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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
戦禍の始まり
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第六十九話

「【鎖となる影(アルスィダ・スキアー)】。」

「鎖!?」


 崖の底に広がる影、そこと被ってしまったラダムの影。

 そこから溶け出てくる様に姿を表したのは、アルスィア本人と真っ黒な鎖。ラダムを縛り上げた鎖は、まるで金属の様な音を立ててピンと張る。


「止めだよ、狼さん。【蛮勇なる(バーブレス)

「「高圧弾」!」


 魔法が形を取るより早く、待機していたシラルーナの魔術がアルスィアを吹き飛ばす。不意をついた事もあり、よろけるアルスィア。その隙を逃さずにマカがアルスィアに爪を立てる。


「うぐっ、痛いなぁ。」


 元々咄嗟に発動した魔法だった鎖は、今の痛みで意識が逸れて影に戻る。解放されたラダムがその爪をアルスィアに叩きつける。

 妖刀で受け止めたアルスィアだったが、ラダムの巧みな爪捌きによって妖刀は宙を舞って消えた。


「いきます!」

「承知した!」


 すぐに新たな妖刀を創りラダムに反撃しようとするアルスィア。しかし、シラルーナの声を聞き後ろに跳んだラダムには届かない。代わりに、シラルーナの開いたページと同じ魔方陣が、彼女の後ろに大きく輝き出される。


「くそっ、【切望絶断(エルピスコーノ)】!」

「させねぇんだよ、くそったれ!」


 カローズが定まらない焦点の中、大量の石を投げつける。数打てば当たる。僅かな痛みしかない攻撃でも、魔法の発動を僅かに遅らせるには十分だった。


「「旋風鳥乱」!」


 数多の鳥。緑色の光を放つ、風で出来た鳥達がアルスィアに突撃する。

 妖刀を振り回し、いくつもの鳥を切り裂くアルスィア。魔術の術式や法則、そのものを斬られた鳥は霧散するだけだったが、他は違う。打ち落とし切れない鳥達がアルスィアに着弾しては、真空や高圧の風の刃を撒き散らす。


「がっ、ぐ……そっちの娘、何者だい? その頭巾を取れ!」

「お断りします! 「竜巻」!」


 強い突風が、渦を巻きながら空へと打ち上げる。宙を舞うアルスィアに、建物の壁を使い跳躍したラダムが迫る。風を纏ったラダムの動きは、もはや重力さえ凌駕した様だ。

 あっという間にアルスィアの元に迫ったラダムが、爪を開きアルスィアに振るう。刀で受け止めたアルスィアだったが、やけに少ない力に妖刀は大きく上へと延び上がった。


「……なにそれ。」

「フェイントと言うのだ、覚えておくと良い。」


 反対の腕がアルスィアの腹を貫く。着地したラダムの後ろに、アルスィアが大きく出血して落ちてきた。


「……流石、魔獣狩り。」

「やっぱすげぇな、ボス。」


 濃厚な血の臭いが辺りを漂い、二人がすぐに鼻を摘まんだ。


「どうした?お前ら。」

「狐も嗅覚は良いんだよ……」

「私、父は犬の獣人だったので……」

「まだ人の血の臭いは慣れていないか、気分が悪くなる前に離れるとしよう。」


 ややグロッキー気味な二人と、千鳥足のカローズをラダムは先導して移動する。襲い来る魔獣は、ラダムがあしらっている。


「一度、休んだ方が良さそうだな。宿に向かおう、アジスがいれば当分大丈夫な筈だ。」

「そうですね、この状態じゃ危ないですし。」

「俺、マトモに歩けねぇ……あっ、吐く。」

「おい、僕が背負ってるんだぞ!? 絶対に堪えろよ!」

「うぅ、無、理……」

「止めろぉ!」


 マカが騒ぐせいで、余計に揺れる背中。シラルーナも、流石に酔いはどうにも出来ない。そういえば、馬車で酔う人がいると聞いたが、こんな感じだろうか。

 少し距離を置いて歩くシラルーナが、ふと前にラダムがいないことに気づく。


「……ラダムさん?」

「ん、どしたの? シラルーナちゃん。」


 ふと、二人の鼻に異臭が届く。さっきまで漂っていた臭いと同じだが、ほんの僅かに違う臭い。


「残、念でした。魔人の、回復力を舐め、すぎたね。」


 その声に振り替えれば、胸から刀を生やしたラダムが、困惑した顔で立っていた。

 ただ無音。音の無くなった様な世界で、刀が後ろへ引き抜かれる。ラダムが崩れ落ちるのが、長く感じた。


「……っボス!」


 カローズを投げ出して、ラダムに駆け寄るマカ。しかし、それを待っていた様に妖刀の軌跡がマカを通る。


「流石に、死ぬかと思、たよ。結構苦し、い物だね。」

「ラダム、さん? マカさん?」

「良い絶、望だ。四人いれ、ばかなり、の物だろうな。」

「おい、白いの! 来るぞ!」


 カローズが押し退けた後を、影の鎖が通りすぎる。我に帰ったシラルーナが、すぐに本を捲り魔術を準備する。


「闘るの? 今は、きついん、だけど……」

「すぐに二人から離れてください。そうでないと……」

「ない、と?」

「魔術を上に放ちます。この昼中からソルさんや、獣人の一団と戦いたいですか?」

「うわ、君、モナクの関係者? それは、御免、かな。」

「では、離れてください。貴方を追うより二人の治療が優先です。」


 本当は、上に魔術を撃った所でソルが来るとは限らない。しかし、シラルーナのハッタリを嘘だと決めつけて動くには、今のアルスィアはいささか深手過ぎた。


「分かっ、たよ。はぁ、収穫無し、とはね。」

「早く行ってください。」


 よろける様に路地に入り、影に溶けたアルスィアを確認して、シラルーナは倒れた二人に駆け寄る。とても動ける出血ではないが、まだ命は助かるだろう。

 ほっとしたシラルーナが治療に取り掛かる。その直後、後ろから魔法陣が光った。


「【蛮勇なる(バーブレス)

