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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
戦禍の始まり
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第七十六話

 隠れ家に戻ったアルスィアが、奥の扉を開いて進む。そこには数日前に転がした兵士が生きていた。


「はぁ、やっぱりこの部屋が一番居心地がいいね。胸糞悪いけど。」


 体は活力に満ちて、本能がそれを求めて満たされる。しかし、人間と混ざった魔人には、感情や心の多様性が広がる。死体と腐臭、それに怯え、絶望して呻く声は、気分の良い物でも無かった。


「とはいえ、あのマモンは取り込めないし。バラバラにして、残滓に戻さないといけない。力は必要だよね。」


 ふと、心の奥で疼くものを感じる。目の前の兵士を踏みつけ、殺したい欲求にかられる。しかし、そこまでしては絶望は感じなくなった肉塊が残るのみ。第一、その感情に押し流されてやった結果は気分が悪い。この部屋の半分はそれである。

 残り半分は放って置きすぎて死んだ。アルスィアにとって、邪魔にしかならないものだ。


「さて、嗜虐も力をつけてるって事は……影、だよね。あの大聖堂かな? 偏屈な魔力が、影に近くて当てられたか……」


 何でも良いが、今は都合が良いと思い直し、アルスィアは立ち上がる。暇な間に死体を処理しておこうと考えたからだ。

 ここにいるだけでいいのだから、死体と生きている者をより分ける。死体は後で外に出す。少しは精神衛生に良い筈だ。


「やっぱり魔人なんて不安定に変わり無い……ん? これ、ここにあったか。」


 死体の下から出てきたのは、若干濡れているが少女の体。上の死体が溶け初めていたことを思い出し、アルスィアは顔をしかめて手を放す。

 床に落ちた少女は微動だにしない。しかし、腐敗が始まっていなかった。部屋は熱気も十分なのだが。


「まさか生きてんの? これ……全感覚を遮断してるから仮死状態、って奴なのかな? でもこんなに持つんだねぇ、人間って。」


 そのまま生きている者の山に投げようとして……アルスィアはふと思い止まる。


「これを運んでた少年。そういえばどうやって見つけたか、聞いて無かったな。隠してた訳でも無いけど、そこそこ遠くに運んだのに。」


 しかし、件の少年の姿は無い。逃げたのか、なんなのか。


「まっ、子供の移動範囲を舐めてただけかな。」


 アルスィアは少女を傍らに置き、その場に座り込む。傷が完全に癒えた訳ではないのに、少し動きすぎた。せめて後半日。昼間になってしまうが、あの獣の側は影だらけだろうから問題は無い。

 今の彼に出来ることは、この空間で少しでも回復を早めること。沸き上がる吐き気と満たされる感覚、そしてそれらに感じる嫌悪感に、アルスィアはゆっくりと沈んで行った。




「【具現結晶・貫通クリスタライズ・ピアース】!」


 戦陣の地面から、巨大な針が化け狐を貫く。しかし、咄嗟に跳んでいた化け狐の傷は浅く、致命傷とは言えない。黒い魔力が傷を覆い、すぐに癒えていく。


「はぁっ、やっぱり一気に畳み掛けないと駄目か。こんだけの魔力量、操作するだけでも骨が折れるってのに。」


 反撃に尾が【強欲】を纏いソルに振られる。魔人の動体視力を生かし、その間をすり抜けるソル。「飛翔」を何年も練習した機動力は、大振りな攻撃では捉えられない。

 だが、大きさというのは脅威だ。簡単な大振りにも、回避に行動の大半を費やされる。次の攻撃にも繋がりやすい【具現結晶・貫通】を、化け狐に破壊する時間が与えられた。


「回収……明日の昼まで持てば良い方かな。」


 空中に固定された結晶の一つに降り立ち、ソルは一息つく。化け狐がその結晶に向けて爪を振り、ソルが飛び出すと同時に砕け散る。

 戦陣の中を把握できるからこうして休めるが、回収する度にほんの僅かに戦陣は縮んでいる。吸収が間に合っていないのだ。なので、明日の昼。そこが魔力、体力、集中力の限界だろう。


