乗り出さねばな。」
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、と思いたいがな。」
王国騎士団、獣人の部隊。更に魔術師二人が加わっても、どうにか。確実には言えない。もっともソルは魔術師よりは、魔法使いと呼ぶべきだが。
「とにかく今は備えねばな。幸い、何度も軍部に顔を出したお陰で、互いに出来る事出来ない事は、大まかに把握している。」
「では、どうしますか?」
「我等の手では武器も使えない……休む他無いだろうな。今のままでは、戦える者も二十と居ないだろう。」
「そうですね……」
結果的には出来ることは無い、という事だ。例え休めても、足が鈍ったライには、討伐に参加も出来ない。
「これから怪我人も増えるだろう。後方で仲間を看ている者がいれば、安心できる。そう肩を落とすなよ。」
「は、はいっ! 大丈夫です!」
跳ねるような勢いで敬礼を返すライに、アジスは苦笑を溢しながら奥に向かった。自室で休むのだろう。
そんなアジスとライの会話に、聞き耳を立てていた人物が二人。
「……結局さ、何してきたか聞いてねぇんだけど。」
「僕も知らないよ。ソルが聞いて来いよ。」
「嫌だよ、いかにも終わりましたって雰囲気だろうが。」
「ライが聞くと思ったのになぁ。怪我人には辛い空間なんだよ、あっち。」
「話始めたら、そのまま宴会じみた騒ぎするからだろ。何で?」
「さぁ? 気付いたら。」
マカとソルが、食堂に入ろうにも面倒だと躊躇っていると、後ろから声がかかり二人は肩を跳ねさせる。
「マカさんも、ソルさんも、何をしてるんですか?」
「びっ、くりしたぁ、シーナか……」
「何って訳でも無いよ? 僕達、今起きた所だしさ。状況が分かんなくて……入っても疲れそうだし……」
「でも盗み聞きは……」
「そんじゃ、シーナに直接聞くよ。」
ソルが自室に戻りながら、手招きする。マカは肩をすくめながら、シラルーナは少し膨れながら部屋に入った。
三人で向かい合う様に座る。ソルがベッドに、二人が椅子を持ってきて座った。
「化け狐はまだ封じられてるよな?」
「それは問題ないです。ただ、離れた場所で爆発があったみたいで……」
「爆発?」
「一帯が焼けてバラバラに。私は近づいたら気分が悪くなっちゃったんですけど……かなり酷かったみたいです。」
「……あぁ、納得。でも、やった奴が生きてたら不味いな、それ。」
ソルが結晶を浮かせながら呟き、シラルーナに結晶が渡された。マカにも飛び、それをキャッチしたマカが不思議そうに尋ねる。
「何これ?」
「もし、白っぽい金髪の悪魔がいたら、それを割ってくれ。そしたらそこに行くから。」
「なんだ、それ。でも悪魔って狂信者から服貰ってたろ、頭隠せる奴。」
「あの外套、魔人用だから。悪魔が正体隠すなら、薄い魔力体で動くから、服は使わねぇよ。」
「へぇ~、初めて知った。」
マカが結晶を弄びながら、ソルの話を聞く。シラルーナはそれを無くさぬ様にローブに仕舞った。
「まぁ、今脅威があるわけでも無いし。とりあえず、僕達からは放置でって事かな?」
「だろうな。アジスもそう言ってたし。」
「ソルさんなら、なんとかしてくれますよね? 私も、頑張りますから。」
「なんとかしたいけどな……マモンがどうなってるか、それ次第だな。」
ソルがベッドに寝転がり、大きく溜め息を吐く。化け狐の中に居るマモンは、今どこまで戻っているのか。もし、核が形成されたなら、完全になったソルの魔法も通用しないだろう。
原罪の名を冠するとは、そういう事だ。総ての悪感情が生まれる源、つまりは総ての悪魔の元。傲慢、憤怒、暴食、怠惰、嫉妬、色欲、強欲の七体は、まさに災害に等しい。
「でも一回倒したんだろ?」
「一人でって感じでも無いし、あの時は核もない残滓だったし。顕現しとくだけで、かなり大変だった筈だ。」
「今は……? あの魔獣の体が核、ですか?」
「変わりにしては大雑把だけど、多分な。だから状態次第。時間をかけて有利になるのは、此方だけでも無いって事だな。」
結晶を創ったり飛ばしたりと、操作感覚を確認し始めたソル。二人も、自分にも何か準備出来ることは無いかと、思案し始めた。
化け狐の入った結晶は、夕日に照らされて輝いていた。