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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
戦禍の始まり
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第七十一話

 夕闇も近づく頃。喧騒が支配する大聖堂に、男が一人入ってくる。


「おぉ、教祖様!」

「どうなっているのですか? 街に魔獣が!」

「やはり、この街の外から来た者が?」


 次々と投げ掛けられる質問に、その初老の男は告げる。


「落ち着きなさい。原因など、些細なこと。彼等も私が若い頃には人間でした。」

「しかし、外に魔獣が! 悪魔も発見されたと!」

「お待ちなさい。今、貴方のするべき事はなんですか? 他者への叱責ですか?」

「それは……」

「助けましょう。同じ街の友を、未来ある若者を、そして共に肩を並べたいと言う彼等も。それこそが、悪魔を退ける尊い心と行いです。」


 僅かにその場の空気が変わる。混乱と叱責から、相談と行動へと。それは、この場の雰囲気と教祖の物腰、日頃からの信頼がもたらした物だ。


『ほう、大した者よな。悪魔の興味を無くしていく、悪くない判断ぞ。』

(実現不可能だと言うことに目を瞑ればな。どうにもあの方は人が善意で出来ていると考えているのか、信用しすぎる。)

『故に信頼されているのだろう? 美徳よな。』

(食い物にされて終わるだけよ。)

『しかりしかり。力無き正義もまた、偽善よな。』


 心底楽しそうに笑う思念に、やはり悪魔だと言うことを思い出される。おそらく、側近が悪魔と契約しているのを可笑しく思ったのだろうが。


(それで、悪魔は?)

『逃がしてしもうた、すまんな。しかし、あれは魔人ぞ。ほれ、会議の席に飛び込んだろう。』

(アイツか……結晶使いか?)

『それが分からん。特性の無い魔法を使いおった故な。』

(別の力か……知り合いか?)

『いや、知らん、あやつを知るのは少なかろう。孤立した者か、あまりに弱き者か、志願者か。魔人になる悪魔とはそれよな。』


 思案顔の大司教の元に、伝令が来る。


「大司教様、いまよろしいですか?」

「構わん。なんだ?」

「軍の方で薬を手配して欲しいと。かなり高価な物の為、大司教様にご確認を。」

「あの方はすぐに配るからな。用途は?」

「はっ、ラダムと言う獣人の治療だと。街中の戦闘によって深い傷を負ったらしく、判断は速急に頼むとの事です。」

「あやつかっ……!」


 外から見れば、命を救われた形。助けないと言うのも、おかしな話だろう。たとえ犠牲を増やしたくとも、今は堪えるべきだ。


「すぐに手配せよ、私の恩人だ。」

「はっ!」


 走り戻る伝令を眺め、大司教は呟く。


「街中、か。」

『主も思うか?我が戦ったあの魔人、獣人を殺さんかった様だな。』

(いや、むしろ戦ってないのやも知れん。)

