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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
第四章 栄華の王国
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第五十五話

 時間を少し遡る。ケントロン王国にて。



 その日朝の早い時間から、ケントロン王国の南からざわめきが広がった。

 獣人達の一団。いつもの取引に加えて、交渉をするためのメンツが集い、他の地域より獣人に慣れている筈のケントロン王国民さえ、少し戸惑うような威圧感があった。


「流石に王都、だっけ?違うな。なんか豪華っつーかさ。」

「私は集落から獣人の国に向かった時点で驚きっぱなしだよ……


 辺りを見回して感心するのはマカ。今回は荷運びである。背負う荷物は取引に使用する魔獣素材だ。

 既に疲れた様子なライは、持ち前の器用さで素材を加工するなど取引役として動いていた。足を怪我し、走り回ることが難しくなったライの新しい道だ。


「今回は協定交渉もある、あまり騒ぎを起こすなよお前達。それと、あの猿にも良く言っておけ。」

「わ、分かりました……」


 またカローズの奴アジス様を怒らせたな、と首を竦めながら頷くマカ。感情が思考よりも先に行動にでるカローズは、悪く言えば軽率だ。

 確実に物事をこなそうとするアジスとは馬が合わない様で、反発を繰り返している。そのお陰で遅延に繋がった事もありアジスはカローズを敵視していた。


「アジス様、信頼と反感どっちも稼いでるよな……」

「厳しいんだもん、しょうがないよ。」

「僕としてはさ、もう少し遊びがあっても良いと思う。皆がアジス様みたいだったら、効率的だろうけど楽しく無いんだよ。」


 緊張を解す事が出来ないのは、性格なのだろう。その分、同じ士族にいて絡みやすいマカに、色々と不満が飛んでくる。マカの周りに居るのは、反感を持ちやすい若手が多いから。

 勿論、単純に尊敬している者もいるが、彼等はアジスに直接行く。最近は面倒だからラダムの話に切り替えて逃げたりしているが。


「マカさん、ライさん、宿泊先が決まりました! すっごく大きい所でしたよ。」

「シラルーナちゃん、もう見てきたの? すぐに行くことになんのに……」


 街中を堂々と歩け、宿泊施設に泊まるという初めての経験。

 灰色の頭巾を目深にかぶっているものの、その表情が弾んだものなのは間違えようが無い。


「良いじゃん別に。マカってば心が狭いよ。」

「今の僕の言動にそこまでの評価が来るの?」

「し、新鮮だったからつい……お仕事も真面目に頑張らなきゃですよね!」

「あんまり張り切りすぎて、倒れない様にね。ライが不機嫌になっちゃうから。」


 最初は何処か必死さが見えたシラルーナだが、今では単純に色々な事を楽しんでいる様だ。役に立てなければ、村に長く置いてもらえなかった過去。既にマカ達には当てはまらないとシラルーナも思えた様で、その事実にマカも自然と頬が緩んだ。

 少し大袈裟な感情表現をするシラルーナは、年よりも子供らしく見える。そのせいか、最近はマカも保護者の気持ちになってきている。


「それじゃ、とりあえず行ってみよっか。マカ、鼻の下伸ばしてないで行くよー。」

「なんかここ一月位、僕の扱い悲惨だと思う。」


 嘆くマカも、仕方なく後を続く。既に目的地に到着して解散ムードな一団にそれを咎める者はいない。アジスは皆に今一度釘をさしにいっているが。

 今回、原罪の魔獣を討伐したラダムは、その功績を認められ獣人代表として交渉に来ている。もっとも、その歳は三十を少し過ぎた程。三十年前の忌むべき事件に、関わりが薄いというのもあるだろうが。


