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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第四章 栄華の王国
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第五十八話

「わ、私をどうするのか分かりませんが、そこを開けたら後悔しますよ。」

「脅しにしては随分と可愛いもんだぞ、シーナ。」


 震える声にそう返すと、向こうでピタリと停止したのが分かる。

 そのまま鍵を創っては直していると、扉の向こうから声がした。


「……えっ? ソル……さん?」

「久しぶり、シーナ。とにかく扉開けるから待ってて……あぁ、くそ。錆び付いてるな、この錠前。ちょっと下がっててくれるか。」

「あっはい!」


 すぐに察したシラルーナが、扉から離れた角にて丸くなる。四角い部屋の隅に位置する扉が、ミシリと嫌な音をたてる。


「もう一回!」


 結晶の大槌を振り回したソルがそれを扉に叩き込む。重さは無くとも「飛翔」と旋回した速度を持った大槌は、腐りかけていた木の扉をものの見事に粉砕した。


「っえほ、やり過ぎた……シーナ、無事か?」

「ほ、本当にソルさん……ですか?」


 どうやら無事らしいシラルーナの声を聞き、ソルは一安心する。立ち込める埃が晴れると、そこには眩しそうに目を細めるシラルーナが座っていた。


「よっ、取り敢えず無事みたいで良かっ……たぁ!?」


 片手を上げて声をかけた瞬間に腹部に訪れる衝撃に、ソルは間抜けな声を出してよろめく。別に体格に恵まれていないソルには、小柄な二歳年下の少女だろうと体当たりはきつかった。


「もう……もう、勝手に居なくならないで下さいっ……」

「いや、でもシーナに伝えたら着いてくるだろう?」

「行きます、行きますよ! 危ない悪魔を追っていても、ソルさんが居ない方が怖いんです……側に居ても良いって……言ってくれたじゃ無いですか。」

「……悪かったよ。心配かけてごめんな。」


 シラルーナが落ち着くまで、暫くそうやって抱き締めていたソル。少し呼吸が安定してきたな、と思ったソルがもう泣いてないだろうと離れた時だった。


「【矢となる光(ヴェロス・フォス)】。」

「【反射する遊星アダナクラス・プラネテス】。」

「【天衣無縫・法衣インヴァリアル・カーテン】。」


 牢の扉から放たれた一筋の光。【一閃する星(シューティングスター)】よりは弱々しく、しかし普通の矢よりも素早い光は、創造された八つの小型結晶に反射する。

 光の幕で受け止めたのは、いつぞやの少女。警戒するソルは、シラルーナを後ろに押しながら【具現結晶・加護クリスタライズ・エンチャント】を自身と彼女に施す。


「久し振りだな、三週間位か? いきなりなご挨拶だな。」

「正確には十八日ぶり。返して。」

「相変わらずだな。単語で会話すんなよ、説明不足だ。」


 入り口を塞ぐ彼女に、ソルは少しずつ廊下側の隅へ移動する。入り口からでは壁が邪魔になり、見えなくなる位置だ。視界から外れれば何をされるか分からない為、仕方なく少女は牢へと一歩踏み入れる。


「ソルさん、彼女は?」

「少なくとも味方では無し……詳しくは後で話すとして、簡単に言うならマモンの持ち主の魔人……かな?」

「二ヶ月で何があったんですか……」


 ヒソヒソと話す二人に焦れたのか、少女が再び魔法を行使する。ソルは、八つの小型結晶を巧みに操り少女の魔法を消費させずに反射させ続け視界をふさいでいく。

 飛び交う光の矢よりも、反射する光の矢が多く成り始めた時だった。ソルが合図し、目を閉じたシラルーナと共に、用意していた魔方陣に魔力を流す。


「「「切削」!」」

「何!?」


 崩壊の音と揺れる地面に、少女は驚いたのか珍しく声の調子を変えた。その間に廊下に躍り出たソルは、少女と二人を隔てるように廊下を結晶で塞ぐ。無論、牢屋の内部も。

 逃亡を少しでも困難にしようとしたのだ。牢屋の入り口は戻る道とは反対側の隅にある。つまり、壁を掘って出た二人の方に。


「さて、今の音で上も気づいたろうし。マモンの残滓は何処か、一応は聞こうか?」

「白々しい。貴方の元にある。」

「はっ? いや、俺は知らないぞ。」

「返して。私はあれで名前を得る。」

「ソルさん、足音が。」

「もうか、早いな……とにかく言う気が無いならいいさ。そのうち壊させて貰うからな。」


 言うが早いか、シラルーナの手を引いたソルが片刃の剣を振るい駆け出す。階段に積み重なり、呻く狂信者達を見ながら、黒い外套に身を包んだ少女は、ただ立ち尽くすのみだった。




「……追手は無いか。まぁ、王国内部では狂信者も動きづらいんだろうな。」

「そうなんですか?」

「悪魔とか魔法とか、そういうのを極端に嫌う傾向なんだって聞いたぞ。だから外では魔術は使わない方が良いかもな。」

「分かりました……あの、ソルさん。」

「ん?」


 路地裏から大通りに出た所で、二人は走るのを止めて歩き出す。既に夜へと時間が動き始めているため、シラルーナも問題なく歩ける。いや、久し振りで驚いただけで、元々は嗅覚や聴覚に任せ、昼間でも動くには動いていた彼女だが。


「バンダナ、また大きく直してませんか?」

「あぁ、まぁな。多分そのうち隠しきれなくなるし……王国には長居できないな。」

「魔法、使いすぎちゃダメですよ。そのうち、本当に体に悪くなるかも……」

「それなら大丈夫だ。纏めて話すよ。」

「そうなんですか? 良かった……」


 何故か悪魔の心臓が自分に……それはソルにも分からない。だがエーリシの街での一件以来、モナクスタロとの統合は着実に進んでいる筈だ。

 表に悪魔が残るのは、不安定な存在がぶつかり合う為だ。悪魔の心臓によって保たれた均衡の上ならば、ソルの肉体と魔力が侵食し合う事は無い……今は指輪で自身の魂を繋ぎ止めるような歪な存在だが。