『とすれば、烏共を追って……? 魔獣に何の用があったのやら。』


 ふと、偽善の驚愕が大司教に伝わり、気付かれぬように大聖堂を離れる。大司教が自室に着き鍵をかければ、偽善の悪魔が姿を表した。


「誠に面白いぞ、契約者殿。見よ、この結果を。」

「……五つあった点が、二つに?」

「いや、複数一ヶ所に固まっておるな。そして、こやつは一人よ。」

「ならば落とすか?」

「どのみち危険ではあるからな。主との契約、「王国に危機感を持ち込み、悪魔の進行に耐えうる国にする」。これを成すには悪魔に国を落とされても成らんからな。」


 偽善の悪魔が翼を広げて窓に立つ。周囲に人が居ないから良かったが、もしバレれば計画は台無しだ。


「気を付けろよ、正義。貴様に任せると言うことは、貴様に死なれては困るのだからな。」

「安心せい、計画は何としてでも完遂するわ。」


 やはり何処か違和感は拭えないが、その天使の如き翼をはためかせ、偽善は真っ直ぐに標的に飛びたった。




 薬品が塗り込まれ、包帯を幾重にも巻かれた獣人達が眠る。

 広い食堂は、今は机一つなくなっており、代わりにベッドが並んでいた。


「アジス様、少し休まれては?」

「いや、まだ魔獣は多い。減ってきてはいるが、王国騎士団の本業は軍隊での戦と守り、市街の戦闘は不慣れだろうからな。」


 森で狩りを生業とし、数々の魔獣の掃討が必要だった南の獣人とは違う。銃を練習してボクシングに挑むような物である。


「ですが、アジス様まで怪我をされては、誰も指揮が取れませんよ?」

「俺なら心配いらない。後二度は問題ない。」


 時間で区切り、戦闘を切り上げてここへ戻る。怪我人を預け、戦える者が戻る。既に幾度もそれを繰り返している彼等には、疲労が色濃く出ている。

 圧倒的人数不足。そこは王国騎士団に大きく劣る点だ。


「そうだぜ、ライ。アジス様なら何から何まで考えた後だろ。」

「それをアンタが言うと、説得力の欠片もないわね。」

「なんだと! 今朝、それでコテンパンにされたのは俺だ!」

「威張れないから!」


 ライがカローズを押し退ける。少し押されただけだが、つい先程歩けるようになったばかりカローズは簡単にこけた。なんとも情けない姿に、本人は顔をしかめる。


「とりあえず、お前はまだ待機だな。」

「だよなぁ……っくそ、あのスカシ野郎、絶対許さねぇ。」


 半日で歩けるまで慣れることが出来たカローズだったが、未だに物を持って歩いたり、走ったりは出来ない。暫くすれば元のようにうごけるだろうが……元が卓越していた分、その違和感は大きいのだろう。


「つーか、マカは目覚めねぇな?」

「結構深い傷ですから……魔法は無いようですけど。」


 なんとか立ち上がったカローズが、マカを覗き混む。胸の辺りをざっくりと斬られたマカに、シラルーナが包帯を変えながら答えた。

 ここは人も多く逃げてきている為、魔術の治療は無しだ。ここに来るまでに傷を塞ぐまではかけたので、直に目も覚めるだろう。


「問題はラダム様だよな……起きるのか?」

「肋骨二本、掠めるほどとはいえ、心臓に切り傷。肺も貫かれています。」

「本当に良く生きていると言えるな……シラルーナ嬢が居てくれて助かった。」


 魔術の治療は、応急措置だけを考えるなら人智を越えている。ソルもマギアレクもあまり得意では無かったが、魔術が将来広く使われるなら、治療系統はかなり需要があるだろう。

 特性に関係が無いのも大きい。ただ、本人の資質によって得手不得手はあるようだが。資料が三人でははっきりとは言えないが、思いやりや共感性に差があるか?