「させると思うか?」


 路地の影が膨れ上がった時に、横合いからアジスが飛び掛かる。

 その後を大柄な獣人達が続き、アルスィアは更に奥へと逃げた。追撃はせず、影が途切れる辺りを注意深く警戒する彼等から、アジスが此方へと歩み寄る。


「竜巻が見えてな。何かあったかと……ラダム!」


 近づくことで状況を認識したアジスが、すぐに走りよりシラルーナに視線を向ける。


「状態は?」

「ラダムさんもマカさんも、命は助かります。いえ、助けて見せます。」

「あれ相手にハッタリかましたからな、この嬢ちゃん。度胸あるぜ。」

「お前に言われずとも知っている。」


 座り込んだカローズも、無傷では無いと判断したアジスは、すぐに立ち上がり叫ぶ。


「班を二つに分ける! 戦闘、及び救護を続けるものを七割。残りの者で彼等を安全な場所へ!」

「医療品が揃っている方が良いです。薬とか、包帯が。」

「うむ、持ってこさせよう。猫科の奴等は足が速いからな。」


 すぐに猫科の者が数名、譲って貰いに行った。最悪、怪我さえさせねば、脅してでも持ってくるだろう。


「俺はボスが目覚めたときに休めるよう、魔獣の間引きを続行する。それと、暗がりに警戒するように広めておこう。」

「分かりました、お願いします。」

「此方こそ、ボスとマカを頼む。ついでにその猿もな。」

「アジス様、俺のは慣れるしか無いらしいぜ。」

「なら慣れろ。満足に動ければ今度は間引きに来い。」

「よっしゃ! 俺の本領発揮だ!」


 立ち上がり、バランスが取れずに頭からコケるカローズを、少し冷めた目で見たアジス。再び、シラルーナに頼むと告げると、魔獣の蔓延る場所へと戻っていった。


「それでは、ボス。運ばせていただきます。」

「このガキもか?」

「おう、丁寧にな。」

「分かってるって。熊にも器用なのはいるんだよ。」


 護衛と、怪我人を担ぐ者。更に周囲の警戒をする者達。二十人に迫る大所帯で、彼等は移動していく。

 その間にも、シラルーナは治療の手を休める事は無かった。魔力が限界に近づいており、避難所の一つになっている「旅人の宿場」についた頃には、既に気絶する寸前だった。




 逃亡に成功したアルスィアは、裏路地を歩きつつ傷の回復に専念していた。魔人になることで悪魔の存在を維持していた魔力は、体の修復につぎ込まれる。

 大きな怪我をしない限り消耗しないのは魅力だが、肉体があることに慣れない内は大ケガになりやすい。物理に対して不用心でいた頃の感覚が残っているからだ。

 魔人の材料にされた人間は、心が壊れているか、社会から淘汰されたか、居なくても数人が騒ぐ程度の子供。強く残る経験や感覚はまず無い。


「まったく、暫く大人しくしてろってアスモデウスの言葉、もう少し真面目に聞くべきだったな……あれ? 腸って、こんなだっけ?」


 既に穴が塞がり始めている腹は、あと数時間もせずに完治するだろう。完璧な魔人は、同化が完全な為、体と意識も密接にリンクしている。それゆえ魔力を利用した自己治癒も、ソルよりも速いのだ。

 暫く影の中に溶け、道行く魔獣なんかを眺めていれば、とりあえず傷は塞がった。まだ痛むが、少し位の戦闘なら耐えられそうだ。


「さて、マモンの残滓を探しつつ、絶望感たっぷりの獲物でも……ん? なにあれ。」


 アルスィアが見上げた先にあるのは、二畳程度の結晶の檻。空中に固定されたそれには、大烏が何匹も攻撃を仕掛けている。


「う~わ、もしかしなくてもモナク……でも無いか。魔人になってからなんか乱暴みたいだし、絶対反撃するよね。」


 とすれば、彼が捕らえるような相手。今まで彼が糧にした人間や獣人から聞いた話を統合すれば……その相手は自ずと見えてきた。

 影に溶けたアルスィアは、壁を歩いて登り屋上に姿を表す。


「よっ、と。おーい、拒絶? 生きてるぅ~?」

「……アルスィア?」


 結晶の中から声は聞こえる。離れているのに、少し魔力を取られることを考えれば、触れている拒絶からは結構取っているだろう。

 もっとも、その魔力は大烏の削った結晶の修復に使われているが。あの脆さなら反射も付与しているのが分かる。アルスィアにその知識は無いが。


「出して上げようか? 一応、君の実験で僕は生きてる訳だし。」

「……お願い。」

「元から無口だけど、一層怠そうだね。抵抗すれば良いのに。」

「……する魔力も無限じゃないから、諦めた……あんまり抵抗すると、墜ちる。」

「あぁ、高いもんね、そこ……出さない方が良い?」

「出して。」


 即答する拒絶の魔人。着地の案はあるにはあるのかな、と考えるアルスィア。事実その通りである。


「……まぁ、そうだね。今から出して上げるよ。」

「お願い。」

「下がってなよ?【切望絶断(エルピスコーノ)】。」


 跳んだアルスィアが妖刀が一閃し、結晶を切り裂く。アルスィアは影に溶けて、そのまま地面まで、空中を歩いて移動した。

 術式を斬られた結晶は、術者も居ない今、なす術も無くその形を崩す。そして……拒絶の魔人は突風に押し出され、地上に落下した。

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