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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第四章 栄華の王国
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第五十六話

「って、呆けてる場合じゃない! ライ、立てるか!?」

「ったぁ~、足捻ったかも。」

「シラルーナちゃんがいない!」

「嘘っ!」


 起き上がったライが、足を押さえて座り込む。マカが手を貸すと片足で立ち上がり、すぐに聞いた。


「追える?」

「まだ辿れる。でも段々匂いも薄くなってきてるかも……」

「ホントだ……私は出来るだけ早く宿に行く。多分他の人も集まってるだろうし。あんたは追って!」

「一人で大丈夫か?」

「問題無いわよ、あんたこそ大丈夫?」

「それこそ心配要らないって。助けが来る前に帰って来てあげるよ。」


 ライに促されたマカが、匂いを辿り走り出す。多少騒ぎになっても構うものかと、屋根に駆け上がり人混みを避けた。

 人間に多少注目されるより、恩人を見捨てた挙げ句に、ボスも認めた悪魔を凌駕するような友人を敵に回す方が嫌だ。それ以前に簡単に見失って納得出来るほど、マカの中のシラルーナの存在は小さくは無い。


「見つけた! あの頭巾、間違いないだろ!」


 肩に担がれたシラルーナは、頭巾を目深に被り顔を手で覆い隠していた。お陰で満足に抵抗出来ず、男性はスムーズに進む。

 人混みの無い裏路地にて走る男は早く、マカは屋根上からとは言え少し苦労していた。どれだけ進んだだろう、人なんて見かけない場所で……


「……っだぁ、追い付いた!」

「っ、さっきの奴か。追い付くたぁ思わなかったぜ。」

「足の速さなら自信があるんでね。さぁ、早く解放してくれないかな。」

「冗談言うな、復活には白い忌み子がちょうどいいんだよ。」

「復活? 一体なんのっ!?」


 背後から迫る攻撃に、音で気づいたマカはしゃがんで回避する。

 ナイフを構える男は仮面と黒装束の独特な格好をしており、シラルーナを担いだ目の前の男も仮面を取り出した。


「奇抜な奴等だな。どうでも良いけどさ、彼女を返してくれない?」

「これは我々に必要だ。俺と違い、悪魔の魅力に気づけない者達も多いんでね。ここいらで消えてもらっても、困るお方なんだよ。」

「あっそ、話になんないねっ。」


 食べた串焼きの鉄串を投げつけたマカが、怯んだ男に駆け寄り腕を引っ掻く。シラルーナが肩からずり落ち、地面に着地した。

 すぐに離脱しようと走り出すマカたが、手を引くシラルーナの動きが鈍い。いや、迷いがある、というべきか。


「っ! ここだ。」


 二人の男に左右から挟まれているマカは、窓をわって屋内に入る。どうやら空き家だったようなのは運が良い。しかし、華麗なので管理者はいるだろう。

 内心で壊したことを謝罪しながら走り、一つの空き部屋に飛び込んだ。大きな家が幸いし、暫くばれない筈だ。


「ふぅ、結構びびったぁ。シラルーナちゃん大丈夫? 足でも怪我した?」

「すいません、指輪が盗られちゃって眩しくて……」

「あぁ、あの……落ちたら割れちゃったんだけど。」

「そういうものなんです。ただちょっと目が……ここは大丈夫なんですけど眩しいと痛くて。」

「あぁ、それで走れなかったのね。」


 出来るだけ日光を遮ろうと、窓に近よりカーテンを閉める。少し落ち着いたシラルーナが、本を開き淡い光を灯した。マカが周囲を見やすくするためだ。


「その光は大丈夫なの?」

「はい、魔術の光はある程度大丈夫です。でも、私はほとんど見えません……元々、目は良くは無いんです。」

「う~ん、取り敢えず逃げるか。あんなごついの相手にしたく無いし、もう一人も速いし。僕が抱き上げて……は出来るかな?」


 物は試しと、一度シラルーナを背負ってみるマカ。走れはするが、確実に遅くなる。元々力は自慢ではないマカだ、いくら小柄なシラルーナとはいえ、背負って二人から離脱出来るか……微妙だった。


「お、重くないですか?」

「人一人にしては軽いけど……行けるかなぁ、僕の体力で。」


 取り敢えず窓から外に出ようと、縁に足をかけた二人の後ろで扉が勢い良く開かれた。

 シラルーナを抱えて跳んだマカと、投げつけられたナイフが窓から飛びだす。


「……はっ?」


 その下は街中を流れる河川。所謂、運河だ。大きな水しぶきが上がり、夕刻の日の光の中、キラキラと反射した。




「……ぶはぁっ! くそっ、危ない物投げつけやがって。僕はアジス様みたいに、両腕潰れても動けるような人じゃ無いのに。」


 左腕を掠めたナイフのせいで、泳いできた運河に赤い筋が出来ている。常に流れているから追跡は出来ないだろうが、縁にも残れば下流にも行く。運河沿いに居たと気づかれてしまう。


「あの、大丈夫ですかマカさん。血が一杯……私の所為で……。」

「ナイフを投げたのは人間だけどね。痛いから治せないかな? シラルーナちゃん。」

「すぐに治します。」


 水に濡れても、元々触媒で作られた魔導書は崩れてはいけないため、防水も兼ねて強くコーティングされている。魔術の効果が変わると危ないからだ。

 問題なく使用可能な魔導書に、シラルーナの魔力が送られマナを引きずっていく。発動する魔術はマカの深い切り傷を塞ぎ、痛みを緩和した。


「相変わらず凄いな、これ。さて、ここはどこなんだろ……」

「結構流されましたもんね。日も落ちてきて少し寒い……」

「うぅ、僕も毛皮乾かしたい……」


 運河から上がった二人が、そこから離れるようにして歩く。日も落ち始めてはいるが、未だに赤く染まった夕焼けの中では、シラルーナは一人で歩けない。嗅覚と聴覚に頼った動きは、環境の違いもあって覚束ない。

