第一話
燦々と降り注ぐ日差しの中、上機嫌な老人が自らの棲み家を目指して森の中で馬を引いている。紫を基調とし、黄色い装飾の入ったそのローブは一目で高価なものだと分かる逸品だがそれを纏う老人には、それらしい威厳は無い。
「いやー、今回も良いものが手に入ったわい。青の魔力触媒に「白い忌み子」の髪の毛! これでまた一歩我が研究が……うん?なんじゃ?」
子供のようにはしゃぐ老人が足を止めたのは、魔界にも近いこの森に住む魔獣が集まっていたからだ。
それだけならば良い。闘争本能の強い魔獣ならばそういうこともある。しかし、それらは何かに脅威を感じ包囲している様子なのである。
(ふむ。生きる兵器とさえ言われる魔獣が怯える存在。しかも隠れて見えんほど小さいもの、か……もしやレアな悪魔関係の落とし物では! 早速確認せねば!)
勝手に思い込んだ老人の行動は早かった。己の好奇心のままに魔獣の群れへと走りよる。
気づいた魔獣は当然の事だがその牙を剥いた。猿のようなその魔獣は大きな爪と牙を振りかざして迎撃する……かに思われた。
「フハハハハ!儂の研究資料になれぃ!」
老人は複雑な模様の書かれた羊皮紙を取り出したかと思うと、その模様が青色に輝く。次の瞬間には魔獣の首は水球に囚われて溺れてしまう。
「やはりこの触媒は、青は水か!コレは更に資料の入手がはかどるのう!」
「ギャア!シャー!」
吠える魔獣達が森のなかで溺れ死ぬまで僅か数分もかかることは無かった。
「さてさて、お宝と御対面と……ぬ?子供?」
魔獣を馬の背中にまとめ終えた老人の前にはぐったりとしている子供が一人。
(なんじゃ? 他に何もないではないか。この子供も何かを持っている様でも無いしのう。)
一通り周囲を探り終えて老人が見つけたのは、乱雑に直線が彫られた金属の札のみだった。
「これだけ硬い金属にものを彫るとは……それだけの知恵がある化け物と言えば、悪魔、かのう……」
ぼそりと呟いた老人が札の表面を軽く磨いてやると想像通り、直線で作られた文字が浮かんできた。
(四つか……S、O、L、L。ソル、か。名前じゃろうか。)
なんとか読み取った老人が取った行動は、一般人が見れば驚き、老人からすれば当たり前の行動だった。
(悪魔と繋がりのありそうな、魔界近くの森で倒れとる謎の少年。そりゃ、持って帰るじゃろう。)
老人は危険を怖れなかった。何故なら老人にはどうしても欲しいものがあったから。
魔界から程近い森の中。人間の生活圏からは離れた誰にも知られない始まりだった。
「くぉら! クソジジイ! またやらかしただろうが!」
「なんじゃ、クソジジイとは! 高々小屋一つで文句言うな!」
「中の食料どうすんだよ! てか、あんたは何日食ってないんだ!」
「お前も似たようなもんじゃろがクソ弟子が! お前の倍位じゃわい!」
「6日も水だけとかバカか!」
「3日も6日も変わらんじゃろが!」
三年後。石造りの塔からは喧しい叫び声が響いていた。理由は声の通りである。
付け加えるなら老人の実験で吹き飛んだ小屋と食料は毎度集めて作っているのは少年だと言うことだろうか。普通とはかけ離れた少年でも、高々十二才。面倒な労働には変わらないのだ。
「しかし、見てみろソルよ。このマギアレクの研究の成果を!」
「また話逸らして……赤じゃない。」
「そうじゃ! この人の地でも生産可能な薬草と己の血や髪から作った触媒は、魔方陣に組み込む必要はあれど色の指定を無くしたんじゃ! つまり、「白い忌み子」の血や髪と同じどんな性質の魔力でも吸い出す性質なんじゃ!」
「てことは、この部分を変えればこの触媒だけで火以外の魔術も使えるのか!?」
「どうじゃ、画期的な発見じゃろう。この調合比率が難しくてのう……」
「流石じいちゃんだな。また一つ目標に近づいたな! なぁ、後で俺にも教えてくれよ。」
「当たり前じゃ! その代わり、後で小屋直しといての。」
それだけ告げた老人...マギアレクはソルを残して塔を出た。町に行くか、悪魔を慕う変人の群、狂信者達の開く悪魔の為のオークションにまた出るのだろう。彼の求めるものが魔法にある限り、悪魔は切っても切り離せない重要な鍵だ。
