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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第四章 栄華の王国
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第五十七話

 強く開かれた扉はソルの視線を動かすに十分で、カローズやベルゴも例外では無かった。

 しかし、次にいち早く反応したのはカローズ。その猿顔を歪ませた彼の横でソルは困惑していた。


「……あっ、アジス?」

「結晶の? どうしてこんな所に……」

「それは俺が聞きたいんだけど……というか、扉そんな開け方する奴だっけ?」

「っ! そうだ、カローズ皆に伝えろ。マカが見つかった、二日前に運河沿いにある治療院に運ばれていたそうだ。回収、及び意識が戻り次第、話を聞いてこい……それと、結晶の。謝らなければいけない事がある。部屋に来てくれ。」

「ちっ、マカが見つかったんならしゃーねぇな。」


 あからさまに不服な態度ではあるが、早々に動き出したカローズを確認してアジスは部屋へと歩く。話の内容も気になり、ソルも自室に荷物を置いて着いていく。

 アジスの部屋は奥にあり、それだけ作りもしっかりしていた。嫉妬の魔獣が上手く捌けたのかな、とのんびりと考えるソルに、アジスは話を切り出した。


「まずは再会を喜ぶ……といきたいが謝罪しよう。」

「マカの件と関係あるのか?」

「そうだ。集落の恩人であるお前達の信用を裏切ったと言える……彼女が、シラルーナ嬢が拐われた。」


 深々と頭を下げるアジスの言葉を受け止め、ソルが一度強く目を閉じる。次に開いた瞳は藤色と水色のオッドアイではなく、紅い瞳となっていた。


「……誰に。」

「分からない。この二日間、交渉をボスと数人に任せ捜索を続けているが……一度、運河に落ちたようでその広い下流域を手当たり次第に探している所だ。」

「マカが一緒にいたのか?」

「ライもだ。しかし、二人とも犯人は分かっていない……マカならあるいは、とは思うが。」

「まぁ、シーナが気づけないんじゃ、街中で二人に気づけとは言えないか……けど二日か……」


 ソルが頭を抱えて唸る様を、アジスは見つめることしか出来ない。短いような長いような時間が終わり、ソルが顔をあげる。


「追跡系統の魔術は、一切できないからな。どの辺りか教えてくれないか。」

「……すぐに行く気か?」

「あぁ、どの辺りなら探していない?」

「五ヶ所、入ろうにも警戒の強かった場所がある。あまりにも多いため無関係な者も居るだろうと先伸ばしたが……バレずに探れるか?」

「……出来なくは無い。此方も騒ぎをおこしたい訳でも無いし。」


 ソルの返答を聞き、アジスが取り出した地図はこの辺りの半分程も着色された王都のものだった。ある一点から僅かに扇状に、下流域を捜索している。

 その中の五ヶ所に、ばつ印をつける。そこがその場所だ、とアジスは告げた。


「全部、裏路地かよ……これ、人拐いかなんかの倉庫だろ。」

「だろうな。地下に人の気配がある所も多い。」

「そんな事分かるのか?」

「地面から音がする。」

「どんな耳だ……」


 どうやら慣れない建築物では、出来ることも良く分からない獣人達。隠された物を探るのは難しいだろう。

 本当にすまない、と再び頭を下げるアジスに、ソルはこんだけ探してくれれば十分だ、と返す。シラルーナが着いてきたのは自分の意思だろうし、重要な用がある獣人達に本格的な捜索をこれ以上頼めない。


(まさか人災の方に巻き込まれるなんて……アナトレー連合国に連れていった方が良かったかな……いや、向こうも被害甚大だったし危ない事には変わらないか。)


 第一、アナトレーでは半分とはいえ獣人だとバレれば、余計危ないだろう。ソルも社会に慣れていなかった。

 それよりも考える前に行くか、とソルが部屋を出て、宿の出口に手をかけた時だった。


「話は聞かせて貰ったよ~。俺も二ヶ所位なら回ってあげようか?」


 声をかけてきたベルゴに、ソルは胡散臭そうな視線を向ける。


「無理だろ。」

「こう見えてスパイは得意だよ!? アジス達の恩人、結晶のソル君? 君、あの部屋で気付いてた?」

「……」


 答えられないソルに対して、自信に溢れる顔のベルゴ。まぁ、ギリギリとはいえカローズの初撃は見切っていた様だし、あの身のこなしもある。


「勿論ただじゃないさ、報酬の為に動くんだ。」

「それってなんだ?」

「おっ、乗り気だね。簡単な話さ……此所って宝石で泊まれないみたいだから、払ってくれない?」

「……分かった。」


 実力派なのか、間抜けなのか、只の馬鹿か。一気に弛んだ緊張に、ソルは毒気を抜かれた思いをする。

 とにかく行ってくれるのなら有難い。信用出来るかどうかは別だが、それなら後から探し直せばいい。取り敢えず動かない事には、すぐに分かることは無いだろう。


「それなら此所と此所を頼みたい。バレずに救出までしてくれたら、ケーキでも奢るよ。量は常識の中で。」

「おぉ、それは良いね! なぜだか一度行くと、お店から出禁喰らうんだよね。」

「そりゃそうだろ、商売にならないからな。」


 一人が買い占めても、それがいつまで続くか分からない以上、歓迎されないだろう。それなら幅広く売りだし、広めたい筈だ……多分。少なくともエーリシの街ではその傾向が強かった。


