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結晶の魔術師  作者: 古口 宗
原罪と言う存在
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第四十九話

 空高く上がる光の奔流は、やがて薄らいでいき消える。


「おっ、鎖が……」


 溶けるように形を失った鎖が、影へと戻っていく。ソルが自由になった体を軽く動かし、調子を確認した。


『モナ、クスタ、ロぉぉ……!』

「っ!? 【具現結晶・防壁クリスタライズ・ウォール】!」

『【一閃の星(シューティングスター)】!』


 鋭い光線が、結晶の壁に突き刺さりそのまま透過する。透明な壁では光を防ぐ事は出来ない。ソルの右腕が撃ち抜かれ、結晶の剣が剥き出しの地面を転がった。


「……魔力を実体に変換し続けて、指輪を守ったのか。」

『そんな事は、どうでも良い。俺を、ここまでしたお前は、絶対に、俺が殺してやるよ!』

「ほざいてろ、「飛翔」。」


 魔力の吸収を始めた剣が、ふわりと浮き上がりソルの周囲を回る。マモンも、その爪を伸ばしてソルと対峙した。


『俺のモンになれ、モナクスタロ。』

「悪いな、俺達は俺達だけのモンなんだ。」

「『【具現結晶・戦陣クリスタライズ・フィールド】!!」』


 結晶の床と柱が辺りを覆う。黒と透明な結晶が互いに押し合いその範囲を広げる。斬り結ぶのに十分な広さとなった時、その拡大が止まり、中央で火花が散った。

 鍔迫り合いは拮抗したまま続き、先に払ったのはマモン。宙に浮く剣が回りながら弾け、ピタリと止まる。


『拡散!』

「【具現結晶・武器クリスタライズ・ウェポン】!」


 マモンに切っ先を向けた剣を、戦陣の黒い結晶が拡散し弾く。そのまま迫るマモンの爪は、新しく作られた結晶の剣を左手に持ち、ソルがいなす。

 返す剣がマモンの心臓部に迫り、指輪に引っ掛かる。瞬間、炎が巻き起こり二人を呑み込む。


「……っぶないな! 加護無ければ、逃げる間もなく皮膚焼かれたぞ。」

『ふん、知った事か。』


 マモンの爪がソルに振るわれ、拡散する結晶に弾かれる。互いに生き残るためにその力を存分に使う。

 マモンの魔力も少なくなり、ソルは体力や精神力の限界が近づく。苦しい戦いが続く。


「ハァッ!」

『【強欲(アプレースティア)】!』


 左手に持つ剣が黒いオーラにのまれ、無手になったソルがバランスを崩す。そのソルに結晶の大槌を創り振るうマモンに、ソルは軽鎧の籠手を当てて後ろに跳ぶ。

 小型結晶が黒いオーラを奪い合わせ、大槌に砕かれる。マモンは間髪いれずに魔法を放つ。


『【食い千切る炎(トロゴ・フロガー)】ぁ!』

「っ! 【反射する遊星アダナクラス・プラネテス】!」

『破ぁっ!』


 炎の大顎を反射した小型結晶達が、全て大槌に砕かれる。煌めく結晶の欠片が光を反射し、霧散した。


『くたばれ、モナクスタロ! 【強欲(アプレースティア)】ァ!!』

「っ!?」


 マモンの体がぶれて見える程、残る魔力を注ぎ込まれた黒いオーラは、ソルの視界中に広がり包む。後ろに跳ぶソルに硬い感触が背中に伝わる。


(戦陣の結晶か! 誘い込まれてたっ!?)


