表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第四章 栄華の王国
68/200

第六十一話

 影に潜んだソルが、通常ではあり得ない速度で路地裏をかける。怪しげな建物の全てを中に入り込み、痕跡を探していく。


(とはいえ、狂信者や魔法の痕跡なんてそうそう無いけどな。どこか潜伏するなら……やっぱり地下か?)


 造るのにかなりの労力と知識を必要とするが、視覚に触れないという部分で優秀だ。水も豊富かつ、降水量の多くないケントロン王国では、地下に水路の類いも無いのも大きい。

 しかし、地下室の入り口と言うのは大概巧妙に隠されている物だ。獣人並の感覚や、衛兵のような知識や経験の無いソルに、すんなりと見つけるのは不可能に近い。


「…………って事かな?」

「っ!?」


 急に曲がり角から声が聞こえ、影に潜っているのも忘れてソルは物陰に隠れる。


「分からない。でも、貴方にも協力して欲しい。」

「却下かなぁ。君の試験データのお陰で生き残ったとはいえ、ねぇ。あまりにも僕のメリットが無いだろ。」

「それは……その通り。」

「わぁ、素直。君は損する性格だね。まぁ、見かけたら教えてあげるよ。」

「ん、十分。助かる。」

「はいはい、まったく。それじゃね拒絶の魔人。」


 黒い外套は、拒絶の魔人と同じ。ソルのいる道を通るのは男だろうか?

 ふと、フードの奥の暗がりから紅い目がソルを見つめる。息を殺すソルへ、男が手を伸ばし……


「どうかしたの? アルスィア。」

「……いや、何でもない。影の特性なんて持ってる奴は、僕以外は此処には居ない筈だしね。」

「……? そう。」


 無感情な声に振り返った男は、そのまま夜闇に消えていった。想像以上に大物がこの国には潜り込んでいたらしい。

 とはいえ、今のソルには関係ない。それよりもマモンの残滓の奪還が優先である。アルスィアと呼ばれた男が去り、少ししてから拒絶の魔人も動き出す。ソルは影の中で後をつける。


(ここは……やっぱり、ベルゴが行った筈の所か。あの野郎、片方は当たりだったのに黙ってたな。)


 拒絶の魔人が入っていった家屋。扉が閉まる前にソルはするりと潜り込んで壁に背を着けた。


「……誰?」


 流石に魔人と言うべきか、拒絶の魔人は魔術の気配は感知した様だ。もっとも、それが何かは分かっていない様だが。


「気のせい……?」


 しばらく辺りを探っていた拒絶の魔人は、そのまま屋敷の奥へと去っていく。警戒は解いていないようだが。

 ソルも、術式を準備したまま続く。後を着けて、マモンの残滓の在処を探るつもりで。隠してある扉(今回は敷物の下にあった)を開き、地下へ降りていく拒絶の魔人。


(扉は閉めないのか……まぁ、敷物戻せないしな。)


 彼女の魔力は半透明な白だった。扉越しに敷物を動かせる程の力場の特性なんて無い筈だ。

 それはともかく、ソルにとっては好都合だ。夕闇も終わりを告げる暗闇の中、ソルは地下へと降りていく。影から出ない限り、音以外の全てを隠す魔術は、使いにくさを除けば優秀過ぎる魔術だ。


「……【天衣無縫・法衣インヴァリアル・カーテン】。」

(ふ、塞がれた……まぁ、そうするよな。)


 下へ続く階段に、光の幕が現れて揺れる。いかにも頼りなさそうなこれが、びくともしない防壁な事を知っているソルはそこで足を止めた。

 とはいえ、やっと見つけたのに、諦める選択肢はない。幸い確信している訳では無いようだし、戻って来るか消えるかした時にチャンスは来る。

 ……しかし、彼女はその場から動かなかった。


「誰? 返答しないなら死んでもらう。」


 無論、それで返答するなら最初から隠れて等いない。沈黙を確認した拒絶の魔人は、通路の上に手をかざし魔力を紡ぐ。現象を願う意思が魔法を発動させて、一瞬だけ魔法陣を空中に写す。