「そういえば、シーナ。ずっと目を閉じてるけど大丈夫か?」

「えっ? ……あっ、つい癖で。その無くなってしまったので……」


 シラルーナが左手をソルに見えるように上げる。中指にはまっていた筈の、余分な光を遮る指輪。それが無いのだ。


「あ~、気付かなくてゴメン。すぐに創るよ。」

「すいません、あそこまで細かい加工は出来ないので……お願いします。」

「えっと、確かこんな感じ……いや、サイズは同じな訳無いか。」


 シラルーナの手を取り、確かめながら創った指輪。前回とまったく同じものが、シラルーナの指にぴったりと収まった。

 少し頑丈になってはいるが、いつも身に付けていた物が戻ってきた安心感に、シラルーナはほっと人心地つく。


「ありがとうございます、ソルさん。……えっ?」

「ん? どうした?」

「右目……どうしたんですか?」

「目? なんか変か?」

「あの……色が変わってませんか?」

「そうなのか?」


 分かるはずも無いが、つい手を伸ばすソル。そんなソルの行動が、表情が、いつものソルだと言うことを改めてシラルーナに教えてくれる。

 クスリと笑いを溢すシラルーナに、思ったよりは元気そうだと安心するソル。二人が歩く街並みに、段々と光が灯っていく。暗くなって来た為に、辺りの人が光石のいれてある街灯に水を入れ出したのだ。


「宿に戻るか。同じ宿みたいだしな?」

「そうなんですか? だったら久し振りに一緒にご飯食べたいです。」

「そうするか。」


 夜も近づく王国は、独り身が活気づく時刻。そこかしこで喧騒が増す中を、二人は並んで歩いていった。




 扉を開けばそこもまた喧騒が待ち受けていた。マカを中心に、獣人達が騒いでいたのである。


「……何してんだ?」

「おっ、結晶のソル君。バレてないよ~、ケーキは?」

「ねぇよ、救出までっていったろ。」

「だっていなかったし! 珍しい物っていっても、あったのなんかユラユラしてる宝石位だし!」

「はっ? おいその話……」


 ソルが身を乗り出せば、ソルのコートをシラルーナが引く。何かと思い振り返ったソルの目に写るのは一斉に此方を見た獣人達だ。


「あーっと?」

「「「「いるじゃねぇか!」」」」


 獣人達の息の揃った大音量。耳閉じりゃ良かった、と考えるのも手遅れで、暫く頭痛に悩まされたソルだった。



 少しして、帰って来たアジスが騒ぎを収め、もみくちゃにされたソルとシラルーナは解放された。


「すまなかったな。同胞もまさか初日で解決するとは思っていなかったのだろう。」

「場所は絞り込めてたし、手段があったからな……殆どが貰い物だけど。」

「なんとか犯人を絞り混んで、捩じ伏せてやろうと躍起になっていたから、ついな。荒れていたんだろう。」

「それなら問題ないな、全員斬っといたから。」


 殺してはいないが今頃重症だな、と宣うソルに、ならば急に療養に入った者は狂信者だと垂れ込んでやろう、と返すアジス。多分、翌日には大捕物が行われるだろう。


「うん、甘い!」

「お口に合ったみたいで良かったです。」

「シラちゃん、これお店出せるわ。」

「……まぁ、狂信者共には良い薬に」

「シラちゃんって何よ、馴れ馴れしい人間ね。」

「ライ、落ち着いて話して~。頭に響く~。」

「……良い薬に」

「いや結晶の。この空間で真面目な話は無理だろう。」

「ちくしょう、少しぐらい格好つけさせろよ!」


 もっとも近かったマカに、怪我人に配慮した拳が飛ぶ。とばっちりである。


「まず何で僕達がいる部屋を選んだの? そこからでしょ。」

「シーナがマカの治療に少しでも貢献したいって言い出したから。」

「お菓子作ってた方が長い気がする。」


 マカとソルの視線の先には十四才の少女に餌付けされる二人が写っている。片方が少女なのは良い、この際、年上であることには目を瞑る。しかし、明らかに三十路に入るオッサンが甘味をねだる構図は……見たくなかった。


「もう好きにしてくれと言いたい。」

「僕も同じくかな~。」

「……止めないのか?見るに耐えないのだが。」


 無駄なことはしない、と言ってソルは部屋を出る。なんだか久し振りな騒がしさに、奇妙な疎外感を覚えつつも心地良い事には違いない。

 マカは動けないが、アジスは彼を救わない様で、すぐに部屋を出てきた。廊下の窓から外を見下ろすソルの横に並ぶ。


「結晶の。今回の事は本当に」

「良いって。無事に戻ってこれた訳だし。」

「……そうか。」


 この口数の少ない獣人は、案外人情に厚いのかも知れないな、等と考えながら街の様子に目を当てる。

 まだ危険は多い。しかし、それを感じさせない王国の喧騒は、まるで別世界の様だ。いつか、悪魔が滅びたら……全世界で陽気に騒げるのに。


「アジス。交渉はラダムがやっているんだったか?」

「あぁ、若くして功績があったからな。三十年前……あれに関わりが薄い方が良いだろうと。」

「そうか。上手く行くといいな、本当に。」

「……そうだな。」


 二人の後ろで、大きな音が響く。どうやら向こうも平和な争いが起こったらしい。ソルとアジスは顔を見合わせて呆れたように笑った。

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