 左右、上、全て回避先に先回りされたソルに、逃げ場は無い。【反射する遊星アダナクラス・プラネテス】も、既に全て壊されており咄嗟に創れる物では無い。


「っ、拡散!」

『何!?』


 戦陣中の透明な結晶が破裂し、辺りの物を巻き込んで飛ばす。マモンも例外とはいかず、その場を動かされた。


「持ってくれよ、「飛翔」!」


 最大限に魔力を込めたソルが、思い切り地面を蹴り飛び出す。ごっそりと魔力を持っていかれたが、思いの外浅かったようで、黒いオーラを抜けることに成功した。無論、吹き飛ばされたマモンからの追撃も無い。


『ほう、今のでも抜けてくるか。本当にしぶといな、モナクスタロ。』

「そっちこそな。」


 さっきまで消えかけていたとは到底思えない程、魔力が迸るマモンを睨み、ソルが呟く。きっと今のマモンならば、常人にもその魔力を視認する事が出来るだろう。


『さて、死体に近い貴様だが、肉体がある限りそうそうくたばらねぇよな。じゃあ俺はどうすると思う?』

「当たれば景品でもあるのか?」

『無い。死ね、モナクスタロ。【流星群ディアトン・アステラス】。』


 空を多い尽くすような無数の光弾が、満天の星空の様に煌めく。しかし、そこに浮かぶのは物語では無く破壊の未来。モナクスタロを殺すというマモンの意思だ。



「で、忘れてるよな。言ったろ? 俺は浮気にゃうるせぇってよぉ。」

『何!?』

「だらだらしてるから目が覚めちまったぜ、ソル!」


 マモンの腕を斬り飛ばした短剣が、その流れでマモンの側に浮かび上がる魔法陣を切り裂く。

 屈むクレフの上を、巨大な大剣がマモンに向かい振り抜かれた。


「だぁ、辛っ! 時間外労働だ、こんなもん。」

「つか、あいつ死ぬのか?お前が結晶の広場消して光線出した時、やったなって思ったんだがな。」

「……助かったけどさ。よく動けたな。」

「腕なら表面が焼けただけだろ。」

「お前も腕を貫かれてんだろ。」


 クレフの左腕、ミフォロスの脇腹、ソルの右腕。マモンの残した傷痕は決して小さなものでは無いが、大きすぎる傷はかえって痛みを鈍くした。


『死に損ないの集まりか。他の連中は死んだか?』

「バーカ、すぐに動けるような治療品が、そんなにあってたまるかよ。のんびり治療中だ。」

「クレフ、来るぞ。人間の体は治りが遅いんだから気を付けろよ。」

「やっぱり人間じゃあ無ぇのな。まぁいいぜ、俺の敵じゃねぇんなら。」


 ソルの背を叩き、離れるクレフ。彼の構える短剣が、装飾を写し出すようにキラリと輝く。会話の終了を察したミフォロスが声をかける。


「お二人さん、それぐらいにして行くぞ。あいつは炎と風も使ってたよな。後は星か?」

「いや、光だな。後、影にも気を付けてくれ。」

「そんなにあんのか、面倒な奴。クソガキ、いざとなったらこの短剣無くなっても良いからな。」

「いいのか?」

「金なら契約者がくれたからな。」

「「くすねたな、お前。」」


 会話を続ける彼等に、炎の大顎が迫り結晶に撃ち抜かれて吸収される。


『なんだ、喰われるのを待っていたのかと思ったぞ。』

「こんなショボいと思わなくて貰っちまったよ、悪いな。」

『なら、もう少し食い応えのあるモンをくれてやる! 多連【一閃の星(シューティングスター)】!』

「散会しろ!」


 ミフォロスの掛け声と共に、三人はすぐにそれぞれが散る。ソルは上に、ミフォロスは左に、クレフは右に。

 マモンは迷うことなく上を向くと、巨大な魔法陣を紡ぐ。


『【具現結晶・戦陣クリスタライズ・フィールド】、及び放出!』

「【具現結晶・武器クリスタライズ・ウェポン】!」


 戦陣の至るところから放たれる光線。ソルはそれを避けつつ、巨大な剣を創り射出する。凄まじい音を立てて結晶がぶつかり合い、放出を行っていた戦陣の結晶は打ち砕かれた。


「街の近くじゃ火遊び厳禁だぜ、悪魔!」

「らあっ!」


