第七十八話
「どうやってあんなものが?」
「大聖堂が破壊される等……」
「一体、何が持ち込まれればあんな化け物が生まれると言うのだ。」
「今回の責任は一体誰が……」
「いや、それより兵は何処が出す? 私は勿論出すぞ。」
責任、栄誉、損失、利益。様々な思惑が飛び交う中、扉が開かれ静寂に包まれる。窓はまだ割れたままだが、朝の会議室はその荘厳な雰囲気で彼を迎えた。
「どうした? 随分と頼もしく話し合っていたでは無いか。我にも聞かせて見よ。」
奥まで歩き、その椅子に座った者。ケントロンの王は皆を見渡して言葉を待つ。
「まぁ良い。では、今回の件、どのように解決するか……それを聞きたい。どこまで分かっている?」
「はっ! 現在、街の中の魔獣は一匹を残し全滅と思われます。残りも警戒しつつ確認中です。」
「残った魔獣ですが、今は大聖堂の跡地に……突如現れた謎の結晶の中に封じられています。すぐに活動することは無さそうでした。」
王の確認に、まず騎士団長が、ついで教祖が答える。遮られた形になった騎士団長に、王は先を促した。
「昨晩、獣人から協力を申し出る声がありました。魔界駆逐作戦の手始めに原罪の魔獣を、と。」
原罪の魔獣。その単語ににわかに会議室がざわめく。王国には魔獣を見たことも無い者も多い。あれが噂に聞く原罪の魔獣だとは、思わなかったのだ。
「ふむ……相手になるのか?」
「是非に陛下に勝利を……と言いたいですが、我が騎士団だけではなんとも。しかし、獣人の中には嫉妬の魔獣を殺した、ラダムという者が居ります。」
「どれだ?」
「隻眼の黒狼です。」
「あぁ、あの者か……勝てるか?」
「勝利以外に、道はありません。」
勝つ道理しか無いのか、勝たねば終わるのか。騎士団長の表情を見れば分かることだった。
「そのような危険な者に手を出すのか?」
「今動かぬなら、下手に手を出さぬ方が……」
消極的な意見に、騎士団長は頷く。
「私もそう言うでしょう。しかし、獣人達はあの結晶を知っているようで、数日間が限度だと。悪魔や魔獣を憎み、滅ぼさんと協定を結びに来た彼等が、この件に嘘を吐くとは思えません。軍人は勝負に正直です。」
「す、数日……」
あまりにも短い期間。王は「各自で対峙するに当たるように。この非常時、くれぐれも妨害に勤しむような、情けない者が出ぬことを望む。」と告げて部屋を出た。
残された者達は、様々だ。必死に案が出ないか頭を捻る者、逃げ出す準備を整える者、全てが終わった後の乗っ取りや成り上がりを目論む者。
その中でも異質なのは二人。すぐに会議室を後にした。
「おや? イエレアス卿、如何なされた?」
「騎士団長殿こそ。兵の志願はよろしいので?」
「既に済んでおりますので。イエレアス卿も数十人の救援を約束してくださいましたな。」
「屋敷を開けるわけにもいかず、その人数。情けない限りですが。」
「いえ、使命に燃える良き兵です。」
国の一大事にと、やる気のあった者を募り送ったのだから当たり前である。人数がいても士気を下げる者は、あれ相手ではむしろ邪魔。彼はそう考えており、その点は騎士団と一致していた。
「して、イエレアス卿は?」
「屋敷から離れた場所に、民を避難させております。我が領地も心配ですからね、私もそちらに、と。復興には支援物資が必要でしょう?」
安くしますよ、と続ける彼の言葉は、絶対に勝てると確信した物。そこにあるのは、計算か、信頼か。去り行く彼を見つめる騎士団長には、そこまでの事は理解が及ばず、部隊の編成に考えを切り替えた。
少し前に戻る。まだ朝日が昇る前に、「旅人の宿場」にソル達が帰って来た。
「おー、兄ちゃん生きてたか!」
「よぅ、オディン。へとへとだから通して?」
いつものコートは簡単にだが修復されており、新しくつけられたフードを被っている。色が同じ紫だが、布で拵えた付属品には防御力は無い。角を隠すものだ。右腕も長袖のコートに隠れている。
「ん? 兄ちゃん、指輪変わった? なんか、めり込んでねぇ?」
「気のせいだろ? てか寝かせて?」
あの後、人に見られてはいけないと慌てて簡易修復したコート。いつバレるか内心は焦っている。
「もー、寝てる奴ばっかりだな。おやすみ~。」
「あぁ、おやすみ。」
レギンスを馬屋に送ったシラルーナも、ソルについて行く。アジスは獣人達と共に、仲間の元に急いだ。人間側からの連絡、離脱した者の無事、ラダムの状況。聞くことは多い。
ソルとシラルーナが部屋に入り、扉を占める。誰もいないことを確かめ、一息つくと座り込んだ。
「はぁ、しんどい。」
「ソルさん、全然表情変えないんですもん。バレるかと……」
「シーナが変わりすぎなんだよ、いつも通りだって。」
ソルがコートを脱ぐと、袖の少ないシャツから出る右腕が目立つ。頭の結晶は、段々と慣れた光景になっていた。
「本当に……痛そうですね……」
「今は全然だよ。少し鈍いのは、アルスィアの魔法を強引に繋げた後遺症だな。段々と馴染んで来るとは思うけど。」
