第四十八話
『だあっ! しつこいぞ、人間風情が!』
「知ってるからよ、いちいち教えてくれなくて良いぜ!」
炎を振り撒き、風は逆巻き、爪を振るうマモン。その全てをことごとく回避していくクレフだが、その実、単純に攻めきれていないと言うことだ。
「親分、後方も少しは考えて!」
「うわっ! 燃える燃える!」
辺りを巻き込む様な強力な魔法の数々は、クレフの後ろにいる者達にもその猛威を振るう。盗賊団や傭兵団はその経験を持って生き残るために動いていた。衛兵達も民を守り、負傷者を守るため働いている。
「うるせぇ! 文句があるならこっち手伝え!」
「悪魔斬っても死なねぇだろうが!」
クレフが怒鳴り返すのを傭兵の一人が反論する。クレフの短剣は魔力を吸うため、マモンに効果的なダメージを与えることも出来るが、普通の剣では中々ダメージにならない。ほんの僅かに実体を作る魔力を散らすことは出来るが、それで減る魔力等無いに等しい。
核にいたっては散らすことさえ出来ない。マナまで混ざり強く結び付いているからだ。しかし、今のマモンは指輪を元に姿を取っている。指輪を破壊できれば勝手に霧散する筈だ。
リロエスがその事を傭兵達に伝えたが、今動ける傭兵は多くなかった。その中でも悪魔と斬り合える者は更に少ない。団長やミフォロスも【流星群】で怪我を負い今は満足に動けそうも無い。
「「親分、任せた!」」
「お前ら後でシメる。」
調子の良い事をのたまう部下に、若干の苛立ちを見せるクレフ。しかし、短剣も届かず魔法が飛び交う戦場で、マモンの爪を避け続けるクレフは、心身ともに疲弊してきていた。
『そろそろ覚悟は出来たか、人間。【強欲】!』
「くっそ!」
黒いオーラをなんとか切り払うクレフだったが、その後ろで悲鳴が上がった。
「母さん!」
「きゃあああ!」
「くそっ、放せ!」
「呑み込まれるぞ!」
「兄ちゃーん!」
次々と黒いオーラの影に消える人々。そのオーラがマモンに戻ったときには、既に半分の人が物言わぬ屍となっていた。
一瞬で地獄絵図になった光景にクレフが思わず立ち止まる。その隙を逃すマモンでは無かった。
『くたばれ! 【食い千切る炎】!』
炎の大口が獲物を噛み殺そうと迫る。上下から迫る熱量に、一つの短剣では対処しきれ無い。咄嗟に後ろに引いたクレフの目前で炎の牙が閉じられ、片腕が炎に呑まれる。
「熱っ!」
『【一閃の星】!』
撒き散らされる炎に呻くクレフに、素早い光弾が尾を引いて放たれる。一直線に腹に向かう光線。一瞬の間に背まで貫いてその者を傷つけた。
『何がっ!?』
驚愕したのはマモン。その腹を貫かれ、クレフを見れば彼の前には小さな結晶が浮遊している。
すぐに来た方向を振り返るマモンの目に、絶望に項垂れていた人々の目に、それは映った。空を裂いて飛ぶ、結晶の魔術師。
「飛来する……結晶……」
誰かが呟き、マモンの前にそれが降り立つ。
「待たせたな、マモン。随分驚いている様だが、それは【反射する遊星】っていうんだ。その結晶は全てのエネルギーを反射する。」
『貴様、自分の力に呑まれたんじゃ……』
「魔人の暴走はもっとえげつないぜ、マモン。見せてやれねぇ代わりに魔人の怒りを見せてやるよ。」
クレフの前から小さな結晶達が彼に戻っていき、周囲に浮遊する。魔人はその手を高く掲げ、静かに唱えた。
「【具現結晶・戦陣】。及び吸収。」
壁が、床が、柱が。
剣が、槍が、鎚が。
結晶で織り成されたそれらが、マモンを取り囲む処刑場として、悪魔を滅ぼす聖域として、辺りを覆い閉じる。