「【矢となる光(ヴェロス・フォス)】。」

「「光弓」。」


 単純だが早い魔法。その魔法陣をすぐさま模倣し、ソルは魔術で迎撃する。魔力を自在に動かせる魔人だからこそ出来る芸当だ。

 わざわざ放つのだから、光の幕をすり抜けるのは分かっていた事。そのため早い迎撃は、見事に成功しソルの身を守る。


「って、影無くなったか……まぁ、光だもんな。」

「貴方は! ……一体どれ程の特性を持っているの。」

「答えると思うか? それよりもマモンの残滓は渡してもらうぜ。」

「それは私の言い分。」


 食い違う互いの主張。しかし、それが真実なのか惑わす戯れ言なのか、判断がつかない。

 動かない状況に、最初に焦れたのはソルだった。


「まぁ、いいさ。取り敢えずこの地下室を調べてからでな。【具現結晶・狙撃クリスタライズ・ショット】。」

「無駄。私には届かない。」


 結晶は光の幕に当たり、落ちる。階段を跳ねる結晶が突如拡散し、その破片を撒き散らした。

 破片一つ一つが、宙を舞って壁へと食い込む。それを確認したソルが、すぐに後ろへと駆け出した。


「っ!? 逃がさない。」

「いーや、逃げない。」


 飛び交う光の矢も、飛翔で飛び始めたソルを捕らえることは出来ない。あっという間に地下室から出たソルが、結晶を探知して位置を探る。


「……この部屋からだな。」

「はぁっ、追い、付いた。」

「「切削」!」

「きゃっ!」


 追いかけてきた拒絶の魔人だが、ソルが展開した魔術によって起こる砂埃に視界を塞がれる。

 ソルはその魔術によって、真上から地下室の通路へと到達した。すぐ後ろに光の幕と、壁に埋まった結晶も見える。


「よし、うまくいったな。固定しといて……これで崩れないだろ。」


 上を見れば、それなりの高さがある。五メートル位だろうか、暗闇に飛び込むには勇気がいる高さだろう。飛翔を使うソルにはあまり関係ないが。

 とはいえ、追いかけてくるなら階段から来る事も出来る。急いだ方が有利なのは間違いない。階段を駆け降りたソルは、次々と扉を蹴破って進む。


「っと、ここが最後か? 只の部屋だな……何もない。」


 部屋の中央に机が一つある以外は、何もない部屋。その机も、上には何一つ載っていなかった。


「でも、こんなとこに何もない部屋は作らないよな。何かあった筈だ。」

「白々しい、貴方は知っている筈。ここまで来れる人間は居ない。」


 ソルが振り向けば、拒絶の魔人が入り口に立っていた。感情の乗らない声とは裏腹に、もし外套のフードが無かったなら、きっと射殺さないばかりの目付きが見えるだろう。それほどの威圧感を放っていた。