腕の所々が盛り上がり、結晶になっている。良く見れば腕の肉の断面が見えそうな痛々しい物だ。指輪も中指に一体化している。指輪と言うよりは直接、掘り込んだ模様の様だ。いや、硬いからには指輪なのだろうか。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって。ただ、右手はグローブとかあった方が良いな。」
「コート、サイズも直しますか?」
「いや、元々少し大きめだったし、問題ないだろ。」
「フードも大丈夫ですか?」
「あー、そっちはもう少し大きくても良いかも。」
獣人の取引に使われる素材や、街で買った裁縫道具で修復していく。その隣でソルは魔方陣を準備していく。
「そだ、シーナの本も寿命そろそろか? ついでに直しとくよ。」
「そうですね、お願いします。」
触媒を液体に加工して紙に塗り、蝋で固定しただけの物。時代が進めば違うかも知れないが、今の魔方陣は滲む、歪む、薄れるで三ヶ月持てば良い物である。
本格的に触媒を研究しなくてはいけないだろう。魔界が消えれば、上質な物は減っても加工方法で使いやすく、精密で、長持ちする物が出来る筈だ。
そんなことを考えながら、ソルは触媒を潰し、混ぜて加工していく。すぐに使えるように自分の分と、シラルーナの本に使用する分。作り終わる頃にはすっかり日が昇っていた。
「朝か……眠い。」
「私も少し……」
作業は終わってはいる。しかし、今寝ると朝食にありつけないだろう。
「そういえば、シーナ。最後の魔術、本当にシーナが……?」
「……ん? なんですか?」
「あぁ、いや。何でもない。寝よう……起きてから考えよう。」
朝食を食べるかと聞きに来たライが部屋を尋ねた時には、魔方陣を書いた紙に囲まれたソルと、彼のコートにくるまり暖まるシラルーナが眠っていた。
クスリと笑うと、二人を起こす事無く、そっと彼女は扉を閉めた。
「起こしてくれても良かったんだぞ?」
「いや、あんまりにも幸せそうに寝てたので、つい……」
昼に近づいて起きてきたソル達に、ライが炊き出しを持っていきながら謝る。ソルも怒っている訳ではないので、礼を言って受け取った。
「良く配れるだけの食料があったよな。」
「なんか、国教? の人達がいざって時に貯めてたとか。」
「あぁ、大聖堂の……良く回収出来たな?」
「流石にあの場所に保管はしてないと思いますよ……?」
宗教に一切縁が無かったソルは、大聖堂にそういう部屋があると考えたが、神聖な場所に俗世の物は溜め込まないだろう。
少なくともケントロン王国の国教では、欲を切り離すことを目的としているため、結構見た目重視の建物なんだそうだ。教祖と大司教の部屋がある以外、全て雰囲気造りのシンボルである。
「……意味あるのか? それ。」
「アジス様は集団心理がなんとかじゃないか、とか?」
「単語しか分かってねぇじゃん。」
端から興味が薄かったのか、その話題はすぐに終わった。
「それで、氏族長はどうなった?」
「まだ目は覚めませんけど……傷は癒えていますよ。シラちゃんと、肺から血が抜けたって確認しましたし。」
「それ、貧血になってないか……?」
「それはどうしようも無いので。起きてから食べてくれないと……」
「それもそうか。マカは?」
「さっき目が覚めてたみたいですよ? カローズが行ってましたけど。」
彼も食事にはありつけるようだ。ただ怪我人の相手に、カローズと言うのはどうなのだろうか。
「あれ? あいつも怪我したって言ってなかったか?」
「もう慣れたって。跳んだりは出来て無いけど。」
「……あぁ、アルスィアか。」
右腕を不動にされたソルは、すぐに察する。悪魔の頃は、絶望は数少ない話し相手でもあったからかも知れない。
「はぁ、三、か。多いなぁ今回は。」
「あのレベルとやりあってるのが、おかしいんだよねぇ。」
ため息をついたソルの頭に、ベルゴが顎を乗せる。ソルが跳ねて頭突きをかますと、ベルゴは地面で転がった。
「いきなり近寄るなよ、驚くから。」
「驚いて跳ねた訳ではないよね!? 狙ってたよねぇ!!」
酷いなぁ、と呟きながらベルゴは炊き出しの汁を啜る。
「よく落とさなかったな。」
「勿体無いだろ? それにもう一回貰いに行くのも、面倒じゃないか。」
「私、器返してくるね。」
ライがさっさと器を貰い、退散する。ベルゴの後ろから来ている人から逃げたのだ。魔人と知ってからは、かなり警戒している。
「……よく居座れたな。」
「拒まれる心が多くて良い。」
「そこだけ聞くとマゾみたいだぞ。」
「……なにそれ?」
「変態の一つ。」
ベルゴを指差しながらソルが言うと、ベルゴと拒絶の魔人から睨まれる。素知らぬ顔のソルに、拒絶の魔人が呟く。
「独り者。」
「お前より知人多いぞ。」
「……引きこもり。」
「国を越えたな。」
「…………嫌な奴。」
「ありがとよ。」
言い合う二人と、それを止めようとするシラルーナを見て、ベルゴは空にした器を置きながら笑った。
「これだけ平和に終われば良いけどねぇ……はいはい、ソル君? 大人げ無いよー。」
「「黙ってれば良いのに、変人。」」
「酷い……」