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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
戦禍の始まり
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第六十六話

 吹き荒れる風。轟く悲鳴。空を隠す様な黒い、黒い体躯。

 九本の尾が大地を割り、巨大な爪が空を裂く。


 目の前の悪夢が囁きかける。俺は誰のモノでも無いと、お前達こそが俺のモノだと。いや、それさえも幻聴か?


 全てが、影に覆われていく……何故、何故こうなった。ひたすらに自問し続ける……










「これで最後か……」

「獣風情が闊歩するからでは?」

「そういえば、噂に聞きました。同類を、獣人が手引きしたのではと……」

「まさか! 彼等は協定を結びに……」

「それさえが嘘かもしれませんぞ。」


 会議室に響くのは、獣人を責任者にする声ばかり。なんとも嘆かわしい事だろうか。誰もこの現状に対する意見は出していない。

 いや、出している者はここに集まっている者を、無駄だと捨て置いて動いているのだろう。


「失礼する。助力になればと思い、話を聞きたい。今、対応が間に合わないのは何処だろうか。」


 扉を開き入ってきたのは、最悪の人物だ。一部の者は、イタズラを見つかった子供のように怯える。一部の者は疑心、一部の者は敵視を向けた。しかし、もっとも多いのは、獲物を見つめる目だろう。

 入ってきた人物……ラダム殿は、それを鋭敏に察した様だ。潰れた右目さえもが、鋭い光を放っている錯覚を覚える。


「戦場でも無いのに、殺気だっている御様子。それは敵に向けるべきでは?」

「向けておるとも。かつて南の国々を崩壊に追いやった、怪物になぁ?」

「悪魔の事であれば、憎む心は同じ筈だ。しかし、今尚命を散らし、貴殿等の国を守る同胞に向けた物……ではあるまいな?」


 一人のバカが、ケンカを吹っ掛けているのが目に入る。今必要なのは終戦後の責任ではなく、僅かでも戦力になる者であると言うのに。

 裏切られようと、静観されようと、この勢いでは王国は滅ぶ。味方につけねば先が無いのに、未来に降りかかるかもしれん火の粉から、自らを守る事しか頭に無いのであろう。


「ならばどうする? 三十年前の様に、人を噛み殺すか?」

「その事と今回、関係性が御在りか?」

「信用ならん、と言っている。」

「三十年、移り住む事もなく、南にて魔獣を相手取っていた。それでも魔獣と同じと?」


 段々とかの御仁から、怒気が溢れてくる。あの男、妙に煽る。自分の護衛が厚いのは、死ぬのは御免だがケガでもして、獣人が犯人像として確定させる為か。そういえば、彼は周辺の警備に深く関わっていた。


「我等の地に不浄を持ち込むからだ。」

「素材の事ならば、先日納得された筈だ。求めたのはそちらだと。」

「貴様らが惑わしたのでは?」

「軍事国家だった我等に、王国を惑わせる技術等無いと。そう言ったのはそちらだ。」

「しかし、私では無い。」


 仕方がない。代償になって貰うつもりだったが、彼が来たのでは。獣人にはもう少し魔獣を間引いて貰わねばならんからな。

 僅かに開いていた扉を押し開け、その場に乱入させて貰う。


「貴族と言えど、少々口が過ぎると思われますな。」

「っ!? 司祭風情が何故ここにいる!」

「私にも爵位があるからだが? 親の物だがね。」


 それと、面倒だから訂正しないが、大司教であり一介の司祭では無い。


「彼は齢三十程だと聞く。貴殿は赤子に人が噛み殺せると御思いの様だな。実に滑稽。」

「いや、俺は同胞全ての代表だ。同胞の罪も、今この時は俺に責がある。」

「まぁ、それは今は関係の無いことでしょう。」

「そうか。ならば、魔獣の被害はどうなっているのか、お聞かせ願いたい。」


 ラダム殿が、私に聞くのは間違っている気もするが、話が早いのは確かだな。しかし、この男、真面目すぎて損をする奴だな。


(貴様と似ているぞ、正義。)

『共にするなよ? 主、あれは真っ直ぐだ。己の信念を曲げん男よな。決して代償や犠牲を良しとせんよ。』


 それを気に病む等悪魔らしく無いコレと、バケモノの癖にやけに甘いこの男が似ていると言ったのだが。

 思念で帰って来た返答は的外れだ。


「その情報を知り、どうするつもりか? 攻めやすい所でも狙うつもりか!」

「王都を落としたいなら、我等は東と西に集中して住めば良いだけ。そのような不義理はしない!」

「口で言うのは容易き事よ、それを証明し」


 男が口を開くが、それ以上言葉は出なかった。その首は宙を跳ね、カーペットに血の花を咲かせる。


「ま、魔獣だぁ!」

「逃げろぉ!」

「何でここまで来ている!警備は何をしているのだ!」


 それは、烏だからだろうとしか言えぬな。空を飛ぶ物を、どう防ぐと言うのか。人が多く高いここは、格好の餌食だろうな。


『主、すぐに逃げねば危ういぞ。ラダムとか言う獣、少々手強い。今は我が出るべきでは無かろう。』

(別に贄にしても構わんぞ? 魔獣の所為だと言い切れば、獣人と仲違いすることは無い。)

『いや、時間がかかるのが不味い。一人来ておる、ほれ来たぞ。』


 窓を見やれば、烏の大群しか見えぬ。後はあれだけ言われても、貴族共を庇い爪を振るう狼か。

 ……いや、何か光ったな。


「逃げんじゃねぇ! 【具現結晶・武器クリスタライズ・ウェポン】!」


 左手に握る結晶の大槌を、豪快に振り回す。黒と見間違う様な紫の髪に、赤いバンダナを着けた少年。そう、少年だ。


(悪魔ではないな。魔人とやらか?)