「悪いけど本当に知らねぇよ。悪魔の裏切りじゃないか?欲しがる奴は多そうだ。」

「こんな所に残滓があると知っているのも貴方だけ。」

「国単位なら知ってたけど、この家にあるとは知らなかったよ。」

「鼻が効くお仲間が居る筈。」

「……まぁ、情報は貰ったけど。それでもマモンの残滓は調べられ無ぇよ。」


 互いに魔力を滾らせて少しずつ間合いを調整する。

 調べ終えたソルは入り口に辿り着きたい、拒絶の魔人は逃がしたくない。

 しかし、ソルは中距離で、拒絶の魔人は遠距離での攻防を好む為、動かない訳にもいかない。


「俺は知らないけどな、一つ当てが出来たよ。何処に行ったかくらい教えてやるから、そこを開けてくれないか?」

「壊した後なら意味が無い。私は名持ちになりたい。」

「……止めとけよ。力を増した所で録な物じゃないぞ。」

「それでも、私にはそれしか無い!多連【矢となる光(ヴェロス・フォス)】!」

「【反射する遊星アダナクラス・プラネテス】。」


 八つの小型結晶が、光の矢を反射し部屋中に当てる。それと同時にソルは地下室にかけていた固定を解いた。

 柱を焼き貫かれ、地下室が振動を始める。だめ押しにソルは壁に弱く【具現結晶・破裂クリスタライズ・バースト】を叩き込んだ。


「……何?」

「じゃあな、拒絶の魔人。生きてたら二度と追って来んなよ。」


 辺りを見渡した拒絶の魔人は、きっと地下室の危険性を知らなかったのだろう。ソルはアナトレー連合国で一度体験済みだ。

 魔術を使い、直線の穴を掘って飛び出すソル。そのまま空高く飛び、地上を見返した頃には上の家屋ごと倒壊していた。


「……逃げよう。」


 人が集まる前に逃げ出さなければ時間を取られる。ベルゴに話を聞く必要があると判断したソルは、ひとまず宿に帰ることにした。




 暗い路地裏では、人々の生活音さえ聞こえない。ひっそりとしたその空間を、突如として足音が響く。その後に光石の仄かな灯りが続く。


「多分この辺りなんだよな~。」

「兄ちゃん、それ確かなのか?」

「俺を疑うの?俺が動いて解決しなかった事は無いぜ?」

「おぉ、凄そう……。」


 事実は解決出来そうな事にしか、手を出していないだけなのだが。少年にそれを知る術がある筈も無い。


「まぁ、とにかく探してみよう。」

「分かってる。どっち?」

「それじゃ俺がこっちに行って……って?」


 ベルゴが何かにつまづいて転げ、光石と水が地面に落ちる。くるりと転がると起き上がったベルゴが、その方向に目を向ける。

 水溜まりに落ちた光石は畜光を放ち続けている。その灯りに照らされたのは少女。


「マジか……生きてる、これ?」

「あ、うあぁ……リツぅぅ。」


 道の端に布をかけられていたのは、少し窶れた汚れた少女。生きているとは言い難いその様子、しかし体温も脈もある。


(分からないなぁ……二、三日このままだった訳? まぁ、少なくとも人間の仕業では無いよねぇ。)


 声をかけようと、触れて揺すろうと、まったく反応しない少女に、ベルゴは悪魔と言う単語を脳裏に過らせた。

 とにかく、少女は見つけた。ならば後は国の仕事である。ベルゴはアリムを急き立てて、少女を連れて行く。


「さて、このままだとお兄さん、犯人にされちゃいそうだし? 子供の君が偶然発見したってことで、治せる人探して貰いな。」

「う、うん。分かった。あ、ありがとな。兄ちゃん。」

「気を付けてな、アリム君。」


 少女を一目見て、何故自分がこんなことをしているのか、そう思ってしまったらもうやる気が出なかった。

 安全な範疇で出来ることも無さそうだし、ならば撤退に限る。


(あ~……宿どっちだっけ?)


 取り敢えず離れられればいいか、とベルゴは歩き出す。月明かりのみが照らす中、路地裏から一切の気配が消え……現れた。


「あれ?居ない。まさか五感が切れてるのに動けたの……? ってそんな訳無いか、人が来たね。あちゃ~、バレちゃったかなぁ。」


 黒い外套に身を包んだ青年は、地面に捨てられた布を拾う。


「まぁ、いっか。別のを回収すれば良いし……マモンの残滓か。良い事聞いたねぇ~。どっちみち拒絶じゃ出来ないし、僕が……」


 再び捨てられた布が影に呑まれ、ズタズタに裂かれる。ゆっくりと歩き出す男、アルスィアの目が、暗い闇夜に紅く揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