 深く被る頭巾が遮ってはくれるが、それでは前が見えないのだ。濡れ鼠な二人は鼻も通じない。マカがシラルーナの手を引きながら込み入った路地裏を進む。


「取り敢えず人がいる方に行かないと……」

「はい、誰かと合流した方が良いですよね……はぁ、ソルさんがいたらなぁ。」

「アジス様の追跡だって見事なもんだよ? シラルーナちゃんがソルが良いって言うなら、何も言わないけど。」

「そ、そう言うわけでは! ただ、何かあったらソルさんが何とかしてくれる事が多かったので。」

「そうなの?」

「はい、犬の魔獣とか……蠍の魔獣とか……熊の魔獣とか。一時期、塔の付近に多かったんです。多分研究してたせいで、マナが集まってたのかな……?」


 嗜虐の悪魔、嫉妬の魔獣と連続で打ち倒したソルを思いだし、まぁ殺りかね……やりかねないな、とマカは納得した。嫉妬の魔獣はラダムとのタッグだったが。

 そんな会話を挟みながら歩き続けるが、一向に道は広くならない。むしろ狭まってさえいるようだ。


「……なぁ、シラルーナちゃん。僕、凄く嫌な予感がするや。」

「それって目の前の建物ですか……? 引き返しません?」


 明らかに無人になって久しそうな建物が並ぶ此処だが、一つの扉に先程の男達の被っていた仮面が飾ってあるのだ。

 もはやバレることなど、問題にすらしていないそこからは、耳のいい二人には僅かに生活音が聞こえる。ジリジリと後ずさる二人の後ろで、石畳を踏みしめる音が響いた。


「諦めて帰って見りゃ……ハハッついてるぜ。」

「訂正……アスモデウス様の御導き。」

「うっわ……最高についてないや。」


 振り向いて呟いたマカに、後ろから石が投げつけられ頭を揺らす。倒れた彼の頭からゆっくりと流れる血は、地面を赤く染めた。


「マカさっ……んぅ……っ!」

「ふぅ、やっと捕まえたぜ。」

「禁物……獣人の勘は鋭く、仲間意識も高い。油断ならない。儀式を急ぐ。」

「っ~~~!っーー!」

「うるせぇな。暫く寝てろ、混じりもんの依代さんよ。」


 首に回った手が強くしまり、シラルーナの意識を奪う。大柄な男が狂信者の根城に入り、ナイフの男はマカを運河に運んだ。垂れる血は、暗闇では目立たず、すぐに渇き擦れて消える。裏路地は無法者が多く歩くのだから。

 水に放り込んだマカを少し眺めた彼は、そのまま踵を返して歩き去った。




 暗い中で目を覚まし、辺りを見回す。半獣人とはいえ、ここまで暗いと夜目もきかず、分かることは無かった。

 途端、何かが喉をせり上がり、激しく咳き込むシラルーナ。暫くえづいていた彼女だが、立ち上がり手探りで壁を探した。見つけた壁は鉄で出来ているようで、かなり財産をつぎ込まれているのだろう。


(あの仮面……ソルさんに会う前に、私を捕まえて売った人達だ。今度は依代って……訳が分からない。とにかく逃げないと。)


 取り敢えずぐるりと周り、壁を確認するが、扉が一つある以外何も分からなかった。

 しかし、扉には覗き窓の様に格子が嵌められている。さらにここまで暗く、ひんやりと冷たいことから地下では無いかと考える。


(そうだ、盗られてないなら魔術で……でも、光が漏れて大丈夫かな。)


 魔術を使う際、マナは現象と同時に発光する。もし外に人が待機していたら、怪しまれるだろう。

 魔術の使えないシラルーナは、盲目の少女と何ら変わらない。半獣人の体力も小柄な体躯に打ち消され、強い光があれば痛みに呻くしかない。


(早く戻らないと、マカさんがどうなったかも分からないし……出る方法を。)


 しかし、今の段階で出来ることは無く。魔術を使っても大丈夫だと確信を取れるまで動くわけにはいかなかった。魔導書を強く握りしめ、シラルーナは外が把握できるのを待ち構えるのだった。




 黒い外套が街の中で踊る。その裾を押さえて男は困ったように呻いた。


「はぁ、まったく。こんな鬱陶しい服を羽織るはめになるなんて。それもこれも()()()()()が弱すぎる所為だ。」


 外套についていたフードをバサリと後ろに払った男、左の額には角。一切の光を反射していないかの様な漆黒のそれは、緩やかに湾曲し上を向いている。

 女性的にも見える端正な顔つきは、鋭さを感じるが紅い瞳と切れ長な目の特徴には敵わない。


「この街でも誘拐は簡単だな……いや、こんな街だからかな? 本業の人拐いさんも多いし。人間って不思議だねぇ。」


 歩き出す彼の足下には目を見開いた男性が倒れている。きっとこの場にソルがいたならゾッとするような思いだろう。黒い、本当に黒い感情が、影の魔力となって男に流れる。


「うん、不思議だけど……分かりやすい。五感を絶つだけで、こんなに絶望してくれるなんて……ね。」


 歩き出す彼の前に広がる夜の闇。彼はそこに溶け出していく。それは魔法、【路潜む影(オドス・スキアー)】だ。

 栄華を誇る由緒正しき聖なる都市、ケントロン王国王都。魔界より程遠く、悪魔は狂信者の言葉でしか知ることの出来なかった都市。アラストールの復活が、獣人の来訪が、度重なる変化が人々に生んだ不安定な感情は、ついに悪魔に侵入を許していた。

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