『いや、今の所生きている魔人は、試作品一人の筈だ……まさか、実験台が生きていたのか?』

(良く分からんが、想定外と言うことか。退くぞ正義。)

『だから我は偽善だと……あい分かった、行こうぞ。』


 魔獣狩りと獣人達に敬われる奴なら、魔人相手でも持つだろう。

 いつかは倒すべきだが、それは今ではない。私の逃走は盲目らしく酷いものだったが、人の波に合わせその場を離れるには、十分だった。




「ふぅ、片付いたか。」

「助太刀感謝する、ソル殿。」

「まぁ、魔獣相手なら危なく無いしな。下も混乱してたし、突撃しても大丈夫だったし。」


 言外に、悪魔も魔人も、危険なら極力避けると言うソル。ラダムなら無いとは思うが、自分を宛にした作戦を立てられても困るからだ。

 無論、ラダムには伝わったらしく、分かっている、と返された。


「……結構、死んだな。」

「うむ……弔う時間が無いのが悔やまれる。」

「そうか? なんか揉めてたみたいだけどな。」


 ソルが見ているのは兵士の死体。明らかに抜刀しており、しかもその刃には毒が塗られているのを、臭いで理解していた。獣人であるラダムにも、当然その臭いは分かっている筈だ。


「明らかに護衛って感じでは無いよな。暗殺者?」

「多分、俺の為の毒だろう……しかし、人死は悲しい物だと思う。どんな相手でもな。」

「……氏族長、本当に軍人向かないよな。」

「俺くらいでないと、人としての心が無くなる、とアジスは言っていたが……そうだな、向いていない事は向いていないだろうな。」


 そっと手を合わせていたラダムだったが、立ち上がるとその目は狩人の目をしている。終わった後で後悔をしている姿を見なければ、軍人として向いていないとは言えないな、とソルは思う。


「俺は同胞の元に急ぐ。空からも攻撃されるなら、混乱しているかもしれんからな。」

「も? 下にも来てるのか?」

「狐がな。マカが複雑な顔で報告に来ていたよ。」

「狐の魔獣と狐の獣人か……そりゃ少し複雑だろうな。」


 人間が魔人を殺す。この先そんな事があれば、きっと同じ気持ちになるだろうか。

 ……いや、人間同士の殺し合い結構多いな、とソルは余計な思考を振り払う。


「取り敢えず、ベルゴが死んでも面倒だし。大烏の掃討は任せてくれ。多分また討ち漏らすけど。」

「いや、ありがたい。しかし、空に飛んで来るのが、魔獣だけとは限らん。くれぐれも気を付けてな。」

「魔人は基本飛べないよ。そっちこそ、気を付けてな。」

「武運を祈る。」


 廊下がごった返しているからだろう。割れた窓から跳び降りたラダムは、そのまますごい速度で走り去る。

 聴覚なのか嗅覚なのか。とにかく迷いの無い足取りなので、仲間との合流もすぐだろう。


「さて、空に戻るかな。魔力が持てば良いけど。」


 あちこちに散った大烏達は、空へと戻って様子を見ているような動きをする奴もいる。少なからず、王国騎士団や獣人にやられたのだろう。

 ただ、魔獣にそんな知恵があるとも思えないので、別の理由かも知れないが。


「まぁ、考えて分からない事は放置でいいや。後で考えよう。」


 窓から空へと飛び上がるソルは、すぐに魔力を操りマナを手繰り寄せる。その動きに鋭敏に気付いた大烏が、ソル目掛けて矢のように突撃する。


「【具現結晶・防壁クリスタライズ・ウォール】。」


 空中に固定された結晶は、何匹もの大烏の突撃にびくともしない。大烏はそうでは無いようで、脳震盪でも起こしたのかふらついている。それでも落ちない辺り、流石に生物兵器といった所か。


「さて、広い屋外じゃ武器振り回してもなぁ。あんまり目立つとアルスィアに落とされそうだし……地道に撃つか。」


 近づく大烏の数だけ、宙に結晶が創り出され射出される。一定の範囲を決めて、そこから入った瞬間撃ち抜かれる。

 魔獣の頑強さからか、貫通はしない。しかし、刺さった結晶を破裂出来るソルには、むしろ好都合だった。


「空で俺に勝てると思うなよ。ただの魔獣なら嫌って程、経験してんだよ!」


 止めどなく放たれる結晶は、その全てが大烏に何らかのダメージを残していく。数秒に数十の烏が落ちていく。しかし、大烏の数は減っているように見えなかった。


「ちっ、多すぎる。こりゃ、いちいち撃ってたら魔力が持たないな……何処かのタイミングで、マナから回収しにいくしか無いか。」


 結晶を介してマナを吸収すれば、回収してソルの魔力を回復出来る。ただし、その変換も吸収も高効率とは言えず、戦闘中に行えば大きな隙になるだろう。

 ただ、問題は大烏の数。とてもではないが離脱は難しい。その上、ソルが離れれば自由になる事も考えれば、出来るだけ離れたくない。


「右腕さえ動けば……いや、言っても仕方ないか。」


 今まで腰に差していた剣も回収し、僅かでも魔力を戻す。再び消えない結晶の剣を創るのは、骨が折れる作業だが仕方無い。


「こうなりゃ大盤振る舞いだ、休むまでに派手に落としてやるよ。」


 ソルの周囲に一瞬、大量の魔法陣が浮かび、その全てから結晶が飛ぶ。王国の空に、血と黒い羽が舞い散った。

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