右目から溢れる魔力をより一層迸らせたソルが、剣を構えてマモンに告げる。
「強欲の終わりの時だ、マモン。欠片に負ける俺じゃ無いぜ。」
エーリシの街の住民、全員戦闘不能。ソル、完全な魔人へと昇華。
光弾が飛び回り、炎が縦横無尽に駆け回る。
『厄介な!』
「土の特性を盗ってないのが悪いんじゃないか? 【反射する遊星】。」
風では結晶を貫けず、炎と光は小型の結晶に反射される。ソルから奪った力場の特性で「岩石砲」でも真似ようとしても、【具現結晶・戦陣】が覆う大地では岩を調達できない。
『くそが! それなら八以上の光で貫いてやる! 【流星群】!』
「多連【具現結晶・狙撃】、そんで吸収。」
光の魔力を全て吸いとった結晶が、空中で霧散し輝く。一つも攻撃の通らない現状に、段々とマモンに苛立ちが募る。
『いい加減にしろ、モナクスタロ! 邪魔ばかりしやがって、まともに戦え!』
「嫌だね、下手な攻撃は全部奪うだろうが。防御以外にする事ねぇんだよ。」
『ならば直接奪ってやる! 【強欲】!』
黒いオーラがソルに打ち寄せる。
「待ってました! 【反射する遊星】!」
マモンの強欲の魔力が互いを奪い合い、還ること無く消失する。すぐに残りの【強欲】を引っ込めたマモンが憎々しげにソルを睨む。
『狙ってやがったな!』
「出来るかどうか、半信半疑だったけどな。強度まで捨てて反射を着けた甲斐が有った様でなによりだ。ともかく、これで簡単には【強欲】を撃て無くなったな! マモン!」
『生意気な! 強度を捨てたと言ったな。高々八つの結晶等、すぐに壊しきってやる!』
「バカみたいに石でも投げるか? 結晶の下だけどな!」
ソルが結晶の剣を構えて、マモンに突進する。軽鎧の周りに漂う小型の結晶が、マモンにソルから結晶を奪う術を潰している。
『バカは貴様だ! 【具現結晶・貫通】!』
「がっ!?」
前傾姿勢で走るソルの腹に、鋭い結晶の大針が突き立てられる。もし、【具現結晶・加護】へと進化したものでは無く、【具現結晶・付与】だったなら、今ので貫かれていたかも知れない。
「くっそ、痛ぇな。腹には鎧創って無いんだぞ。」
『だから狙ってんのが分かんねぇのか!? 【具現結晶・武器】!』
「なぁ!?」
巨大な大槌を振り下ろしてくるマモンに、ソルは全力で横に跳んだ。ソルの結晶が覆う大地に叩きつけられた武器が、辺りに轟音を響かせ霧散する。
『当たらねぇか、すばしっこい奴だな。』
「魔法は分かっても規模が分からねぇな……結構やりづらいな、具現結晶使いって。」
『てめぇが言うなっ! 【|具現結晶《クリスタライズ』
「っ! 【具現結晶」
『「・破裂】!!!』」
連度、出力、全てが互角な魔法が真っ向からぶつかり合う。
ソルから奪った記憶と才覚を総動員し、再現したマモン。
欠片とはいえ、原罪の魔力に打ち勝とうと注ぎ込むソル。
互いに神経をすり減らす一撃は、互いの結晶を打ち砕き霧散する。
『ちぃっ、これでも駄目か。一つも割らせやしねぇ。』
「これまで使ってくるとか、どんだけだよ。回収。」
消耗した魔力を、少しずつ周囲から吸い上げている戦陣から回収し、回復する。全て戻すと戦陣が消えてしまいそうな為に、あまり多くは回収出来なかったが、互角という事はマモンも同じだけ消耗したと言うことだ。
戦陣の一部から【強欲】で魔力を奪うマモンに、ソルは【反射する遊星】を移動させて止めさせる。
『ちっ、邪魔しやがって。』