「このまま飛び回りながら牽制して……何処かで留めるか。地下から出るのに苦労してたし、大穴でもあれば大怪我させて放り込めば……」


 多分、数週間の足止めが出来る。こちらが手を出さないと分かれば大人しく療養するだろう。魔獣の知恵なら暴れても、この中にはマモンも居る。


(後は大穴……は鍾乳洞を加工。怪我とか蓋とか……氏族長が出張ってくるのを期待するか。)


 一人でやるには、あの魔獣は足が速すぎる。明日の朝までには、獣人達なら数人は動く筈だ。嫉妬の魔獣とは段違いな強さを、魔力を奪う尾の一撃を回避しながら感じる。

 獣人達でも、足止めになるだろうか? ふと疑問に感じてしまう。最悪、鍾乳洞を整える方を任せる必要があるかもしれない。力場の特性に、【具現結晶】を持つソルの方が早いのは確かだが、適役とは言えないだろう。


「しかし、魔人ってのはここまでなのか? じり貧ではあるけど、原罪の残滓が入った魔獣相手に死ぬ気がしない。アルスィアとは昼に当たったのが、本当に幸運だったのかもな。絶望は影に紛れて初めて本領発揮するからな。」


 守りが無ければ一撃必殺の【切望絶断】。守れても防御は切り捨てられ、物理的な攻撃は丸々届く。周囲が影に包まれていれば、まず追い付かれ斬られる。

 今は慣れない風も、自在に使えれば水中か地中しか逃げ場が無くなる。二段構えの防御を許してくれるほどは、遅くない。


「光の奴と、拒絶と、アルスィア。それにこの化け狐、か。この国の軍隊とかにどうにか出来るか?」


 拒絶と強欲の魔獣ならば、なんとかなるかもしれない……いや、【強欲】がある以上、魔獣も無理か。悪魔も名持ちに近い実力を持ち、昼間でも続かなくては、アルスィアも論外。