「まぁ、私達は取引が役目だし。しっかりお仕事してアジス様に怒られないようにね。」

「怒られるだけじゃなくて、物が無くなるからだろ? 僕らも必要な人物として居られる様な配慮だって、ボスも言ってたし。」

「でも怒られるの嫌じゃん?」

「その理由だと子供みたいだろ! 察せよ!」


 正直なライと、段々大人びたいマカ。最近は多いやり取りだ。

 三人で向かった宿は確かに大きく、入ってすぐは机が並ぶ食堂にもなっていた。辺りを見渡す三人に、若い男性が声をかけた。


「協定交渉の一団の方ですか?」

「いえ、一緒には来ましたけど取引役です。」

「あぁ、でしたらこの階の……お名前は?」


 マカにさっと視線を向ける二人に、ライに視線を向けるマカ。しょうがなくマカが口を開く。


「マカです。」

「マカ様ですね。鍵が此方になります。」

「あっ、どうも……」


 役目を終えて奥に戻っていく男性を目で追いかけ、手元の鍵に視線を戻す。


「……鍵ってなんだ?」

「さぁ?」


 首を捻るマカとライに、シラルーナが鍵を受け取る。基本的に仲間内で暮らし、物はほとんどが共用、状況も匂いと音である程度ならば察せる獣人に、鍵の文化は必要無かったのだ。獣に堕ちる前を知らない世代は、人の文化に疎い事も多い。

 シラルーナは塔で使っていた。どうせ誰も来ないが、マギアレクが癖で使っていたのだ。


「わぁ、部屋が広いんですね。」

「まぁ相部屋だもんね。」

「今さらだけど、僕同じ部屋で良いの? 人間ってそういうの気にするんだろ?」

「そうなんですか?」

「いや、知らないケド。」


 まぁ問題ないならいいか、とマカが背負っていた荷物を置く。ドサリと音を立てて置かれた荷物の上に座り、ふぅと一息つくマカ。


「売り物の上に座らないでよ。」

「皮袋の中だし、傷付かないって。」

「マカさん、椅子ありますよ。こっち。」

「もー、なんだよ二人して……」


 立ち上がったマカも椅子に座り直した所で、三人は今後の予定を話し合う。品物を売買するのは計算が得意な者の仕事。マカは荷運びだし、ライは加工専門だ。シラルーナは人間世間に疎い二人のフォローである……シラルーナも若干不安はあるが。


「暇だよな、僕達。」

「帰りの荷物持ちとか、もし襲われたときに選択肢が増えるようにって事らしいしね。私達は仕事無いよね、来る途中で終わらせちゃったし。」


 保存の効かない加工物は移動しながら作る。それも終えた場合、王国では慣れない魔獣素材の加工を頼まれたりしなければ暇だ。

 無論、街にいる間にマカとシラルーナは暇だ。精々、雑用手伝いだろうか。


「そういえばさ、シラルーナちゃん硬貨っていうの持ってなかった?」

「持ってますよ。レギンスに載ってますけど……」

「そういえば途中から見てないな……あの馬、何処に行ったの?」

「多分着いてきてますよ。賢い子ですし。」


 シラルーナが窓から顔を出して探せば、一団の馬が繋がれている馬屋で、いつの間にか寝そべっていた。因みに繋がれていない。


「居ました。馬屋で寝てますよ、縄付いてないですけど。」

「じ、自由な奴……」

「シラルーナちゃん以外の言うこと聞かないしね。とりあえずさ、見つかったんなら街でお買い物しない? きっと色々あるよー。」

「えぇ~、僕疲れたんだけど。」

「じゃ、マカだけ留守番ね。美味しいもの食べてくるから、休んでおきなさい。」

「それはズルいって……えっ、本当に行くの? 待って僕も行くって!」


 三人で外に出て、馬屋で寛ぐレギンスから硬貨を一部回収する。マギアレクの塔から持ってきたそれは旅の旅費だったが、シラルーナの持っていた魔獣素材が移動中にも売れたことで、当初よりも増えた位だ。ケントロン王国の魔獣素材は思う以上に相場が高い。

