第四話
三人が揃って顔を合わせる初の機会は、随分と混乱から始まったが、食事と相成った。
「い、いただ」
「「旨いっ!?」」
まだ若干申し訳なさを感じていたシラルーナが、渋々椅子に座り「いただきます」と言おうとした時、ソルとマギアレクの二人が同時に叫び、彼女は驚いて肩を跳ねさせた。
「あぁ、すまんのう。久しぶりのまともな食事じゃったもんでな。」
「これ、牛乳がはいってんのか? すげぇな。」
考え付きもしなかった、と頷くソルに今までの食生活を尋ねたい気もするが、その場にあったもので簡単に作った物をここまで喜んでもらえて、申し訳ないやら嬉しいやらで恥ずかしくなってしまった。
泣いて、怯えて、申し訳無くなって、恥ずかしくなって。随分と忙しい朝である。彼女には、昨日まで考えられなかった事だった。
「ソル。お前、もう台所立たんでええぞ。むしろ立つな。」
「言われなくてもそうするよ。これを知ったら俺のなんて料理以外のなにかだ。」
「という訳で、もし嫌でなければ毎日の料理当番、やってくれんかのう?」
「私が、ですか?」
「うむ。」
困惑するように聞き返すシラルーナに、深く頷いてマギアレクが返す。どれ程食べたいのかと聞き返したくなる勢いだったが、ソルも頷いておりシラルーナは困惑しているため、それは突っ込まれなかった。
「あの、私は貴方に買われたのですよね?」
「うむ、そうなるのぅ」
「私は、その……半獣人で白い忌み子なんですけど。」
「うむ、知っておる。」
「えっ?俺知らな」
「知っておる。」
ソルが口を挟みかけたが、マギアレクが促す様に畳み掛ける。シラルーナは少し迷った後に続けた。
「あの……私の身体を使うために買ったのでは?」
「いや、そんな事は……髪と血は少しくれんか?」
「台無しだよ、じいちゃん。」
否定仕掛けたマギアレクがポロっと本音をこぼし、空気が一気に緩んだ。そのお陰で少し肩の力が抜けたシラルーナが、質問する。
「その、思っていたのと違うので、私に求められた役割を教えてほしいです。まず、私は生かされるのですか?」
「無論じゃな。料理係の問題を解決出来るのは大きい。」
「……最初っから面倒見る気だった癖に。」
ソルが呟いたが、マギアレクがシチューを啜った事で周りに聞こえはしなかった。知らん顔をしたマギアレクが口を開く。
「それと、お主は基本的にそこのソルと同じように弟子として見ていくつもりじゃ。お主の責任と安全は儂の物、ということじゃな。」
「……なら、私は生きて、ここにいても?」
「そう言っておる。」
「雑用はやらされるけどな。」
余計な口を挟むソルに拳骨が落ちた。不満のこもった目でマギアレクを見上げるソルを無視し、彼は説明を続けた。
「故に、儂は責任を取れる範囲の行動をするようにお主を教育するし、安全にいられるように厳しく教えていくつもりじゃ。嫌ならば、只の料理係として雇用関係じゃな。それならば儂に監督責任はない。」
「嫌じゃないですっ。あのっ、よろしくお願いしっ!」
椅子から立ち上がったシラルーナが勢い良く頭を下げる。ゴンっと鈍い音がしてシラルーナが床にへたりこんだ。ソルが氷を取りに行く。
「……まずは、家具を小さめに直していくかの。儂に合わせておるからな。」
マギアレクは老人ではあっても、決して小さくない体躯だ。ソルならばまだしも、子供であることを考えても小柄であるシラルーナには使いにくいことこの上ないだろう。
安心したのと、恥ずかしいのと、痛いのと。真っ赤な顔に少し涙を浮かべたシラルーナはソルに氷を宛がわれながら、しばらく顔を上げられなかった。
食事を終えた三人が塔の一階部分、広間のような場所に出る。一応、この塔をシラルーナに案内しようとなったのだ。
「ここが、主に大きな作業をしたりする場所じゃな。なんもない場所で都合がいいんじゃよ。」
確かに入り口と台所へと続く扉、階段以外に無い。台所は食事もできるようにそこそこ広いが、塔からはみ出ているため一階を狭くしている事はない。
次にマギアレクは入り口の両開きの扉を開ける。
「そして外に地下室と馬屋じゃな。地下室は食料なんかを積めておる。」
「台所に近いから、上にあるよりいいんだ。それに、暑くなりにくいから保存もいいんだぜ。」
簡単にその場所を指し示し、マギアレクが扉を閉めた。その足で階段へと登っていく。
二階は外周が廊下となっており、塔の中心に部屋が二つに別れてある。それぞれも繋がっているため、行き来はかなり自由だ。一階への階段で廊下を一周は出来ないが。
「ここが二階じゃな。片方が本をしまってある。もう片方が素材置き場じゃ。使うのは上の研究室になるから、ちと遠いがの。」
半円状の部屋の間に三階への階段がある。廊下から中心へ向かって伸びているそれを登り三階へ進む。