 放出を掻い潜ったのはソルだけでは無い。クレフの短剣とミフォロスの大剣がマモンに迫り、風をきって振るわれる。

 ここまで早く攻撃に転じると考えていなかったマモンの回避は遅れ、爪によって二つの武器を受け止める。


「ちっ、駄目か。」

「あぁっ!」

『なに!?』


 吸われ切れない魔力を流した爪を斬ることを、そうそうに諦めたクレフがすんなりと退けば、加減を無くしたミフォロスの大剣が更に重くなる。

 マモンの力は成人男性レベルだが、それは一般的な、だ。軽々と人を投げるようなミフォロスの馬鹿力は、大剣の重みも手伝いマモンを押し込める。


『鬱陶しい、【|食い千切る《トロゴ・』

「おっと、させねぇよ。」

『ぐうっ!?』


 腕を切り落とされたマモンは、魔法を不発に終えて苛立ちのままにクレフに爪を振るう。

 すんでのところで回避したクレフの両横から、ソルの剣が飛び出す。


「あぶねぇ!? 当てんなよ!?」

「当たり前だ、マモン以外に当てねぇよ。」


 反対側から片刃の剣を振るうソルが、応える。ミフォロスの大剣に押さえられて動けないマモンに、射出された二本の剣と反対から迫るソルから逃れる術は無い。


『呑まれろ、【躊躇いの影ヘジテーション・スキアー】!』


 足元の影が膨れ上がり、マモン達を呑み込む。離れたクレフが短剣で切り裂くが、後から溢れる影は留まる所を知らない。


「ちっ、無事かお前ら!」


 返事の無い虚空が、クレフも呑み込もうと迫る。影に触れる前にクレフは更に離れた。


「くそっ、どうすりゃ良いんだ、こういう時は。」


 途方にくれたクレフには、今は地面を蹴ることぐらいしか出来ることなど無かった。




「……マモンの奴、何処だ?」


 魔法陣から攻撃性が無いと判断したソルは、影に怯まず真っ直ぐに進んだ。しかし、マモンにたどり着く事は無かった。


「おかしいな、全然魔力が見えない。それどころか自分以外見えないな……」


 おそらく自分の姿も記憶から見えているように感じているだけだろう。他にも五感全てが働いている感覚が無い。飛んでいるのか立っているのかさえ不安定だ。


「影は奪う、隠すなんかが得意だったな。なら無くなってるとは思わないけど……それならそろそろ端についても良いのに。」


 歩き続けるソルが一向に端にたどり着かないのは、それだけ広いとは考えにくい。もう数百メートルは歩いた筈だ。


「このまま進んで良いのか? もしかしたら何か見落としてっ……!?」


 突如、結晶が乱立する場所に降り立ったソル。その場所はソルの記憶にあったもの。


「……モナクスタロが引きこもってた宮殿、か?」




 コツコツと硬い音がブーツ越しに伝わる。さっきまでとは嘘のように五感が冴え渡るように感じるのは、いきなり消えたり復活したりする感覚のせいなのか。


「魔界にいた頃、モナクスタロはここで何を考えてたんだか……」


 完全に統合した今も、モナクスタロの記憶の中の感情は分からない。分かるのは起きた出来事、聞いた音、見た景色。もっとも、景色の大半は結晶に包まれたものだが。


「っと、それよりマモンだ。多分、これは幻か何かの類いかと思うんだが……」


 触れる結晶から伝わる感触はまさに本物だが、あまり覚えていない魔界の空気は何処かあやふやだ。マナ濃度や温度、それらはあまりはっきりしていない。


「誰も居ないのは常に吸収しているからか。巨大な戦陣なんだな、この宮殿。」


 二度と創る事は無いだろうが。

 しかし、何処に行っても外の様子が伺えない。窓らしき場所さえ閉まっているのだ。魔力は吸収されないものの、解除さえ出来ない。


「弱ったな。マジでどうしよう。」


 今この瞬間、マモン達がどうなっているのか。ソルには伺えないのだ。少しずつ増していく不安さえ、宮殿は閉じ込めていた。

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