「ちゃっかり回復すんなよ、俺のだぞ。てか、一つ踏み潰した奴が言うな。」
これで残りの小型結晶は七つ。ソルが剣でマモンに斬りかかり、マモンがそれを爪で弾く。
距離をとれば結晶が飛び交うが、魔法陣で魔法が分かる二人が効果的なダメージを受けることも無く、近づけばお互いに拮抗した鍔迫り合い。段々とソルの体力が減っていくが、マモンの魔力も減少の一途を辿る。
(このまま行けば、じり貧だ。何か確実に勝てるようなきっかけがほしい。マモンの魔力か、俺の体力かの勝負ではなく、何か手札が一つ……)
『悠長に考え事とは、余裕だなモナクスタロ!』
「あんの仏頂面と一緒にすんなっての! 【具現結晶・狙撃】!」
放たれた結晶に、マモンが壁を創って対応する。戦陣に吸収されて消える壁だが、マモンを守る役割は十分に果たした。
ソルが戦陣から魔力を回収しつつ、剣を振るいマモンに迫る。マモンはそれを爪で弾き、至近距離で結晶を放つ。
「っ! いい加減に喰らいやがれ! 多連【具現結晶・武器】!」
『なっ!? 剣が!?』
大量の剣が創り出され、戦陣の中で踊り舞う。その全てが魔力を吸収しているのを感じたマモンは、たまらず上方に飛んで退避する。
『お返しだ、多連【具現結晶・狙撃】。』
「拡散!」
戦陣の結晶が破裂し、ソルに向けて飛ぶ結晶をことごとく弾く。しかし、マモンが狙撃をやめる気配は無い。
「くそっ、【具現結晶・防壁】!」
周囲の結晶が少なくなり、ソルが壁を空中に固定した。結晶のぶつかり合う音が響き、空からの攻撃がやむ気配を見せない。
「ちっ、どうなってる?」
天井の様に視界を覆う結晶と、それにぶつかる結晶。透明とはいえ、雑な多面体のそれらは光を乱反射し向こう側を見せない。
『よう、モナクスタロ。』
「っ!?」
『遅ぇよ、【鎖となる影】!』
「くっ、影が!?」
地面から伸びる真っ黒な鎖が、ソルを縛り付ける。意識が逸れて、結晶の壁は霧散され日の光が直接あたると、足元の影が縮みソルを更にきつく縛った。
『上手いこと足元の影を広げてくれて助かったぜぇ? 俺の魔法なら、特性も使い時も知り尽くしてるからな。そうそう抜け出せねぇよ。』
「お前、本来は影の特性だったのか……滅多に無いから油断した……。」
『挙げ句、俺の魔力だから奪い放題だ。さっきから旨い魔力がどんどん来るぜ!』
明らかに力を増していくマモン。ソルは、結晶を介して魔力を吸収しようとするが、間に結晶を挟む分マモンよりも遅く、間に合っていない。
「く、【具現結晶・貫通】。」
戦陣中の魔力が一つに集まり始め、マモンを向く大針が輝きだす。そして、それはソルも射線に納めていた。
『はぁっ? 頭沸いてんのか、てめぇ。』
「お前こそ、のんびりしてて良いのか。」
『はん、避けるに決まってんだろ。お前はそこで焼けてろ。』
一層強まった影の拘束に、ソルが顔を歪める。マモンはすぐに背を向けて飛ぶ。その背後で全ての結晶が消え、輝きは最高潮に達した。
『……来るか。』
ソルは大針を「飛翔」で動かすことも出来るだろう。純粋な熱と圧力の塊は【強欲】では奪えない。
「放出。」
『【路潜む影】。』
強い輝きが生み出した一直線の影に溶け、マモンが瞬時にソルの背後に移動する。影の中を完璧に気配を消して高速移動可能な魔法だ。
『後は人間から奪い尽くして、中央のケンなんとかって所で』
「【反射する遊星】。」
『続け……っ!?』
七回折れ曲がり、ソルの周囲全てを呑み込んだ光の奔流は、最後に空へと折れて高くうち上がっていった。