「ここに各自の部屋と研究室がある。部屋は四つしか無いからギリギリ足りた、といったところかの。手前から右に儂の部屋、研究室。左にソルの部屋、お主の部屋じゃな。昨晩お主が寝ておったところじゃ。」
「家具なんかは今から揃えていくといいよ。ベッド以外は物置として使ってた頃の名残しかないからさ。」
「分かりました。」
「必要な物があれば言うてみい、買ってくるぞ。」
「はい。」
塔の中心を通る真っ直ぐな廊下の先は、昨晩シラルーナも通った階段になる。そこを上った四階は外周が廊下として一周回れるのだ。そして、中央の部屋には壁に沿った吹き抜けの螺旋階段。
「ここを登っていくぞ。それで最後じゃ。」
「四階の廊下はたまに窓からじいちゃんが飛び込んでくるから気を付けろよ。多分、塔の上から飛び降りてくんだ。」
「えっと? それはどういう状態なの……ですか?」
「馴れないなら敬語じゃ無くていいよ?」
「いえ、大丈夫です。」
長い階段を登って行く間は、時折窓がある以外は何もない。暇な彼等は変な会話にまで発展していく。
「ところで、半獣人って本当? 耳とかあるの?」
「えっ、と。はい。そう、です。」
「へぁ~。本当にいるんだな。俺、獣人すら見たこと無くてさ~。」
「そうなんですか?」
「うん、ここに来る前はさ、魔界の森にいたんだよな。んで魔獣喰ったり、木の上で寝たりしてた。だから、実はじいちゃん以外の人間ってあんまし覚えてないんだよね。」
「そう、だったんだ……」
さらりと、とんでも無いことを言うソルにシラルーナは目を白黒させる。魔界にいたとは? 魔獣を食べたとは?
しかしそんな事は意にも介さずソルは更に喋る。
「だから珍しくってさ~。「白い忌み子」も髪の毛なんかはじいちゃんも良く手にいれてたけど、実際に見たのは初めてなんだよ。本当に真っ白なんだな。」
「う、ん。そうです。色が無い、本当に。」
「なんか綺麗だよな。」
「えっ? 綺麗?」
随分と的外れな事を言われたようなシラルーナは、なにか聞き逃したのかとソルに聞き返す。しかし、ソルの水色の目は純粋な興味しか浮かんでおらず、いまいち分からない。
「あっ、目は赤いんだ。俺の目も赤いんだぜ。結晶で確認したことあってさ。」
「えっと、水色だよ?」
「うん? そうなの?……なんでだろ?」
本気で分からないのか、首を曲げるソル。マギアレクを見上げるシラルーナに、老人は口の前に指を当てた。
「許してやってくれの、シラルーナよ。其奴は何故か気になったことはとことん調べようとしおってな。気を悪くせんでくれ。」
「十中八九、育ての親の影響だよ……シラルーナ、もしかしてさっきみたいに色々聞かれるの、嫌い? やめた方がいいかな。」
「ん、出来れば少し……」
「そっか、ごめん気付かなくて。」
本当に申し訳なさそうなソルに、むしろシラルーナが慌ててしまう。
「あのっ、そこまでじゃないですから。意地悪で聞いてきた訳じゃ無いならいいです。」
「そういうわけにも……ん~、なんかして欲しいこととかある?」
「本当に大丈夫ですから。」
結局、今度思い付いたらという事でマギアレクがまとめた頃に、階段が終わる。今までの階層とは違い、丸々階段なので分かりにくいが高さで言うと八階程度。そこは、壁が一面透明になっている部屋だった。
「ここが頂上じゃな。そこの梯子で屋根の上に出れるぞ。」
「眩しい……」
頭巾を深く被ったシラルーナにはあまり見えてはいないだろうが、そこから見下ろす森は絶景という他無い。どこまでも広がる木々は緑色に輝き、地上よりも近い空はより広く感じる。
もっとも、ここの役割は周囲の監視なのだが。
「シラルーナは日のあるうちは登らん方がよかったか。すまんのう。」
「いえ、頭巾もありますし目を閉じておけばそこまで眩しくないですから。」
「眩しいか? ここ。」
これ以上シラルーナの目を痛める必要は無いため、三人は下に降りていく。途中で飽きたソルとマギアレクが中央の吹き抜けから飛び降りて、抱えられたシラルーナが腰を抜かしてしまったがともかく無事に塔の案内は終わった。
「と、いうわけじゃな。さて、日も暮れてきたのう。早速、夕飯と行こうか!」
「そういえば、朝が遅くなったから昼食ってなかったな。腹へってやれねえや。」
「あっ、すぐに作ります!」
「材料運ぶよ。何使う?」
「何があるか見てみないと……」
「そりゃそうか。」
ソルと二人で外の地下室に行くシラルーナに、もう極端な怯えは見られないようだ。案内までされたお陰で先行きの不安が少しは解消されたからだろう。
(明日からは、魔術について教えていくかの。さて白い忌み子の彼女は、魔術を使うとどうなるんじゃろうな。)
未知への探求。久しぶりのそれがマギアレクを浮き足立たせていた。