 因みに獣人達は物と交換して貰った為、硬貨の持ち合わせは無い。マギアレクの習慣に合わせたシラルーナが、個人で売買しただけである。


「げっ、マカ……よし、あのワン公は居ないな。」

「カローズ、毎回僕見て嫌な顔するの、若干傷つくぞ? 後 アジス様をワン公言うな。」

「悪い悪い。でもよ、苦手なもんは苦手なんだよ。有り体に言って嫌いだ。」

「正直な奴だな。そのうちアジス様に打ちのめされるぞ?」

「へんっ、俺様が負けるかっての!」


 何故か得意気なカローズだが、アジスの戦闘は派手さは無いが容赦もない。カローズは自分よりは年も実力も上ではあるが、アジスの戦闘を見ているマカとライからしたら敵わないと思う。

 まぁ、一度負ければ素直になるだろうし、そうなればマカの負担が減る。彼としては早くケンカ吹っ掛けないかな、位に考えていた。


「ってかよ、お前らは何してんだ?」

「街見てこようと思ってな。」

「人間だらけなのに? 良く行く気になったな。」

「カローズ、血の気多いもんな。けど旨いもんあるかもしれねぇぞ?」

「軟弱なんだよ、お前達が……なぁ、あの二人先に行ってるけど良いのか?」


 カローズの指差す方向に振り向けば、二人が街角へ消えていく所だった。


「えっ、僕硬貨持ってないぞ! 置いてかないでくれよ!……っと、またなカローズ、僕は用ができた。」

「お、おう。行ってこい……そこまでかぁ? まぁ気にはなるけどよ。」


 急に真剣な顔で語りだしたマカに、若干引きながらカローズは見送った。レギンスが草を食み、のんびりと欠伸をした。




「はぁっ、なんとか追い付いた……なんで置いてくんだよ。」

「ごめんごめん。なんか長くなりそうだったし? お腹空いたし?」

「ごめんなさい、その、あの人少し苦手なので……」

「声大きいからね。でもあれ普通の声なんだよ、怒ってない。」

「分かってはいるんですけど。」


 歩きながら呼吸を整えて、ふぅと一息ついたマカが、少し鼻をひくつかせる。


「なんか、いい匂いするな。あっちかな?」

「出店って言うらしいですよ。大きい街だと結構あるみたいです。」

「へぇ、結構美味しそうだな。色々並んでる。」

「じゃあ三人で分けて、皆で好きなもの買ってきましょう。あっちに座る所もありますし。」

「良いの?」

「これはマカさんやライさんが手伝ってくれた素材の代金なので。それに、美味しいものは皆で食べた方が楽しいですから。」

「ヤッホー、シラルーナちゃんありがとー!」

「ライさん、苦しっ……。」


 頭を抱き締められるシラルーナを解放してあげ、硬貨を受け取ったマカ。気になった串焼きを買って、戻ってくる。少しして、シラルーナとライが豪華な菓子を下げて帰って来た。


「……なにそれ。」

「トリプルベリーブランデーチョコケーキだって。美味しそうでしょ?」

「まぁいい匂いはするけど……食べ物の色?」

「確かに黒だけど……でも美味しいんでしょ?」

「はい、チョコは一度、御師匠様が買ってきてくれて、凄く甘くて美味かったんですよ。」

(そういえばソルも、菓子で機嫌取ってたって言ってたな。好きなのかな、甘い物。)


 マカが下らない事を思い出しながら串焼きを食べていると、後ろから突如突き飛ばされる。

 地面を転がってすぐに立ち上がった彼に、倒れるライが激突した。すぐ横にケーキが落ちる。


「ってぇ、大丈夫かライ? シラルーナちゃん? ……あれ?」


 見渡したマカの目には、落ちた指輪が霧散する景色が写るが、その指輪を嵌めていたシラルーナは見つからなかった。辺りの人々が、ざわめく音が遠ざかっていくような気がした。

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