「……ここを落とされたら、西に行っても「影の崩壊」を習得する所じゃ無いな。あぁ、くそ。中々儘ならないな、人生って奴は!」


 ソルから結晶へと狙いを変更しだした化け狐に、【具現結晶・貫通】で檻を創り閉じ込める。少しずつだが鍾乳洞を落とし穴として機能できる様に変えていく為だ。

 バレないように攻撃を加えながらなので、思う以上に捗らない。瓦礫をのけて足場を無くし、返しを着けて硬化させる。もっとも、まだ瓦礫の山さえ除けていないが。


「まぁ、当然俺を狙うよな。」


 化け狐だって隙を晒したい訳ではない。互いに互いを攻撃し続けるしか無い状況なのだ。

 傷が増えていく化け狐と、体力が減っていくソル。しかし、傷はすぐに癒えるが、体力も気力もそうそう回復しない。ソルは戦陣が狭まれば狭まる程、不利になっていく。



 いつまでそうしていたか、ソルには分からない。しかし、その時は来た。


「援護する、結晶の!」

「遅いっての、アジス!」


 即座に【具現結晶・加護】、【具現結晶・武装】が獣人達に纏われる。結晶の軽鎧と爪がいきなり現れて、獣人達に僅かに驚きが見える。

 化け狐がいきなり来た獲物に対し、その爪を振り下ろす。死神の鎌の様に落ちる爪を、アジスが強引に横に逸らす。


「無事か、アジス。」

「何とかな。逸らすだけで痺れてやれないとは……」

「あのデカブツ逸らすのが異常だよ。氏族長は?」

「ボスは怪我で来ることは無理だ。」

「アルスィアか?」


 頷きかけた二人に尾が落とされる。ソルが瓦礫を「飛翔」で引っ張ると、空中に固定して盾にする。


「のんびり話す暇は無いらしいな。」

「あの穴に落としたい。落とせば数日間は閉じ込めれるだろ、材料だけはあるからな。」

「了解した、引き付けろと言う事だな?」


 幸いに離脱を行う前提の獣人達は、速い者が多い。その数13名。四十三名の獣人達の戦闘員の、半分程である。

 倒せ、足止めしろならば不可能でも、気を引き続けるならば可能だ。


「アジス様、其奴は?」

「ボスと共に嫉妬の魔獣を崩落させた一人だ。」

「想像より、ちっこいな……」

「本当にコイツが?」

「なんか、ここ寒く無いか?」


 騒ぐ獣人達だったが、化け狐が体当たりをしかけた時には既に散開していた。


「疑問がある者は、後でのめされてこい。今は化け狐だ、離れすぎずに生き残れ!」

「「「はっ!」」」

「結晶の、迅速に頼むぞ。」

「半刻以内には終わらせるよ。」


 作業を考えれば早く、対峙する者を考えれば遅く感じる。アジスはすぐに走りだし、結晶の爪を化け狐に突き立てる。

 獲物から脅威を感じたのか、化け狐は周囲を囲む獣人達に狙いを定める。僅かに攻撃を重ねていく獣人達も、それが毛皮を貫き肉に届くのは百に一つ。

 化け狐は尾を自分の周りに覆うように広げ、【強欲】によって守りを固める。九本の尾が蠢き、その隙間を狙うソルや獣人の動きが少し限定された。


「でも、九本全部使ったのは間違いだったな。【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】。」


 瞬間的に強い力が与えられた結晶が、尾の隙間に向けて放たれる。尾が揺れてそれを防ごうとするが、ソルは大剣を投げつけて妨害した。


「一つ越えれば届くんだからな。」


 化け狐の体に深く突き刺さった結晶が、熱と魔力の吸収を開始する。最初に放った出血目当ての多連結晶より、遥かに大きく頑丈なそれは、深く根差されて取れることは無い。

 化け狐は尾によって結晶を吸収するが、最初から別れていたのだろう。体内に残った結晶があり、吸収が止まらない。


「さぁ、マモン。外に出れば戦陣が、中に籠ってりゃ依代ごと破壊してやる。」


 言葉を理解するほど、理性が残って無い化け狐がソルを向いたのは、結晶を最優先で排除する必要性を感じたからか。

 足を曲げ、大きく沈み込んだ化け狐。跳ぶ気だろう。それを見たが、ソルはその場を動かずにむしろ鍾乳洞の加工に専念する。


「後ろだ、やれ!」


 アジスが、畳まれて下に降りた踵を大きく裂いた。他の者も、力の強い獣人達が後ろ足に集中して斬る。

 急に力の伝わらなくなった足が、延びること無く沈む。痛みに吠える魔獣にソルが結晶を放ち、その柔らかい口内を蹂躙する。


「離脱!」

「助かったぜ、アジス。」

「回避すらしなかった様だが。」


 そう言うアジスも、全力で突き刺した腕は、離脱を遅くする。あのタイミングでの援護を期待していたのだろう。

 暫くの時間をかけて化け狐は足を治す。その間延々と恨みがましい目を向ける化け狐は、随分と視野が狭いらしい。降り立ったソルの後ろには、あまり意識を向けていないのが分かる。


「アジス、あの瓦礫の下に大穴が出来たぞ。次は、ケガを作り結晶を埋め込む。」

「了解した。上手く埋め込めよ?」

「そっちこそ、深く切れよ?」


 ソルも【具現結晶・武器】で大剣を創り出す。軽いそれは、振り回すのに向いているし、威力なら「飛翔」で押し込めば良い。

 何よりそのまま折れば内部に結晶が残る。魔力の減少に役立つ訳だ。


「さぁ、足の一本は貰おうか!」


 動くようになった足で踏み込み、突進してくる化け狐に、大剣を向けたソルが叫んだ。

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