第三話
「オオオォォォォン!」
遠吠えを響かせた魔獣が、上にいるソル達を睨む。
「そう熱烈な視線送んないでくれよ。【具現結晶・付与】。」
目を紅く輝かせるソルが窓から飛び降りる。
「追加注文だ、【具現結晶・武器】。」
落下しながらその手に結晶で創られた片刃の剣を作り出したソルが、その勢いのままに魔獣に斬りかかる。当然の事だが、黙って斬られるものでも無い。横に避けてそのまま噛みついてくる魔獣。
しかし、「飛翔」で加速したソルは既に地面についていた。人の耐えられない着地の衝撃も、物体の結びつきを強め、強度を変え無い範囲で破壊を防いでくれる魔法のおかげで支障ない。
「ぶった斬れろ!」
突き出し、がら空きになった首に向けて飛び込み、剣を振るう。子供にあったサイズの剣が喉を小さく裂き、そして赤い結晶が覆い尽くす。血を結晶化させたのだ。
「拡散!」
結晶化した血が勢い良く弾け、魔獣の首を飛ばす。それでも失われない闘争本能が、魔獣をソルに噛みつかせようと動かしている。
「……せめてもう休めよ。【具現結晶・貫通】。」
最後まで動き続けた魔獣の首を、地面からつき出された結晶の大針が貫き、沈黙させた。役目を終えた結晶が全て砕け、霧散する。透明な魔力に戻っていくキラキラとした乱反射が、弱い月明かりに照らし出される。
急いで塔から降りてきた少女にソルは水色の目を向ける。
「無事だったか? え〜と?」
「あっ、シラルーナ、です。私の名前。」
「そっか。それで、無事か?」
「はい。お陰さまで。」
美しい光景に目を奪われていた少女、シラルーナにソルが声をかけたことで我にかえる。
「その、ありがとうございます。助けてくれて。」
「お、おう。なんか改めて言われると少し照れるな。たまたま起きてただけだったからさ。」
目をそらし、頭をかくソルにシラルーナは深く頭を下げたまま。先に動き出したのはソルだった。
「取り敢えず、さ。もう寝ようぜ。まだ夜も深いし、じいちゃんだって寝てるしよ。」
「はい。そうですね。私も眠い、です。」
(凄く、綺麗だったな。私と同じ、色がない結晶。また、見せてくれるかな……あっ、名前、聞いて無い。)
その夜、シラルーナはしばらく眠ることが出来なかった。
朝日が新緑に輝く森を照らす。その中を大小の結晶が舞っている。それらは規則正しい動きでくるくると回り、霧散した。
「五匹か。そこそこおったのう。」
結晶を眺めていたマギアレクが馬に荷馬車を引かせる。死体の回収に向かう為である。
今朝、起きたマギアレクは無惨に切り取られた首が潰された魔獣の死体を発見し、すぐにソルに巡回に行かせた。朝になった為に潜伏しているものもおらず、すぐに見つかるだろうと馬を用意していたのは正解だったようだ。最も、潜伏なんて辛抱のいる行動を魔獣がとるかと言われれば、極めて低確率だが。
「しかし追跡までされるとはのう。本気では無いように思えるのは、何処かの悪魔の個人的な行動だからか、重要に思われとらんからか。どちらにせよ問題はないのう。」
しかし、悪魔が白い忌み子に対して並々なら無い執着は持っていると知れた。シラルーナはずいぶんと小柄な少女であり、あげく魔力を扱いにくい半獣人である。本来なら悪魔が欲しがる者ではない。
(こりゃ、近いうちにひと悶着あるかのう。)
有名でもなければ名を持つ悪魔でも負けはしない自信はある。しかし、それも一対一でなんとかといったところだ。少なからず準備は必要である。
例えば、ソルだけでなくシラルーナにも自衛の手段を教える、とか。幸い彼女は半分は人間である。魔力を体外に出せず、魔術が使えない純粋な獣人では無い。
(体術は知らんから助かったわい。最も、それでつらい思いをしてきたんじゃろうが。)
獣人の中には、人間を文句だけ一丁前の腰抜けの結果だと考える者もいる。半分人間である彼女は獣人の中にも馴染みにくかっただろう……悪魔に狙われる白い忌み子である時点で、悪魔と事を構えようと言う命知らずな酔狂者しか、彼女を受け入れる人もいないだろうが。
「おーい、じいちゃん。ちゃんと伝わった?」
「五匹じゃろう? 随分と魔力制御が上達したのう。」
「へへん、まぁね。毎日練習してるからさ。」
「しかし、頭を潰さずに殺せんのか?」
「それは……方法考えとく。あー、せめて力場系統以外の魔術使えりゃ楽なのに。」
「お主の魔力は無色じゃからな。魔力特性の壁が、のう。せめてもう少し器用ならな。」
「良いだろ、別に。練習中なんだって。」
こういう話も教えていかねばと、マギアレクはシラルーナの教育方針を考える。その間にソルは死体の回収を終えた。貴重な魔獣の標本である。マギアレクが回収に動かない筈が無かった。
「んじゃ、帰って飯にしようぜ。シラルーナもいるから薄めのスープでいいよな?」
「シラルーナ? 誰じゃ?」
「名前知らなかったのかよ、じいちゃん。昨日連れ帰ったろ。」
「あの子、シラルーナというのか。儂とは会話してくれんかったんじゃよ。怯えられたかの。」
