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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第四章 栄華の王国
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第六十五話

「……って事だな。だからベルゴってのから宝石を取り次第、すぐに出る準備はしといた方がいいよってさ。」

「分かりました。私の荷物はレギンスに積めるようにしておきますね。」

「出るとなったら、ソルさんの結晶で飛んで行けるだろうし……大丈夫よね?」

「ソルさんがなんとかしてくれますよ。」


 マカから説明を聞きながら、部屋の荷物を粗方纏めたシラルーナが頷く。あまりに厚い信頼に、羨ましいような、大変だろうなと思う様な、複雑な気持ちがライに込み上げてくる。


「シラちゃんの中で、ソルさん絶対的過ぎない?」

「今までソルさんが失敗したことは無いですから。きっと今回も大丈夫ですよ。」

「なるほど、ボスみたいなもんか!」

「ん? ん~そう、なの?」


 マカの自信満々な肯定に、ライも押し流される。

 シラルーナも荷物を整えた所で、取り敢えず朝食をとろうという話になった。


「じゃあ食堂に」

「それが皆、賭けをやってて……」

「何賭けてるの?」

「今夜の肉だって。」

「よし、参加しよう!」


 朝食もとれる、夕食が豪華になる。一石二鳥と判断したライが、食堂に移動する。

 若干、否定的な二人もそこまで強く反対する気も無いため、彼女に着いていく事にした。


「……誰も居なくない?」

「あれ? おかしいな。さっきまで居たんだけど……」


 三人が首を捻っていると、外から怒鳴り声が響く。何事かと思い、顔を出したマカの頬を掠め、壁に瓦礫がぶつかった。


「あっぶねぇ! 何何!?」

「どしたの? マカ。」


 すぐに引っ込んだマカを、何をしているのかとライが尋ねる。しかし、その答えはすぐにもたらされた。

 宿のガラスを破り、中に獣が放り込まれた。こんな街中に普通の獣は闊歩しない。魔獣である。


「何で王国に魔獣が!?」

「驚いてる場合じゃないですよ! 「鎌鼬」!」


 立ち上がろうとする魔獣は狐だろうか。首をはねられて、何本もある尾を逆立たせて死んだ魔獣を、少し複雑な顔で見る双子。


「あっ、すいません……」

「いや、魔獣だし正しいんだけどね? この顔は悪意があるわ……」

「僕もそう思うよ……でも、これ外の方が大変じゃない?」


 慌てて外に飛び出たマカに、いち早く気付いたアジスが声をかける。


「マカ! 王国騎士団に伝言を頼む!」

「はっ!」

「ライ、バカ猿を引っ張って籠れ!」

「はっ!」


 アジスとの決闘が途中だったのか、終わった後だったのかは分からないが、カローズは既に傷が多かった。アジスにも打撲は見られるが、問題なく動ける様だ。

 縦横無尽に跳び回り、鉄棒を振るうカローズ。爪を振るい咆哮するアジス。他にも戦える獣人が応戦しているのは、小規模だが魔獣の群れだった。


「アジスさん、どうしてこんなに魔獣が?」

「分からん。王都の外に出ていたから気付けたが、もし気付かなければこれだけの群れに奇襲を受けた恐れもあるな。」

「でも、何処かを目指しているみたいな……魔獣がこんな動きをするなんて。」

「何? ……確かに。これは大聖堂の方か?」

「そうみたいです……これを退けても、安心できないかもしれません。」


 一度、塔を探ってきた魔獣達がいたが、あれ以外に組織だった動きをする魔獣は見たことが無い。外では大っぴらに魔術を使うわけにもいかず、シラルーナはすぐに引いた。

 アジスに違和感を伝えるのが目的だった為、それでいい。それより宿の中ならば魔術を使ってもバレないだろう。治療に専念するため、シラルーナは急ぎ奥へと進んだ。




「順調の様だな。」

「当たり前だろう? 我の目は誤魔化せんよ。もっとも主のお陰ではあるが。」

「代償さえも上手く折り込むとは、悪魔の契約とは貴様の為にあるような物だな、正義。」

「だからそれは止めろと言うに。我は成底ないの偽善よ。」

「しかし、私の正義だ。」

「ぬ、主。それは自身を偽善と言い張る事ぞ。」


 大聖堂の中にある、大司教の自室。普段は、教祖さえ軽々と入らないそこで、話し声がするのは珍しい。

 机に光が描き出す地図には、動く光点が五つ。偽善の悪魔は、それらの居所を書き留め大司教に手渡した。


「これが今の位置よ。主がまた言いくるめてみせぃ。」

「分かっている。いくつか犠牲を出せば、貴様の【犠牲栄光(ティシアドクス)】は発動する。悪魔が死のうと、兵士が死のうと利益しかない。」

「やれ、恐ろしい男よな。我とて本意ではないと言うのに。」

「許容するのは本意と同じだ。私の正義よ、貴様も同類という事だ。」

「つまり、主とて他の手段があればと思うか。」

「……ふんっ。次の居所を探っておけ。」


 慣れない手つきで杖を掴み、扉を探った大司教は部屋を出る。強情よな、と呟いて偽善は光に向き直った。


「……五つ、か。何処の輩か。大聖堂に悪感情を集めたのは失敗だったか?」


 王国を五十年の間、悪魔から守っていたのは何も距離では無い。

 大聖堂の祈り、悪感情を薄くするように仕向けた集団心理の賜物である。旨味が少なく敵は大きい。悪魔さえ煙たがったのだ。

 しかし、大聖堂に悪感情を集めれば、集中したそれに充てられる者も出てくる。先日はそういう年頃とは言え、随分とズケズケと悪態をつく少年が現れていた。それが増えたのだ。