「魔獣、減ってきてはいるんですよね?」

「あぁ。それに王国騎士団もそろそろ出揃うだろう。大きな組織は強いが、動き出しが遅くなるからな……」

「あ? ……つまり急いで慣れねぇと鎮圧されるって事か!?」

「めでたい事だぞ、カローズ。そんな顔を他でするなよ。」


 いささかショックが滲む顔で叫ぶカローズを、アジスが嗜める。


「遅くとも明日が終わる頃には、問題無い筈だ。何事も起きなければな。」

「そうすれば、アジスさん達はどうするんですか?」

「一度帰るか、魔人の撃退に協力するか。それはボスの決めることだ。」

「あのスカシ野郎にケンカ売る方が良いぜ。」

「アンタに決定権無いでしょ。」

「俺なんかしたか?」


 先程からやけに強い当たりに、カローズが珍しく頭を捻る。ライは普段はこうでは無いのを知っている分、謎だったのだろうか。


「さて、それでは俺は出るとする。」

「アジス様、御武運を。」

「……あぁ、任せておけ。」


 ライがラダムの口癖を真似れば、少し表情を緩めたアジスが頷く。すぐに部隊を編成し、「旅人の宿場」から出ていった。


「帰ってきたら「ご苦労だった」って言うのか?」

「流石に不敬でしょ、言わないから。」

「「御苦労様でした」なら良いんじゃ無いですか?」

「……べ、別に無理して声かけなくても良いんじゃない?」


 シラルーナまで混ざってきた事に少し驚いたか、若干取り乱したライが反論する。辺りの空気に、若いなぁ~と言う感情が漂ったのは、当の本人達には一切伝わらなかった。




「【蛮勇なる影(バーブレス・スキアー)】。」

「【輝く光(ランポ・フォス)】。」


 影に潜む隠者さえ、偽善の【犠牲栄光(ティシオドクス)】の眼は欺けない。散々に逃げ、介入の薄い暗がりに落ち着いたアルスィアが、迎撃の一手を放った。

 全てを傷付ける影の波を、強い閃光が照らして打ち消す。それでも僅かに残った影を、【盾となる光】で防ぐ偽善。


「せっかくの日陰も、君みたいな強い光には意味無いね。」

「そうでもあるまい? あれを打ち消す光は、我の力を確実に消耗させておる故な。」

「そう? でも僕には君の底が見えないかな。【風の武装(アネモス・パノプリア)】。」

「ほう、風か。趣向を凝らすのは良き事よ。」

「言ってなよ、【切望絶断(エルピスコーノ)】!」


 素早く接近したアルスィアが、その場の妖刀を袈裟懸けに一閃。しかし、偽善はそれ以上の速度で離れていた。


「いくら風とて、光には追い付けぬ物。【矢となる光(ヴェロス・フォス)】!」


 光で創られた弓を引き絞り、アルスィアに向けて放つ偽善。それは空を裂くアルスィアの風よりも早く、間を駆け抜けアルスィアを貫く。


「かはっ……怪我人に酷いことをするね。」

「生憎と容赦出来る立場では無いのでな。」

「僕、君の邪魔になってなかったと思うけど? 同じ悪魔同士、協力って言う選択肢は無いわけ?」

「悪魔は元々、自己中心的な感情の象徴であろう? 自分の目的の為に他者を貶める事に、何の不思議がある?」

「……確かに。成る程、魔人になると随分と思考にノイズが増えるね。」

「感情、と言うのだろうな。まぁ、我の知る限りでは無い。」


 強引に会話を打ち切り、偽善の悪魔は次々と矢を射る。来ると構えていたアルスィアは、距離を取りながら影で飲み込む。


「ほう、光を飲むか。深き影よな。」

「名前も無いような奴に、負けるわけにもいかないよね。」

「名ならある、偽善と言う名がな。」

「それは人間の感情だろう? 君じゃ無い、君ですら無い。」

「しかり。それでもうぬを、正義の名の元に裁く事は出来よう。」

「嗤えるね。」

「故に偽善だ。」


 言い切った偽善の悪魔が、再び弓に矢をつがえ放つ。

 アルスィアの妖刀がその矢を切断し、風に後押しされた彼はそのまま偽善に斬りかかる。偽善は弓矢を捨てると、その手に盾を生み出す。


「甘いよ、【切望絶断(エルピスコーノ)】。」

「ぬっ? 盾が……」


 初めからそんなものは無かったように、アルスィアの妖刀は光の盾をあっさりと切り裂く。当然その軌道上にいた偽善も、だ。

 しかし、彼は悪魔。斬られた所はすぐに白い魔力が複製し、何事も無かったように佇んでいる。


「次は此方と行こうか、【槍となる光(ロンス・フォス)】。」


 構えた両手の中に、眩い閃光が走り槍となる。その槍を突き出し、払い、回す。その猛攻を、アルスィアは妖刀で受け止める。光と影、互いに魔法を唱える猶予も無いような速度で打ち合う。

 影で出来た妖刀と、光で出来た槍。打ち合う度に侵食し、徐々に互いの魔力を削る。


(僕とこいつ、どっちが魔力が上か……さっき消耗した僕の方が不利かな?)


 今は夕方、ラダムとは朝に、ソルを撃退したのは昼頃。未だに万全とは言い難い。

 一方の偽善は、朝ソルとやりあってから休んでいた。終始、彼が押しているのはそういうことだ。現に今も、段々とアルスィアが後退を迫られている。

 それは両者も分かっている事、アルスィアが近接が苦手だと悟った偽善は、このまま強引に押しきらんばかりに動く。そして、それが出来ると確信していた。

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