悪魔と似た力、見知らぬ人間、柔らかくはない物腰。嫌われる原因は心当たりしかない。
「俺も最初、悲鳴あげられたけどね。」
「というかいつ聞いたんじゃ? いや、もしかして昨日の魔獣は……」
「うん、侵入してたから。そんときに、かな。」
納得したように頷いて歩きだすマギアレクにソルも付いていった。
魔獣の死体が荷馬車の上でコトコト揺れる。その死体を視界に収めたマギアレクが、ソルに言った。
「お主、先にその血を流さんか? これの処理は儂がやっとくからの。」
「う、了解。はぁ、じいちゃんみたいに遠くから倒せればなぁ。もう少し出力が出せれば、あのサイズの魔獣も倒せそうなんだけど。」
「魔力制御が下手なんじゃよ。魔力量は十分すぎる程あるんじゃから、もっと効率的に込めれば無駄が無い。まぁ、そのあたりは成長すれば自ずと身に付くわい。要は精神的なものじゃ。」
「もうガキでもねぇけど。」
「十二才の若造がなに言うとる。」
老人に言われては、まぁ若くないとは言いにくい。若干悔しさも覚えながらマギアレクに魔獣の処理は任せ、ソルは川に歩いていった。
ソルが帰ると、台所から湯気が登っている。漂ってくるいい匂いにソルは顔をしかめた。
(じいちゃんめ……じいちゃんが作るとめちゃくちゃなんだよな。台所も、食材も。)
別に自分が上手い訳ではない。むしろ、魔力制御のように精神的なコントロール以外の動作は器用でない事も知っているが、それでも言いたい。有り体に言ってじいちゃんの飯は不味い。こればかりはセンスの問題だろう。調合なんかは上手くやるのだから。
「ただいまー。全く、勝手に始めんなよな。勿体ない。」
「あっ、あの。ごめんなさい。勝手に使ってしまって……」
「へっ?」
ソルが顔をあげると、室内だと言うのに頭巾を被った小柄な少女が頭を下げていた。
一目でマギアレクで無いことは理解できる。となればこの塔にいるのは残り一人だ。昨晩、シラルーナと名乗った少女である。
「その……昨晩のお礼が出来ればと思って……ごめんなさい。」
「いや、こっちこそごめん! じいちゃんかと思ってさ! まさかシラルーナだとは思わなくて!」
「そうですよね。勝手に台所使うなんて、普通ダメですよね.……」
「いや、じいちゃん以外の人といんの本当に久しぶりだったからさ! そんだけ! な?」
とうとう泣き出してしまったシラルーナに、必死に説明するソルが、何でこんなことしてんだろうと思い始めた時だった。
「おー、ええ匂いじゃの。ソル、料理の仕方変えたか?」
「「っ!?」」
急に顔を覗かせたマギアレクの声に、二人が驚き一瞬停止する。
怯える様に泣いているシラルーナ。彼女と対面しているソル。二人を見るマギアレク。
小さな台所の入り口は一つであり、マギアレク以外は気まずいこの部屋から逃げることも敵わない。そしてマギアレクは周囲の気配をあまり気にしない。
「ソル、邪険にしてやるなと頼んだじゃろ?」
「いや、誤解だって!」
「その、私が悪くて……に泣いて困らせちゃって、あの……」
「いや、悪いのは間違えた俺なんだけど!」
「なんじゃ、やっぱりソルかの?」
「むしろあんただ!」
「儂!?」
「いえ、あの、その!」
混乱はそれから数分続いた。
「ハァッ、ハァッ。やめよう、不毛だ……」
「そうじゃな、お互い引くことにしよう……」
「あの、ごめんなさい……」
「「いや、むしろ有難い。」」
言い合いに疲れた三人がへばり、それぞれ椅子に……シラルーナは床に座り息をつく。
「あー、そっか。二つしか椅子無いわ。【具現結晶】。」
「お主、人智を超えた奇跡をそんな風に……」
「いいだろ、別に。」
ソルが目を紅く光らせ、結晶の椅子を創る。手の甲に魔法陣が輝き、消える。
「取り敢えず、シラルーナも椅子に、な。」
「えっ?あの……」
「うむ、そうじゃな。せっかく作って貰ったのじゃ。食わぬ手はない。」
口論の前に消していた火のお陰で、丁度食べ頃のシチューと市販のパン。
スープ(水と塩と具材)、パン(市販)、肉(焼いただけ)、サラダ(ちぎって盛っただけ)しか作れない二人がシチュー等と言う凝った物を喜ばない筈がない。なにせこの二人、なにかに熱中すると良く忘れるくせに食べるのは好きなのだ。
「あっ、それなら持って来ます。」
「それは俺がやるよ。食器の場所わかんないでしょ。」
食材は出してあった為に分かるだろうが、食器はしまってある。マギアレクもソルも、整頓は得意では無いため一目で分かりはしないだろう。
「おう、そうせい主犯。」
「そうするわ、原因。」
泣かせた主犯に偉そうに命じる原因に、料理の下手なマギアレクのせいであんな態度が出たんだと反論しつつ、ソルは手首に結晶を創る。魔方陣のデザインされたそれが光ると、台所の戸棚から食器が並ぶ。その間に鍋まで移動したソルがシチューを持ってきた。
「凄い……」
「なんじゃ、鍋はやらんのか?」
「重いからまだ無理。パンはできるぞ。」
こうして並んだ食卓を囲み、三人で最初の食事が始まった。