何故なら魔法とは悪魔以外に使えない、悪魔の秘術なのだから。そのためか彼は毎月開かれるそれに欠かさず顔を出す。魔法に似た魔術を使うマギアレクは悪魔と間違われるほどの頻度である。
「……また押し付けられたぁー!」
少年の悲痛な叫び声が、誰もいない塔に木霊した。
「まぁ、サボってても食うもんが自分から来るわけでも無いし。集めるか。」
塔の中で少し憂さ晴らしをしたソルは、外の様子を確認して溜息をこぼした。
爆発のせいで広範囲に散らばった食料をいれた箱。跡形もなく吹き飛んだ小屋だった木片。
「取り敢えずは、これだな。」
ソルが手をかざすと、手首に巻かれた結晶に浮かんだ複雑な模様が発光し、箱がふわりと宙に浮いた。中の食料もしっかりと確認できるように一ヶ所に集めて蓋を外すため、ソルが「飛翔」の魔術を使ったのだ。
「コレはよし。コレは……潰してスープにしよう。こっちは……じいちゃんの飯に混入させるか。」
次々と分けられた無事な食料が宙に漂い、箱に詰められていく。一部無事で無いものも、分けられて箱に詰められていたが。
「さて、小屋か……どうするかなぁ。いっそ地下に掘れば壊れないかな?」
一つ大きく頷いたソルが地面に手を着けると、手の甲に浮かび上がった複雑な模様が発光し、水色の目が紅く輝く。
「【具現結晶・固定】、と。これで「飛翔」。」
大きな方形に固まった地面がブロックの様に浮き上がる。それによってできた穴も先程と同じように固められ、箱が置かれていった。
(後は蓋して、階段を掘って…~階段までいくと少し小さいかな。はぁ、手で掘るか。)
まだ細かい扱いは出来ないソルは再び溜息をこぼして、大人しくスコップを探しに行った。
暗い室内にて一人の男は黒いコートを翻して歩いている。時折、揺らめく赤い髪は上に逆立っており、まるで炎の様にも見える。
「おい、9999の様子は?」
「これはこれはアラストール殿。ご覧下さい。この反応を!」
羊の角が特徴的な悪魔が指し示した先には、目を紅く輝かせる少女の姿があった。遺伝子を狂わせ、獣を魔獣に変えさえする膨大なマナ。悪感情の魔力に運ばれたそれは本来生き物の生存可能な濃度ではない。
しかし呻き声の一つもない少女は明らかに異質で、実験の成功を語っていた。
「今回の人間はなんだか細いな。」
「飼育法が悪かったのか餓死しそうな様子でしたので、そのせいでしょう。しかし、彼等も良く働いてくれますね。」
「相変わらずだな、色欲の悪魔。」
「私はただ、少し脳を揺らしてお話ししただけですよ?人間が欲しいと。ついでにいろいろ持ってきてオークション等という面白いものを開くのは彼等の好意ですよ。」
色欲の悪魔・アスモデウスは心外であるとばかりに首をふった。
「そのせいで変なものも紛れ込んでいるがな。しかし、本当に全身が白いのだな。「白い忌み子」というのは。」
「我等が好むゆえに忌み子だそうですから、我々からすれば神子とでもいえますがね。」
「神子、ねぇ。魔力を受け入れやすい体質は魔力の塊である悪魔には有り難いだろうが……神は無いだろう。」
「我等が王は嫌いますからね。私も好みませんし。」
自分で言い出しておいて何をと思うがアラストールは口をつぐんだ。ひょろい体格に少し青白い肌。こう見えてこの悪魔はかなり出来る。今のアラストールならば負けはしないが、メリットらしいメリットも無いのに争いたい相手ではない。
「さて、こいつのナンバーは零ですね。完全な悪魔の心臓が出来上がるまでは、白い忌み子の人間にしぼって集めて貰いますかね。」
「状態も良くしてもらえよ。これでは使えない。ところでこいつは誰が入った?」
「あぁ、「拒絶」ですよ。これで成功すれば大抵は大丈夫でしょうからね。」
「……使えるのか?」
「私はそのためにいるのですよ。従順な犬に仕上げますよ。兵にはならずとも良い実験動物にはなるでしょうからね。」
ニヤリと笑ったアスモデウスに、アラストールは彼が比較的温厚な性格であることを幸福に思った。