「ここまで悪魔が集まるのは、正直想定外だ。この地に何か来たか……?」


 今も動く光点を見つめ、偽善の悪魔はふっと笑みを浮かべた。


「まぁ、上々よな。どれ程の者であろうと、これだけの贄に地下のアレがあるなら、どうにかなる。いや、契約に従い、我がどうにかして見せようぞ。」


 机に灯る地図に、短剣を突き立てて彼は姿を消す。悪魔にとって体とは魔力、思念である。契約を辿り、大司教の元へと移動する。


「……だ、期待している。」

「はっ! 必ずや、かの憎き悪魔を討伐いたします!」


 走り去る兵士達は、綺麗とは言い難い方法ではあったが、大司教本人に救われた者達だ。王国騎士団ではあるが、大司教の私兵に近い。

 姿を表すこと無く、契約者に語りかける偽善の悪魔。その顔が他人に見えるなら、少し嘆かわしさが浮かんでいただろう。


『良い子達よな、故に良き贄となる。』

「その通りだ。」

『……本当に良いのか?』

「貴様は偽善と言いつつ、それを許容しきれん甘さがあるな。」

『いざとなれば迷わん。不断の様に流されはせんよ。』

「悪魔にも要領の悪いのが居たか?」

『実験台になった、哀れな水の悪魔よ。主に言わせれば甘い奴であったな。』

「貴様に言われるなら、相当だろうな。」


 杖で道を探りつつ、大司教は部屋に戻る。その足取りは左右に動く、不確かな物。しかし、決して止まらない覚悟を含む歩みだった。




 高い、とても目では見えない高さの位置で、一つ結晶が宙に固定されている。

 その上に寝そべる少年、ソルが紙に魔方陣を記しながら流れる雲を眺めていた。既に完成した物は魔力を込めてすぐに使えるように、未完成品は全て【具現結晶】に酷似している。


「こうじゃ無いんだよな、もっと……なんだろ、中心がズレてるのか?」


 成功すれば初めての固有魔法の魔術化。凄いことだが、今必要では無い。つまり、それだけ暇なのだ。

 地上にいれば追われる身、ベルゴもマカ達のいる宿が、一番遭遇しやすいだろう。ならば手の届かないところで休むのが、もっとも良い手だ。


「とはいえ、このまま夜まで暇だな……本当に出来ることって無かったっけ?」


 思考を巡らせるソルだが、ベルゴを探す以外に目的も無く、自分で探すには難しい状況だ。王国側がどうやって悪魔に関する者の居場所を特定したか、せめてそれが分かれば掻い潜る方法も見つかるだろうが……


「やっぱり影が増えないと、俺の下手な「影潜り」じゃな……本当に特性があれば良いのにな。」


 持っていない特性の魔術を使える。これは魔術を学んだ魔人にしか出来ない利点だが、それでは足りないほどに今は敵が多すぎる。

 ソル本来が持っている力場の特性で、ベルゴを探すのは不可能に近いだろう。


「う~ん、色欲みたいに魔獣を使えればな……」


 その体に染み込んだマナで、魔力を閉じ込めた魔獣の肉体。魔力を自在に操り、マナにも近しい存在の悪魔ならば、ある程度は誘導出来る。

 もっとも、引きこもりがちなモナクスタロには、その方法や原理すら知識に無いが。色欲の様に使役など、出来る筈も無い。


「空を飛ぶのとか、小さいのとか……そうそう、例えばこんなの……ん?」


 結晶に止まった魔獣を、一瞥したソルはふと違和感を持った。


「ケントロン王国に、魔獣……?」

「カァ!」

「【具現結晶・武装クリスタライズ・アームド】!」


 咄嗟に纏った軽鎧に、大烏の嘴が突き立てられる。宙を舞う八つの小型結晶を操り、連続で殴り飛ばす。今回は反射の性質を付与していない為、頑丈だ。

 翼を開き、四つの目で此方を睨む大烏。翼を広げたその姿は、端から端まで測れば成人男性を優に超えるだろう。その翼は、朝日を受けて金属のような光沢を放っている。


「烏……! マモンか! あの野郎、【色欲(ラグネイア)】も使えんのかよ!」


 足の爪を開き、ソルを刻もうと落ちてくる大烏に、片刃の剣を突き刺そうとする。しかし、左手に握る剣は、狙いがそれて爪に弾かれた。

 胸の鎧に爪が当たり、ソルは宙に投げ出された。


「拡散!」


 足場にしていた結晶が弾け、その破片が大烏を退けて追撃を許さなかった。因みに荷物は回収済だ。

 落ちていっても仕方がない為、「飛翔」を使い飛ぶソル。右腕は咄嗟に剣を振るうレベルで、魔術では動かせない。しかし、左手では満足に剣を使えなそうだ。


「「飛翔」だと持って振るより数倍の力がいるし……柔らかい羽毛とは、思わない方が良いよな?」


 元々剣は飛ばすものでも無い。補助ならともかくメインを張るには不利だろう。


「面倒な……恨むぞ、アルスィア。」


 魔術を発動し、体制を整えるのに数秒。大烏が待ってくれる筈もなく、次は嘴が襲いかかる。


「煩い、【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】。」


 撃ち出すために創られた結晶は、十分な威力を持って大烏に突き刺さる。更に拡散。物理現象で空を飛ぶその体は、やはり地上の魔獣よりは脆く、簡単に肉が裂けて墜落していく。


「おいおい、マジかよ。晴れ後烏とか、冗談でも無ぇ……」


 落ちる大烏の後ろに隠れていたのは、黒い空。

 太陽さえ覆い隠すような大量の大烏が、王都の空へと羽音を響かせて進んでいた。

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