「さて、頼んだぞベルゴ。」

「頼まれたり! 甘味~甘味~♪」


 早速ダメな予感もするが、囮か陽動にはなると考えて、ソルは動きだす。印のついた裏路地まで、運河沿いに走り抜けると、ソルは集中して魔力を手繰る。

 捕まえたマナを、魔方陣の形になるよう動かし続け、現象を呼び続ける。特性の違う魔力では上手く集まらないが、なんとか魔方陣と呼べる物が組み上がる。


「使わせて貰うぜ、マモン。新魔術「影潜り」。」


 既に夕日も沈みそうなこの時、裏路地は影に溢れている。影に溶け込むように姿を隠したソルは、声さえ出さなければ獣人さえ気付けまい。便利だから練習しておくか、と密かに決意する。

 移動速度は光の対極にある影に等しく、光が無い空間そのものである影の様に、感知も出来ない。無い物を捕らえることは出来ないからだ。影の中限定とはいえ、かなり強力な魔術は【路潜む影(オドス・スキアー)】の魔法を再現した物だ。

 魔術ならば、自在に魔力を操る事さえ出来れば、特性が無くとも使用できる。モナクスタロとの同化が進んだソルの魔力量は、今や名持ちの悪魔にも劣らない量がある。特性違いは魔力の効率は悪いが、今は仕方がない、ですませる事が出来る程に。


(まずは一件目……窓から入るか。)


 垂直の壁を歩き、窓に到達する。影の中は全てが路となる魔術は、こと移動に関して万能だ。特に夕闇迫る黄昏時は。


(部屋には誰もいない、か……廊下は?)


 その後、くまなく調べても人が居ない。しかし、大量に残された金貨は、まだ戻ってくる証だろう。

 悪魔でもない人間が、白い忌み子で半獣人のシラルーナを欲する事は無いだろう。ならば、魔法の気配がない此所はハズレだ。

 同じく二件目もハズレ。三件目もハズレ……ではなかった。


「まっ、そんなこったろうとは思ったけどさ……狂信者共め、無事ですむと思うなよ?」


 入り口にかかった仮面を「飛翔」で砕き、ソルは影に溶けて忍び込んだ。

 薄暗い廊下は普段なら警戒するが、今のソルには我が路となる。狂信者達が目の前を通りすぎるのを眺めながら、ソルは先に進んだ。




「っと、出来ないか……つまり、此所には何かあるんだねぇ。面倒になってきたな……」


 二件目を回っていたベルゴは、ブツブツと呟きながら立ち尽くす。不意に顔を上げたベルゴが、さっと扉を開いて先に進む。いくつかの部屋を探り、隠された地下で何個もの扉を過ぎればそれは机に置いてあった。


「うん? 何か懐かしいと思ったら……これか。」


 ベルゴの拾ったのは黒い宝石。中を渦巻くように魔力がうねるので、妖しい美しさがある。


「さて、どうしようかな……よく俺のコレクションを見てたんだよねぇ~。」


 手の中で弄ぶ宝石を軽く上に放り投げ、しっかりと握り直したベルゴは、窓から外へ踏み出した。

 その間に人が彼に視線を向けることは無かった。スルリとそのまま裏路地に降り立った彼は、宝石を懐に仕舞い込んだ。


「さて、お仕事終わったし帰って寝よーっと。後は頑張ってね、結晶のソル君?」


 そう言って大通りに踏み出したベルゴは、暫く歩きぴたりと止まり上を見上げる。


「……? どうしたんだい、お若いの。」

「あれ、お菓子屋のお爺さん。奇遇ですねぇ。いやぁ、「旅人の宿所」ってどこだっけ? ってね。」

「うん? あの宿屋なら、ほれあっちの角を曲がって……お前さんの真逆じゃよ。」

「……戻るの面倒くさぁ。」

「何故いきなり座り込むんだね!? 道の真ん中だよ? ここ!」


 その後、近くを通りかかったカローズに引きずられ彼が帰るのは、約一時間後の事だった。




 硬い扉。何個もの錠前。暗い通路。

 正直、何度壊してやろうかと思った事か分からないが、その一つ一つを結晶で合う鍵を創っては開け、開けては創った。勿論正解なんて知らないのだから、それっぽいのを創っては直すという作業が全て挟まれている。

それと、「飛翔」で鍵を操り閉め直す作業も。結晶の鍵は捨てれば勝手に消える。


(だいたい、地下室に入る時点で隠し扉だし。偶々暗くて見えないからって、手探りで探してなきゃスルーしてたぞ、書庫なんて。)


 本棚の下に穴が有り、押して動かさなければ見えなかったのだ。棚の本は少ないし、扉も着いていないお粗末な隠し通路だったが、それはそれ。今のイラついたソルが、八つ当たりをしたいだけなので関係ない。

 出るときは派手に押し倒して出てやろう、とか考えながら進むソルの前に、また扉。いい加減壊してやりたい、と思いつつも鍵をトライ&エラーで創り、解錠する。


「っと、やっとか……さて、シーナのいる扉は……」


 一つ一つ中を覗いて……行こうとして「影潜り」が出来るほど暗いことを思い出す。中の様子が見えなかったのだ。

 人がいないか確認したソルが、「光球」を発動して地下室を弱い光で満たす。これで闇に目が慣れきったソルは、十分に視認が出来る。ただし、照らされた事で「影潜り」は解けてしまったが。


「……誰ですか。」

「ん、そっちか。」


 布でくぐもってはいるが、その声を間違える事は無いだろう。幼少期に何年も共に暮らした少女の声に、ソルは確信をもって振り返る。

 いきなり光が届いて、他の扉からは物音一つしない。どうやらシラルーナだけが此所にはいるようだ。扉を開けるため、ソルはそちらに踏み出した。

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